奇術師の王子様2

「で、どうして君がいるんだい?」
「妙な噂を聞いたんでな」
バチバチと二人の間で飛び散る火花に、ああ俺は何てことをしてしまったんだろうかと今頃自分の行動を悔やんでみた。


――時を遡ること1時間。時刻は11時で俺は少し早めに昼食の用意をしようとしていた。ヒソカは用事があるとか言って子供の姿で勝手に出かけてしまったけれど、昼過ぎには帰ってくると言っていたから、そこまで遠い場所には行っていないのだろう。
そう思いながら今日は何にしようかなー、と冷蔵庫の中から野菜と肉を出していく。お、トマトピューレの缶を2つ発見。よし、俺トマト好きだしトマト風味の煮物にしようっと。
たぶん、そこまでは良かったのだ。だが、ピンポーンと聞こえたチャイムの音に全てを狂わされてしまった。
「どちらさまですか?」
「ヒソカ君の友達なんですけど、今いますか?」
ぱたぱたと玄関まで駆けて、来客を確認すると高校生くらいの黒髪の少年がにっこりと笑って挨拶をしてきた。友達という言葉に驚いてしまったけれど、ああヒソカにもそういう付き合いはあったんだなあと少し安心して、今は出かけていないけど、どうぞどうぞと彼を上げてしまった。
思えば、これがいけなかったんだ。
「あ、ところで名前聞いてなかったけど、君何ていうの?俺は
「ああ、そういえばまだ言ってませんでしたね。僕はクロロ=ルシルフルです。よろしく」
ブフォオオッ!!と危うく吹き出すところだった。え?クロロ=ルシルフルさん?え、ご本人?まさかあの超有名な、泣く子は泣く前にゴートゥーヘブンだぜ☆なA級犯罪者集団のお頭様をやっていらっしゃるクロロ=ルシルフル様でございますか。けど、“俺”じゃなくて“僕”って言ってるからなあ。実は僕っ子?いや、そんなわけあるかああああ!きっと俺に警戒心を抱かせないように猫被ってるんだよ!てゆうか、どうしてクロロが○◆△@■×□*☆▼??!!!???
「どうかしました?」
「い、いやあ、変わった名前だな〜って思って」
うおおわあああああ、やばいやばい殺される。どうしてクロロがここにいるのか分かんないけど、って俺が家の中に入れちゃったんだ☆てへ!じゃなくて!!ヒソカがいない時にこんな危険な犯罪者を家に上げちゃったんだ俺の馬鹿ああああ!!!いくら原作前で顔が幼いって云ってもこいつのは気付くべきだろー!!いや、チャイムに出ても出なくても彼がこの家に上がる気なら玄関とか鍵とか全く関係ないんだけどね!!!だけどさあ、もっと……もっと気を付けようよ俺。
――とりあえず、粗相をすると一瞬でぶっ殺されてしまいそうなので、昼下がりの(正午は過ぎてはいないが)コーヒーブレイクを楽しんでもらうためにコーヒーを淹れる。インスタントですけど。きっと何も出さないよりはマシだよ。人生で一番緊張して淹れたコーヒーとついでに昨日作っておいたプリンを彼にどうぞと渡し、俺はキッチンで料理の続きをすることにした。
何もしないで席についてお見合いなんてのは絶対に怖すぎて出来ないからね!!!!おおおふ、精神統一、精神統一。あれは南瓜、あれは南瓜。
「ねえ、ってヒソカとどういう関係なの?」
ヘ、ヘルプミー!ヒソカァァァァ!!何か質問されたよー!ダイニングからめっちゃこっち見てくるよおおお、怖い。ぐすっ。口にスプーンをつっこんでる姿が激しく違和感だよ。
「え、えーと、迷子だったヒソカを助けた居候?です」
てゆうか、クロロ敬語外してきたよ。それなのに俺はなぜか敬語を使っているよ。恐らく俺よりも年下だろうに、なんたるチキン!!いや、俺のチキンハートのおかげで命が助かるのならそれで良い!プライドとか何それ美味しいの??!!命の方が大切だよ!!
「あはは!何それ、変なのー」
「そうだよね、あはは」
あなたのその猫かぶりの方が変ですよーとは言えなかった。彼に合わせて笑ってみるけど、恐ろしすぎて乾いた笑いになってしまう。
――うう、早くヒソカ帰ってきて!!初めて心の底から君の存在を願ったよ。
クロロという存在にただでさえチキン肌な心が折れそうになるけれど、あと少しの我慢!!もう12時を過ぎたよ!!このまま無心に包丁を動かしてトマトの湖でこいつらをぐつぐつ煮てやれば昼食のできあがりでヒソカも帰ってくる!と鼓舞する。そうしたら、ヒソカがクロロを追い出してくれるよ。あ、でもあいつ今子供の姿じゃん。子供バージョンのヒソカで完全体のクロロをはたして追い出すことが出来るのか??!
「ただいまー」
やったああああ!俺の救世主!心のオアシス!神様!あ、ありがたやー。ん?けど何となく機嫌が悪そうな声に聞こえたような。
「ヒソカおかえり!!」
手を洗い終って現れた子供ヒソカに抱き着く。ううう、俺安心の余り涙が出そう。だけど、どうやら俺の勘は当たっていたらしく、ヒソカは不機嫌だった。なぜかというと、そこにクロロがいたからだと後に彼は言った。
「おかえり、ヒソカ」
「……どうして君がボクの家にいるんだい?」
爽やかに手を上げたクロロの顔を見て、ヒソカの殺気が上がるのを俺は感じた。そして冒頭に戻る。

「風の噂で、お前が子供になったと聞いたからな」
「へえ◆それだけのためによくここまで来たね」
おおおおお、二人分の殺気で胃に穴が開きそうです。お二人ともクールダウンお願いします。
なぜかは分からないけれど、俺たちは今三人で昼食を共にしていた。俺はヒソカの横に座って食べているけれど、前からくるクロロさんの視線が痛い痛い!痛いです!!
興味津々というように俺と同じ黒い瞳をきらきら、あ、そんな生易しいものじゃなかったです、ギラギラさせて肉食動物のように俺を見てきます。お母さん、僕もう一回あなたのお腹の中に戻りたいです。
どうやらヒソカはまだ旅団に入る前らしく(雰囲気的に何となく分かった)、仲間でもないのに居場所を突き止められたことに気分を害しているようだった。何より、クロロにはこの姿を見られたくなかったようで――それもそうだろう、仲間ではない者に自分の弱点を見つけられてしまったのだから――、度々俺の事をちらちらと見てきてはにっこりと邪悪な微笑みを見せつける始末。神様、俺に何の恨みが??!!
「お前が他人と一緒に生活するとは思わなかったな」
「ボクもこんな厄介な念にかからなかったらこんなことしなかっただろうね」
食べ終わった三人分の皿をキッチンに運びながら、その会話を聞く。そういえば、俺がこの家に暮らし始めてもう一週間以上経つんだなあ。ようやくヒソカに慣れ始めたかと思ったら、次はクロロかよ!!泡だらけにしたスポンジをクロロの頭目掛けて投げつけたくなったわ!まあ、思うだけで行動には移しませんけど。そんなことをしたら俺の命は蟻んこのように簡単に踏みつぶされてしまう。
さて、食後のデザートでも出して二人の機嫌を取っておきますか。ちなみに今日のデザートはチーズケーキだ。最近の俺は特に何もすることが無くて――こら、そこ!ニートだとかパラサイトだなんて言うなよ!!――料理やお菓子作りの腕を毎日磨いている。このままじゃ俺レストラン開けるようにまで上手くなっちゃうかも。あ、嘘です、驕り高ぶりました。
「はい、どうぞ。――っわ!」
三人分のケーキをテーブルの上に置いて、紅茶を淹れに行こうと再びキッチンへ戻ろうとすると、クロロに腕をぐいと引かれて彼の膝の上に倒れ込んでしまった。
――あ、終わった。俺の短い人生が今終るんだ。
その瞬間そう思ったけど、いつまで経っても衝撃は襲ってこず、代わりに顎をくいと持ち上げられ「俺専属の料理人にならないか?」という言葉が降ってきた。
――は?こいつ何言ってんの?とんだドヤ顔だよ。
「ちょっと、に何やってるんだい?いい加減離れてくれないかな◆」
子供ヒソカが呆気にとられている俺を、子供離れした力で引っ張り起こす。あ、ヒソカありがとう。
「お前が作る料理やお菓子は一々美味しいからな。俺の家に欲しい」
え?――はああああ??!?!何この人本気でこんなこと考えてるの??!誰が好き好んで超危険なA級犯罪者の自宅でシェフなんてやるかよ!!お口に合わなかったらすぐさまこの世からおさらばじゃねーか!!
「い、今の所はそういうのは考えてないというか…」
そう、今の俺は生きているだけで一杯なんだ。なにせ一つ屋根の下にヒソカと二人で住んでいるんだから。何かの拍子で快楽殺人者の顔を見せたヒソカに殺られてもおかしくない状況にやっと慣れてきたんだよ。いや、それもよく考えるとおかしいな。
「そうか、残念だ。じゃあ俺もこの家に住まわせてもらう」
「は?何言ってるんだい?◆」
ちょ、待て待て!!!はっきりと言わせてもらう。どうしてそうなったああああああ??!?!?!
ヒソカの言うとおりだよ、何がどうしてそうなるんだよ!お前の思考回路ちょっとおかしいんじゃないの?!?!俺の料理が食べれないからってどうしてここに住むとかぬかしちゃってんの?!あ、もう俺頭がおかしくなりそう!
「家賃の半分払うし、除念師も探してやる。これで良いだろ?」
な、なななな……なんて超自己中心的自由人なんだ!!こいつ、あれだ、世界は俺の中心を回っているって絶対思ってる。天上天下唯我独尊状態だよ!!とんだマリー・アントワネットだよ!
俺はもう考えることが出来なくなって、ケーキはそのままでリビングのソファにぐだっと身体を横たえる。
―――どうしてこうなった。
その気持ちはヒソカも同じようで、ぽかんと間抜けな顔を晒している中、奴だけがさも自分の家であるかのように寛いで、チーズケーキを口にしていた。


2012/09/13

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