――そして次の日の夏島に到着した昼。
ナースたちの半分ほどはわざわざ船長から暫くの休憩を貰って、完全封鎖されたナースたちの部屋に集まっていた。その中には彼女らの目的のもいる。
「さあ、気合入れるわよ!!」
「皆テンションおかしくない?」
「気にしないで良いわ」
異様なテンションの中、私は全部終わるまで目を開けちゃ駄目よ、と言われた。どうやら彼女たちが全部してくれるらしい。何やら私の事を吃驚させたいと言うものだから、素直に頷いた。
私が吃驚するような衣装って何だろう。も、もしかしてアルマーニのスーツとか!???いや、流石にそれは無いよね、あれかなり高いもん。私なんかのためだといってもこの何でもない日に皆がそんな物をプレゼントしてくれるわけないしなぁ。じゃあいったい何だろう。
ふふふ、と楽しくそんな想像をしていると、目を開けて良いわよと言われ目を開ける。
途中髪の毛を少し結われている感覚があったけど、何だろう。と思って鏡の前に立つと開いた口が塞がらなかった。
「え、え、え、え?ななな何これ!!!!」
「可愛いー!」
「似合ってるわ〜!!!」
吃驚させるってそういうことだったの!!??
鏡に映った私の姿は白いふんわりとしたワンピースを着ていた。首の後ろでリボンを結ぶタイプで、先程結われていた感覚があったのは、耳の上の一房が三つ編みにされて後頭部で可愛らしくまとめられているせいだった。
確かに、可愛い。自分じゃないだろうと思うくらいの可愛さだ。だから逆にものすごく恥ずかしい。なんだってこんな服をマルコと一緒に出掛ける為に着なくちゃいけなかったんだ。
肩だって背中だってむき出しだし、今までこんなに肌の露出の多い服を着たことがない私は羞恥心で死んでしまえるかと思った。
!こっち向いて!!」
「顔赤くしてないで笑って!!それも中々そそるけど!」
「や、やだ。着替える!!」
興奮状態にある彼女たちにいくら恥ずかしいから着替えるとかこんなのまるで女の子じゃないかと言っても、あなたは女の子で似合ってるんだからそれを着るのが当たり前でしょ!と怒られてしまった。どうして皆今日はこんなにおかしいの。薄ピンクのヒールを履いている自分が居た堪れなくて、こんな姿をマルコに見せるのかと思うと更に恥ずかしくって涙が出そうだった。
手の甲に彫られているオヤジの刺青も包帯で巻かれて隠されてしまって尚更心細い。オヤジに頼ることも許されないなんて。
「ほら、隊長が待ってるわよ!」
「やだやだ!待ってよ皆!」
ヒールが高くて上手く歩けない私を良い事にずるずると甲板の方へ引きずっていく彼女たち。私を取り囲むように彼女たちが歩いているからか、船員たちには私の服装は見えないようだが、それでも中々好奇の目を向けられているのが分かる。
ああもうこんな中でこんな服装を見せるだなんてどんな羞恥プレイなの。
「あ、マルコ隊長!」
「ああ、ナタリー」
「皆待って…!変だって思われるから!!」
とうとうマルコを見つけてしまった彼女たちに必死に声を小さくしてお願いをするけれど、彼女たちは全くいう事を聞いてくれない。あ!そう言えば刀もない。どうしよう、私のアイデンティティーが全くない状態だ。
「ほら、行ってきなさい」
「わ!」
どん、とナタリーに背中を押されて彼女たちの中から飛び出す。ぐらり、と体制が崩れたがそれを持ち直して目の前にいるマルコを見上げたら、ぽかんとした彼の顔があって、ぼっと顔に火が付いたと思うくらい熱くなった。
何も言葉を発する事のない彼に、羞恥心の塊である私は今にも涙が零れてしまいそうになってぎゅっと唇を噛む。
甲板にいた連中も皆一様にぽかんと口を開いて間抜け面になっているのが手に取るようにわかる。唯一オヤジは「よく似合ってるじゃねえか、」とグララララ笑って酒を飲んでいるから、私は唯一の救いであるオヤジの元に行って匿ってもらおうと足をそっちに向けた。
「ったく、オラ、こっちに来い!」
「――え?」
くるりと後ろを向いてオヤジ、と呼ぼうとしたら、ぐいと腕を引かれて体制を崩す。気付いた時にはマルコの腕の中にいて、しっかり掴まってろよいという言葉が耳元で囁かれたと思ったら、彼は私を抱えたまま縄梯子を使わず船を飛び降りた。突然の浮遊感に思わずマルコの首にしがみ付けば、ふっと微笑むのが分かって、今までにないくらい心臓がばくばくと五月蠅い音をたてているのが分かった。
少し離れた所にあるモビーディックからは、「キャー!マルコ隊長素敵!!ちゃんとエスコートしてくださいよ!!」やら「嘘だろー!?あれが!!?」などと騒ぐ声が聞こえてくる。
涙なんかはとうに引っ込んでしまっていて、もう随分モビーから離れたというのに未だ私の事を降ろさないマルコに、私は居た堪れなくて「降ろしてよ」と小さくお願いする。
そうすれば彼は素直に私の事を降ろしてくれたが、無言のままだ。
「ど、どうせ似合わないって思ってんでしょ。けど、これはナタリーたちが着せて…仕方なくなんだから」
何なんだこの言い訳は。あまりにも女々しすぎて笑えてくる。ああ、もう。こんなことなら彼女たちに任せなければ良かった。どうしてマルコと一緒にアイスを食べに行くだけなのにこんな恥ずかしい恰好をしなくちゃならないのか。
今すぐにでも穴を作ってその中に閉じこもってしまいたいほど私は恥ずかしい。
「――ったく、似合いすぎで困ってんだろーが」
「え」
けれど予想していた言葉ではなく、口元を隠して目を逸らしている彼の言葉に顔を上げる。
な、何それ。え、もしかして私のこと褒めてるの。そう思ったらかぁっとまた顔に熱が戻って先程とはまた違う恥ずかしさに襲われた。
――何なの、今日のマルコ変だよ。私も十分おかしいけど、こんなマルコしらない。
「ほら、行くよい」
「ちょ、っと」
挙句の果てには手まで繋がれてしまって、いったい何なんだ。彼はそんな高いヒール履いたことねえだろ、だからだよいとエスコートするつもりで手を握っているらしいが、正直私は心臓が持たないと思う。私はこんな女扱いをされることは無かった、というかむしろしていた方で、される側になるとこんなに恥ずかしいものなのかと今更知った。
マルコは私のぎこちない歩みに歩幅をそろえてくれたし、どこのアイスクリームが食べたいんだと聞いてくれた。
本当に紳士的で、今まで私にああだこうだ言っていたマルコと同じ人物とは思えない。
「――っと、すみません」
「気を付けろい。大丈夫か?」
「――う、ん」
街は結構賑わっているらしく、通り過ぎる人に肩をぶつけられてしまってよろけた私の腰を、マルコがさり気無く支えてくるからびくりと反応してしまった。今のを、気付かれただろうか。だって、今まで腰なんて触られた事なかったのに、そんなこといきなりされたら驚くに決まってるじゃないか。
今思ったけど、ナースたちってけっこう経験豊富なんだな。私が腰に手を回してもむしろあっちから絡んできていたんだから。
ワンピースの裾がひらひらと風に煽られる感覚が酷く心もとなく、とりあえず発見したアイスクリーム屋さんに入ることにした。
「ここで良いのかい?」
「うん」
何だか先程からずっとマルコのことを意識してしまって目を合わすことが出来ない。きっとあれだ。こんな女の子の恰好をしてしまって、しかもエスコートされているから変に意識してしまっているだけなんだ。いつものスーツを着たらいつもの自分に戻れるよ。
とりあえず五つくらいは食べられるな、と思い五種類の味を選んでみた。会計はマルコが昨日言った通りに全部支払ってくれて、それがまた普段の自分からしてみれば違和感たっぷりな立ち位置で。ああ、もう本当にどうすれば良いんだろう。
二人用の席に座って気付く。マルコはコーヒーしか買っていない。つまり何もすることが無くて、ぱくぱくと食べているわたしのことをじっと見ている。その視線はどことなく甘さを含んでいるような気がして、私はそれに気が付くと一気に胃がきゅうっと小さくなってアイスが喉元を通らなくなってしまった。
けれどアイスクリームはまだ二つ残っている。三つ食べた時点でよく食べる奴だと思われているだろうが、折角買ってもらったアイスを残すのは申し訳ない。何より食材に申し訳ない。
どうしようかと逡巡しながらちらちらとアイスとマルコの顔を見比べていると何だよいと声をかけられた。
どうして、こんな一言言うだけなのに口が上手く動かないんだろう。
「…え、と。お腹いっぱい、になっちゃった…」
「仕方ねえよい」
ちら、と彼を見ると別に怒った様子はなくてほっとする。けれど、その優しい視線にまた心臓がどきりと飛び跳ねて視線を逸らす。
「食ってやるからこっち渡せよい」
「うん、ありがとう」
アイスを受け取ったマルコがぱくりと大きな口で一気にアイスを食べるから呆気にとられる。もぐもぐとアイスを口いっぱいに頬張っている様子はいつものマルコと比べるととても面白い。
「変な顔―」
「お前の為に食ってやってんだろうがよい」
なんだかおかしくて、いつものようなマルコだと思ったら笑えてきてしまった。笑ったことによって今までの緊張は少し収まったようだ。残りのアイスも彼が同じように食べてしまって、私たちは店を出た。
いくら夏島といっても一気にアイスクリームを三つ食べたのが悪かったのだろうか、何だかお腹が冷たい。お腹をさり気無く気にしていると、彼はそれに気が付いたのか温かいの買ってくるからここで待ってろ、と近くのベンチに私を座らせてすぐ側の売店に並びに行った。
――今日のマルコどうしちゃったんだろう。こんなに優しいの初めてなんだけど。
ふわふわしそうな思考で極力現実的なことを考えようと努力する。けれど、考えてしまえばしまう程先程の心臓の高鳴りを思い出してしまって気もそぞろになった。
「ねえ、君」
「……」
ああ、もう本当今日の私はおかしい。マルコも私も頭がイカレてしまったのだろうか。
「ちょっと、君、君のことだよ」
「え?」
ぼうっとしていたためか、私に話しかけている人がいるとは思わなかった。ベンチに座ったままの状態で、上を見上げれば笑みを浮かべている二人の男たち。一体何だろうと思って見上げていると、ぐいと腕を引っ張られて立ち上がった。
「ねえ、暇なら一緒にカフェにでも行かない?」
「はあ……」
カフェ、みたいなものにはさっき行ってしまったとは言えずに間の抜けた返事をする。この人たちはいったい何なんだ?大体、人が座っているのに勝手に立ち上がらせて無遠慮にも程がある。早く手を離してくれないかな。さっさと言いたいことを言って立ち去ってくれればいいのに。
今は刀もないし覇気でも出して追っ払おうか。でも、そこまで悪い顔には見えないし、一般人に手を上げるっていうのもなあ。
そう悩んでいた時だった。
「こいつは俺の連れだよい。勝手に話しかけんな」
「な、なんなんだよお前…」
売店から戻ってきたマルコが彼らに捕まれている腕を引っ張って解放してくれた。そのままの勢いで私の肩を抱き、彼らに鋭い視線を投げかける。な、にこれ。素肌に感じるマルコの体温に再び顔が熱くなる。
男たちは私を放ってマルコにやいやい口論していたけれど、マルコの胸に白ひげのマークがあることに気が付くと慌てて逃げて行った。あっという間の出来事だったけれど、私は未だに状況判断が出来なくて、ただマルコがあの人たちから私を守ってくれたことだけは分かっていたので、小さくありがとうと言う。
「ナンパぐらい断れよい」
「え、ナンパだったの?」
まさかナンパだったとは思わなくて、マルコがやや不機嫌そうに呟いた言葉に驚く。まさかあんな言葉を使ってナンパしている人がいるとは思いもよらなかった。私のいつものやり方とは全然違うからなぁ。気付かなくても仕方がない。
「気付いてなかったのかよい…」
「うん」
呆れた様子の彼にごめんと謝る。どうして謝ったのかは分からないけれど、何となく悪い気がしたのだ。そうすれば彼は別にいいよいと言って、私に温かい紅茶を渡してくれた。
マルコはまたさり気無く私の手を取って歩き出す。

――ああ、もうこれじゃあまるでデートみたいじゃないか。


2013/01/23

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