「あ、リザ――」
「ちょっと、いらっしゃい」
医務室から出てきた彼女に挨拶をして笑顔が返ってきたと思ったら、え、と思う暇もなく私は彼女に引きずられてナースたちの部屋に連れて行かれた。
――え、ちょっとどういうこと?私なんか彼女を怒らせるような事したっけ?
そう少し不安に思っていると、部屋の中にいたナースたちが私の顔を見た途端に色めき立つから、安心した。どうやら私は怒られるのではないようだ。
だけど、その次の彼女たちの言葉には吃驚させられた。
「さあ!女子会をするわよ!!!」


 所変わってここはマルコの部屋。何故か分からないが、彼以外にサッチ、エース、イゾウがいて思い思いに寛いでいる。本人は書類の整理をしているというのに、彼らの好き放題に徐々に額の青筋が増えてきていた。
「なァ、今日ナースたちが部屋で女子会するんだってよ」
「ああ、何かも連れてかれたんだろ?」
「女の園かぁ〜、うらやましいなァ、
上から順にエース、イゾウ、サッチである。一通り発言が終って、彼らはじっとマルコの背中を見つめていた。その視線に気が付かない程彼の神経は図太くないので、「なんだよい」と後ろを振り返る。そうすれば彼らはあからさまに嬉しそうな様子で「覗きに行こうぜ!!」などとのたまうから、マルコははあと溜息を吐いた。
――こいつらがこうなのは今に始まったことじゃねえが、どうしてその先を考えられねえかねい。覗いていたことがバレればナースはぶち切れ、その後にが般若と化して刀を振り回すのが目に見えてるっつーのに。
「くだらねえよい」
彼らの提案を一刀両断すれば、途端に笑顔がブーイングに変わった。
「てめェ、それでも男か?」
「そうだぞ!あの美人なナースたちをが独り占めなんだぜ!?」
「女たちのきゃっきゃうふふに興味ねえとかおっさん枯れ――あ、すまんギャッ」
最後に余計なことまで言ってしまったエースは見事覇気を纏った彼の拳骨で頭を殴られ暫く悶えていた。
しかし、そこまで言われてしまえばマルコも男。こんな奴らにこんなことを思われるのは些か気分が悪い。
「……良いよい。やってやる」
「そうきたァァア!やっぱりマルコ!」
「よし、それじゃあ早速行くか!!」
そうして馬鹿な男達は意気揚々とマルコたちの部屋を出て行ったのであった。


「じゃあ先に皆でお風呂に行きましょ」
「さんせーい!」
私はテンションの高いナースたちに囲まれながら廊下を歩いていた。お風呂に行く前に着替えを持ってこなければと隣を歩いていたリザに言えばもう既に彼女たちが用意しているからと押し切られてしまった。
女の子たちに用意させとくとか申し訳ないなぁ。って私も女だったな。
女風呂の暖簾をくぐって更衣室に入る。いやあ、こんな美人たちと一緒にお風呂に入れるとか眼福眼福。
のその下着可愛いわね、どこで買ったの?」
「えーと、確かアンリって店だったかな?」
服を脱ぎながら女子特有の会話をして盛り上がる。何これー、久しぶりに女子してるってかんじ!!そんな風に私も段々テンションが高くなっていって皆で浴室に入った。
「てゆうか、皆スタイル良いなぁ!脱ぐとそれがさらに分かる!」
だって中々じゃない、華奢よねえ」
「胸の形も最高じゃない!」
美女たちに囲まれながらそんなことを言われると流石の私も照れる。彼女らに比べたら私の胸は遥かに小さい。辛うじて谷間が出来る程度だが、そう言われて嬉しくなりえへへ、と照れ笑いをしながら自分の身体を洗い出した。

「ちっ、湯気であんま見えねェなあ…」
「おい、でけえ声で喋るんじゃねえよい」
は美乳だったのか…意外だな」
「ちょ、流石に風呂はまずいんじゃないのか?」
女子更衣室で中の風呂の様子をそっと覗きこんでいる男達、上から順にサッチ、マルコ、イゾウ、エースである。
――ったく、何で俺がこんな犯罪紛いなことをしてるんだよい、と俺は同じく同意見でありそうなエースをちらりと上から見下ろした。そうすれば彼は変に初心なためか顔を真っ赤にさせて今にも鼻血を吹き出してしまいそうな様子である。
風呂の中からはきゃっきゃと女たちのはしゃぐ声が聞こえて、頭上のサッチがぐふふと変な声を漏らした。きめえよい。
「ちょっとナタリー、胸触らせて〜」
「良いわよ、じゃあのも触らせて〜」
「あ!ずるーい!」
男が聞いたらたまらないような内容を楽しそうに会話する彼女らに、とうとうエースは鼻血を吹き出して倒れた。どうやらこいつには刺激が強すぎたらしい。とりあえず倒れたエースは放っておいて、俺たちは中の様子を確認する。だが、風呂場は湯気でほとんど見えない状態だ。既に湯船に浸かっている彼女らは肩から上しか分からない。
心なしか、いつもより声の高いに心の奥がざわざわとする。何だかいつもの俺が知っている男らしいではなく、今は本当にただの女の子として楽しんでいるようにしか感じない。あいつも女だったんだなあと思うと同時に、それを認めてしまうには少し勇気がいった。だけど、それが何故なのか分からない。
今までのようにただの仲間として見れなくなるからなのか。女として意識してしまえば、今までのような関係が壊れてしまうと危惧しているからか。どれも、今の俺には分からなかった。
「くっそー、あいつうらやましい」
「俺はの方が興味あるけどなぁ?」
上から聞こえた声は当然のように無視したが、下から聞こえた声にぴくりと眉毛が動いた。
何か言い知れないもやもやとした気持ちがぐるぐると胸の中で回って嫌な気分だ。
「子供の時からどれだけ成長したんだろうなァ、あいつ」
「…見たことあるのかい?」
限りなく興味のないような声を出して問うと、ねえよという言葉が返ってくる。その言葉で一気に胸のもやもやは消えてすっきりとした気分になった。でもイゾウがそんな風に彼女を見ていたとは知らなくて、それがまだ少し苛立ちの原因になる。
「お前はちゃんとを女として見てたのかよい」
「まあ幼馴染だからな、成長過程なんてずっと見てきたし、今更だろ」
そうかよい、と返事をすれば何故か下からイゾウのにやにやとした意地の悪い顔が俺を見上げてきて不快になる。なんだよいと呟けば、そうかそうかと一人何かを納得した様子でくつくつと忍び笑いをし始めた。何が何だか、と上にいるサッチに視線を向ければこいつはこいつでにやにやと俺の事を見下ろしてくるものだから、二人同時に殴ってやりたい気分になる。
「そろそろ出ましょう!」
「そうね〜」
しかし、女たちの声で現実に引き戻され俺たちはやばいやばいと慌てる。急いでエースを担ぎ、床を汚した鼻血を拭き取って女子更衣室をそそくさと逃げ出した。そして隣の男風呂の中に身を隠す。
「いや〜、大収穫だったなあ!」
「嬉しくってしょうがねえなァ」
「何がだよい…」
俺はこの数十分の間で精神的に疲労を感じたせいでにこやかな男二人に鋭い目を向ける。一名はまだお花畑の世界から戻って来てないようだし、ここでお開きだろうと思っていた。思っていたのに。
「はぁ?これからが本番だろ?」
「ほら、行くぞ」
そう言われて半ば引きずられるように男子更衣室からこっそりと抜け出す。既に女たちは更衣室を出て部屋に向かったようだった。歩いている途中でエースが花畑から帰還してきたようなので、彼は自分で歩きだした。
「で、どうなってんだ?」
「それがな――」
自分が気絶している間に何が起こったのかを訊いたエースに、何故か内緒話をするように声を小さくして話すサッチ。その内容は俺には聞こえてこなかったが、後ろの奴らがニヤニヤとしている気配を感じ取って「なんだよい」と睨む。
そうすれば予想通り三人は人の悪い笑みを浮かべて俺を見てくるもんだからいい加減に訳が分からない。
「自分で気付けよ、ばーか」
「ばかとはなんだ、よっぽどサッチのが馬鹿だろい」
「ひでえ」
そんな風にして話していると、ナースたちの部屋の前に着いてしまった。彼女らの部屋は俺たちとは違って、少し入り組んだ所にあるから、誰かがこの道に入らなければ、俺たちが覗いているなんてことはバレないに違いない。って、どうして俺がこんなことを。
サッチがそうっと扉を開いて中の様子を確認する。途端にきゃあきゃあと高い笑い声が漏れて俺たちの鼓膜を揺らす。
「ほら、今日はも一杯飲みなさいよ」
「え、もう無理だって…」
「べろんべろんになるまで飲んだって良いじゃない。女しかいないんだから」
「そ、そうかなぁ…」
どうやらいつもは彼女たちを手玉に取っているが今日は手玉に取られているらしい。会話は聞こえるが、ここからだとが見えない。いつもよりふわふわとして高い声を出す彼女に、どんな様子をしているのか知りたいという欲求が生まれる。
あと少しだけ、と扉を開けたのがいけなかったのかもしれない。ぎ、と誰かがベッドから降りる音が聞こえたと思ったら、部屋の中の明るい光が暗い廊下にいた俺たちを照らし出した。
「あれ、みんなしてどうしたの?」
そこにいたのはだった。だけど、いつものような男物のスーツなんかではなく、ワンピースタイプの寝巻を着ている。女らしさたっぷりの薄ピンクの寝巻から覗く長い手足は日に曝されることが無い為真っ白で、手の甲にあるオヤジの刺青だけが黒く輝いている。
酒を飲んだ為か目はとろんとしているし頬は赤いしで、俺は今まで見たことのないくらい女らしいに呆気にとられていた。それは他の奴らも同じだろう、だから他のナースたちに野次られど突かれても何ら反応できなかった。
「ちょっと!!隊長たちいつからそこにいたんですか!?」
、早くこっちに来て!」
のことじろじろ見ないでください!」
彼女たちはまるでを守るようにして壁を作っているから、俺たちはあまりの出来事に唖然とした。だって、いつもはアイツが喜んで彼女たちを守るようにしているのに、今日は真逆ではないか。
「みんななに怒ってるの?」
「あなたはちょっと黙ってて!」
「はぁい…」
今一現状を把握できていない様子のに厳しい叱責が飛ぶ。たぶん酒がまわって正常な判断が出来ていない彼女は自分が怒られたと思ったのだろう。しゅんとしながらベッドに寝そべった。いや、眠いのは分かる。眠いのはよく理解できるが、ここからだと彼女の太腿が丸見えだ。怒った様子で俺たちの事を正座させているナースたちの脚の間から、そんな彼女が視界にちらちら入って話に集中できない。
「ちょっと、隊長たち聞いてます?!」
「あ、ああ。聞いてるよい」
「よくもあんな状態のを……」
「許しませんからね!!」


――結論。女子会を覗いて般若と化したのはではなく、ナースたちであった。彼女たちはに盲目なため、彼女のあられもない姿を見られて激怒したのだった。
かくして、俺たちは2時間ほど彼女たちの部屋の前で説教をされ続け、彼女はその間幸せそうにベッドで眠っていた。


2013/01/22

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