ぐぐ、と背伸びをした後に階段を下りて、リビングのソファに座っている沖矢におはようございます、と声をかける。彼は同じく挨拶をしてからの姿を見て、おやと声を上げた。
「今日は朝からどこかに出かけるんですか?」
「はい。暫く洋服を買ってなかったので買いに行こうかと」
テレビからニュースキャスターが以前が巻き込まれた銀行強盗の映像を流している。どうやら振り返りをしているようだが、にとってはあの記憶は恐ろしく抹消したい程なので思わず眉を顰めてしまった。それに気付いた彼は穏やかに笑って別のチャンネルに変えてくれる。
ほっとしたのも束の間、彼が「それでしたら」と声を上げる。
「僕も丁度出かけたいと思っていた所なので、一緒に米花百貨店にでも行きませんか?」
彼の突然のお誘いに、それってデートではと思ったは当時まだちゃんとした高校生だった新一と一緒に出掛けた時のことを何故か思い出していた。

 新一は基本的に時間があるとの買い物に付き合ってくれる。別に来ても荷物持ちになるのだから来なくても良いのに、それでも彼は必ずと言って良いほどを一人で買い物に行かせなかった。
「毎回ありがとね、新一」
「別にー、帰りにアイス食わせてくれよな」
「はいはい」
一緒に家を出て近くのショッピングモールまで歩く。てくてく、と歩く中、最初はやや早い彼の足並みがの歩幅に合わせてゆっくりとなり、最終的には腕組みを要求される。
別に弟と腕を組むことに何にも感慨は抱かないが、かと言って今まで欠伸をしていた彼が腕を組んだだけでしてやったりと表情を崩すのは可愛いと思う。まるで年下の彼氏に甘えられているように見えるのだろう、道行く女子高生たちにチラチラと羨ましそうに視線を寄越された。
――いや、これ弟なんで…。
思わず声に出そうになったが、新一はどうやらその状況に満足しているようだ。
「で、今日は何買うんだ?」
「靴と、バッグ、あとは丁度新刊が出ているから本も数冊ってところ」
「おー、それじゃあそんなに時間かからなさそうだな」
予定を述べれば、彼は一つの物にかかる時間をおおよそだが推測して口元を綻ばせる。女の買い物は時間がかかると身をもって知っている彼だからこその感想とも言えた。
「あっ、この鞄可愛い」
「そんな激しい青はには似合わねーよ。こっちの紺の方が良い」
「そう?じゃあそれに合わせて紺色の靴にしようかな」
「ああ、これとか良いんじゃねーか?」
「本当。サイズもぴったりだし」
なんて、新一に手伝ってもらいながら買い物は行われていくのだが、目の保養になるイケメン男性店員もの隣を陣取る新一を見て女性店員へとバトンタッチしに声をかけてくれない。なんてこった。いや、見ているだけでもそれは眼福ではあるが、それでももっと間近で見たいというのが乙女心。
尚且つ営業だろうが、話しかけてもらえればテンションは上がる。というのに、新一はベタベタとの腕を引き、手を繋ぎ、身体を寄せる――そして極め付けには睨みをきかせる――為に彼氏の嫉妬を受けたくないと思う男性店員は近寄れない。
しかし、センスはあるので彼が選んだものは失敗しない為邪険にも出来ない。どこから見つけて来たのか分からないが、品の良い靴をに履かせる彼の健気なこと。義姉が変なものを着て「お前の姉ちゃんダサイな!」なんて言われたくないだけかもしれないが、それでも義弟にそこまでしてもらって可愛いと思わずにはいられない。それ故、彼女は新一を買い物に連れていくのだ。
「ジーザス……」
「何だよ」
「いや、別に」
しかし、やはり目の中に飛び込んでくる美男子たち。友達同士で遊びに来ている者たちも、のことを見てくるが隣にいる新一を見て、「何だこのイケメンは」というような愕然とした顔をする。確かに新一は両親の良いところばかりを授けられた顔をしているし、スタイルだって良い。小さい頃は天使のように可愛かった。
――だけどあなたたちだって十分格好いいから…!
だからそんな自信喪失したような顔をして通り過ぎないでほしい。と切実には思うのだ。そして隣で無邪気にニコニコ笑っている弟の頭に時折悪魔の角が生えているようにも見えた。

「なんてことがあったんですよね」
「可愛い弟さんじゃないですか」
沖矢と二人で帝都銀行へ寄った後に歩きながら米花百貨店へ向かう途中、彼女は彼に新一とのお出かけ話を語っていた。あくまで自分が不利にならない程度であったが、彼はその話を聞いてくすりと笑う。もしかしたら新一のせいでイケメンを堪能できなかった、というの嘆きを鋭く察していたかもしれない。
そう思うと空恐ろしいが、はその考えを振り払って周囲を見渡した。何やら視線を多く集めているような気がしたからだ。チラチラと視線を寄越してくるのは若い男性や女性。がそちらに目を向ければさっと逸らされてしまうが、明らかに見ていただろう。
――なんだろう、このデジャブ感。
隣に立っているのが沖矢という好青年だからだろうか。ちらり、と彼を見上げればきょとんとした顔が返される。が見ていたことには気づいていながらも、その視線の意味には気づいていないらしい。
――モテる男性は大変ですね。
心中思ったは目の前にやって来た米花百貨店に意識を向けた。

「わ〜、これ可愛い!あ、これも良いかも…でもこっちは色が素敵だし…」
目の前に広がる煌びやかな洋服たちにの目は輝き、沖矢の横からとことこ離れて洋服を物色し始める。流石百貨店なだけあって、良い素材を使っているのだろう、触り心地もとても良い。
夏服を探しているにとっては、沖矢の格好は暑苦しいものだが、冷房がしっかり効いている建物に入る時は彼くらいの厚着の方が逆に身体には良さそうだと思った所で、彼の存在を思い出した。
「すみません、はしゃいじゃって」
「いえ、女性は買い物が大好きだと知っていますから」
後ろで佇んでいた沖矢は、彼女が振り返ったことで穏やかに笑っている。知っているということは、あれだろう。ジョディや哀の姉と付き合っていた頃のことを言っているのだろう。どちらもお洒落には気を使っていそうだ。大人の余裕を見せつけて来た沖矢に、は心中「流石昴さん」と頷いた。新一ならさっさと「これとこれにしろ」と言っていそうだし――だが彼が選ぶものはセンスが良いので文句は言えないのだが――途中で疲れた顔を見せるだろう。
さんにはこっちの方が良いと思いますよ」
「へ〜、普段あまりこういう服は着ませんね…」
「試着してみては?きっと似合いますよ」
彼が選んでくれたのはが憧れつつも自分からは手を出せないような、清楚なプリーツスカート。それに合わせるなら、と綺麗なブラウスを選んできた彼にの胸はときめいた。
――私の為に昴さんが選んでくれるなんて…!
試着室に入って外で待っている沖矢のことを思うと、渡された洋服を握る手が微かに汗ばむ。似合ってなかったらどうしよう。なんて、自信を無くす彼女だったが、ひとまずその服を着てみる。鏡の中の自分を見てみれば、洋服は可愛いと思うが、如何せん普段着ない系統の服の為違和感が有り余る。
――似合ってるのか判断できない…。
さん、どうですか?」
「着たんですけど、う〜ん……」
いつまでも彼を待たせているのも忍びないので「ままよ」と試着室の扉を開けた。外で待っていた沖矢と目が合ったが、彼は微かに目を見開いた後に、にっこりと微笑んだ。
「見違えましたよ。とても似合っています」
「そうですか?自分じゃよく分からなくて」
彼の言葉にほっとした彼女は、途端に笑みを浮かべた。単純だと思うが、他人に褒められればすぐに嬉しくなる彼女は、あっという間にこれからはこの洋服のような系統にしようか、とさえ思い始める。これじゃあ、また余計な虫が寄ってこないようにしないといけませんね、なんて彼の口からぼそりと不穏な言葉が聞こえたような気がした彼女だったが、それは綺麗に右から左へと聞き流すことにした。ワタシナニモキイテマセン。

 いったんその洋服を置いておくことにして、今度は沖矢の用事に付き合うことにした。紳士用の帽子売り場へと向かう彼にどんな帽子がほしいのかと尋ねる。
「いえ、買うのではなく少し訊ねたいことがありまして」
「ふ〜ん……危ないことですか?」
不敵に微笑んだ彼の言葉に頷いた彼女だったが、もしかしてこれはと思い訊ねてみれば、彼はその笑みのまま大丈夫ですよと否定する。
さんはしっかり守りますから」
「その声で言われるとドキドキするんでやめてください」
さもそれが当たり前であるかのように告げる彼に、の心臓は跳ね上がる。全く、これだからモテる男は!さらりと爆弾を置いていく彼に、が赤くなった顔で抗議すれば彼はハハハと穏やかに笑った。どうせまた私のことをお子ちゃまだと思ってるんでしょ――実際にそうなのだが――と思った彼女は、照れ隠しにふんと鼻を鳴らした。
「ああ、あそこですよ。――あ、すみません。少々話を伺ってもよろしいですか?」
「あ、はい…」
店員の女性に話しかける沖矢。その背から一歩出て、辺りを見渡してみれば、少し先に見知った背中を見つけたような気がした。
――この暑い中背広を着た男性に、あの特徴的な髪型の女の子、そして少年といえば、毛利一家ではないだろうか。
たまたま出会った彼らに嬉しくなって声をかけにいこうと思っただったが、今日は沖矢と一緒にいる。だけが三人の所に向かうのは失礼だろうし、彼が今小五郎と会いたいのかどうかは分からない。
店員と話している様子の彼を見やって、彼女は暫く様子見をしようかと、数多くある帽子を見ていることにした。


2017/04/11

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