カナリア 番外編

――ぱら、ぱら。本のページを丁寧に捲る音が聞こえる。俺はそれに耳を澄ませながら携帯の画面を見つめていた。
つまらない。仕事の確認は済ませてしまったし、俺には今これといってやることがない。今日は仕事が無いし、の部屋でゆっくりしようと思って来たのだが、彼女は先程からずっと手を休めることなく、俺が与えた小説を読み続けていた。表情がくるくる変わる彼女を観察しているのは退屈しないけれど、その飴色の瞳が俺を映していない事に、多少嫉妬の念を無意識に感じる。
足音を立てずに彼女の元まで近づき、すっとその小説を彼女から優しく取り上げた。
「あっ」
「休憩。一時間も読んでたでしょ」
「分かりました」
名残惜しそうに俺の手の内にある小説を見つめていた彼女だったが、俺がそう言えば頷いて少し微笑んだ。
微笑む彼女の前に腰を下ろして、痛みのない彼女の金髪を梳く。そうすればとろんと目元を緩ませる彼女。だが決して俺の手に頬を摺り寄せることはしない。それは彼女の中にあるどんな感情なのかしらないけれど、俺はそのことに一抹の寂しさを感じた。
「今日は俺、ゆっくりするって決めたんだ」
「いつもはお仕事がありますものね」
いつもの仕事の量を知っている彼女は労わるように、俺の言葉に同意する。――そうだ、そういえば彼女は甘いものが好きではなかったか?
確か苺タルトが特に好きだと言っていた気がする。それを問うと、彼女はそうですよと返してくれた。せっかくの休日だし、彼女と一緒にティータイムを楽しむのも良いだろう。そう考え、呼び鈴でゴトーを呼ぶ。
「失礼します」
「いいよ」
二回のノックの後に部屋に入ってきたゴトーにお茶の時間にしてと頼む。時刻は三時を回っていて、ティータイムには丁度良い時間帯だ。
「苺タルト二つと、お茶はアッサムティーね」
「かしこまりました」
ミルクティーを好むのために、ミルクが合うアッサムティーを選び、それをゴトーに伝える。個人的にはアールグレイが一番好きだけれど、俺もミルクティーにはアッサムが適している事を知っているから、同じものにしておく。隣に座っている彼女はケーキの名前と紅茶の品種に嬉しそうに顔を綻ばせていた。
「イルミ様は甘いものが好きなのですか?」
「多少はね。でも甘すぎるのは食べられないかな」
苺タルトでも十分甘すぎるけど。だがその言葉を発することはせずに彼女の問に答える。
たとえ甘すぎたとしても、彼女の好きな物を食べてみたいし、同じ気持ちを感じてみたい。ゴトーならきっと俺が甘すぎるものが嫌いだと知っているから、そこまで砂糖を入れすぎることはないに違いない。
そう思って数十分後、彼は銀のワゴンにティーセットと艶々と光る赤色のケーキを運んできた。
「ごゆっくりどうぞ」
ローゼンタールのリゴレットシリーズのティーカップに、ミルクティー用の少々長く蒸されたアッサムティーを淹れ、ケーキを置く。頭を下げて退出した彼を見届けて、俺たちはティーカップを傾けた。
「おいしい」
「ゴトーは紅茶を淹れるのが執事の中でも特に上手いからね」
各自、好みの量のミルクを淹れたそれはとてもまろやかな味をしていて、且つ、香りも品良く鼻腔に入ってくるのだから、ほうと嘆息を漏らす。
彼以外の執事を俺はあまり覚えていないが、他の執事が淹れた紅茶と彼が淹れた紅茶とでは香りも味も変わっているから、どれが彼が淹れたものではないとすぐ分かるのだ。
それほどの技量を持っているのだから、流石はゴトーといったところか。彼を誉めつつ、目の前の苺タルトを咀嚼する。
少し視線をずらせば、頬を少々紅潮させ美味しそうにケーキを一口ずつ口に運んでいく彼女の姿が目に入る。見ていてそれは気持ちの良い光景で、俺もそんな彼女に影響されて、通常よりも速いペースでタルトを食べ終わってしまった。
「おいしかった」
「こんなに美味しいケーキは初めてです」
ミルクティーに口を付けながら、そう感想を述べる彼女に頷く。俺にとってもこの苺タルトは嫌味が無い程度に甘くて、とても食べやすかった。これくらいの甘さなら、これからも彼女と一緒に食べても良いかなと思える。
甘いものを含んで顔を蕩けさせている彼女がとても微笑ましい。さて、お腹も満たされたし昼寝でもするか。
、昼寝しよ」
「今ケーキ食べたばかりですよ?」
太ってしまいます。そう言う彼女の意見はもっともだが、俺はそのくらいで太らないし、その言葉に彼女自身が太ってしまうという意味が込められているのなら、そのくらいの量ぐらい彼女は太った方が良い。ただでさえ折れそうなほどに華奢な体つきをしているのだから、彼女は少しくらい肉や脂肪を付けて太った方が良いのだ。
「ほら」
少し強引か、と思うが彼女の手を引いてベッドの上に横たえる。その横に俺もごろりと寝転がり、彼女の飴色の瞳を見つめる。
「もう、イルミ様ったら…」
困ったお方。そう言いつつも、全然困っているように見えない彼女はふらりと微笑した。自分でしておいてなんだけど、って俺に甘いよね。まあそういう所が気に入っているんだけれど。
「なんか文句あるの?」
「いいえ」
冗談で凄んで見せても、彼女は俺の心の内が分かっているのか、微笑まれて流されるだけだ。はあ、叶わないなぁ。
二人して寝転がっても決して狭くはないベッドの上だが、俺はを腕の中に閉じ込めてぴったりとくっついた。彼女の胸から伝わってくる「とくん、とくん」という心臓の音がゆっくりとして落ち着く。
そのまま彼女の髪の毛を梳いたり、くるくると弄ってみたり。そのうちに彼女は眠くなってきたのか、小さな欠伸をして目を閉じた。そんな彼女に倣って俺も目を閉じる。彼女のほの甘い香りが俺の事を包んで、眠くなってきた。

――大事な大事な、俺だけのカナリア。このままずっと、穏やかな毎日が続いていくのだと俺は信じている。


後書き
リクエストしてくださったR様、ありがとうございました!!イルミ視点でほのぼのとありましたがご満足いただけたでしょうか?この話だけ読んでいるとまるで恋人同士なのですが、まだくっついてないですよ(笑)カナリアの番外編を書いていて、少し短いですがとても楽しかったです。リクエストありがとうございました!またお越しくださいませ。

2012/09/13

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