13

 暫くして店員との話が終わったらしい。沖矢がお待たせしました、とこちらにやって来る。周囲の洋服も眺めていた彼女はとくに待ったという思いはなかったので、大丈夫ですよと笑った。
「ほしい情報は手に入りましたか?」
「ええ、ついでに他の情報も」
満足気な様子の彼は、一旦ランチタイムにしましょうかと提案した。確かに、腕時計を見やれば丁度良い時間だ。彼女は彼の提案に頷いて、近くの館内マップへと近づく。
「結構色々ありますね。昴さんは何が良いですか?」
「そうですね…ここの和食とかどうですか?」
「美味しそうですね、じゃあここにしましょう」
案内に載っている写真を見比べれば、すぐさま行く場所が決まった。和食は普段家でも食べているが、こうして外で食べるというのは久しぶりなので、ウキウキしてしまうはすぐにエスカレーターへと向かう。
エスカレーターに乗る際も当たり前のようにエスコートしてくれる彼に思わずにんまりしてしまった彼女。こんな彼氏がいたら最高だ。
「どうしたんですか?一人でニヤニヤして」
「も〜!!ニコニコって言ってくださいよ!」
ただその顔を彼にも見られていたようだ。意地悪な笑みを浮かべた彼は、一瞬だけ沖矢昴ではなく赤井秀一に戻ったような錯覚がある。
理由を問い詰められるなんてことはなかったが、彼女はそんな彼の言葉に苦笑した。確かにニヤニヤしてたのは否めないけど。

 その後、和食屋さんで昼食を食べた彼女は一旦沖矢とは別行動をしていた。一緒に行かないのか、と荷物持ちを進んで行おうとしてくれた彼だったが、彼女の次の目的地は下着店だった。そのため、あれやこれやと理由付けをしてきて一旦彼と離れることに成功したわけだが。
「いくらなんでも昴さんに下着を見られるのは…ね…」
ちらりと後ろを振り返って彼がいないことを確認する。この前も銀行強盗に巻き込まれて死にかけたことを心配して後ろから追跡してきてないかと思ったが、それは杞憂だったらしい。
彼の姿が見えないフロアにほっと一息つく。彼が本気になれば、彼女に気付かれないで尾行など簡単に行えるのだが、そのことを彼女は意識的に頭の中から排除していた。だって、流石にそこまでしてるなんて考えたくないもの。
目当ての下着店に入って、色々物色していく。最近、沖矢が作る食事が少しずつレパートリーが増えており、そのおかげで食べる量が前よりも少し増えたことで胸だけでなく、色んな所が前よりも肉付きがよくなっているのが少し悩みの種の彼女。
「(胸が大きくなるのは嬉しいんだけど…)」
ただ、お尻とか腰が…。ワンサイズ上がったブラジャーを見やりながら、自分の腰に手を当ててみる。やはり前よりも柔らかい。
これはダイエットをしなくてはいけない段階だろうか、と思った彼女だったが好みの下着を見つけてしまった所その考えは一瞬で弾け飛んでしまった。

 好みの下着をいくつか買うことが出来て彼女は機嫌良く店を出た。
さて、そろそろ昴さんと合流しようか。そう思って携帯を取り出せば、彼からのメールが入っていた。しかも何やら写真まで添付されている。彼が何かを添付することが珍しくて、急いでそれを開けばその内容に目を見開く。
「爆弾…!?」
どうやら彼がいる場所では、爆弾を身体に巻き付けられた男性が赤いTシャツを送り付けてくる犯人を見つけないと助からないようだ。彼がいるのは同じ階だから、ということはも外に逃げ出してはいけないということだ。
メールが送られてきた時間がほんの少し前だったから、まだ彼女がいる所まで動揺が広がっていないらしい。
万が一の時の為にこちらには来ないように、と彼の注意書きを見た彼女はどうしよう、と傍の椅子に一旦座りこむ。暫くすれば、エレベーターやエスカレーターを止められて使えないようになったからか、客たちが不安そうな表情をしているのが広がってきた。
窓から外を見れば、そこにはいつも通りの日常があった。
「これって原作にあったっけ…?」
思い出そうとするのは、前世の記憶だ。沖矢が関わっていることなら大抵原作と関わりがあるだろうとは思うのだが、原作では描かれていない彼の行動だってある筈だ。そうすると彼女には想像することしかできない。今回のこの事件は何となく記憶にある気がするが、どういった内容だったか思い出せなかった。
だが、沖矢が死ぬシーンがあれば記憶に残っている筈。そう考えた彼女は椅子から立ち上がった。やっぱり、彼の元へ行かないと。
ヒールを彼がいるエレベーターホールに向ける。爆弾を身体に巻き付けた男が爆発したら、なんて思わなくもないが、何故か分からないが彼の所へ行きたいと思った。
エレベーターホールに近付くにつれて心拍数が上がる。ざわざわと人々の恐怖と混乱が漂うそこは、冷房が効いているのに異様な熱気に包まれていた。
ピンクブラウンの髪を探そうと視線を彷徨わせる。彼は背が高いからこれだけ人がいても目に入るだろうと思って。どうやら、エレベーターの手前で小五郎が推理をしているようだった。蘭とコナンが彼の手助けをしているらしい。何を話しているかは聞こえないが、彼らがいるなら安心だ。何て言ったって、コナンこと新一がいるのだから。
「…!」
しかし、彼を見つける前に別の人物が目に入った。あの銀業強盗の時に見た、赤井秀一の顔をした男。横を向いた彼の顔をチラリと後ろから見ただけだったが、やはり変装前の彼にそっくりだ。
なんで、あの人が…。
じっと視線を向けてしまいそうだったが、無理やり逸らす。彼はきっと、赤井秀一の存在に何かしら考えがあって行動しているかもしれないから。それに、一度ではなく二度も彼と目が合ったら、きっと彼は彼女の顔を覚えるだろう。
そっと、彼に悟られないように沖矢の姿を探す。そんなに遠く離れていない所に彼の背中が見えた。
それにほっとして彼のもとへと急ぐ。
「昴さん」
さん。こちらに来てはダメだと言ったでしょう」
「すみません、でも待ってられなくて…」
彼の背中に声をかければ振り返った彼が少し眉を寄せた。爆弾魔がいない所で待っていてほしかったのだろう。
残念ながらその意図を分かっていたとしても彼女は同じ行動に出ただろう。苦笑して彼を見上げれば、仕方ないとばかりにふうと息を吐かれた。
「まあ、ほとんど僕の推理は終わってるんですけどね」
「そうなんですか?」
「ええ、あとは毛利さん次第だとは思うんですが…」
たたっと駆け寄ってきたコナンから話を聞いている小五郎。その様子を見て、沖矢が前の人に退いてもらって赤いTシャツの前に立つ。
「あ、昴さん。そういえば…」
「ん?」
そんな彼に先ほど見た赤井秀一と同じ顔の人のことを話す。勿論、その人物に聞かれないように耳元で小声で。
「ホォー…」
小さく呟いた彼が携帯をポケットから取り出し、操作キーを押す。チラリ、と辺りに目を配らせた彼が何かに気付いたようにの腕を引き後ろへと下がらせた。
咄嗟に声が出そうになった彼女だったが、何故彼がそんなことをしたのかはある程度察しがつく。不敵な笑みを浮かべた彼に、よくもまあ爆弾が爆発するかどうかの時に笑っていられる度胸があるものだと羨ましくなった。
は赤井の顔の男と爆弾の男で心臓が破裂しそうだというのに。

 結局その後、爆弾を巻き付けていた男がこの事件の発端だということが分かった。彼は自分で偽の爆弾を身体に巻き付けて赤いTシャツを送って来た人間を炙りだそうとしていたらしい。それだけではなくて、彼は汚職を自分が殺した上司に擦り付けていたらしい。
だが、そんな話はの耳の右から左へと抜けていく。眠りの小五郎となって推理を発表したコナンに、は心底ひやひやしたのだ。蝶ネクタイを使って推理するのは良い。だが、聴衆に背を向けているだけで推理をする彼に、いつバレてもおかしくないと彼女は気を揉んでいたのだ。
途中、沖矢に「大丈夫、爆発しませんよ」なんて安心させるための言葉を貰ったが違う、これはコナンの意識への恐怖だ。
「(も〜!蘭ちゃんに変だなって思われるでしょ…!)」
特にコナンが推理していることが知られずに終わったからまだ良かったが、あと少し蘭画小五郎に近付いていたら、と思うとは気が気でなかった。
ふうと色んな意味で気を揉んだ彼女は沖矢と一緒にデパートの出口へと向かっていた。大勢の人が長時間一つのフロアに閉じ込められたのでざわざわと落ち着きがない。
「無事に終わって良かったです…」
「最近さんは色んな事件に巻き込まれますね」
「えっちょ、ちょっとそれ私何かに呪われてるってことですか?」
大きな溜息をつい吐いてしまった彼女に、沖矢が間髪入れずに口を開く。確かに沖矢と済むようになってから何かと事件に巻き込まれている気がする。それは偏に新一の従姉という恐ろしい立ち位置で生まれてきたことも原因だろう。
買い物袋を持ちながら、ひいっと小さな悲鳴を上げたくなった彼女だったが、沖矢にどんとぶつかる金髪の女性に目を丸くした。対格差から床に尻餅を着いた女性。
「あ…すみません…大丈夫ですか?」
きょとんとして彼を見上げる彼女に、はジョディさんだと思った。過失は50:50だと言う彼に、「今それを言わなくても…」と苦笑した彼女だったが、ジョディは意識が他の所に向いているせいか特に噛みつかずに走って行ってしまった。
「(そうだ、ジョディさんこの時誰かを探していたんだっけ…)」
誰か、で心当たりがあるのは勿論この隣に立っている男性だ。顔は違くても、中身は彼女が良く知っている男性。その人が目の前にいながらも気づくことができないことに一抹の寂しさが過る。昴さん、もしかしたらもう少し一緒にいたかったんじゃないのかな。そう思って彼を見上げれば彼は「どうしました?」と不思議そうな顔をした。

今日は甘えて良いですよ。なんて言いそうになった彼女だったが、それは我慢した。


2018/06/16

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