今日新一は少年探偵団と一緒に釣りに出かけているらしい。メールで送られてきた内容に楽しそうだなぁとは笑った。少年探偵団とは直に会ったことはまだないけれど、漫画で彼らのことは知っていたしたまに新一からの話を聞いてどんな子たちなのかと知っているから、会ったことが無いという気持ちには案外なっていない。
帰ってきたら博士の所で魚を捌いてもらう、とメールに書いてあるからも博士のお宅にお邪魔して少年探偵団と対面するのも悪くないな、と思いながら書きかけのレポートに視線を戻した。
だけど中々進まない。困ったことにアイディアが一つも浮かばないのだ。
法学の授業を取っていたは課題として法律についての本を読んで与えられた課題をこなさないといけないのだが、どうにも法学は苦手でやる気が出ない。語学ならやる気が出るんだけどなぁ。
――ちょっと気分転換に出かけよう。
「沖矢さん、ちょっと出かけてきますね」
「ああ、気を付けて」
書斎でシャーロック・ホームズを読んでいた彼に一言声をかけてから玄関に行く。必要最低限の物だけを鞄に入れて、靴を履いて家を出た。

 煮詰まった時は一人カラオケに限る、と近くのカラオケ店にやって来たは2時間だけ歌いまくることにして個室に入った。リモコンで操作してどんどん曲を入れていく。今時の歌から少し前に流行っていて今でも大好きな歌まで。
しかし30分を過ぎた頃に、トイレに行きたくなって部屋を出た。一人で来ているので一応貴重品などが入った鞄を持ってトイレに行く。用を足した後に元の部屋に戻ろうとして歩いていたら、前方から見知った顔が見えては「あっ」と声を上げた。
「園子ちゃん!」
「あ!ちゃん!」
前方からやって来たのは、小さな頃からよく一緒に遊んでいた園子だ。遊ぶと言っても蘭がいる時にしか一緒に遊んでいなかったけれど、2人はのことを姉のように慕ってくれていたから当時のはとてもお姉さんぶって彼女たちの世話を焼いていた気がする。
こんな所で会うなんてどうしたの?と訊けば小テストで悪い点を取ったからその嫌な気分を無くす為に蘭と来ているのだと教えてくれた彼女。カラオケに来た理由が少しばかりと一緒で笑ってしまった。
ちゃん頭良いから勉強教えてよ〜!美味しいお菓子いっぱい出すから」
「良いけど、私よりちゃんとした先生に教えてもらった方が良いんじゃないの?」
店のカウンターに向いながら眉を下げてお願いしてくる彼女に苦笑する。一通り勉強できるとは言っても、は人に教えたことなど無いし、の説明で彼女が理解してくれるか分からない。
因みにカウンターに行く理由は、どうせ今来たばかりなら一緒に歌おうということにしたからだ。店側も部屋が一つ空くし良いだろうと思って。
同じ部屋にすることに快く頷いてくれた店員に礼を言って、たちは蘭を呼びに彼女たちが通された部屋に向かった。
「蘭ちゃん!こんにちは〜」
「あれ?ちゃん!どうしてここに?」
園子がいない間一人で歌っていた彼女に微笑めば彼女は目を丸くした。丁度そこで会ったのよ、と園子が今までの経緯を説明してくれるのではそれにうんうんと頷いて、一緒に一つの部屋で歌わないかと彼女を誘った。それに勿論と目を輝かせた彼女に、それなら行こうとこの部屋を後にする。
ちゃんよくヒトカラするの?」
「うん、レポート煮詰まった時とかストレス発散したい時にね」
が使っていた部屋にやって来て歌を選び始めた蘭から訊かれて、は頷いた。そうすれば何だか園子と理由が似てるなんて彼女が笑うものだから、は園子と顔を見合わせて笑った。何だかんだ園子とは性格が合うのだ、特にイケメン好きという点に関しては。だがの場合は遠くから見ているだけで満足だが。変に中身のことまで知って幻滅したくないという意識からだが、そこは彼女とは相いれないらしい。
「そういえばちゃんあの沖矢さんと一緒に暮らしてるんでしょ?」
「そうだよ。ああ、沖矢さんから聞いたけど最初蘭ちゃんに蹴られたんだって?」
「や、やめてその話は…!あの時は本当に泥棒だと思ってたのよ!」
歌を歌いながらも会話をしたりして、自由な時間を満喫していた。ヒトカラも楽しいけどこういうのでも良いな。なんて、隣で笑っている彼女たちを見て思う。だけどどうにも彼女たちはまだ沖矢という人物を信用していないようだった。それもそうだろう、も最初はそう思っていたから。彼女たちに彼の正体を明かせば彼女たちは納得するし信用してくれるだろうが、そんなことをしたらと彼の命は危ぶまれるので言うことは出来ない。
これは彼自身に頑張ってもらわないとな、とは彼の信用に関しては丸投げすることにした。
「でも彼、イケメンだしエリートだし…何かあったりするんじゃないの〜?」
「別に何もないよ」
園子がぐふふと女子にあるまじき笑い方をしてに詰め寄ってくるけれど、はさらりとかわした。本当にこの年頃の女の子ってこういう話が大好きなんだから。ちらりと蘭に目を向ければ彼女も同じように目をキラキラさせている。逃げ場がない所に態々2人を連れ込んでしまったので自業自得だ。仕方なしに彼女たちに聞かれたことは素直に答えてあげることにする。
「ねえ、一緒にいる時はどんな話するの?」
「ん〜?今日のご飯何にしますかね?とか、ニュースになってることについてとか」
「そういう堅苦しいのじゃなくてさあ、もっとラブに発展しそうなやつはないの?!」
蘭からの質問は特に難しいというわけではないけれど、流石に園子がくわっと目を見開いて訊ねてくる内容には首を傾げた。ラブって…。苦笑するしかない。そんな内容の話あったっけな…。一つだけ彼にときめいた時の話を思い出したけれどあの内容を話すと自ずと彼の正体を話さなくてはいけなくなるため、それは無理だ。
「と、特にないかな…」
「え〜、本当に〜?何か隠してるでしょ」
「園子のそういう勘当たるんだから観念して言っちゃえば良いのに」
ニヤニヤしている蘭と園子のタッグにほらほらと話すことを促されるは勘弁してくれと心中叫んだ。大体、彼には哀の姉という恋人がいて、元々FBIのジョディと付き合っていたのだし、そういうことになるなんて考えてない。普通に考えてみれば、きっとジョディとよりを戻すだろう。だから、彼とは何もない。そりゃ素敵な男性だからときめくことはあるけれど。


 の旧姓は、父の名前は龍之介で母は冨美子といった。彼らが亡くなったのは龍之介が28で冨美子が24の時。とても若くして死んでしまった彼ら、特に有希子と同じく女優として活躍していた冨美子に世間は哀悼の意を示した。
父の場合は一般人であった為世間に騒がれることは無かったが、彼は公安の人間であった為この2人が何者かによって暗殺されたのではないかという線を探られていた。しかし、結果は本当にただの事故だった。
彼らは冨美子の誕生日祝いとして家族3人でアメリカ旅行を楽しんでいた。一度は乗ってみたいという冨美子の願いから夜のラスベガスを一望できるというヘリコブターの遊覧に参加したらしい。
――ぱら、と当時の新聞に載っている字を赤井は眺める。だが、本当に事故死だったのかというのは今でも疑問に思っている。
「“冨美子とその夫、ヘリコプター墜落事故で死亡。2人の子供行方不明”か」
たった何百字かでまとめられてしまった彼らの死との行方不明の話。赤井も当時、彼ら、というよりは龍之介が死んだということを知った時は驚いたものだった。しかし、赤井がその死を知ったのはかなり時間が経ってからだった。当時の彼は丁度FBIの一員として活躍しはじめた頃だったから忙しさのあまり、龍之介のことなど頭から抜け落ちていた。それに彼とは接点があると言っても密に連絡を取り合うという程の仲でも無かった。
ただ、一度だけ若き頃の彼に助けられたのだ。まだまだ彼が公安の下っ端で赤井がただの青年だった頃に、ナイフを持った通り魔に襲われそうになった赤井を彼が身を挺して助けてくれた。おかげで彼は軽傷を負ったけど、赤井には傷一つ無かった。それが彼との一度きりの出会い。
しかし彼との出会いがあったからこそ今の赤井がある。あの時彼がいなければ、きっと若かりし頃の赤井は背後から刺され重傷になって、FBIになることが出来なかっただろう。
 それ故、の口から彼らの名前を聞かされた時は驚いたものだ。まさか、あの時の龍之介の娘がこんなに大きくなって自分の側にいたとは、と。恩人の忘れ形見を見つけてしまったのだ、あの頃の恩を今は亡き彼に返す為に彼女を守らなくてはいけない。自分には彼女以外にも守らなくてはいけない者がいるけれど。
ちらり、と窓の外に視線をやる。今は阿笠邸にはいないあの少女もまた、大切な忘れ形見だ。どちらも守らなくてはいけないが、をこちら側に巻き込んでしまったのは己の責任には違いないので、有希子にも伝えたように彼女のことはしっかりと見守るつもりだった。だが、今はまだ龍之介との関係を彼女に伝える気はない。


 2時間だけ彼女たちと歌うつもりだったが、思いの外楽しくてカラオケが終った後も彼女たちとショッピングを楽しんでいたら帰る時間が遅くなってしまった。もうそろそろ夕日が地平線に消えて夜がやって来る。早足で家に帰って扉を開けた。今日はが夕飯の当番だった為早く作らないと。
「ただいま」
すみません、遅くなりましたと玄関で声をかけるが彼がいつもいる書斎からは返事がない。それ所か家の中には彼の気配が無かった。どこかに出かけたのだろうか、とリビングとダイニングを覗いてみればダイニングのテーブルの上に『阿笠博士の代わりにコナンくんたちを迎えに行ってきます』と書かれたメモが置いてあった。
どうやら阿笠が作っていた発明品が上手く働かなかったらしく、彼がそれの苦情に対応しているおかげで子供たちを迎えに行くことができなくなったらしい。それで沖矢が駆り出されたというわけか。
「連絡先交換しておけば良かった…」
彼が書いたメモを見て溜息を吐いた。彼はほとんど家にいるしこうやって連絡がつかなくなることなんて考えていなかったのだ。帰ってきたら連絡先を交換しておこう、と思ってはキッチンに立つ。
冷蔵庫の中を確認すればまあまあ材料はあるので今日はシチューだ。
 それから暫くして沖矢は帰ってきた。時刻は20時。随分と遅かったな。途中までは彼の帰りを待っていたがお腹が空いて我慢できなくなって先程一人で先に食べてしまっていた。
「遅かったですね」
「ええ、ちょっと事件に巻き込まれて…、子どもが一人犯人に人質にされてしまいましてね」
ちらりと彼を見て夕食の準備をし始めていたら、まさかの人質発言に驚いた。うそ、どの子。大丈夫だったんですか、と訊けば勿論と頷く彼。それに安堵した。それもそうだろう、彼はFBIなんだからそういった非常事態には臨機応変に動くことが出来る筈。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
夕食のメニューを彼の前に置いて、も淹れたお茶を飲む為に彼の前の席に腰を下ろした。博士じゃなくて沖矢が迎えに行って良かった。きっと博士だったら彼ほど俊敏に動けないだろうから。そっと、隣人の愛らしいおじさんを脳裏に描いては小さく笑った。


2015/08/06

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