その日は朝から2億円強盗事件について騒がれていた。ニュースで、女性キャスターがどこどこの銀行で犯人は三人組であり、未だ見つかっていないと話している。だが、犯人たちが盗んだ2億円は全て新札だったらしく、犯人たちは簡単にその金を使えないようだった。
は安室がポアロに働きに行ってしまっている間に洗濯などをしておこう、と動いていた。ニュースを時折見ながらもやらなくてはいけないことをこなしていく。
だがいい加減このニュースにも飽きてきたなぁ、と何度目か分からない2億円強盗事件についての報道から別の番組に変えた時、スマートフォンが振動した。
『今から毛利先生の推理が見れるから、コロンボという店に来られるかい?』
メールの内容からは安室が毛利一家と行動を共にしているのが分かった。彼からのメールに分身と一緒に行きますと返せば、そう時間が経たないうちにお昼はそこで食べるから必要な物だけ持っておいで、と書かれていた。
それを見てスマートフォンといつも使っている鞄を持つ。今日は初めて着るワンピースを着ているから、蘭に反応してもらえるかもしれない、とウキウキしながら玄関の鍵を閉めた。
安室への恋心を自覚してからというもの、は以前よりお洒落に気を遣うようになった。それは蘭や園子から影響されたと言っても過言ではない。近頃では彼女たちとメールをするようになって、そこから得られる情報も少なくなかった。
コロンボ、コロンボと店の名前を呟きながら通りを歩く。毛利探偵事務所からそう遠くないそこは、走っている時に何度か通ったことがある。だから道は間違えない筈だ。そして暫くして見えた店の看板に、やっぱりと嬉しくなる。
扉を開けて、店内を見渡せば毛利一家と安室が座っている席を発見した。そこに、こんにちはと分身と一緒に声をかけて近寄る。それにコナンが「あ」と口を開ける。
どうだ、コナンくん。彼がの本体と分身の関係を少しばかり穿った見方をしているのは何となく分かっていた為、こうやって2人揃って彼の前に姿を現せたのは幸いなことだと思った。丁度彼にも今度一緒に来てね、と言われていたし。2人の姿を見て、彼は胸の内に秘めた疑惑を解決してくれただろうか。分身に挨拶をしている彼をちらりと本体であるが眺めながら窺う。
「まあ座れよ」
「失礼します」
分身と本体を見比べて良く似た姉妹だなぁと呟いた小五郎に会釈して蘭の隣に座る。分身を妹として紹介すれば、彼は名前まで一緒なのかと驚くが、それも2度目のことなので冷静に対処できた。毛利先生あの時、ちゃんと話聞いてくれてなかったんだね…。
その後、料理を選んでいた蘭からメニューを貰って分身と一緒に眺める。まぁ、好みは一緒だから頼む物は一緒になるのだが。
「あ、今日のワンピース紺地に白のリボンで可愛いですね」
「ありがとう。蘭ちゃんもその服似合ってる」
お互いに今日のコーディネートを褒め合ってふふふと笑う。やっぱ女の子との会話って楽しい。予め安室への想いを言わないようにと蘭を口止めしておいたは、彼女との会話を楽しみながら昼食を決めた。
それから暫くして、料理が運ばれてきて数十分かけて昼食を食べ終わった。だがまだ依頼人が来ないようだ。何なんだ、と携帯を弄ってメールを確認している様子の小五郎だったが、ふと先程送られてきたメールと先日送られてきたメールはアドレスが違うことが分かる。
どういうことだろう。そう思ったの疑問を解決するように安室や蘭、コナンが推理をしていくのを聞いた。こんなものは推理のうちに入らないのだろうが。流石探偵の娘だ、蘭の方が探偵の助手に向いているかもしれない。黙ってストローでオレンジジュースを飲んで話を聞いていたは、取りあえず一端事務所に戻るのだということは分かった。

 事務所に帰ってみるものの、そこには依頼人はいなかった。またか。分身も同じように呆れて、退屈そうに伸びをした。しかしまぁ依頼人はいったい何を考えているんだろう、と安室を見上げれば微笑を浮かべている。何だ、とは思ったものの彼は蘭が紅茶を淹れるのを手伝いに行ってしまった為、訊くことは出来なかったが。
それは、小五郎とコナンがトイレに入ろうとした所に、依頼主から今コロンボに着いたから来てほしいという内容と、急いで皆で来てほしいという内容のメールが立て続けに送られてきたことによって、不敵な笑みへと変わった。
「安室さん?」
小さく名を呼べば、しいっと彼が唇に人差し指を当てる。うっ、そういうの狡い。そう思いながらも、彼のやや演技がかった指示通りに皆と一緒に事務所の外へ出る。
そこで推理を披露し始めた彼曰く、小五郎とコナンがトイレに行こうとした時にメールが来たことやトイレの前の床に引きずったような跡があることを踏まえると、何者かがあのトイレの中に依頼人を連れ込んでいるらしい。
確かに、よくよく思い出してみたらそうかもしれない。彼の推理に頷いて、事務所に入っていく安室たちに続いて行く。トイレに近付く彼ら、しかしその瞬間パァン!とトイレから銃声が響いた。
「!!」
「えっ!?」
どうして、と動けないを置いて、コナンたちはトイレの扉を勢いよく開く。そこには、トイレの便器に座って銃を口に咥え絶命している男と、ガムテープで拘束された状態の若い女性がいた。


 それからすぐに目暮警部たちがやって来て捜査を開始したが、はそれどころではなかった。今まで海賊をしてきたとは言っても、人を殺したことはなく誰かが人を殺す瞬間というのも遠目にしか見たことがないにとっては、間近で絶命している男を見て気が滅入ってしまったのだ。
依頼人、樫塚圭が刑事たちに事情を説明しているのをぼんやりと聞きながら、は窓から外を眺めていた。
安室さんは、どうして私を助手にしたんだろう。はぁ、と溜息を吐く。思い返してみてもはこういった事件の際には何も役に立っていない。自分が気付かないだけで安室の役に立っているかもしれないが、それはないだろう。だが、彼はそのことについて何も文句を言わない上にを傍に置く。
頭が良い人が何考えてるか、なんて分かんないや。
彼の考えていることが良く分からなくて悶々とするけれど、どうやら今日の事情聴取が終わったらしい雰囲気に意識を窓の外から室内に戻す。
「家に帰るなら、僕の車でお送りしましょうか」
「わざわざすみません」
まだ犯人が圭の家の付近でうろついていて危ないかもしれないから、と言う安室に遠慮がちに頷いた彼女。窓の外も暗くてこの中、自殺現場を見てしまった彼女を一人で帰すのは確かに可哀想だ。
たちはどうする?と本体と分身に視線を寄こした安室に、私達も行きますと頷く。あの男が死んだ事務所で彼の帰りを待つというのは些か心細いから。
目暮がそんな安室とナツに視線を寄こして、どうしてここに彼らがと小五郎に訊ねると、彼は弟子を取ることにしたのだと彼に説明した。
「また君の周りに探偵が一人増えたわけか」
「また?」
目暮はそんな小五郎に呆れたような視線を向ける。だが、安室はその言葉よりも“また”という言葉に反応した。丁寧に目暮が最近女子高生探偵が小五郎の周りで事件に関わるようになってきているのだ、と説明してくれる。へえ、女子高生探偵。まさか、その探偵がこの前話していた世良という人物だとは夢にも思わない彼女はなるほどと頷く。
その際、安室の目が少し鋭くなったのをは見逃さなかった。その子のことが気になるのかな。なんだか彼女は少し面白くなかった。

何故かを含めた全員が安室の車に乗ることになってしまって車内はぎゅうぎゅう詰め状態になっている。それに辟易しているのは後ろの席で一番身体が大きい小五郎だ。
「てか、何でお前らまで乗ってんだよ。狭いじゃねぇか」
「すみません、この車後ろに5人も乗せるようになっていないので…」
小五郎の文句に安室がバックミラー越しに苦笑しているのが見える。それも仕方無いだろう。運転席に安室、助手席に圭という並びなのでどうしても後ろは小五郎、蘭、コナン、の本体と分身と大人数になってしまう。コナンは蘭が、分身は本体のが膝の上に乗せてスペースを確保しているものの、これが警察に見つかったら定員オーバーで怒られるらしい。車のことを良く知らないは話を聞いていてもその程度しか認識できなかった。
そして彼女のマンションに着き、彼女の部屋の前まで送り届けた所までは良かった。彼女と挨拶をして別れようとした刹那、コナンの「あっ、トイレ行くの忘れてたぁ!!」と騒ぎ始めた声に、は普段あんなに落ち着いているのにどうしてトイレをしてこなかったんだ。そう考えたがそう言えば事務所のトイレは今大変になっていることを思い出した。そりゃあのトイレで用を足せるわけが無い。
仕方なしにトイレを貸してくれることにした圭が扉を開けると、びゅん、とトイレに向かって行ったコナン。彼に続いて安室と小五郎もトイレに行きたかったのだと言い出して、と蘭ははぁと溜息を吐いて顔を見合わせた。
「お茶くらいしか出せませんけど…」
「急にすみません」
成り行きで彼女の部屋に上がらせてもらうことになったたちは靴を脱いでリビングへと向かう。
――何か、臭い。いや、急にお邪魔することになったのにそんなことを思ったら失礼だ。そう思ってはどことなく感じる異臭のことを考えないようにした。
リビングは前日飲んで騒いでいたのが分かるような散らかり具合で、は驚いた。彼女はつい先日兄を亡くしたと言っていたのに、よく友人たちと飲めるなぁと思って。だけど、誰かと一緒に騒ぐことで悲しみを忘れたかったのかもしれない。あまり笑みを見せない彼女の心境など彼女にしか分からないのだ。もしかしたら先程感じた変な臭いはこれが原因なのだろうか。
お茶を出すためにキッチンに入った彼女に続いても手伝いますと声をかける。蘭もこちらに来ようとしていたが、その前に電話がかかってきたようでそれに応対していた。
「すみません、じゃあゴミを片付けてもらえますか?」
「はい、分かりました」
圭から大きなビニール袋を貰って散らかったゴミをその袋の中に入れていく。分別、はしなくて良いよね。
蘭が対応している電話からはあどけない少年のような声が聞こえる。世良さん、と先程彼女が呼んでいたからきっとこの前カフェで話していた友達のことだろう。
「ごめん、声が途切れてて聞き取りづらいみたい…」
世良と話す蘭の言葉に安室が目付きを鋭くさせた。蘭に近付き、電話を終わらせた彼がこの部屋は盗聴されているかもしれないと小さな声で伝える。それに驚く圭に、は何だか嫌な予感がした。
昔、本当にまだが小さかった頃の故郷で、先程の臭いと似た臭いを嗅いだ記憶が甦ったのだ。
「圭さん、今から全室を回って盗聴器の設置場所をつきとめますけど構いませんよね?」
「え、ええ」
着々と進んで行く会話を聞きながら、はふと彼らからコナンに意識を向けた。そういえば、トイレに行くと言っていたけれど、流石に遅すぎやしないか。迷子、というわけではないだろうが彼のことが気になって分身をトイレに向かわせた。それから少しして圭が下着等を片付けるからちょっと待っていてくれと言って部屋を出る。
どうやら分身のはすぐにコナンを見つけたらしく部屋に連れ戻そうとしていたが、彼に丸め込まれて圭と一緒に玄関を出ていった。お茶葉を買いに行くと言っていた彼女に何を言っているんだ、と不審に思う。彼女は部屋を片付ける筈だったのに。
「分身がコナンくんと一緒に樫塚さんと外に出ちゃったんですけど…」
「…分かったよ。そのままコナンくんと一緒にいるように」
彼女の帰りを待つ小五郎と蘭に気付かれないように、小さな声で安室に伝える。そうすれば彼はそれでもう何かが分かったのか頷く。とりあえずは分身をコナンの傍に置いておけば彼女の動向を伝えることも出来るし、それで良いか。
――5分以上待っても帰ってこない圭に、痺れを切らした小五郎たちが盗聴器を探すことにしたようだ。
そりゃ、コナンくんと出ていっちゃったんだから戻ってくる筈ないよねぇ、と思いながら彼らに協力する。車に乗って移動を始めたコナンたちに意識を向けながらも、はあの人は何を隠しているのだろうかと考えた。


18:愛の為に手を汚す
2015/06/23

inserted by FC2 system