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午後からは一対一の個人戦が始まる。しかし、予選落ちしてしまった生徒たちの為にレクリエーションが用意されているようだった。セメントスが個人戦の為の設営をする間、生徒たちがはしゃぐ様を眺める。先ほどまではハラハラさせられる展開ばかりだったから、このひと時が観客や生徒の心を解きほぐす時間になっているようだった。
「1-Aの女の子たち、チアの格好していて可愛いですね」
「ああ、そうだな」
ふふっと笑いながらエンデヴァー見上げれば、の言葉に同意はしてくれるものの、若干上の空の様子だ。
そうなってしまうのも無理はないだろう。彼が睨みつけるように向けている視線の先には、個人戦の対戦表。二試合目に焦凍が出てくるのだから、今からそれが気になってしまうのは、彼の性格上致し方のないことだろう。


21:それはぼくのなけなしのいのち



一試合目の緑谷対心躁戦を見ていたは、一見地味に見える戦闘の中で、どれ程二人が自分の持ちうる手段を狡猾に選択して戦っているのかを理解していた。
「少し離れるぞ」
「えっ、はい」
一試合目がまだ終わっていないというのに席を立つエンデヴァー。咄嗟に彼を見上げた所、レクリエーションの時とは比にならない程に険しい表情をしていることに気付く。もしかして、二試合目の前に焦凍くんに会いに行くのかしら。思わず席を立ちかけた彼女だったが、彼の背中を見て思い直す。
は今までに、さりげなく二人の良い部分を少しずつ伝えるようにしてきた。それはあまりにも些細な情報だったかもしれないが、もしかしたらその情報をもとに話してくれるかもしれない。希望的観測にすぎないが、先ほどエンデヴァーには子供の応援の仕方を伝えたのだから、きっと上手くやってくれるだろう、と。
――時には親子二人だけで接するのも大事よね…。
今すぐにでも駆けて二人の仲を取り持ちたい気持ちに襲われるが、幼い時に傷を負った焦凍とその元凶である炎司にしか、根本の部分は解決できない。それならば、失敗しても試行錯誤して向き合うことが大事なのではないか。なんて、緑谷と心躁には申し訳ないが、気もそぞろの状態で戦いを見守ることしかできなかった。

願いにも近かった考えは、二試合目が始まった途端、気迫に満ちた焦凍が会場全てを凍らす勢いで瀬呂を氷結させてしまったことで、儚く散ってしまった。
――炎司さん、かける言葉間違えたのね……。
轟家が抱える問題の解決にはまだまだ遠い。その事実を思い知った彼女は眉を下げて、焦凍が瀬呂付近の氷を溶かしている様子をじっと眺めた。

その後、一度エンデヴァーは観客席に帰って来たものの、爆豪対麗日戦が終わる間近でまた席を立ち姿を消した。今度は何をしに行くのか訊ねたいだったが、彼の背中が何も聞くなと言わんばかりに遠ざかっていくものだから、彼女は何も聞けずに観客席へと座りなおす他なかった。
そんなエンデヴァーも二回戦目の焦凍の試合までには帰ってきた。彼が身に纏う炎の熱さがいつもより熱いことから、何かが彼を不機嫌にさせていることが伝わって来る。
――今日はいつもより感情の波が激しいわ…。
彼の普段の冷静沈着な様子からは考えにくい程に今日の彼の感情はよく動いているようだった。それが良いことなのか悪いことなのかには分からない。そうなるに至った経路を知らないからだ。だから、不安に思いながらも彼のことを横目でちらりと確認することしかできない。
『緑谷対轟!!スタート!!』
このような状況でも、二回戦目が開始してしまった。今回はが自然と引き寄せられてしまう二人の戦い。開戦と同時に速攻で氷結を緑谷に走らせる焦凍に対して、緑谷が打ち消しを図る。
「焦凍くん……」
何度も猛撃する焦凍だったが、それらは全て緑谷に阻まれてしまう。どういう原理で彼の攻撃を防いでいるのかと彼らを拡大して見せてくれるスクリーンに目をやれば、なんと緑谷の右手はなぜか負傷して紫色になっていた。
――まさか、彼の個性は力を使う度に身体が損傷するのかしら…?
が見ている限り、焦凍の氷結は彼を傷つけていない。そこから考えられることは、緑谷自身によって傷ついていることくらいだ。彼が放つ風圧を考えると相当な力を有しているのだろうが、それでもハイリスクすぎる。
「!」
緑谷の右手が全滅したのと同時に跳躍し一気に間合いを詰めた焦凍。
――ドオオオオオン!!!!
耳をつんざく程の轟音が会場に響き渡る。うっと目を細めたの視界に映るのは、焦凍の氷が今までで一番強い風圧に吹き飛ばされた瞬間だった。
「あいつ…右手ばかり使いおって……」
「………」
隣に座るエンデヴァーの表情が曇る。彼としては、左手の個性も使って、より能力を伸ばしていかなければ上を目指せないと考えているのだろう。は何か、二人の為に口にしなくては、と思ったが、この瞬間を待っていたと言わんばかりにエンデヴァーを睨みつける焦凍に言葉を紡げなくなる。
焦凍には焦凍なりの考え方があるのをは知っていた。左手を使いたくない、という思いも、エンデヴァーに対する憎しみも。それでも、“いつか”を求めてしまうのは愚かなことなのだろうか。
焦凍と緑谷が何かしらを話しているのが口元から分かるが、彼らがマイクを着用しているわけではない為、何を会話しているのかまでは分からない。
『圧倒的に攻め続けた轟!!とどめの氷結を――…』
息も絶え絶えの様子の緑谷に突撃する氷。プレゼントマイクの実況通り、もう焦凍の勝利ではないか、と錯覚するような展開であった。だが、緑谷が諦めの悪い――愚直な少年だということをは障害物競走の時に見ていた。そう簡単に終わる子じゃないわ。
手に汗を握ったその瞬間、またしても会場を爆風が襲った。焦凍は後方に吹き飛ばされかけたが、ギリギリの所で氷に押しとどめられる。
――焦凍くん…体温が…!
画面に映る彼の身体が小刻みに震えている。口から洩れる吐息は白く、肌の色さえ少しばかり平生よりも白い。エンデヴァーが身体の熱を外に放出するのが厳しいように、焦凍もまた氷結の個性ばかり使えば体温が急激に下がってしまうということだ。
ぐっと手を握って焦凍を見つめる。自分の矜持と意志がどれほど大切か分かっている。だけど、彼女は左手を使ってほしかった。
「半分の力で勝つ!?まだ僕は君に傷一つつけられちゃいないぞ!全力でかかってこい!!」
「…緑谷くん…」
そんなの気持ちを代弁するがごとく、焦凍に叫ぶ緑谷。その言葉は彼がたちがいる観客席の方向に身体が向いていたが故に、一部の会場にしか響き渡らなかった。だが、その言葉にはぎゅっと胸を締め付けられた。
緑谷が何を考え行動する生徒なのか、彼女は知らない。だが、その言葉はまるで焦凍を救おうともがいているように感じられたのだ。
彼の言葉を皮切りに、再び火蓋が切って落とされた。何度も、何度もぶつかり合う二人。緑谷は既に肘まで破壊されているというのに、その身を削るように、がむしゃらに焦凍へと猛追する。
攻勢に出た緑谷に対して、防御に転じた焦凍の動きは明らかに先ほどよりも鈍ってきている。エンデヴァーはそれを見て顰め面の眉間に益々皺が寄った。
「焦凍くん…!お願い…!!」
は祈るように両手を胸の前で握る。左手を使って…!彼女は焦凍の心情を知るがゆえ、緑谷のように叫ぶことは出来ない。
だけど、本当に見守るだけで良いの?いつも一歩引いて、轟家の問題に関わっているようで関わっていない、今のままで良いの?
二人の必死の形相の戦闘を見ていると、心のうちから沸々とそんな感情が溢れ出す。
――炎司さんも大事、焦凍くんも大事。だから、どちらか一方だけに手を差し伸べたり、変わることを求めることはできないと思っていた。だけど、だけど…
「焦凍くん!!」
「君の!力じゃないか!!」
思わず、立ち上がって彼に叫ぶ。同時に叫んだ緑谷の声に、の声はかき消されたかもしれない。それでも良かった。がどうしても言えないことを、緑谷が叫んでくれたから。
一瞬ピタリと動きを止めた焦凍が地を踏みしめ立ち上がる。瞬間、彼の身体から炎が噴き出す。それが目に入ったは客席へと崩れ落ちた。彼にとっては鉄のように分厚く硬い殻を破って、飛び出した大きな一歩。
「焦凍ォオオオ!!!」
感情を揺さぶられたのはだけでなく、エンデヴァーもまた。客席から通路へと飛び出し、階段を下りながら焦凍に対して激励を飛ばす彼。焦凍の姿に勝手に涙が溢れ出していた彼女は、エンデヴァーを止めに行くことができなかった。飛ばされた激励は焦凍の心に寄り添うものではない。だが、それは長らく親子として、進むべき道も目標も共有することがなかったからだ。
もし、この激励で焦凍が炎を引っ込めてしまったら。そんな不安に陥った彼女だったが、それは杞憂だったらしい。最後の一撃とばかりに気迫を身に纏う彼ら。お互いに向かって突進していく中で個性を最大限で発動させた。
――直後、身体を飛ばさんとする勢いで爆風が会場を襲う。
「ああっ」
思わず目をぎゅっと閉じる。凄まじい風だ。捲れ上がるスカートを抑えるので手一杯で、膝に置いていたメモとボールペンは風に飛ばされていった。
漸く風が落ち着き目を開けば二人が戦っていた場内は水蒸気の煙が立ち上り何も見えない状態で。は目を凝らした先に、煙の切れ間から場外へ吹き飛ばされた緑谷の姿を見つけた。そして場内でボロボロになったジャージを身に纏って立つ焦凍の姿も。

『緑谷くん…場外。轟くん――三回戦進出!!』
響き渡ったミッドナイトの声に、会場は割れんばかりに沸き立った。


2021/04/22

その後の焦凍の戦いは、緑谷と戦った時のように殻から飛び出せた様子ではなかった。飯田と戦った時はそもそも右手のみで勝ち、爆豪と対決した際も炎を使いかけた一瞬のみ。
――緑谷くんとの戦いが終わって、頭がブレーキをかけたのかしら…。
焦凍は炎の個性の捉え方に関してはとても繊細だとは感じていた。だから、一度緑谷戦で最大限に感情が高ぶってリミッター解除できた一方で、次の戦いまでに一呼吸置いたことで、気持ちが萎えてしまったのかもしれない。
場外で気を失っている焦凍に突進し、胸倉をつかんだ爆豪には目を見開いた。
「ふざけんなよ!!こんなの!」
何よりも完璧な1位を願った爆豪だからこその憤りなのだろう。だが、ミッドナイトの個性によって眠らされた爆豪には眉を下げた。彼のことは可哀想だと思うが、焦凍はこの体育祭で今までの彼からは想像できない程の勇気を出したのだ。持てる気力全てを出して戦ったと思う。だから、そんなに責めないであげて。

「がんばったね、焦凍くん」

後でたくさん褒めてあげないと。



2020/04/30




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