03 馬車馬ぱかぱか

 ピピピピピ、と五月蠅く鳴り響く目覚まし時計というものはここには無い。つまり、自力で起きなくてはいけないのだ。もし、五時を過ぎてマルコさんの朝食を作らず寝ていたら……考えるだけでも恐ろしい。その恐ろしさがあるおかげでわたしは毎日四時に目を覚ますことが出来ていた。
あの日以来、就寝中のマルコさんを絶対に起こすものかと心に誓ったわたしは、バスタブにはった水で頭を洗っている。とりあえず、朝はそれだけで良いと思ったがゆえだ。そうでもしないと、わたしの凄い寝癖は直らないもんだから。
「…ぷはっ」
バスタブから頭を出してがしがしと乱暴に髪の毛を乾かす。乙女じゃないとか言ってくれるな。今では私の主人は――というか、自分の意志で奴隷になった覚えなんて一度もないけれど――二人に増えてしまったのだ。ただでさえ忙しいというのにそれに更に忙しさを増したわたしは目が回る勢いで働いている。

そんなわたしの一日のスケジュールはこうだ!
四時、起床。寝癖を直した後にキッチンへ行きマルコさんの朝食を作る。
五時、マルコさんの元に朝食を届ける。その後、各隊長の部屋へ訪れ汚れた服をかき集めて洗濯機に入れる。
六時、洗い終った洗濯物を甲板に持っていき干す。
七時、一、二、三番隊隊長の部屋を掃除する。エースさんの部屋がこれまた汚い。
九時、やっと朝食にありつける。この時サッチさんから少し多めにデザートを貰えるのが至福の時。
九時半、掃除再開。四番隊から八番隊隊長の部屋を片付ける。因みにこの時間帯の人達はそこまで汚く無い為時間がかからなくてすむ。
十一時半、マルコさんの昼食を作る。お昼時は食堂に来るため、食堂に来た彼にそれを渡す。
十二時、昼食の時間。こういう時しか休みの時間が無いってどうなの。
十二時半、掃除再開。九番隊から十六番隊長の部屋を片付ける。
十五時、掃除終了。洗濯物を取り込み、畳む。
十六時半、畳んだ洗濯物を各隊長の部屋に戻す。この際、マルコさんの洋服を間違って他の人に渡すととんでもないことになる。
十七時、夕食の準備を始めるコックさんたちに混ざってわたしもマルコさんの夕食を作る。
十八時、その時々のマルコさんの気分によって配膳する部屋が変わるため、そこに持っていく。
十九時、夕食の時間。一日があともう少しで終わることを噛み締める。
二十時、コックさんの後片付けを手伝う。
二十二時、マルコさんやイゾウさんの晩酌に付き合う。
二十三時、この時間帯に晩酌が終われば就寝。

これを毎日繰り返す。って、けっこう忙しいな!!!しかも、これを見返してみるとマルコさんだけじゃなくて各隊長の召使いみたいな風になってる。何か用があればいつでも彼らはわたしを呼び出すのだ。休み時間なんて無いに等しい。睡眠時間も長くて五時間じゃないか!労働基準法の時間をゆうに超えた勤務時間ではないのか。いや、今更そんなこと彼らが聞くとは思えないからな。仕方がない。
さて、今日も一日頑張ろう。


「エースさん、おはようございます」
「ぐごごご……」
とんとんと二番隊隊長の部屋をノックして彼の部屋に入る。すでにマルコさんの部屋は片づけてあるから、次はエースさんの部屋なのだ。しかし、毎日わたしが掃除をしに来ているというのに、どうしてこうも彼の部屋は汚くなるのか。ぐちゃあ、という効果音が付きそうな状態の部屋に項垂れそうになるが、もはやそれは慣れてしまった。
ベッドの上で未だいびきを立てながら寝ているエースさん。マルコさんとは違って眠りはとことん深いようだ。わたしが声をかけたのに全く気付く雰囲気がない。
そんな彼のことは放っておこうとわたしは掃除に取り掛かる。床の上に脱ぎ捨てられた洋服を拾って洗濯籠に入れていく。勝手に洗濯して良いのかって?良いんです。前にちゃんとエースさんに訊いておきましたから。床に置いてある服は洗濯して良い洋服だと。
、お前俺の芋虫のくせにマルコとイチャイチャしやがって!!」
「えぇ!!?急にどうしたんですか!?……って」
――寝言か。
突然響いた大きな声にびくりと肩を揺らす。ばっと彼の方に振り返れば、その言葉はどうやら寝言だったらしく、むにゃむにゃと口を動かしていた。何だ、やけに嫌な気分になる寝言だったな。特に俺の芋虫って辺りと、何故そんな風に思ったのかは分からないがわたしとマルコさんがイチャイチャしているという辺りが。
エースさん、イチャイチャっていうのはね、恋人同士が「ほらハニー、あーん」「きゃあ!ダーリンったら!!」なんていうのがイチャイチャって言うんですよ。ああ、自分とマルコさんで想像して恐ろしくなった。い、今の想像は忘れよう。
自分が考えた恐ろしいものを振り払うようにエースさんの部屋を綺麗にしていく。はい、このテンガロンハットは帽子掛けに。ああ、もう隊長会議に出す書類がばらばらに散らばっている。全く、この人は小学生か!とんとんと書類をまとめて小さな机の上へ。キャップが開けっ放しになっているインクの蓋を閉めて、羽ペンもきちんと揃えて置く。最後にあらぬ方向へ落ちている彼の靴をベッドの足元に揃えて終わりだ。
「エースさん、もう八時ですよ。早くしないとご飯無くなりますよー」
「…メシ!?――ああ、おはよう。起こしてくれてあんがとな」
ご飯という単語に飛び起きた彼は、今まで寝ていた人間とは思えない速さで身支度を整えて食堂へ走っていってしまった。良かった、朝いちばんから天然Sな言葉を吐かれなくて。悪気が無い分、彼の言葉にはとても心を抉られることが多いのだ。ばびゅんと風のように去っていった彼の後を追うように、わたしも部屋を出た。まあわたしにはまだジョズさんの部屋の掃除が残ってますけどね。


 さて、次は十二番隊長のハルタさんの部屋だ。彼は中々自分で整理整頓が出来る人であるようでそこまで片付けが必要だとは思わない。潔癖症の気が少しあるマルコさんとは違って、適度に片づければ良いといった方だから、わたしはけっこう彼のことが好きだった。掃除面ならね。しかし、彼はまた一癖も二癖もある彼らと同じような性格をしていたのだ。
「失礼します、ハルタさん」
「どうしたー?お前今日も汗くさいな」
これだ。部屋に入った途端笑顔で毒を吐く。乙女に向かって汗臭いとは何事だけしからん!!今までずっと一生懸命に各隊長の部屋を掃除してきたんだから汗くらいかくわ!!
「掃除するのに手間がかかる部屋があるんでね。すみません」
「ああ、良いって気にすんな。今更だしな」
何が今更なんだ。ははっと爽やかに笑ったあなたの顔が、今は憎たらしくて仕方がありません。というか、この男。エースさんと違って自分が毒を吐いているという自覚があるから性質が悪い。エースさんの場合も性質が悪いと言ったらもちろん悪いに入るが、また違う性質の悪さだ。童顔で王子様みたいな恰好しているくせに毒舌ってどうなの。世の乙女の王子様像を壊してしまうよ。あ、元々この人王子様じゃなくて海賊だから良いのか。
少しばかり散らかった彼の部屋の物を元にあった場所へ戻しつつそんなことを考える。こんなことを考えていたと彼にバレたらあれだ、マルコさん――彼の場合は暴力だから少し次元が違うかもしれない――までとはいかなくともそれなりに精神的にくる台詞を吐かれるのだろう。
「はい、失礼しますよ」
「おう」
彼の足元を雑巾で拭く。這いつくばってごしごしと擦っていたら、急にずしっと重くなるわたしの身体。
「……あの、ハルタさん?」
「ああ、気にすんなって。椅子が目の前にあったからさ」
わたしの身体が重くなった原因は、彼が私の背中に腰を下ろしたからだ。いや、あなた椅子があったからって、今までソファに座ってたじゃないですか。それを何故わざわざわたしに座りかえた?本当この人の頭の中を一度覗いてみたい。
「あの、重くて掃除できません」
「ほーら、走れ!風のように!!」
「いや話訊いてくだ――って痛っ!!」
わたしの言葉を尽く無視して剥き出しのカトラスでわたしのお尻をぺしぺし叩く彼。何この図。
走れ、って今わたし掃除してるんですけど!?この人はそこら辺を分かっていない。やるんだったら廊下を歩いている平隊員にでもこんなことをやってもらえば良いのに。ああ、はいはい分かってますよ。わたしだからやりたいんだよね。ちくしょう!!!
「こんなことをするのはマルコさんだけの筈だったのに……」
「何だ、ノロケか?」
「違います!!!!」
わたしの上で足を組んで優雅に本を読んでいる彼にぎゃんぎゃんと噛みつく。ノロケ、ってどう考えてばそんな風になるんですか!!わたしはわたしをこき使う人間が一人だと思ったら何倍もいたということに嘆いているのに。これはもう、オヤジ様に直談判するしかないのか。マルコさんもどうやらオヤジ様には頭が上がらないようだからそうすれば助かるかもしれない。けれどそれでは何かわたしが敗けたような気持ちになる。オヤジ様は最終手段にとっておこう。
走れ風のように!!――ってハルタさんここにまで出てこないでください!

2013/04/05

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