の世界とは違い、日本は四季が全て訪れる国らしく、季節によって色々景色が変わることに驚いたのは、ついこの間のこと。季節は漸く秋になった。日本の蒸し暑い夏に辟易していたは漸く涼しい時期になって大いに喜んだ。安室も長袖シャツを着るようになり、汗でべたつかないこの気候に機嫌が良さそうだ。
、今度から僕の助手として働かないかい?」
「助手ですか?」
パソコンから視線を移してを見た彼に首を傾げた。彼の仕事である探偵の助手。具体的にどういうことをするのか、と問えば安室の指示に従って現場に赴くとか、気になったことを彼に報告するらしい。基本的に、安室の目の届く範囲にいながらも、彼の助手だと気付かれないように二重尾行などをする演技力も求められるのだ、と言われてはへぇと頷いた。
何だか酒場で働いたことと比べて難易度が上がっている気がしなくもないが、遣り甲斐はありそうだった。給料は時給1200円で良いかい?と訊く彼にバイトの給料の相場を知らないははいと頷く。彼がそれで良いか、と言うなら頷くだけだ。何しろは彼の足を引っ張るかもしれないのだから。それにそこまでお小遣いが欲しいわけでもない。一番は彼の役に立ちたいという気持ちだった。
「じゃあ、早速3日後に一緒に行くよ」
「分かりましたー」
彼の言葉に頷いて、カレンダーを見る。3日あるとは言っても、その間に覚えなくてはいけないこととかあるだろうか。疑問に思って訊ねてみれば、彼に「取りあえず僕と目が合っても笑わないようにしてね」と微笑された。
はいはい、子どもじゃないんだからそれくらいできますよ。


 助手として働く初日、はとあるレストランで紅茶とパンケーキを食べていた。に背を向けて前方の席に座っている女性は加門初音。今回安室に結婚相手の浮気調査を依頼した女性だ。今日は途中経過として彼女と話し合うらしい。
目立つ行動は避けるように、と言われていた為小腹を満たす程度の量しか頼まなかったは、ぱくりとパンケーキを一口食べながら、周囲の者に不審に思われないように安室の背後を中心に店内を見渡す。安室には彼女の婚約者から雇われているだろう探偵がいるかもしれない、と言われていた。
今のところ、何も引っかからないなぁ。そう思って鞄から安室に渡された小説を取り出す。平仮名と片仮名、そして簡単な漢字が読める程度になったにとってはまだ多少難しそうなタイトルだが、長時間レストランに居座っても不振に思われないようにする為だ。
安室と依頼人のそれ程声が大きくはない会話を聞きながら小説を読む。振りをするだけで良いと言われていただったが、早速漢字の壁にぶち当たり、分かる字だけを読み取り内容を想像しようと、ぐっと文字の羅列を睨み付けた。
しかし時たま意識を取り戻してちらり、と周囲を確認しながら約二時間。マナーモードで一度だけ震えたスマートフォンに、伝票を持って立ちあがる。それは安室の「先に撤収するように」という合図だ。最後に、忘れ物がないかという振りをしながらぐるりと店内を見渡せば、一瞬サングラスの男と目が合った気がした。
店の中でサングラスなんて、変な人。そう思いながら、会計で1万円札を取り出す。細かい小銭で計算するのはまだ難しかったし、練習するなら今ではなくても良いだろう。
合図を送ってきた安室もそのうち追いつくだろう、と道路を歩きながら団子状にまとめていた髪の毛を解く。暫く一人てくてくと歩いていると、ぽんと肩に手が乗っかった。ちらり、と顔を上げれば想像していた通り、どこかのトイレで変装を解いた安室が立っていた。
「お疲れ様です」
「ああ、どうだった?」
初めての仕事内容について訊かれて思い出すのは、先程見たサングラスの男だった。彼だけが店の中で少し雰囲気が違う客だった気がする。そう彼に伝えれば、それじゃあもしかしたらその彼が相手の探偵かもね、と頷く。どうやら彼もその男が気になっていたらしい。その上先程まで彼に尾行されていて、それを撒いてきたようで。
まぁ、結婚式の前夜祭まで分からないかもしれないけれど。と彼は付け加えた。


 数日経って、加門初音と伴場頼太の結婚式の前夜祭に向かった。最近、分身としてコナンたちと共に訳の分からぬ事件に巻き込まれていたは少しばかり疲れていた。この世界に来てから、というよりはコナンたちと関わるようになってからそういった事件に巻き込まれることが多くなったと思う。大抵、誰かがその場で解決してしまうので、が何かをする暇などないのだが。
にしても、死体や血に慣れている子どもたちってどうなんだろう。私がこの年頃だった頃、そんなものを見たら暫く泣き続けていたに違いない。世界を越えると子どもたちの精神の強さも変わってくるのだろうか、と疑問に思ったがたぶん彼らが特殊なのだろうと自分に言い聞かせた。
話を元に戻して、は目立たない服を着て一般の客としてこの前夜祭が行われる店に入った。今回もが必要なのかは分からなかったが彼が来るかい?と訊くのではそれに頷いたのだった。
わいわいがやがや、としている店の中でも中心とは離れている席に座る。ウェイターがすぐにやって来て注文を訊いてくるので、は夕食をここで食べることにしてパスタと飲み物を頼んだ。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
伊達眼鏡をかけてウェイターの姿でパスタを持って来てくれた安室を見上げる。レンズの奥で、彼の目がうっそりと細められる。口元には笑みが浮かんでいて、きっと万全に整えているのだろうと思われた。自信満々な顔しちゃってさ。は彼の様子に微笑む。去り際に、周囲の人々に見られないようにウィンクをしていった彼を見て、笑わないようにするのが大変だった。周りに秘密を抱えていると自然に口元がニヤニヤしてきてしまうにとっては思わぬ爆弾である。
「(安室さんウィンク上手すぎ)」
様になっていた彼を思い出しながら、パスタをくるくるとフォークに巻きつけて口に含む。ちらちらと楽しそうに飲んで騒いでいる大人たちを見ていたら、離れた所にコナンがいることに気が付いた。
何でここにコナンくんがいるんだろう。不思議だったが、彼がいるということはその前にいる男性が毛利小五郎なのだろうか。そして、隣の女の子がコナンが世話になっているという毛利蘭。
へぇ、可愛い。そんな風に思っていたら、トイレから戻ってきた加門の婚約者である伴場がいきなり安室に殴り掛かった。
――ガシャァン!
安室はその衝撃でグラスを落とし、伴場はその破片で手に傷を負う。ざわめく店内に、安室と同じ従業員が何してるのと彼を叱りつけるけれど、悪いのは彼ではなく伴場だ。
どういうことなんだろう。先程からやけに彼は安室に突っかかっていたが、殴り掛かる程酔っていたのだろうか。
「俺が今話があるのは初音だっての……」
しかし彼はそんなことに頓着している様子ではなく、携帯で誰かに電話をかけ始めた。
安室さんも災難だったなぁ、と視線を彼から飲み物に移す。きっと、彼は何らかの理由で気が立っていたのだ。しかし、
――ドガァンッ。
ぱくぱく、と先程のようにパスタを食べていたら突然店の外で何かが爆発した。雨の中轟々と炎を上げているのは一台の車。赤い炎に包まれる車に、皆一斉に目を向ける。
え、嘘。どうして。騒然とし始めた店内から小五郎が蘭に指示を出してとコナンと共に飛び出して行った。コナン君はここでじっとしていた方が良いんじゃないのか。そう思ったが、彼に言えるわけもなく。何でこんなに事件に巻き込まれるんだろう、と溜息を吐いたはあの車の中で加門初音が焼死体になっていることなど知らなかった。


 連絡した警察がやって来てから数十分。その刑事の中には数日前に出会った高木もいた。着々と刑事たちによって現場検証されていく中で、伴場の手の怪我やブラシに付着した髪の毛のDNAが加門のネイルの先に付着していた血液とほぼ一致したということで、彼が彼女を殺したのではないかという話になっていた。
それに安室が更に追い打ちをかけていく。それに対して、サングラスの男が反論しているようだった。には全く専門用語が分からなかったが、しかしサングラスの男が安室は彼女の浮気相手で他の男と結婚する前に彼が彼女を殺したのだ、という言葉には心中で違うと言えた。安室さんは加門さんに依頼されて会っていただけだし。
周りの刑事たちはそれに驚いて彼に訊ねるが、彼は不敵に笑って彼女と会っていたことを認める。
「何しろ、僕は彼女に雇われていたプライベートアイ、探偵ですから」
カチャリと伊達眼鏡を外して彼が告げた真実。その言葉を裏付けるように安室が加門に依頼を受けて伴場の女性関係を探っていたのだと説明していく。生憎、それを証明してくれる彼女が亡くなったことで彼の言葉は宙に浮いた状態だが、それでも冷静にこの場に対処しているのが凄い。
はそんな彼から視線を外して雨が降っている外を眺めた。損傷した車を見て、少しばかり胸が重くなる。加門とは直接会って話したわけでは無かったが、それでもこんな風に近くで死んでしまうと、遣る瀬無い。
何といったって彼女は結婚直前だったわけだし。何故、幸せの絶頂期にある筈の彼女が死ななければいけなかったのだろう。
憂鬱な気持ちに陥っている所、安室に名を呼ばれた。
、来てくれ」
「はい」
どうやら私が必要になったらしい。一体何だろうと思って、彼の所に行けば高木に「あれ」と声を上げられた。覚えていてくれたんだ、と小さく手を振れば彼も小さく微笑み返してくれる。突然現れたに、コナンが何やら顔をじっと見てくるのに背中に冷や汗をかきながら、視線を刑事たちや伴場に向けた。これもう伴場さんどころじゃなんだけど。どうかバレませんように。
彼女は僕の従妹で助手です、と安室によって紹介されたは、安室が伴場のいない間に加門と共に家で過ごしていたとか、あるいは別人の髪の毛をブラシに付けていたのではないか、という疑惑を晴らすために口を開いた。
「安室さんが加門さんの家に行ったことは無いと思いますよ。私達一緒に暮らしているので、ほとんど一緒にますし」
ここ数週間依頼が入った時以外は彼と一緒にいたことを伝えて、彼の無実を主張する。先程のコナンの視線の意味が分からなくて、隣でしらっとしている安室と代わりたい、と思っていたのだがいつの間にかコナンは姿を消していた。あれ、どこ行ったんだろう。
の言葉を聞いても尚噛みつく伴場に、目暮警部が携帯にかかってきた連絡によってそれはないよと告げる。
どうやら鑑定によってブラシに付いた髪と伴場のDNAが一致したらしい。それによって任意同行を求められた伴場は諦めたように高木と共に店の扉に向かう。漸く事件解決か。
「良いのか?伴場!本当に…」
だが、彼が雨が降り注ぐ外へと一歩足を踏み出そうとした所、俯いている小五郎が彼を引きとめた。え、もしかして彼は犯人じゃないのかな。先程までは彼が犯人だと思っていたのに、突然の小五郎の言葉に少しばかり困惑した。
 そこからは展開が素早く回っていった。小五郎によって、伴場が彼女を殺したわけではなく、伴場と加門が双子だったのだと気付いたことからの自殺だということが証明されたのだ。安室は途中彼の推理に焦っていたけれど、結局は彼の推理に納得して頷いている。
――自殺、だったなんて。
初音…!!そう涙を流して、彼女の名を悲痛気に叫ぶ彼に、はぐっと眉を寄せる。真実が明らかになったのに、こんなに悲しい結末だなんてあまりにも彼にとって酷だ。眠りの小五郎を間近で見られたことはとても感動したけれど、その結末は思いも寄らぬものでの胸に悲しみが広がった。結婚式前日に自分たちが双子であり結ばれることは許されないのだと知った加門は、いったいどういう気持ちだったのだろう。
「神様って酷いですね…」
「そうだね。でも…皆が皆、平等に幸せになれるわけじゃないんだよ」
彼女の心の悲鳴が今更聞こえたような気がして、は安室のシャツの袖をそっと掴んだ。


15:お前の手を放さない
2015/06/21
安室さんが要求した助手の仕事が一般的なものと違うのは、夢主を傍で見守る為の口実。

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