知恵熱が治まって数日。は普段通りの生活をしていた。安室が好きだと分かってしまって、最初はその気持ちに戸惑いを覚えたり、彼を見るだけでドキドキしていたのだが、今ではそれも落ち着いた。ただ、圧倒的に彼の所作に胸を高鳴らせることが増えてしまったが。
今は16時。夕飯の買い物をするという安室についてスーパーにやって来たは何を買うのかと彼を見上げた。
「今日は鳥モモ肉でピカタにしようと思うんだ。後はスープとサラダの材料かな」
「じゃあ、サラダで足りないのはトマトとレタスですね」
「そうだね」
籠を持って野菜を入れていく安室の手には迷いが無い。さっさと鶏肉や必要な物を籠に入れていった彼はレジで会計をしてスーパーを出た。途中で何度かこれが食べたい、あれが食べたいと今までに見たことがない食品を見つけただったが、彼にそれは添加物が沢山入っていて身体に悪いから駄目と一刀両断されてしまい、ちぇっと唇を尖らせる。てんかぶつって何なんだろう。
「あっ」
不意に聞き覚えがある声が聞こえた。安室はまだ気が付いていないようで、ちらりとその声に視線を向けると少し離れた所に目をキラキラさせている蘭ともう一人知らないボブカットの少女がいた。2人はこちらに着々と近づいてきている。うわ、まずい。絶対何か安室さんに余計なことを言いそうだ。
蘭が何故目を煌めかせているのかを瞬時に把握したは、安室に声をかけた。
「すみません、ちょっと用事が出来たので安室さんは先に帰っててもらえますか?」
「ああ、別に良いけど。遅くならないようにね」
早くしないと蘭たちが来る。焦りながらも彼に伝えれば、彼はその焦り様から周囲へと視線を走らせこちらにやって来ている蘭たちを発見した。彼女たちににこっと笑って会釈をし、スーパーでの買い物袋を持って帰路へと着く彼。それを見て、はほっと胸を撫で下ろした。
「こんにちは、さん」
「こんにちは、蘭ちゃん」
制服姿でにこにことしてやって来た蘭は何で安室さん先に帰しちゃったんですか、と不服そうだ。蘭ちゃんが何か余計なことを言って私の恋心がバレたら大変だからだよ、とは言えずに安室さん昨日徹夜で疲れてるから、と咄嗟に嘘を吐いてしまう。ごめんね、蘭ちゃん。ちくり、と胸が痛んだ。
そこで話題が変わり、蘭の隣に立つ少女が鈴木園子という名前だと分かる。よろしくね、と微笑めばこちらこそと元気よく笑う彼女。
「園子と今からお茶しようかと思ってたんですけど、さんもどうですか?」
「そりゃ良いわー。今のイケメンのことも聞きたいし!」
としては安室と彼女たちが遭遇するのを阻めればそれで良かったので、家に帰ろうかと思っていたのだが思いにもよらない誘いに目を丸くした。私が一緒にお茶をして良いのだろうか。
遠慮気味に2人に問うてみれば、勿論と返されて、は嬉しくなった。よく考えてみれば、この世界で同年代の女の子の友達ってまだ出来てなかった。年が近い女の子たちと話せるのって貴重だ。
「じゃあお言葉に甘えて」
だから彼女たちの誘いに頷いてすぐ近くのカフェでお茶をすることにした。カランカラン、とベルの音を響かせた扉を通り、窓際の席に座る。円卓である為、話しやすい環境だった。
やって来た店員に何やら片仮名の羅列を告げる2人。それに目を丸くする。いったい今の呪文は何だったんだ。よく分からない飲み物を頼んだ2人に対して、ここはハズレがなさそうなミルクティーにしておこうとはそれを頼んだ。
「――で、さんはさっきのイケメンさんと一緒に暮らしてるわけなんですね。羨ましいわ〜!」
「ねぇ〜!さん、本当に安室さんのこと好きじゃないんですか?」
きゃあきゃあと騒ぐ姦し娘2人に、は二の句を告げない。おかしい。さっきまでは恋バナと言っても彼女たちの話を聞いていた筈だったのに。いつの間にかすり替わっていた内容に目が点になる。その上、蘭からじとっと楽しんでいますと言わんばかりに細められた目で問い詰められると、は笑うことしか出来なかった。
うわ、やばい顔が熱い。みるみるうちに顔に熱が籠るのが分かって、メニューを選ぶ振りをして顔を隠そうとしたが遅かった。
「も、もしかして!本当にそうなんですか!?」
「えー!!従兄妹同士でー!?」
キャー、と盛り上がる彼女たちの声に周囲の視線が突き刺さる。自分のことを話されている上に注目を集めてしまったはもう自分の顔を隠す所ではなく「しー!!」と彼女たちにジェスチャーをした。
うう、バレちゃった。あまりにも思ったことが素直に表れるこの癖が恨めしい。もうこれ以上誤魔化しは利かないだろうと諦めて、彼女たちにそうだと頷いた。
「で、どういう所が好きなんです?」
わくわく、という表情を隠しもせず訊ねてくる園子に、はどこだろうと今までのことを思い返した。最初は他人のように接してきた彼。だが、徐々に2人の間には絆が出来た、と思っている。お腹を空かせたを助けてくれたり、落ち込んで泣いている所に手を差し伸べてくれたり。銃で撃たれて寝込んでいた時はずっと傍にいてくれた彼。どれも、思い返せば今更ながら恥ずかしさに襲われるものだった。
――、僕から離れるな。
だけど、今更だがこの言葉が一番に衝撃を与えた。あの時、珍しく命令口調でその言葉を口にして、真剣な表情でを見つめた彼。きっと、能力が無ければ骨が軋むほど強い力での手を握り締めていた。
どういう意味で彼が言ったのかは分からない。だが、それはを思ってだということは彼に言われなくても分かっていた、いや、そうだと思いたい。その時の彼を思い出してぼっと顔に火が付いた。何であの時大丈夫だったんだ。
「もう、さん初心なんだからー!」
「っ!ら、蘭ちゃんだってさっき新一くんの話の時顔真っ赤だったじゃない!」
「お互い様よね〜」
顔を赤くして固まったにニヤニヤと笑って指摘してくる蘭に、は自分の話題になる前に園子から聞かされた彼女の幼馴染である工藤新一について言い返せば彼女はええ!?と目を丸くして頬を桜色に染め上げた。それに園子がフッと笑う。園子ちゃん、あなたもさっき真くんについて話された時頬染めてたよね。私知ってる。
なんて、きゃいきゃい騒いでいたら、また周囲の人から騒ぐなら外でやれという視線を貰って、3人で苦笑し合った。

 漸く話題が恋愛から逸れてきた所で、はふへへと笑った。それに、どうしたのかと視線を向ける2人。
「いや、私こっちに来てからまだ女の子の友達がいなくて、こうやって友達みたいにお話できたのが嬉しくてさ」
きょとん、と首を傾げていた彼女たちもの言葉にああ、そういうことかと頷く。女友達、という括りなら勿論歩美や哀も入るのだが、同年代の女友達となるとこの世界に来て数か月経つのにはまだ一人もいなかったのだ。それに園子が呆れたように笑った。
さんこっち来て暫く経つのに友達いなかったんですか?」
「基本安室さんと一緒にいたから…」
人付き合いが下手糞には見えないんだけど、と凝視してくる彼女に出会いが無かったのだ。と伝える。何しろはバイトもしていないし、普段の行動範囲は家とランニング中に通る道か小学校しかない。小学校は子どもたちだらけで同じ大人と友達になることは出来ないし。
勿論歩美たちと一緒にいるのは楽しいけれど、それは同じ子ども目線というよりは年上の姉として、という気持ちの方が強い。そういう意味を込めて眉を下げれば、蘭がを見て目を煌めかせる。
「なら、私達と友達になりましょうよ!」
「え、良いの?」
「もちろん」
パチン、と両手を合わせて笑顔になった蘭に、「え」と声を上げる。蘭たちは確かにと年が近いけれど、彼女たちは十代では成人済みだ。年はそれなりに離れているけれどそれでも良いのだろうか、と園子に目を向ければ彼女は大きく頷く。
何それ、嬉しい。じわじわと頬に集まる熱と、自然に口元に浮かぶ笑み。それを見た2人にすぐに顔に出るんだから、とからかわれた。
ありがとう、と言えば当たり前じゃないですか!と園子にけらけらと笑われる。
「そうだ、今度うちの会社で行うミステリートレインに一緒に乗りませんか?そこでもっとさんの話聞きたいわ」
「わぁ〜良いわね、それ!世良さんにも紹介しよう!」
そして、何かを思い出したようにぽんと手を叩く園子の言葉に頷く蘭。ミステリートレインとは何か、と園子に訊けば、どうやら彼女の父親たちが経営している鈴木財閥という凄い会社――この時点でにはよく分からなかった――が蒸気機関車の見た目をした列車を走らせ、行先不明のままで乗客を目的地へ送り届ける行事なのだと言う。
列車、かぁ。の世界にも海列車という海の上の線路を走る列車があったが、それと似たような物なのだろう。それなら断ることなんて無い。何しろ友達と初めての遠出だ。うん、と頷けばそれじゃあさんの分も予約しておきますね、と話はまとまった。
「じゃあ、連絡先教えてください」
「あ、私も」
形態電話を取り出した2人にもスマートフォンを取り出すが、どうやって連絡先を教えるのか分からない。そう言えば、のアドレス帳には安室が入れてくれた彼の連絡先しか入っていないのだ。機械音痴にも程がある、と思われそうだがどうやるのか分からないと苦笑すれば、園子がのスマートフォンを受け取り3人の連絡先を交換してくれる。その際にアドレス帳を見られて当然のように「安室さんしか入ってないんですか!?」と騒がれたが。
「安室さんがこっちに来た時に買ってくれて」
なんて言えば、何を勘違いしたのか安室さん過保護すぎと蘭が笑う。
そんなこんなで、たちは2時間半もぺちゃくちゃ喋り続けた。思い出したかのように時計を見れば、既に19時になっている。うわ、と思ってスマートフォンを見れば、安室から一件メールが着ていた。
『なんじになりそう?』
一言だけのそれに、慌てて立ち上がる。蘭も、もうこんな時間と慌てて鞄にポーチやら携帯電話などを詰め込んでいた。
「じゃあ、今日はありがとう」
「こちらこそ。さんと話せて楽しかったです」
「また一緒にお茶しましょうね」
会計を済ませてカフェの前で蘭たちと別れる。ばいばい、と彼女たちに手を振って背を向けて歩き出してから安室に今から帰ると電話をかけた。遅くなってごめんなさい、と言えば良いよと彼は小さく笑う。
『楽しかったんだろ?声が弾んでるよ』
「――はい。蘭ちゃんたちと友達になれたんです」
どうやら、電話口の彼には全部お見通しらしい。が女友達がいないことを分かっていて、彼はきっとあの時一人で帰ったのだろう。が彼女たちと友人になれるかもしれないチャンスを潰さないために。
彼の優しい声に心臓をきゅっと掴まれる。話したいことは沢山あった。どうやって彼女たちと友達になったのか、とかアドレスを交換したのだ、とか遠出に誘われたとか。だけど、それは帰ってから直接彼の顔を見て話したかった。
だから、早く帰る。早く帰るから、待っていて。良く見知ったマンションの外壁が見えて、はそこまで駆けた。彼と過ごす部屋の窓からは、柔らかいオレンジ色の光が溢れていた。


17:桃色なんかじゃない
2015/06/22

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