02 魔王ズにこき使われる

 おはようございます、こんにちは、こんばんは。この間、急に空から落ちて海面に叩きつけられた直後柄の悪い海賊に捕えられて、更に性質の悪い海賊に拾われてしまったか弱い女子大生のです。
ひょんなことから芋虫、基召使いとして白ひげ海賊団に居候することになったわたしは、何だかんだでその状況に適応してしまいました。まだ一日しか経っていないけれど。
昨日は歓迎パーティーみたいなものを開いてもらって楽しかったですはい。この船は皆あんなドSしかいないのかと思っていたけれど、あの男二人が異常だったらしい。わたしに気さくに話しかけてくれた四番隊隊長のサッチさんはとても優しい男性だった。それにオヤジ様もこんな突如現れた小娘を同行させてくれる懐の広いダンディーなおじい様でした。
そう、わたしはそんな幸せな気分で眠りについたのだ。それがたとえドSなマルコさんと同室になっていたとしても。


 何故わたしが中年とはいえこんな男性と一緒に部屋を共にしなければならなかったのか。それは彼の一言で決まってしまった。
「コイツは俺の召使いだからよい、俺の部屋で暮らさせる」
「えっ?」
「おい、この娘心底心外だという顔をしているぞ」
わたしの目の前に座っているオヤジ様はマルコさんにどういうことだ?という目を向ける。
しかし彼はそこで狼狽えることなくわたしの耳元に唇を寄せて、
「何か問題でもあるかよい?」
「異論ありません」
そう囁くから素直に頷くしかできない。わたしは生存願望の塊なのだ。
「(はァアアアア!!!?もう、このおっさん何言ってんの!!うら若き乙女を男と一緒の部屋で暮らさせるなんて!!!)」
しかしヘタレなわたしはその言葉に非を唱えることが出来なかった。常識人でありそうなサッチさんとオヤジ様に「駄目だって言え〜…駄目だって言え〜…」と念を送ってみるがそれは伝わらなかったようだ。結果、わたしの部屋はマルコさんの部屋になってしまった。オーマイガッ!!!
何かやましい気持ちがあるのか!?そう思いきや、それが顔に出ていたのか「誰もテメェみたいなガキ相手に欲情しねェよ」と断言されてしまい、それはそれで悔しかった。何だ、それはわたしの胸を見て言っているのか!!?あ?このパイナ――あ、ごめんなさい許してください!!そんなやり取りをしたのも記憶に新しい。


 そろそろ起きる時間だ。時刻は四時ジャスト。ふわあああと寝ぼけ眼の状態で寝具として与えられたソファからのそりと立ち上がる。とりあえずシャワーを浴びて目を覚まそうと思い、好きに使っていいと言われていたので勝手に浴室を借りることにした。
服をぱぱっと脱いで頭からお湯を浴びる。ザァァアアと温かいお湯を浴びて漸く頭が覚醒した。
そう思ったら勢いよく開く浴室の扉。
「ひぎゃ!!マ、マルコさん何やってんですか!!?」
「テメェ…!シャワーの音で目が覚めたじゃねェか!!俺は眠りが浅ェんだよい!!」
「いっっっっっっっったァァァア!!!」
ぎょっと目を見開いたわたしは無い胸やら大切な場所を隠そうとするが、そんなものはおかまいなしといった体でマルコさんはわたしの頬に拳を入れた。ごすっという重い音に相応しい痛みが襲ってきて絶叫するが、それにさえ五月蠅いと理不尽な文句と拳骨を喰らい、わたしは早朝からものすごく嫌な気分になった。なにこの理不尽な暴力。涙が出たよ。
でもわたしは心に誓った。これからは絶対に寝ているマルコさんを起こさない。この人絶対寝ている時に起こされたら機嫌が最悪になる人種だよ。
わたしの裸なんかには一目もくれず、そのまま二度寝の体勢に入った彼。それは嬉しいのか悔しいのか分からないけれど、わたしは急いで身体を拭いて真新しい服の袖に腕を通した。なにせわたしは彼の命令を訊くためにこんな朝早くに目を覚まして準備を始めたのだ。彼が寝ているからと言ってそれをおろそかにはできない。ああ、かなしきかな、日本人の習性。
パイナップル魔王を起こさないようにそうっと部屋を出る。そのままわたしが向かう先はこの船の食堂だ。わたしはそこのキッチンに用がある。
――わたしは毎回の食事を作られるように命じられたのだ。この船にはコックさんたちがいるようだが、この船の人間の数を考えると彼だけ別に料理を作ってくれるなんてことはない。そのためにわたしが駆り出されたのだ。そして彼がご所望しているのは、低コレステロールの食事。どうやらコレステロール値を気にしているらしい。
…………………………おっさんか!!あ、おっさんでしたね。
とりあえず、わたしはそこまで料理が上手いというわけではないので、朝五時には目が覚めるという彼――もちろん、じじくさいとか思ったのは秘密だ――の為に、早めに目を覚まして朝食を作るのだ。そして腕を上げるためにサッチさんが手助けをすると申し出てくれた。なんて心優しい方なんだ。
「おはようございます、サッチさん」
「おお、おはよ…ってお前、その顔どうした!!青くなってんぞ!」
キッチンに入った途端、ぎょっとした顔をわたしに向けた彼にああ、と先程のことを思いだした。青いといえば、青あざですね。さっきマルコさんにぶたれた時にでもできたんでしょう。そう言えば彼は苦虫を潰したような顔になった。そんなことになったわたしの方が泣きたい気分なんですけどね。
「ったく、アイツ女の子の顔になんてことを…」
「サッチさん…あなたがそう言ってくれるだけでわたしは救われます!!」
まともな会話が出来ることを嬉しく思いながら、また涙が出そうになった。けれどそれは堪える。こんなに良い人のサッチさんを困らせたくはないから。大げさだなと笑う彼の横に立って、私は教えを乞うことにした。あと三十分でマルコさんが二度寝から目を覚ます。時間内に作っておかないとまたとんだ理不尽な暴力を受けるかもしれない。そう思ったわたしはサッチさんの見本を食い入るように見つめそれをわたしの普段の二倍ほどの飲み込みの速さで学習した。
こ、これで何とか殴られずにすみそうだ。あの魔王、本当に恐ろしい。塩をかけ過ぎだとか言って海に投げ捨てられたらどうしよう。
徐々に太陽が地平線に姿を現し眩しい光がキッチンに差し込んでくる。サッチさんはわたしが作った料理の味に満足げに頷いていた。
「これでマルコの奴も文句はないだろうよ。ってかマルコの奴隷だなんてお前も大変だなァ」
「ありがとうございます。…そうなんですよ、あの魔王。わたしがシャワー浴びた音で目が覚めたとか言って殴るんですから」
理不尽すぎます。むすっとした顔で大変憤慨してますという気持ちを表現すると、彼はアイツはある意味エースより手が負えないからなァと同情に満ちた眼差しでわたしを見た。魔王ってあだ名合いすぎだろ、なんて言いながら。
「誰が魔王だって?」
「ひ!!こここ、これはですねマルコさん!!かくかく云々の理由が…って、あれ?」
ふいにぽんと肩に手を置かれたわたしはその手の持ち主が今まさに噂、というか愚痴をこぼしていた相手のマルコさんだと思い、わたしは大変狼狽した。しかし、ふり返ればそこにはパイナップルではなく黒髪の綺麗なお兄さんが。なんだ、マルコさんじゃなかった。声も少し違ったもんね。助かった。けどわたし、それに気付かないなんてどれだけ焦ってたんだ。
「おい、俺をシカトするとは度胸あるな」
「あわわすみません!わたしに何かご用ですか?」
一人慌てて自己解決し落ち着いてしまったわたしは黒髪のお兄さんのことを忘れてしまっていた。うっすらと青筋を額に浮かべている彼を見て、サッチさんがくつくつ笑っている。わ、笑ってないで助けてくださいよ!
「目が覚めたんで、噂のマルコの召し使いとやらを見に来た。俺は16番隊隊長のイゾウだ」
「はじめまして!マルコさんの召し使いのです。って、何てこと言わせるんですか!」
しまった、彼に乗せられて一人ボケツッコミをしてしまった。彼はそんなわたしにノリが良いなァとにやにや笑いながら見てくる。何だ、何か嫌な予感が。
「お前、マルコに魔王だとか言ってんの知られたらマズいんじゃないのか?」
「あ、そうです。さっきのことは内密にお願いします!!」
人の悪そうな笑みで私のことを見下ろしてくる彼。そんな笑みを浮かべているのだからてっきり「やーだね。マルコに言いつけてきてやるー!」なんて意地悪を言ってわたしの平和を乱すと思いきや、彼は快く「良いぜ」と了承してくれた。なんだ、案外良い人なのかな。あ、人は見かけで判断してはいけないんだった――
「ただし…マルコに言われたくなかったら、俺の奴隷になりな」
「え……?は?」
とか思っていたら彼はふふふと先程よりも人の悪い顔をして私を威圧してきた。え、何これ。もしかして嵌められた?俺一度奴隷とか欲しかったんだよな。なんて呟いている彼は、そう、まさしくドのつくSだ。なんだ、マルコさんというドSから離れたと思ったらまたドSかよ!!わたしはどれだけドSに虐げられなくちゃならないんだ!!
「良いのか?マルコに“魔王”なんて呼び方してたってバレたら……」
「………分かりましたよ、どうぞ好きにしてください」
マルコさんにばれたら…なんて重圧をかけてくる彼に私は仕方なしに頷いた。あんなことを言ってるなんて知られたらわたしは殴る蹴るじゃ済まないかもしれない。確実に殺される。それは何としてでも避けたかったから苦渋の決断だ。
「言い方が違ェな。“奴隷にしてください。どうぞよろしくお願いします”だろ?」
「……奴隷ニシテクダサイ。ドウゾヨロシクオネガイシマス」

 こうして私はまたまた主人を増やすことになった。隣で見ていたサッチさんは何故かげらげらと笑って――もしかしたらイゾウさんの空気に中てられたのかもしれない――わたしを助けてくれなかった。そして、マルコさんの元に朝食を持って行けばまたもや「遅いよい!」と脚を蹴られる始末。
本当、この船には――――
ドSしかいないのか!!

2013/04/04

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