週一でやって来るという新一の言葉通り、母は毎週欠かさずに来てくれていた。母が来たということで、ダイニングキッチンで沖矢が彼女からメイクを教わるのを時たま眺めながらも読書をする。
「そういえばちゃんたちはお互いに何て呼び合ってるの?」
「え?沖矢さんだけど」
さんですね」
沖矢に隈消しを渡した母が発した言葉に首を傾げる。呼び方?ちらりと沖矢になりかけている赤井に視線を向ければ彼も無表情にを見返した。どうやらこの顔は彼にも彼女の言動を理解していないことが窺えた。お母さんって本当にいつも突飛なこと言うんだから。
「あら、それなら沖矢さんじゃなくて昴さんって呼びなさいよ」
「え?突然だなぁ…」
瞳をキラキラ輝かせる彼女には戸惑った。今まで沖矢さん呼びで定着していたのに、今更昴さんに変えることは少し違和感を覚えるし何より何だか恥ずかしい。ねぇ?と沖矢に同意を求める彼女に、沖矢は「僕は構いませんが」と穏やかに笑う。一緒に暮らしてるのにそんなんじゃ味気ないじゃない?とにも同意を求め始める有希子には観念することにした。彼女が一度言い出したことは中々覆ることはないから。
「はいはい、分かったよ」
「じゃあ早速呼んでみましょう!」
取りあえずここは頷いておこうとは頷くことにした。それだけで母も納得するだろうと思って。しかし彼女がそれだけで止まる筈がないのを忘れていた。唐突に要求された名前呼びに、焦る。困ってちらり、と沖矢に視線を向ければ彼は既に赤井から沖矢に変わるベースが出来ていた。
「あ、あー………、す、昴さん?」
「何ですか?
どうせ偽名なのだし恥ずかしく思うこともあるまい、そう腹を括って彼を呼んでみたら、返って来たのは何故か呼び捨てにされたの名前。それにどきっと心臓が跳ねた。うおお、やばい今のはするい。いつもさん付けなのに、突然呼び捨てにされるとこんなにどきっとするものなのか。ジョディさんはいつもこんな彼と接していたとか、驚きだな。私だったら心臓が持たない。
「うふふ〜、これで距離も縮まったわね!お母さん安心したわ〜」
「別に名前で呼ばなくても仲良くしてるけど」
嬉しそうに笑う母に全く…とジト目で見つめる。彼女はをからかうのが本当に好きだから困る。というか、子どもたちをからかうのが好き、という所か。初心な新一の反応を見て楽しむことも沢山あったからなぁ、なんて少し遠い目をすれば沖矢が「確かに距離は縮まった気がしますね」なんて母にいらないフォローをしていた。大人の余裕、許さない。まだまだ子どもな自分を突きつけられた気がしては少し面白くなかった。


 その日は丁度昼前に阿笠から呼び出された。正確に言えば呼び出されたのは沖矢だけなのだが、それにもついて行ったのだ。どうにも、この間の銀行強盗事件があってから一人でいることが少し怖くて。結局、あの赤井に扮装した人物のことは思い出せなかった彼女だが、それでもこの件は既に新一と沖矢に伝えてあるため、今はそれほど気にしていない。
阿笠はどうやら哀がいない間に手間暇かかるビーフシチューを彼に作ってもらいたかったらしい。そんな、わざわざ彼に頼まなくても私がやったのに。
「博士―、私も手伝おうか?」
「いや、はそこで寛いでおれ。今日は昴くんに教えて貰いたいんじゃ」
「ふーん」
ソファに座って阿笠と沖矢が一緒にキッチンに立つ様子を眺める。哀が好んで読んでいる雑誌を勝手に借りて――ごめんね、哀ちゃん――パラパラ読んでいたが、中々2人の様子が気になって仕方ない。だがそれなりに良い感じにも見える。
玉ねぎを切ってフライパンで炒め始めた沖矢。手際良いなぁ。この前までは有希子から何度か料理の手順を間違えている度に注意されていたのに、彼の成長スピードの速さと言ったら。よりも上手くなる日は近いだろう。恐ろしい、私が何年もかけて培った技術をあっという間に抜いていくなんて。そう訳の分からぬ畏怖の念を覚えた彼女は彼の背中をじっと見つめる。そうすれば視線に気が付いた彼が「どうしました?」と振り返るので、彼女は「何でもないでーす」とすまして答えた。
――悔しい、なんて言ってあげない。
そう思っていると、不意に阿笠の携帯に電話がかかってきた。
「ああ…電話ならあったよ、哀くんから」
料理から離れて話す彼の言葉に首を傾げる。あの様子からして、新一だろうか。そう推測すれば彼は何だか新一から追及を受けているようだ。何かを否定しながらも、ビーフシチューを作っているのだとにこにこ笑顔で報告する彼に自然とも笑みが浮かぶ。博士ってこういうところ可愛いよね。
「玉ねぎ、そろそろ良い感じですよ」
「おお、そうか」
まあ、事件と関わっていないなら良いんだけど。と思って彼らから視線を逸らして雑誌に戻る。熱が通り、甘い香りを放つ玉ねぎの匂いを嗅ぐと、お腹がぐう…と鳴った。早く昴さんが作ったビーフシチュー食べたいなぁ。
さん、トマト缶は入れますか?」
「入れてくださーい」
を振り返り彼女の好みを確認する彼に、彼女は笑顔で返した。何だか段々彼に色んなことを把握されているような気がしてきた彼女であった。


2015/08/25

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