あんなことが先日あったからか、やけにのことを目で追ってしまう。いや、これは前々からもあった癖だ。彼女がナースたちとよく戯れているからそれを咎めようとしていた頃のそれと一緒ではないか。
そんな風に心中言い訳をして今もまた視界に入ったを見つめる。彼女は丁度オヤジの傍にいるナースたちと楽しく話をしていて、それをオヤジが笑いながら見ていた。そういつもの風景だ。
しかし、ナースのうちの一人と偶然目が合うその瞬間、黒い笑みをこちらに向けられた気がした。これはあれか、牽制のつもりなのか。
少し背筋が寒くなってふい、と彼女から目を逸らす。女って恐ろしい。こう、直接的というか間接的に攻撃をしてくるのだ。きっとは傍にいる彼女がそんな恐ろしい笑みを浮かべていたことに気付いていないのだろう。
「マルコー」
「なんだよい」
ナースたちとの会話が終ったのか、こちらにやって来たに極力いつも通りに返事をする。彼女は昨日の晩のことを全く覚えていないようだが、俺は鮮明に覚えてしまっている。あの時の彼女をどうしても思い出してしまい、俺は彼女に肩がぶつかってしまっただけのことなのに、酷く距離を意識してしまった。
何なんだ、これじゃあまるで思春期の坊主みたいじゃねえか。
「でさ…、マルコ聞いてる?」
「あ、ああ。聞いてるよい」
彼女との距離ばかりを意識していたら返事がないがしろになっていたのか、が疑惑の目で俺を見上げる。身長差があるから仕方のない事だが、これは色々と不味い。どうしたんだ今日の俺は。いつもの俺じゃない。
「顔赤いよ?熱あるんじゃない?」
「い、や。大丈夫だよい」
ぴた、と彼女の黒の革制手袋が外された手で額を触られる。心臓がどくりと跳ねるのを感じた。思わず仰け反りそうになるのを全力で抑えてしらばっくれる。ああ、何なんだ。どうしちまったんだよい、今日の俺は。
こいつの意識せずにやることが全て小悪魔のようだ。
くすくすと少し離れたところから聞こえる笑い声に後ろを振り向けば、ナースたちが口元を押さえて微笑んでいるのが見えた。何なんだあいつらよい。
「どうしたの?マルコ。部屋に戻る?」
「あ、ああ。そうするよい」
ナースたちの様子に気付いていないが心配そうに俺の事を見上げてくる。それもそうだ、今までこんなに上の空だった俺はいないんだから。こいつが心配したって仕方がない。これ以上こいつを心配させるのも嫌で、とりあえず部屋に戻ってじっくりと自分の行動について考えてみようと決めた。
「ちゃんと寝なよ」
「ああ、悪かったよい」
手を振るに同じく手を振りかえして甲板を後にする。自室に戻ってベッドに横たわって、とりあえず今日の俺の気持ちを思い返してみた。そうすると色々と浮かんでくることがあった。
朝、におはようと笑顔で声をかけられて思わずそれに見とれたり――幸い彼女は俺より先に食堂に入っていったからそんな俺の様子には気付いていなかったが――、サッチたちと仲良く話している様子に何故か気分が悪くなったり。甲板でただぼうっとしていたら視界に彼女がよく入ってくるだとか。それはさっきも考えた通り昔から変わらなかったわけで。
――ん?ちょっと、待てよい。昔から変わらないだと?
確かに思い返してみれば今まで何だかんだ彼女を視界に入れることが多かったし、よくに絡んでいる記憶がある。それはサッチたちのような絡みではなく、もっと女らしくしろだとか危ない所にはいくなとかそういったもので、俺としては彼女を教育するためにそんな言葉をかけているつもりだった。だけどイゾウから彼女の昔の話は少しだけ聞いていたため今更彼女の生き方を変えるなんてことは出来ないと承知していた。
そう、承知していながらなぜ俺はそうやって一々彼女に注意をしたりだとかをしていたのだ。
――何か閃いてしまいそうで怖い。本当に分かっていいのだろうか。
この何年かの間、一番俺の傍にいたのはのような気がする。それは彼女からでもあったし、俺から彼女の傍に行ったことも含めてだ。彼女の傍にいることが心地よくて気が付けば彼女と笑っていた。
だけどそれは仲間としてであって決して彼女を女として見ていた訳ではなかった筈だ。何て言ったって、彼女がこの船に乗った時は侍という恰好――つまり胸元を肌蹴させて袴を履いた状態だ。だが胸元はサラシを巻いていたから肌は見えなかった――をして、装飾品の内に入るのかすら分からないが、マフラーを除けば刀二本しかない飾り気のない状態で男だと思ったほどだ。
一緒にいたイゾウよりも動き、敵を切り倒しているその様子は雄々しい虎のようで、オヤジが手助けしてやれと言わなければただぼんやりとしか見ていることが出来なかった筈だ。それほどまでに彼女は男らしかった。まるでイゾウが守られている女に見えたし、体術もかなり上の方だっただろう。
だけど、彼女を引き上げた時に握った手は、確かに女のものであったし、その後に引き上げたイゾウの手はやはり男の手だった。比べるまでもなく彼女は女であって、戦いが終わった彼女は先程までの雄々しさなどどこにいったのやら、普通の少女に見えたものだ。
そして昨日の出来事。彼女があんな女の子らしい恰好をした様子を見て俺は酷く驚いたが、彼女はナースたちと同じように女なのだ。それも大抵のナースたちよりも若い女だ。そんな彼女があんなフリルが付いた服を着ることはおかしくないし――ナースたちは私たちが用意したのだと優越感に浸った様子で言っていたが――それが似合わない道理もない。そう、ただ俺はあんな女らしい恰好があまりにも似合っていたことが信じられなかっただけなのだ。あれほど常に女らしくしろと言っていたのにも拘わらずにもだ。
そしてそれから俺の様子がおかしくなった。昨夜だって彼女のあの姿が目蓋から消えなくて暫く眠れなかったし、今日だって彼女の肩がぶつかっただけで心臓が跳ねた。
――いや、もうこれ以上は考えない方が良いかもしれない。これ以上考えると、今の楽な関係を終わらせてしまうかもしれない。
きっと俺は今まで彼女の事を男のような存在として見ていることによって気持ちを押さえていたのだ。それが昨日あんな女らしい恰好をしていた彼女を見てぶち壊されてしまった。
ああ、もう本当は気付きたくなかった。こんな年になって今まで抑えつけていた恋心を自覚するなんて。
もうここまで来たら認めるしかないのだ。このままではずっともやもやとした気持ちを抱えたままと付き合っていかなければならない。
そう、俺はのことが好きなのだ。
「まじかよい……」
自分で導き出した結論に、思わずベッドの上で悶える。恥ずかしすぎる、こんな。こんな恋なんてものをこの年に初めてするなんて。欲求を晴らすために女を抱いたことは幾度もあるが、こういうものとはまた別モノだと思う。
ああくそと自分を罵り、これからどうしようかと考える。
自覚してしまえば話は早く、それまでの葛藤などすっぱりと切り捨て、これから自分がどう動くべきかについて頭を回した。
相手はあのだ。女らしさのかけらもない――ただそれは俺の中で昨日のうちに崩れ落ちたが――、そして男を作るより女の子といる方が楽しいというあの彼女だ。どうやって今まで仲間だと思っていたやつから“男”として認識されるようにすれば良いのか。
とりあえず俺は思い浮かんだこと全てを彼女にすることにした。


「ようやく自覚したようだな…」
「何年だよ、え?」
マルコの部屋の外から気配を消して中の様子を眺めていたサッチとイゾウがそこから離れてはあと溜息を吐く。彼らはもうずっと昔から彼がのことを好きなのではないかと疑っていたが、本人がそんなことを到底意識しているようには見えずにいたので、昨日の昨日まで確信に変わることはなかった。だが、イゾウが彼女の裸に関心を寄せたことから彼の機嫌が悪くなっていくのが手に取るように分かったので、それがようやく恋であると彼らは確信したのだった。
「いやあ、が手元から巣立っていく(予定)のはどうですか、お兄さん?」
「気に食わねぇなァ」
イゾウはサッチからふざけ半分でそんなことを訊かれて眉間の皺を深くした。そんな彼の様子を見て、サッチはふざけて聞くんじゃなかったと瞬時に後悔する。
「マルコか……お前に比べりゃまだマシだが…やっぱ気に食わねえな」
「え、ちょ、イゾウさん。俺ってあなたの中でどれくらいの評価なの…?」
「女に関しては下の下だ」
「ひでえええ」
年下のイゾウからそんなことを言われてしまったサッチは暫く立ち直れそうにない。


2013/01/22

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