彼女、はとてもモテる。それも女性たちから。
「エリザ、おはよう」
「おはよう、。今日も素敵ね」
胸まであるプラチナブロンドの髪を無造作に一つにまとめ、細身の男物のスーツをそこら辺の男達よりもよっぽど華麗に着こなす彼女。廊下ですれ違ったナースに微笑む様子は十人中十人が頬を染める威力だ。彼女の事をよく知らない者から見れば酷く中性的な美男子に見える事だろう。だが、俺からしたら、男装の女がナースにちやほやされているようにしか見えない。
「おはよう、マルコ」
「おはようさん」
どうやら彼女は俺と同じく朝食を食堂に食べに来たらしく、俺の後から食堂の扉をくぐる。
「おう、おはよう!今日は早いんだな」
「あ、料理長!おはよう。私だってこのくらいに起きれるってば」
朝の世間話のノリで彼女と料理長が笑い合っている。それでも二人とも手はテキパキと動いており、彼女のトレーに料理が乗せられるとその会話はすぐに終了した。どか、と俺の前に座ったは女らしさの欠片も無いように思われる。ナースまで、とはいかなくとも折角良い素材を持っているのだから化粧などしてみたら良いだろうに。
「何人の顔じっと見てんの」
「色気がねえなと思ってねい」
俺とこいつの付き合いは短くない。ゆえに正直に自分の心の内で思った事を彼女に伝えれば、彼女はふ、と微笑した。
――確かにこいつには、女たちがこんな表情を見たら惚れちまうのも仕方ないんだろうなァと思わせる色気がある。けどそれは女というよりは男の色気であって、俺はそれにときめく様な神経ではない。
「良いの。女の子たちはこの私が良いって言うんだから」
「でもお前には恋愛感情なんて無いんだろい?」
まあね。そう返ってきた言葉にだったら自分に男が出来るように何かすれば良いのに、と心中呟く。だが、彼女はそれが伝わったのか、女の子と遊んでる方が楽しいし気が楽だと言った。
「そんなんだからサッチに泣きつかれるんだよい」
「えー、何のこと?」
とぼけたふりをする彼女に呆れてはあと溜息を吐く。この船に乗っている者なら周知のことだが、彼女を除いてこの船に乗っている女たちであるナースは皆彼女にベタ惚れなのだ。それは彼女が限りなく紳士的でありいやらしさを感じさせないというのもあるだろうが、ナースたちが余計な恋愛ごとに巻き込まれたくない時に皆一様に「と付き合ってるから」と言い訳が出来る為でもある。
その為、恋多き男サッチは幾度も彼女を理由にナースたちから振られた経験があるのだ。それを根に持って酒を飲む度に一緒に馬鹿騒ぎをしているに面倒くさい絡み方をするのもこの船に乗っている者たちならよく知っている。
「おーい、、マルコ」
「あ、おはようエース」
「おはようさん」
ふと、トレーに大盛りの料理を乗せたエースが俺の横に座ったことで俺の思考は途切れる。
出た、こいつもこの問題の一部に首をつっこんでいる奴だ。
、昨日の講義役に立ったぜ。あれの通りにナンパしたら上手くいったよ」
「そう、良かった。まあエースは元が良いからね」
「お前まだそんなことやってんのかよい」
まだ、というのはアレだ。彼女は何時からだったか、男達にどうしてそんなにモテるんだと詰め寄られてからというもの、彼女の技術を教える講義を不定期に行っている。不定期の理由は彼女の気が乗らないからという理由なのだが。それはもはやこの船では一大イベントの一つにまでなっているのだから恐ろしいものである。
「良いじゃんか、マルコだって習ってみろよ。驚くぜ。俺もあんなことされたら惚れるしかねーよ。女子の気持ちが分かったわー」
「ああ、あの時の」
目をキラキラさせて力説するこいつはかなり彼女に傾倒している。まあ彼女のおかげで色んな女たちをゲットできたからだろうけど。そんなエースを見てくつくつ笑っている彼女はその時のエースのときめき具合を思い出しているのか、妙に楽しそうだった。
「生憎、そんな暇は無いんでね」
「まあ一番隊長のマルコ様だしね」
「何だよい、それは」
彼らのそれに興味も無い様子で返せば、目の前でにやにやと笑う。その顔には人の悪い笑みが乗っていた。いわゆる、嫌味ってやつだ。こいつは力はあるくせに隊長になるのが嫌で、いつも人の影に隠れてのらりくらりと自分のやりたいことばっかりをしている奴なのだ。3番隊に所属しているが、何か功績を上げたとしてもそれらを皆彼女一人の物としてではなく、皆と共有するのだ。そういう所が男にも女にも良い奴としてモテるのだろうが、如何せん半分くらいの理由を知っているこちらとしては何とも、といったところか。
「そのまんまの意味―、ってエース寝るな!」
「ぐう」
「こいつ、顔面スープの中だぞ…」
食事中でも眠気に勝てなかったエースがいつの間にかスープに顔を突っ込んでいた。おい、よくそんな状態で寝られるな。べしっとがエースの頭を叩いたけど起きない。仕方なく俺が覇気を纏って頭を拳骨で殴ればいってえ!と言いながらこいつは飛び起きた。
「ってーなマルコ!なんでが起こしてくれなかったんだよ」
「いや、起こしたって」
「それで起きないお前が悪い」
スープでびしょびしょな顔で怒っているエースに通常の迫力はない。くわっと目を見開いているけど間抜け感たっぷりだ。
「ほら、濡れてる」
「おお、サンキュ」
そんなスープ塗れのエースの顔をが濡れタオルで拭う。彼を見る彼女の顔は出来の悪い弟を優しく見守る姉のような顔だった。そして心なしかエースの顔が赤い。
「うわぁ、俺(男ver)に惚れそう!!!恰好良すぎだろドキドキする!」
「良いよ、23人目の嫁になる?」
うわあああ、と悶えているエースににこにこ笑う。そんな二人に何馬鹿なことやってんだよいとツッコミを入れれば「どうしてこのカッコよさが分かんないんだマルコは」と失礼なことを言われる始末。本当、こいつらにはほとほと困り果てるしかない。


 さて、そんなこんなでエースと楽しく遊びながらの朝食を終えた私はジョズと一緒に買い出しに出ていた。といっても3番隊皆で買い出しに出ているからジョズだけというわけではないのだけれど。
「えーと、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも…ってカレーの献立みたい」
「それだけじゃあないがな」
筋骨隆々とした野郎どもの多い3番隊にひょろい私がいるのは目立つのだろう、先程から人々から好奇の目を向けられているのが分かる。しかもスーツを着ているから尚更、皆海賊と一緒にいるように見える優男が解せないのだろう。でも彼らもよく見れば私が二本の日本刀を腰に帯びているのが分かる筈なんだけど。
主婦層や若い女の子が多いのでとりあえずにこっと笑って手を振ればちらほらと小さい黄色い悲鳴が上がった。ふふ、女の子って可愛い。
「こら、変に目立つじゃないか」
「はーい」
堅実な男、ジョズは笑顔を振りまく私に注意をした。変に注目を浴びて恥ずかしいのだろう、先程購入した買い物袋であまり顔が見えないように隠している。
「うらやましいな!はどこでもモテてよお!!」
「俺にもその顔貸してくれよ!!」
「ぐえ、苦しい」
どん、と少し後ろを歩いていた奴らが私の首に太い腕で交互に絡めてくるものだから気道を塞がれる。べしべしと買い物袋を持っていない方の手でそいつらの腕を叩けば二人とも笑いながら離れて行った。ったく、3番隊で一番細くて小さな奴に対する態度とは思えない。
「だから技術だけでもって教えてるじゃない」
「そうだけどよー、その顔があれば更にだろ?」
筋骨隆々の男達に囲まれてバカみたいな会話を楽しんでいると4軒目の店に来たようだ。ここでは主に食料を買うらしい。私は既に自分の腕に収まりきらないような荷物を持っていて、また更に買い物をするのかと思うとげんなりとした気分になった。まあそんな気分になるのは毎度のことだけど。
だから買い出しが回ってくるのが嫌なんだよねと心中呟く。周りの男達も両手に私よりも多くの荷物を抱えているけれど、全然苦には見えない。
、荷物を貸せ」
「え、良いよジョズだって一杯持ってるじゃん」
食料品を全て買い終った後で、皆に分配された荷物はやはりかなりの物だった。私に渡された量は皆に比べればとても少ないけれど、腕がもう二本なければ持てそうにもない。それを見越したジョズが彼も両腕一杯に荷物を持っているのにひょいっとそれらを取り上げる。
「こういう時は頼れ」
「ありがとう、ジョズ」
くっそう、カッコいいなジョズ。彼は3番隊の中で唯一私の事を女として扱ってくれる人間だ。別に私はそうしてもらいたいとは思っていなかったけれど、こういう気遣いが出来る人がいると嬉しくなる。
なんでジョズはこんなにも良い男なのにモテないんだろうか。見た目なんかでは計れない程ジョズは良い奴なのに。
「いやあ、ジョズは良い男だね。皆も見習ったらモテるよ」
「そりゃそうだろ!隊長はめちゃくちゃ良い男だぜ!!」
「お前らそんなに大きな声で話すな。恥ずかしい」
会話の中心にいる彼は少し照れてずんずんと皆よりも早歩きで船へと向かう。なんなんだ、この可愛いおっさんは。そんな彼の背中を追って私たちは荷物を落とさないように走る。
「待ってくださいよー隊長!!」
男達の嬉しそうな声が響いた。


2013/01/21

inserted by FC2 system