愛しのリコリスの少女

 家出の理由その一、お兄ちゃんたちはシスコンすぎる。
理由その二、ホラー映画を見た後にシャルに「ってお化けだめなんだ!」と馬鹿にされた。
理由その三、てか、お兄ちゃんうざいハゲ。


 ああ、とうとうにも反抗期とやらが来てしまった、と悲観に満ちた顔でテーブルの上に置かれた『拝啓お兄様。家出しますが探さないでください』というメモを見て俺は嘆息した。
「シャル!!どうしようが家出した!!」
『えー何、やっぱ団長が面倒くさい男だから〜』
「うるさい!お前だって“面倒くさい男“のくせに!!」
緊急事態が発生した!と何回目かのコールで出たシャルに矢継ぎ早に現在の状況を説明すると、鼻で笑われた。おい、お前仮にも団長に向かって「はっ」だなんて許されると思うなよ。
そんな風に心中彼を脅すが、彼は「予想範囲内」というような態度で、『何のためにGPS付けてんのさ』と当たり前なツッコミを俺に入れた。あ、確かにそうだった。
『クロロってさ、絡みになると途端に冷静さを欠くし頭悪くなるよね』
「ふん、お前だっての事を溺愛してるくせに」
奴の言葉に苦し紛れの返答をするがが、シャルは当たり前でしょーと痛くもかゆくもない様子だった。くそ、今はコイツと軽口を叩いている場合じゃないのに。
で、は今どこに居るんだと携帯馬鹿に訊くと、今は飛行船に乗ってるっぽいという曖昧な言葉が返ってきた。なぜだ。そんな遠くに何の用があるんだ。ま、まさか本当に俺たちが嫌になって大陸を隔てた所に行こうとしているのか!?
ぴしゃーんと雷に打たれたような衝撃を受けていると彼があ、と何かに気付いたような声を上げた。
『今調べたら、どうやらはハンター試験を受けようとしてるみたい。どうする?』
「俺も受ける」
『―え、マジでクロロ。……じゃあ、申込みしておくよ』
思い切った決断をするとシャルは結構驚いたらしく、暫く間を開けてから返事が返ってきた。あそこはハンターの巣窟で多少のリスクはあるかもしれないがのためだ。これくらいのことは俺の障害にはならない。あー、俺もライセンス取ってなかったらなあ!と叫ぶシャルには悪いが、俺はの成長の具合を一人で(ここ重要)見てくるつもりだ。
ふふん、と不敵な笑いを溢せば、露骨に「チッ」という舌打ちの音が携帯から俺に発せられた。ざまあみろシャル。これが先のお返しだ!
『試験は4日後だよ』
「分かった」
シャルとの会話を終わらせ、早速俺はハンター試験との機嫌を取るための準備を始めることにした。
二つの準備―といってもハンター試験の準備など無いに等しいが―をして過ごしていたらあっという間に試験当日になり、俺はフードの深いパーカーにサングラス、ジーンズという変装をして試験場である定食屋に足を踏み入れた。
5分程前にが少ない荷物で定食屋に入るのを見たが、たぶんもう会場に案内されているだろう。
「ステーキ定食弱火でじっくり」
合言葉を告げると店員に奥の部屋に通されて、エレベーターとなっている部屋はどんどん下っていく。その間にあまり俺の好みではないが、じっくり焼かれたステーキを口に運ぶ。始終頭にあることはに早く会いたいという衝動で、だがもしが俺の近くにいたとしても気付かれてはいけないのだから、接触できないのかと落ち込んだ。
勢い余って彼女を抱きしめないようにしなくては、と今から深呼吸を始め、ついでに目立たないようにするために絶を行う。
エレベーターが開いて周りを見渡すがの姿は見えず、屈強な男達しか視界に入らなかった。
「番号になります」
「ああ」
豆からプレートをもらうと、その番号は200だった。じゃあ199人もむさ苦しい男たち――中には女性も多少はいるだろうが――で埋め尽くされているのかと思うとげんなりする。
先程姿が見えなかったを視界に入れるべく、奥の方へ進んでいくが彼女の気配さえ感じられない。おかしいな、俺より先に入ったはずなのにと思っていると、よく見知っているねっとりとしたオーラを感じて思わず眉を顰めた。
おい、なぜ此処にあの変態奇術師がいる。シャルめ、俺が嫌がるのを分かっていながら態と情報を開示しなかったな。あいつ、かえったらパソコンを弄ってやる。そうシャルナークに対する決意を胸中呟く。まだヒソカの方は俺の気配に気づいていないようだから、このまま絶を続けて奴と接触しなければ無駄な戦闘は避けられるに違いない。
というか、こんな危険は年に受験をするなんて、も考えが足りないな。だが、コイツが受けるのを知らないのだから仕方がないだろう。そう自己完結して、全くは何をやっているんだ早く下りてこいと願うが、彼女ではない男達がどんどん増えるばかりだ。

――もう400人も集まっているのになぜあいつは下りてこない。極度に苛々として周りにいる奴らを殺してしまいたい衝動に耐える。
今ここで殺人なんてしてみろ、あの変態には絶対に俺がいるとバレてしまうに決まっている。その後も何人か増えて、俺が機嫌の悪さが最高頂に達した時、エレベーターの扉が開き出てきた顔を見て、俺は静かにほっと一息をついた。
待ちわびた彼女は一人ぼっちではなく、三人の男達と行動している。くそ、俺という男がいながらもあんな奴らと楽しそうに話しているなんて許せない。
試験開始の音も、をバレないようにじっと見つめていた俺には全く聞こえず、いつの間にか走り出している前の集団の模倣をする。
この程度のスピードなら一番前に行けるが、たちの会話を聞きたいので彼女の後ろを走ることにした。
「クラピカって何歳?」
「私か?17歳だ。は?」
「私は18歳」
「ええええ!」
暫く走っていると一人少年が増えたが、クラピカという青年と夢中に話しているは気付かないようだった。彼女の年齢を聞いた時の四人の反応ぶりはとても理解できる。は見た目も精神年齢も実年齢よりも幼いからこれは当然だ。よく仲間といる時は、特にシャルから子供だなとからかわれていたし、普通の人間なら彼女が18歳という事実を信じられないだろう。だが、あのサングラスのスーツ男がと同じ18歳である訳がない。どう見たって俺より年上だ。とんだヒソカ並みの嘘つきだ。俺は脳内でレオリオという男は嘘つきとチェックを入れた。
「あ、そういえばクラピカのパンツって何色?」
「はああ!??」
「あれ、おかしいな。これを聞いたら女の子とは仲良くなれるよって教えてもらったのに」
、私は女でもなければ、下着の色を聞いて女性と仲良くなれるわけでも無い。普通ならな」
「ええ!クラピカって女の子じゃなかったの!?」
何を思ったのか突然放たれたの言葉に俺は思わず吹き出しそうになった。あ、あぶない。盗み聞きをしていた事が気付かれるのは不味いが、俺が此処にいると気付かれる方が不味い。
大体、パンツ何色?って公然とセクハラをするんじゃありません!俺はそんな娘に育てた覚えは無いぞ!というか、彼を女の子だと間違えていたなんて、と人知れず彼女にツッコんでいると、どうやら誰かにその文句を教えてもらったらしい。こんなふざけた事を教えるのはシャルくらいだろう。きっと素直で純粋なをからかってした事に違いない。
可哀想に、こんな所で恥をかいてしまって。帰ったらシャルはお仕置きだな。一週間携帯とパソコン、その他の機械を取り上げよう。
その後もと彼らの会話は続いている。どうやら話を聞いていると、は家出のついでにハンター試験を受けているらしい。とんだじゃじゃ馬だ、と密かに唸りながらも彼女らの談笑に耳を澄ます。
「だってさ、皆過保護すぎるんだもん。出かける時は必ず誰かついて来るし、お留守番も一人でさせないし、いつもホテルの料理ばっかりで飽きたし。…ああ、魚の骨が喉に刺さっただけで救急車を呼ばれそうになった時には流石に引いた。ホント兄さんたちって私を子ども扱いしすぎ!」
ふむ、なるほど。一気に捲し立てた彼女に頷く。どうやらは魚の骨で救急車を呼んだ俺が気に食わなかったらしい。チェック。
だが心配無用だ。その事件があった後から、俺はの食べる魚は先に俺が骨を取り除いた後に渡しているから、骨が喉に刺さるなんてことは無い筈だ。
それと、子ども扱いをすることも駄目らしい。困ったな、本当に俺たちからしてみれば子供なのだから仕方がないだろうに。
脳内のチェック項目にレ点を入れながら彼女の後ろ姿を気付かれない程度に見つめる。ああ、こんなに近くにいるのになんで話しかける事さえできないんだ。
「お互いがんばろう!」
「おー!兄貴なんかに負けるかよ!!」
銀髪の少年と何故か打ち解けた様子で打倒兄貴を立てている彼らを見てひっそりと溜息を吐く。おいおい、何てことを決意しているんだ。まったくこの少年の兄も苦労しているな。クロロはその兄が意外と身近にいるとは知らずにそう感じた。


「まあ一番嫌なのは服のセンスがダサすぎることだよね!」
「ああ!ホントそれな!」
「(嘘だろ、……!!!)」


2014/12/21

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