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『おはようございます。休み取れました!×月×日はどうですか?』
ポコンという通知音と共に暗かった画面に現れる文字。それはホークスからの連絡であった。体育祭での約束を早速実行する彼の速さに笑みが浮かぶ。
ハイヤーの中で、隣には炎司もいるがまだ業務時間外の為、はスマホを開いて彼からの連絡を確認する。その日だったら何の予定も入っていないし、大丈夫だ。
『その日で大丈夫です』
文字キーをタプタプ打って返信すれば、すぐさま既読が付き、「やった!」というスタンプが送られてきた。ホークスさんまた可愛いの使ってるわ。つい、どんな表情で彼がこのスタンプを選んでいるのか見てみたいと思った彼女であった。


23 新世界を奏でましょう




その日は朝から大忙しであった。やるべきことが一気に増えた為である。まずは、職場体験の指名は焦凍のみとなった為、それを雄英高校に連絡し、焦凍が職場体験に来る時の準備を始めた。ちなみには他の生徒も指名しようと提案したが説得しきれなかった。至極残念である。
「エンデヴァーさん、まだ焦凍くんから返事貰ってないのに勝手に準備して良いんですか?」
「ああ。あいつはここを選ぶ」
エンデヴァーから焦凍の職場体験の準備をするよう指示をされただったが、断られてしまった場合を考えると、もう少し後にしたいと思ってしまうのは仕方ないことではないだろうか。苦笑するに対して、彼は焦凍がエンデヴァーヒーロー事務所を選ぶと鼻から決めつけている様子。
確かに血縁関係があり、個性も炎の部分は同じであり、且つ、幼少期から特訓を見ていたのはエンデヴァーだ。その部分だけ見れば、焦凍が選ぶのはエンデヴァーヒーロー事務所だろう。
しかし、が眉を下げてしまうのは偏に普段の焦凍を知るがゆえだ。彼が進んでエンデヴァーに教えを乞うような状況だとはまだ思えない。母親のお見舞いに行って、一歩踏み出したとは言え、まだまだ乗り越えなければいけない壁はあるだろうから。
「…返事が来るまではひとまずマニュアル作成をしてくれれば良い」
「分かりました」
が苦笑したまま中々頷かない様を見て、折れたのはエンデヴァーの方であった。マニュアル作成であれば、他の者が職場体験やインターンに来た時にも使いまわすことは可能だし、新人が入った時も忙しさにかまけて教育に手が回らない――本来であればそれは良くないが――時に役に立つ。彼女は彼の代替案に笑顔で頷いた。

エンデヴァーヒーロー事務所の行動規範から、事務所内の機械や部署の説明など…多岐にわたる内容を一から説明することはとても膨大な時間がかかる。しかも、それを焦凍がやってくる時までに作成しないといけないのだ。おおよその目安として200ページ程だろうか、と見積もった彼女は一日に作成しないといけないページ数を逆算した。
――それにエンデヴァーさんにもつど確認してもらいたいから…。
ふむ、と顎に手を当ててスケジュール帳に書き込んでいく。同時案件として他にもやらねばならない仕事がある為、効率よく進めていく必要があった。
ちゃん、マニュアル作成頼まれたんだって?」
「ええ、全てまとめないといけないから時間がかかるわ」
「でもあれば超助かるよ!頑張って!」
パトロールから戻ってきたバーニンがどすん、と椅子に座り込み、のパソコンを覗き込む。どうやら、帰って来て早々彼女がマニュアル作成に目を回していることを嗅ぎつけたようだった。ほら、と渡されたしめじの山を一つもらってカリポリ、とチョコレートの甘い味を味わう
――癒される。
甘味に眦が緩んだに激励を飛ばしてくれた彼女に、は笑顔で礼を言った。

午後に入って、は気が気ではなかった案件に漸く着手することができた。実は、雄英体育祭中に、インゲニウムがヒーロー殺し“ステイン”に重症を負わされ、現在入院中なのである。もともとこの事務所でもステインの動向を探る方向でミーティングが行われていたのだが、その矢先のことでありは大層ショックを受けた。
――インゲニウムさん…。
焦凍と同じクラスに彼の弟がいることは体育祭で知っていた。彼もきっと深い心の傷を負っただろう。
インゲニウムは家族以外面会謝絶の状態である為、彼女は予め頼んでおいたお見舞いの品が届いた今、手紙を添えてインゲニウムが入院している病院にそれを送る手筈を整えていた。
「最近、ステインの動きが前よりも活発だよな…」
「ああ、早く出没傾向を掴んで捕まえないと」
事務所内でもひっきりなしに上がって来るステインの話題。どのヒーローも市民を守るヒーローを襲うステインに強い憤りを感じていた。はそれを耳に挟みながら立ち上がる。これからインゲニウムのお見舞いの品を投函するのと並行して、ビジネス図書館にステインの資料を探しにいくのだ。
「田所さん、よろしくお願いします」
「はい、行きましょうか」
事務職から一人男性を借りて、エンデヴァー事務所から外へ出る。出来るだけ多くの新聞記事やニュース映像を見つけて持ち帰らないと。

図書館で集めてきた情報はどれも信ぴょう性が高い記事や映像だった為、それをもとには会議用のテーブルを覆うほどの大きさの地図に彼の出没情報をマジックで書き入れていく。現時刻は16時を過ぎたころだ。この後のミーティングまでに情報の書入れをエンデヴァーから頼まれていた彼女は地図と記事の間で忙しなく目線を動かす。
「…できたわ!」
ふうと一息ついて時計を見上げればミーティングが始まる10分前であった。危ない、人数分の資料のコピーをしないと。足早に印刷機に向かって資料をセットし、人数分を印刷し始める。とりあえず、コピーが終わるまで一息吐きたい。先ほどのヒールの音とは違って、ゆったりとしたそれに変わったことに周りのヒーローたちは気づいたらしい。お疲れ様です、と声をかけてくれる彼らに礼を言って席に着く。デスクの引き出しを開けて、中からクッキーを取り出す。サクサクっと甘いクッキーを噛みしめれば、脳に幸せ物質が流れ出しては目をとろんとさせた。
――美味しい。
思わずもう一枚と手が伸びかけた彼女だったが、印刷機から終了の音がした為ホチキスを持って立ち上がる。休憩終わり。資料をまとめてミーティングを始める為、またの目元にきゅっと力が入る。
「エンデヴァーさん、ミーティングの時間です」
「ああ、今行く」
エンデヴァーの事務室の扉をノックして声をかければ、彼が椅子から立ち上がった音がする。それを確認して、彼女は他にもミーティングに参加するヒーローたちに声をかけに行った。


2021/04/28

LIMEでやりとりをするようになった女性――の名前が画面に映る度にホークスの視線はスマホに向かってしまう。彼女に対して、この前のお礼として夕食を共にすることを提案したのは、ホークスのちょっとした気まぐれであった。
だが、思いの外浮かれている自分自身に気が付いたのは、彼女から初めてメッセージが届いた時に口元に笑みが浮かんでしまった際だ。ったく、もう学生でも何でもないというのに。
『その日で大丈夫です』
簡潔なメッセージではあるものの、彼女の穏やかな笑みが勝手に脳裏に過る。それにホークスは口をへの字に曲げた。今回彼女を夕食に誘ったのは、別に“そういう意味”ではない。それを忘れるな、と自分自身に言い聞かせて、彼はサイドキック達に指示を出すために脳を切り替えた。




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