「ん?エミリー…?」
ふと、街の中を歩いていると見知った顔のナースが数人の男達に囲まれているのが見えた。今は自由時間だからとぶらぶらショッピングをしたりお茶をしていたのだが、私服姿の彼女と鉢合わせするとは思わなかった。
だが、どうにも雰囲気がよろしくなさそうだ。何やらエミリーの嫌がっている顔が見えた。
――これは、まあそういうことだろう。嫌がるエミリーをしつこくナンパする男達。
ったく、男の風上にもおけない奴らだ。女性を誘う時はあくまで優しく紳士に、丁寧にすべきだというのに。
私はフェミニストだからそこら辺はきっちりしている。嫌がる女の子とデートだなんて普通はしない。まあ大抵は断られるなんてことは無いに等しいが。
「ちょっと、オニーサンたち。うちのナースに何してくれてんの?」
「あ?」
!」
振り返った男達は柄の悪そうな奴らだった。海賊をしているうちの男達よりよっぽど悪そうな顔だ。
声をかけるとエミリーが彼らに捕まれていた腕を振り払ってこちらに逃げるようにやって来た。
「怪我は?」
「ううん、ありがとう」
私の背に隠れる彼女は取りあえずどこにも怪我が無いようなのでそれに安心する。
「おい、坊主。俺たちはその子に用があんだよ。テメーみたいな優男はどっか行ってな」
「面白い事言うね」
坊主、か。やっぱり私はそういう風に見えるらしい。そう言われたことに少し満足して、この相手の力量も計れないこいつらのことがおかしく思える。これでも私は隊長並みに強い、と自負している。まあ、力は弱いけど。その分考えて戦っているからね。
刀を無意味に汚すのも嫌なので覇気でも使うか、と呑気に考えていると気の短い奴らが殴り掛かってきた。
「去れ」
「――ッッ!!?」
避けるのも面倒で少し覇気を彼らに投げただけで、彼らは泡を吹いてばたばたと道端に倒れた。それを周りで恐る恐る見ていた街の人達が驚いたように見る。だが私はそんなことには気にしないで、私の腕に縋りついていた彼女の顔を覗きこんだ。
「大丈夫だった?」
「ええ、やっぱりは素敵ね」
彼女に向けていないとはいえ、覇気の近くにいたことで彼女を心配したが彼女は大丈夫だったようだ。全く、あんな奴らよりもうちのナースの方が強いんじゃないの?
うっとりというように見上げてくる彼女に私も気分が良くなる。ここで彼女を助けたのも何かの縁だしこのままデートにでも行ってしまおうか。彼女の細い腰を抱くと彼女も当然のように身体を密着させてくるから、私は迷わず彼女と一緒にデートを楽しむことにした。


「おい!!お前やっぱカッケーな!」
「え、どうしたのエース」
モビーに戻って食堂で夕食を食べていると興奮した様子でエースが私の前に腰を下ろした。はて、私は彼にカッコいいだなんて思われることをしただろうか、と逡巡したが思い出せない。
「エミリーのピンチをお前が救ったんだろ?」
「ああ、あれか」
ぐさ、とフォークでニンジンのグラッセを刺しながら、彼の言葉で今日の昼のことを思いだす。そうそう、確かに女の子のピンチを助ける王子様宜しく彼女を助けた。今思うとだいぶベタな展開だったな。
「良いよなー、そうやってさらっと言えちゃうとこがまた!!」
「エースもやれば良いじゃん」
食事を着々と進めながらも会話は弾んでいく。どうやらこのことはエミリーが他のナースたちに話して、そうしたらそのナースたちから船員に伝わっていったらしく、今ではかなりの船員が知っているらしい。
その証拠に先程から「よ!ヒロー!」だの、「カッコいいねぇ!」などと背中をばしばし叩かれている。同じ女の子として放っておけなかったから助けただけなのに大げさだな、と思いながらも気分は悪くない。要は私は単純思考というわけか。
「よ」
「あ、イゾウ」
「よう!」
そう思っていると、私の隣にイゾウが腰を下ろした。どうやら彼も夕食はまだだったらしい。
「聞いたぞ、お前また“王子様”したんだってな」
「いや、あれくらい普通でしょ」
はカッケーなあ!」
彼がにや、と笑いながらステーキにフォークをぐさりと刺す。あ、エースがまた寝た。今回はスープの中に顔を落とさなかったから起こさなくても良いだろう。もはや彼が食事中に眠ることに慣れてしまった私は冷静に現状を把握した。
というか、いつも思うけどイゾウって本当女みたいな顔してるよね。ほら、化粧もしてるし。ぼう、と彼の顔を見ていると何だ?と視線で訴えられる。
「いや、女みたいだ――いっだ!!」
「ったく、テメーは…」
容赦なく頭に拳骨を落とされて悶える。こいつ、覇気使ったな!!めっちゃ痛い。
――ったく、乱暴な男はモテないよ。と彼に言えばこんなことすんのはお前ぐらいだと返される。何だそれ、不平等にも程がある。ったく、そんなことばっか言ってると、本当にイゾウのこと女の子として扱うからね。
只でさえ女顔なのに口紅なんてしてるから余計女に見えるんだよね。
「まァ、女守るのも良いけどよ、敵わなかったら意地はんねェですぐ逃げろよ」
「分かってるって。それくらい判断つくし」
何気なく心配してくれているような幼馴染に素直に頷く。まあ幼馴染といっても私の方が何歳か年下なのだけれど。私の実力を知っていて信じてくれているからこそ、彼もいつもは心配なんてことはしないが、私が無茶なんかをするとすぐ怒ってくる。それはもう鬼のように。ずっと昔から兄貴分という立場だったから仕方ないと思うのだけど。
「――っは!寝てた」
「おはよう」
「おい、顔中ソースだらけだぞ」
ぶはっとステーキから顔を上げたエースの顔にはソースやら野菜やらがくっ付いている。元気よく彼はおう!と返事してすぐにタオルで拭き取ったが、まだ鼻の先にコーンがくっ付いていた。それを取って口に入れるとやはり甘い。うん、美味しいね。
「ついてたよ」
だがエースがわなわなと震えている。震えていると思ったら食堂に響くほどの大きな声で叫んだ。
「ほ、惚れてまうやろー!!」
「ったく、コイツは信者か!!」
隣のイゾウが呆れたように叫んで、私は思い切り笑った。


「あ、サッチ」
「おう」
街から帰ってきたのか、ふらふらと甲板に上った彼に声をかける。随分と彼は上機嫌らしく、「あ、面倒事がきそうだな」と思ったが時すでに遅し、彼に肩を組まれて逃げられなくなる。
「ちょ、サッチ酒臭い!」
「良いだろー、一緒に飲もうぜ」
これだから酔っ払いは、と呆れるがサッチの力に敵うはずもなく、泣く泣く私は彼の酒に付き合わされることになった。
――そして。
「でさ、レイラがこう言うんだよ。“あなたはとても勇敢なのね”ってな!!」
「そうですか……」
かれこれ二時間は彼の惚気話に付き合わされている。正直、いや正直とか言わなくても面倒くさい。どうして私がこんな酔っ払いの戯言を何時間も聞き続けなければいけないのか。そもそも私は素面だし。私はお酒に弱いから酔わないためにも先程からずっとサッチに酒を注いでいる状態だ。
だが彼は酔っ払っているのでそのことに気が付いていない。さっさと飲み潰れてしまえ。
まあこの船のナースをほぼ私が独占してしまっているから、彼が陸地に着いた時に恋人をそりゃあもう頑張って作ろうとするのは仕方がないことだと思う。だけどそれとこれは話が別だ。
「レイラはさ、ほんとーに可愛くって睫毛が長くって……素直な良い子なんだよ」
「うん」
それさっきも聞いた。喉から出そうになる言葉をぐっと飲み込んで頷く。ちら、と彼の部屋のドア窓から外を見やると、丁度エースとイゾウが二人で歩いているのが見えた。しめた、私一人が犠牲になるのも嫌だから二人も巻き込んでしまおう。
「お二人さん、一緒に飲もうよ」
「あ?」
「おう、と?良いぜ」
少々強引に――約一名頷いていない人間がいたからね――サッチの部屋に引きずり込めば、二人ともその瞬間にこの部屋に入り込んだことを後悔したらしかった。
「おう、お前らも来たのか!!良いぞ、一緒に飲もうぜ!」
「いや、俺は――」
「良かったね、さあどんどん飲んで!」
サッチの酔っ払い具合を見て早々に退出を申し出ようとする二人に酒をどんどん注ぐ。そうすれば彼らはもう逃げられないと悟ったのだろう、どかりと床に腰を下ろして酒を煽りだした。ハイペースで酒を飲みだしたエースたちに何を焦ったのか、サッチまで今までよりも飲むペースを上げている。よし、飲め飲め。潰れるのが早くなってくれて私は嬉しいよ。
「で、レイラが俺のほっぺにキスしてくれてな、」
「お前、その話はさっきも聞いたっつの」
「あ?そうだっけ?」
「酔っ払いに何言っても無駄だぜ、イゾウ」
いや、君たちも酔っ払いだから。徐々に酔いが回り始めたイゾウたちに心中つっこみを入れた。私はちびちびとジュースとお酒を交互に飲んでいる分、たぶんこいつらよりは思考判断がまともである自信がある。
とうとうサッチは潰れたようで、空の酒瓶を抱きかかえて眠ってしまった。よし、これでやっと私の自由時間が戻ってきた。
――そう思ったのに今度はこの新しく酔っ払った二人に拘束されることになった。
「何お前そそくさと出て行こうとしてんだよ」
の話も聞かせろって」
そうっとサッチの部屋を抜け出そうとしていたのにぐい、とイゾウに腕を掴まれて脱出不可能になる。その目は既に座っていた。思っていたよりまだこの二人は酔っ払っていないらしい。
仕方ないな、ともう一度腰を下ろして酒に口をつける。
「で、私の話って?」
「…んー、男の恰好するきっかけとかさ」
「あァ、そりゃあ良い」
聞かせてくれよ、というように私のことを見てくるエースにどうしようかと考える。まあ別に隠すような事でもないし良いか。もちろん、イゾウはほとんど知っていることだけれど。
暫く逡巡した後、良いよと言えばエースはぱあっと笑顔を見せて喜んだ。ったく、うちの末っ子は可愛いね。
「私はワの国の武家に長女として生まれたんだ。けど、私の国は男尊女卑が酷くてね、家を継ぐことが出来るのは男だけなんだ。私以外に息子がいない事を父は憂いていた。母は元々身体が弱くて私を生んでくれた時に死んでしまって、けど父は本当に母だけを愛していたから新しく妻を娶るなんてことはしなかった。私はそんな父に喜んでもらいたくてね、5,6歳の時に私を息子として育ててくれと言ったんだ。そこからだったなぁ…、父は袴を履かせてくれて、剣術も教えてくれるようになった」
自分の昔の話を話しているうちに、故郷の風景が頭の中に喚起された。あの頃は父上の役に立てることが嬉しくて何をするにも父上の真似をしたものだった。そういえば、とちらりと隣に座っているイゾウを盗み見て口元を上げる。私のことばっかり話してもつまらないだろうし、彼のことも話してしまおう。
「私とイゾウが幼馴染なのは知ってるでしょ?」
「ああ」
「おい、
何だ何だと今まで以上に興味津々といった体で身体を乗り出してきたエースに、イゾウがお前いったい何を話す気だという目を向ける。だがそれには気にせずに私はイゾウとの出会いを話し出した。
「イゾウも昔から女装してたんだ」
「ぶっは!!本当かよ!!」
「お前、話す順番っつーもんがあんだろうが!!」
げらげらと笑い転げているエースをイゾウがげしっと蹴っている。それでも笑うことをやめない彼にイゾウはチッと舌打ちをしてぐいと酒を一気に煽った。
「まあまあ、話はまだあるんだって。イゾウと初めて会ったのは父と一緒に歌舞伎を見に行った時だった」
そう、あの時のことはよく覚えている。私よりも少し年上の彼が舞台の上で女形としてきらびやかな衣装を身に纏い化粧をして演技をしていたのだ。女形を男がやらなきゃいけない事は知っていたが、私はその時彼が女以外には到底見えなくて驚いた。その時の彼が少し羨ましく感じたのは一生の秘密だ。
「実際の女よりも女らしくてね、まあ10にもいっていなかっただろうから当たり前かもしれないけれど。それで舞台が終わってからその娘役に会いたいとお願いしたんだ。それがイゾウだった」
「ったく、権力振りかざしやがって。こいつの家はそれなりに良いとこだったんだよ」
「へえ〜、お前らの国は面白いなァ」
普段そんな話をすることがないので、エースはワの国についてとても興味を持ったようでうんうんと頷いていた。
あの後私たちはちょくちょく会うようになって、お互いに演技の仕方だったりとか剣術だったりをお教え合ったりしたのだ。
「初めてを見た時は男だと思ってたんだよ。だから銭湯に行こうっつってコイツが女風呂に入ったのにはびびった」
「ああ、そんなこともあったなあ」
「女って言ってなかったのかよ」
当時のその光景はとてもおぼろげだが、なんとなくそんなこともあったなあと懐古した。エースが自分の性別も伝えていなかったことに対して呆れて笑っていたが当時の私にはそんなのことあまり関係のない事だと思っていた。というか、いつも男の子として振舞っていたから自分の性別を思い出す時が少なかったのだ。
その後も私たちの思い出話は続いた。

そんな風にしていたらあっという間に朝日を迎えてしまったものだから、三人とも愕然とした。


2013/01/22

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