07 闇を纏いし者が来る。

「あ、れ…?」
寝起きで多少擦れた声を出す彼女に気付き、ぱたんと本を閉じる。
「あ、起きた!」
ゴトーが手当してから彼女を寝かしている事しか出来ずに、持て余した時間を読書に費やそうかと思ったが、閉じた本のページは当初から1ページも進んでいなかった。
キルアが声を上げたので腰を上げて彼女を寝かしておいた自分のベッドまで歩み寄る。
「気分は?」
「まだ痛いですけど、悪くはありません。手当してくれてありがとうございました」
そういう事じゃない、そう言おうとして開きかけた口はキルアの発言で再び閉じることになってしまった。
「…なんで、助けを呼ばなかったんだよ…。大声で叫べば俺かイル兄が気付いてたのにっ」
不覚ながら、自分が思っていたことを弟に言われて驚いてしまう。
そして思う。キルアはこんなことを他人に言うような人間だったか?否、彼女がキルアに、そして俺にさえ影響を与えたのだろう。
「だって…迷惑をかけてしまうと思って…」
「迷惑って何だよ!お前が血流してんの見て俺がどんだけ驚いたか知ってんのかよ!」
「…ごめんなさい……」
本当に、そうだと思った。キルアに怒られて俯いている彼女に沸々と怒りが込み上げてくる。
まだこれくらいで済んだから良いものの、闘う事さえ知らない一般人が彼女の念に中てられたら普通は死んでいたのだ。
気絶して、今もう目覚めていること自体が奇跡に近い。
「本当、自分の身体を大切にしてよ。今度何かあったら必ず俺の事を呼ぶこと」
「…はい。すみません」
「何で謝んだよ!」
俺がに釘を刺すと彼女は少し微笑んで、また謝った。そんな彼女にキルアが心底意味が分からないという顔で大声を出すものだから、彼女は苦笑している。そんな彼女らを置いて、マリアによって荒らされた彼女の部屋に足を踏み入れた。
「俺ん家なのに、よくやってくれるよ」
粉々に砕け散ったソーサーやティーカップの破片、彼女の愛読書、花瓶やその他の物が床一面に散らばっていて、部屋は嵐が去った後のようだった。
はあ、と溜息を吐いて窓際のソファに腰掛ける。酷く憂鬱だ。彼女が俺の婚約者という形でなかったら、きっと彼女をあの時に殺していただろう。
実際そうしても良かったが、もし彼女を殺してしまった場合後で家族に非を咎められるのは確実だ。そのせいで彼女を牽制することしかできなかった。変に規制をかけられたり、を取り上げられたりすると俺は困るし、仕方ないのだけれど。
だがあの瞬間の光景は俺に怒りを覚えさせるには十分だった。普段感情を露わにしない分、澱となって溜まっていた怒りが彼女に向かったのが自分でも分かる程に。
あんな煩いだけの女なんて婚約破棄してしまいたい。いっそそうしてしまおうか。ソファにごろりと横になりながらそんなことを考える。
勝手に俺のものに手を出した罪は重い。そのことを分かっていない彼女には俺の婚約者なんて相応しくない。 
だがあれだけの殺気を彼女に放ったのだから暫くはこの家にも訪れはしないだろう。とりあえずそう結論付けてのいる部屋へ戻った。


 許せない許せない許せない許せない許せない許せない!!!!!!!
自室の扉を乱暴に閉めて、部屋の中を何度も往復する。ぎり、と痛い程に握った拳は伸びた爪のせいで赤い痕がついている。
「あの女……っ!!!よくもアタシのイルミを…っ!!」
ガタンッと側にあった椅子を思い切り蹴り飛ばし、怒りを発散させる。あの小娘のせいで、アタシの中には恥辱と憤怒がごちゃまぜになっていた。
「……そうだ」
ふとあることを思い出して、急いでパソコンを起動させる。アタシは職業柄色んな人物と横の繋がりがある。顧客だったり、友人、利用できる者であるが、その中でも特に蒐集欲のある集団の頭とはそれなりに長い付き合いがある。その連中に少しこの話を垂れ流してやれば一体どうなるか。強欲なだけあって、相手がゾルディック家であろうとも物怖じせずに行動を起こすかもしれない。
好奇心旺盛な肉食獣がいる檻に、あの小鳥を放てばどうなるか、そんなことは訊かずともよく理解できる。彼らの残虐性は共に仕事をしてきた私にはよく分かっていた。
「ふふっ。これでアンタは壊れたオルゴールよ…。イルミは壊れた玩具には興味ないんだから」
パソコンを閉じてほくそ笑みながら窓の外を眺める。ああ、明日から楽しみ。


 つい先日のマリアの騒動から何日か経った頃、は気晴らしとして数人の執事と共に街へ降りることをイルミに許可された。
彼女から受けた傷も既に治っており、彼女は彼から貰ったプレゼントに大いに喜んだ。
「暗くなる前に帰ってくるんだよ。俺は仕事だからさ」
「はい、イルミ様もお気をつけて」
膝丈のワンピースにブーツを履いて、彼女は執事と友に部屋を出た。


 車で小1時間かけて到着した街で、私は久しぶりの外出を楽しんでいた。ヨークシンシティなどに比べたら田舎には間違いないが、この街は都会すぎず気後れすることなく楽しむことが出来ると思う。執事の方に気を使いながらも本屋へ寄ったりウィンドウショッピングを楽しんだりした。食事の時はハンバーグというものを始めて食べて、その美味しさに吃驚したり、町にいられる時間を満喫する。
様、一旦荷物を車に置いてきます」
「はい」
三人いた執事の一人が少し離れた位置にある車に荷物を置きに行く間、私は自然公園のベンチに座って休憩をすることにした。きっと、今頃イルミ様は仕事のために飛行船に乗っているのでしょう。先程買ったばかりの文庫本を手にしながらそんなことを考えていると、玲瓏とした声が鼓膜を揺らした。
「あ…お嬢さん、その本『リーベラーの卵』ですよね」
「…はい、そうです」
私の隣に腰を下ろした黒髪の青年が興味津々といった体で私が手にしている文庫本を見つめる。急に現れた青年に、私の傍に控えていた執事が声を上げようとするが、私はお気になさらずと笑んだ。彼はスーツに額に包帯を巻いているという格好で、どこか雰囲気が普通の人とは違っているように見える。そう、誰かに似ていると思ったら、それはイルミ様で。あの人の独特の雰囲気に似たそれを持っている彼は少しミステリアスだと思った。
「あ、ごめんなさい、急に話しかけてしまって。俺、クロロっていうんです、あなたは?」
「いいえ。私はです」
微笑するクロロと名乗った青年と同じように私も自分の名前を述べた。
「噂に違わず美しい声だ」
――え?そう思った瞬間に暗転する視界。視界の端に映ったクロロは、不適な笑みを浮かべていた。

「っと、危ないな」
「貴様、様から離れろ!!」
華奢な少女を昏倒させた直後に控えていた執事たちから攻撃を食らいそうになり、彼女を抱えたまま避ける。知人から送られてきた情報と同様の顔をした少女がと名乗った瞬間に憶測が確信へと変わり、彼女を盗むことに決めた。執事たちの攻撃をのらりくらりと避けながらも、この公園に先程のような人気が無いことを確認して、追いかけてこないように彼らを殺しておこうと思案する。
「カナリアは俺がいただく」
「く!ぐあああっ」
「お前、何者だ!!」
絶命した執事を振り返ることなく、もう一人の執事が俺を睨みつけた。蜘蛛に比べたら脅威にもならない程度だが、念を使えるらしくオーラを滾らせている彼に向かい、一言呟く。
「俺?―――幻影旅団さ」
「な――」
に?とは続かなかった。何故なら彼が目を見開いたと同時に彼の首を跳ねていたから。驚愕と苦痛に見開かれる双眼、迸る鮮血。スローモーションのように見えるそれを視界に映して、俺はカナリアを抱き上げたままその場を後にした。


2012/09/26

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