酒場で働き始めてから数日。安室は酒場だけではなく、探偵としても働くことにしたらしい。やはり、彼の本質はそれだったからか、始めて間もないというのに町の人々は彼の推理力に頼ることが多くなっていた。
彼の世界のように事件が頻発するということはないので、飼い猫がどこかに行ってしまったとか、娘が誰か良からぬ者と交際しているようだから相手をつきとめてほしい、とかそういった依頼を受けているようだ。
しかし今日は2人とも非番であった為に、安室の希望から中心街に来ていた。安室に日本と違って武器を持っていても捕まらないということを教えた所、どうやら武器が欲しくなったらしい。それもそうだ、彼はのように能力者ではないのだから。
「良いのありました?」
「うーん、どうにも僕が使っていた物よりも技術が進んでいないみたいでね」
銃や刀、ナイフなど武器全般を扱う店に安室を連れて行った所、真っ先に銃のコーナーに足を向けた彼だったが、どうやらこちらの世界の銃は彼の世界の銃より技術が遅れているようだった。
にしてみれば、これらの銃が一般的であり彼が使っていたらしい銃は一度も見たことが無い為、どう違うのか分からない。彼は色々物色しながらも、最初手に取った片手で持てる銃を2つと小ぶりのナイフを一つ購入した。因みにお金はが数日間酒場で溜めた金を使った。彼の世界ではたぶんもっとお金を使っていたからこれくらい彼にも恩返ししたいというの思いからだ。
「ありがとう」
「あっちでお世話になりましたから」
ベルトに銃やナイフを挟みこんだ彼はに柔らかい笑みを向けた。それにへへと笑いながら応える。
穏やかな時間が流れて行った。


 その数日後、安室とは数日ぶりに2人揃って酒屋で働いていた。最近では探偵としての依頼もそれなりに入ってくる為、彼女とは一緒に働く日が少なくなっていたのだ。初日に比べたら遥かにテキパキと動いているを視界の端に入れながら、安室はオーナーから指示された料理を作り上げていく。キッチンからは店全体が見渡せるような作りになっているため、店内に目を向ければ、どのような状況になっているのかはすぐ分かった。
「よぉ、姉ちゃん。今夜一杯どうだい?」
「遠慮させていただきます」
キッチンと店の入り口からそう離れていない所のテーブルで、野蛮な格好をした男達3人がを見て下卑た笑みを浮かべていた。リーダー格と思われる大柄な男は彼女の腰を抱き、無理やり自分に引き寄せようとしている。
自分の世界のナンパと比べて性質の悪いものだと思った。ちらり、との表情を窺えば不快感に顔を歪めているが、相手が客だからということで乱暴にはせずにぐいとその手を振りほどこうとしていた。どうやら海で焼きそばを奢ると言っていた男たちとは違って、彼らのことはナンパだと判断したらしい。
「別に良いじゃねぇか、俺ァ白ひげんとこの嬢ちゃんと飲みながら話がしたいだけなんだ」
「別に私と話しても楽しくないかと」
「いいや、楽しいさァ。何しろ白ひげが囲ってる女たちは相当な美人だと聞く」
「お前もそうやって媚びて白ひげに入ったんだろ?」
「いや、白ひげはもうジジイだからそんなことも出来ねェんじゃねェか?」
冷静に対処していただったが、身体を使って白ひげに取り入ったのではないかと揶揄する男達の言葉を聞いた途端、怒気を放つのが分かった。安室もその言葉には不快感を催した。いつもは怒るということをあまりしない彼女にしては、背中からその怒りを感じられる程なのだ、相当頭に来ているのだろう。ゲラゲラ笑っている男達を、迷惑な者を見るようにチラチラ視線を寄こしてくる他の客たち。不安気な表情でを窺う者たちも中にはいる。
オーナーもどうするべきか迷いながらも、溜まっている注文の品を作る為に忙しなく動いていた。
――刹那、バシャアア、と氷水が男の頭にかけられた。
「オヤジはあんた達と違ってそんな下種なことしない」
「なっにすんだこのアマァ!!」
怒りのあまり震える拳を握りしめている彼女に、男がその胸倉を掴んで顔を殴りつけた。衝撃で彼女は店の外に吹っ飛んだが、窓ガラスからけろりとした様子で立ち上がるのが見える。対して男は彼女の能力のせいで、拳を痛めたらしく片手を押さえて苦悶の表情を浮かべていた。
ちゃん大丈夫かい!?」
「…ええ、今のは何とか大丈夫そうです」
彼女が外的攻撃をくらわないと分かっていながらも、彼女が殴られる瞬間ひやりとした。それは彼女が女だからか。きっと、彼女が能力者だと知らないオーナーや周りの客の方が気が気じゃないだろう。悲鳴を上げている客たちを睨んで黙らせた男は「能力者か…」と苛立たし気に呟き子分たちを引き連れて店の外へ向かった。
「ちょっと行ってきます」
「ああ、気を付けてね…!」
オーナーに許可を得て、外へ出た彼女たちを追う。いざと言う時に助けられるように、彼らの動向を見守るつもりだった。
先に挑発したのは男たちだが、喧嘩をふっかけたのは。彼女の実力を見極めるチャンスだと思い、手は出さないことにするが、念のために銃を取り出していつでも撃てるようにしておく。
おい、とリーダー格の男に顎で呼ばれた子分たちが前へと出る。どうやら子分たちに相手をさせてから自分が最後に止めを刺す気でいるらしい。彼女は短刀を腰から抜きながら彼らに向かう。
しいん、と静寂が訪れると同時に両者は駆けだした。図体がデカイ男たちと比べて、は素早い。ナイフで刺して来ようとした男をひらりと避けてその勢いを殺せずにつんのめる男の腹部に短刀を突き刺した。
「ぐああ!」
「チッ」
その男は倒れて身悶えているが、厚い脂肪のおかげで致命傷を負ってはいないだろう。もう一人の男も舌打ちをしてまた先程の男と同じようにナイフを彼女に突き刺そうと切りかかってくる。
――おかしい。さっき、が能力者だと知ったのに何故効かない攻撃を続けているんだ。
疑問に思って彼女たちから少し離れた所に立つ男へ視線をずらせば、彼は何かを確信した笑みを浮かべて新しい弾を銃に入れていた。まさか、あの銃に何かあるのか。だとしたら今のは時間稼ぎ。
!」
膝蹴りでもう一人の男の顎を直撃させたのを見計らって、男が引き金を引いた。ドォン!と低い音が響く。安室の声に気付いて何か嫌な予感がしたのか、寸での所で躱した彼女はそのまま男へと向かった。傷一つないが、そろそろ体力がなくなりつつあるのか息が乱れている。男はそんな彼女を見て銃無しでも倒せると思ったのか、銃を地面に落としてその首を絞めようとした。それに彼女は呆気なく捕まったがその前に分身を出現させて短刀を渡し、本体に気を取られている男の背後から飛びかかり短刀の柄で男の頭を殴りつけ昏倒させた。
「はぁ…はぁ、疲れた」
「お疲れ様」
ぺたん、と地面に座り込んだを引っ張り起こすために銃をしまって近付く。何度かひやりとさせられた場面もあったが、こうして彼女が彼女を侮辱した男達を自分で伸せて良かった。
だが、彼女はそのことで怒っていたわけではなかったらしい。オヤジを馬鹿にするからだと額に青筋を浮かべて男を睨んでいる。何だ、自分が侮辱されたからじゃなくて船長を侮辱されて怒ったのか。自分のことで怒れば良いのに、と思う反面、そういう所も彼女らしいと言えば彼女らしいかと納得する。
疲れた彼女の手を引っ張って立たせて、側で昏倒している男の銃を取り上げようと足を向けた。
――瞬間、昏倒していた筈の男がニヤリと笑って銃を掴んで立ち上がった。それを見て悟る。今までのはこの男の演技だったのか。銃を落して油断させ、昏倒したと思って近づいてきた所を撃つ為の罠。
仕舞った銃を取り出す間も無かった。ドォン!!と2度目の銃声と共に、身体にぶつかってきた体温によって地面に倒れる。それはの身体だった。
「!?」
ずるり、とぶつかった安室から崩れ落ちる彼女の身体を支える。
じわり、との右肩から滲みだした赤黒い血に、彼女が自分を庇ったのだと漸く頭が理解した。
「ハッハッハ!!やっぱり能力者も海楼石の弾の前じゃただの人間だな!」
お前を狙えば必ず庇うと思ってたぜ。ゲラゲラと勝利の笑みを浮かべる男に、全身の毛が逆立ち瞳孔が開いた。
安室の腕の中で痛みから気を失っている。何故能力者の彼女が血を流しているのか、分からない。ただ、今の安室の全神経はこの男への激情に向かっていた。

――最初は、ただ利用してやろうと思っていた。便利な能力を持つ彼女を目的を遂行するための道具として使おうと思って、ギブアンドテイクなどと言って彼女を安室の家に留めさせた。彼女は組織の人間という可能性も捨てきれないから、監視の意味も含めて。
しかし、それは徐々に変わっていった。いつの間にか、気付かない間にに絆されて、彼女は赤の他人から妹のような、友人のような存在へと変貌していった。泣き顔も、笑顔も、拗ねた顔も、彼女の傍で見てきた。殊更、自分が作った料理を心底美味しそうに食べる瞬間の彼女の表情は安室の心を温めてくれた。毎日、彼女と共に食事をしてきたのだ、情が移らないわけがない。
いつの間にか、傍にいるのが当たり前になっていた彼女。「ただいま」と「おかえり」を言い合って、誰かに迎えてもらえるという温かさを久しぶりに感じた。だから、がいたから、この世界に連れてこられたことも嫌な気はしなかったし恐怖もなかった。
――それを、この男が傷付けた。僕から奪おうとした。憎悪が湧きあがる。
たった1秒にも満たなかっただろう。男が銃を再び安室に構え直すよりも前に、安室は銃を取り出し一寸の狂いも無く銃を持つ男の手を撃ち抜いた。
「ぐ、ああああ!!」
「よくも…」
指が吹っ飛んだ男の身体に鉛玉を撃ちこんでいく。左脛、右脛、左手。銃を持てないように、逃げられないようにと手足を潰して安室はその心臓に銃口を向けた。この引き金を引けば、を傷付けた男を抹殺できる。だが、幸か不幸か、丁度銃弾が切れていた。それを確認したと同時に、咎めるように店から出てきたオーナーが安室の名を呼ぶ。
「安室くん!先にちゃんを医者に見せないと出血多量で…!」
「――っすみません、取り乱しました」
彼の声にはっとして地面に横たわるを抱き起す。特定の人物のことになると途端に熱くなってしまう癖がここで出てきてしまうとは。オーナーが差し出してくれたシャツで彼女の肩の止血を試みる。この場はどうにかオーナーや町の人々が片付けてくれるらしく、それに頷いてを抱き上げた。
早く病院へ連れて行かないと。焦る安室に、付いて来いと客の一人が病院にまで案内してくれることになった。腕の中で顔色悪く虚ろな瞳をしている彼女を、眉を寄せて見下ろす。
――今、助ける。だから、死なないでくれ、


10:失くしたくない温もり
2015/06/18
海楼石:能力者の能力を無効化する石。

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