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プレゼントマイクに強制的に連れてこられた実況席で時々実況をしていた相澤は、ふと自身の視界の2時の方向にエンデヴァーがいることに気付いた。
エンデヴァーが来ているということは、その秘書であるも来ているということだ。彼に比べればだいぶ小さくしか見えないが隣にいる女性がきっと彼女だろう。表情は見えないが、しきりにエンデヴァーに話しかける様子がどことなく親子の姿のようで微笑ましい。なんて、彼にしては珍しい思考に陥る。
――さんとは暫く会えてなかったが、元気そうで何よりだ。
ぐるぐる巻きの包帯の下で、相澤は小さく口角を上げた。


20 どうかその羽根を広げないで




お手洗いから戻ってきたエンデヴァーと一緒に食事を始めた彼女は彼との会話を楽しんでいた。というよりは、お手洗いから戻ってきた時の彼の様子から、何か機嫌を損ねるようなことがあったのが明らかであった為、何とか会話を盛り上げて機嫌を直してもらいたいと考えていたのだった。彼女の努力の結果か彼自身の気持ちの切り替えかは分からないが、徐々にいつものエンデヴァーへと戻ってきたことに内心安堵する彼女。
「さっきホークスさんが来てくれてお話してたんです」
「そうか。どうりでおかずが減っているわけだ」
出汁巻き卵を咀嚼する彼がちらりとお弁当箱の隙間に鋭い視線を向ける。卑しい奴め、なんて呟く彼に彼女は自分が勧めたのだと小さな嘘を吐いた。存外にエンデヴァーはこの弁当を楽しみにしていたようだ。それに嬉しくなってつい表情が緩む。
が一つおかずを食べている間に二つのおかずを食べていく彼の食いっぷりと言ったら。弁当を作った身としては、ホークスにもエンデヴァーにも美味しく食べてもらえることがこの上なく幸せなことのように感じる。
「それで、先日助けていただいたお礼として、今度焼き鳥屋さんでご馳走することになりまして」
「焼き鳥屋?にしては珍しい店選びだな」
「ホークスさんがお好きなんですって」
赤々と輝くミニトマトをぱくりと口に放り込む彼女。地産地消を謳っていたスーパーで買ったものだから甘くてジューシーだ。彼女の言葉に眉をひそめたエンデヴァーに、首を振って、ホークスのチョイスであることを伝えれば、彼は納得したようだった。個性が鳥っぽいのに焼き鳥が好きなのか、と神妙な顔で呟いた彼に思わずふふと笑ってしまう。
確かに、素敵な羽をお持ちのホークスが焼き鳥を食べている風景を想像するとある意味シュールだった。

ホークスの会話から自然と話題は変わり、体育祭で活躍していた生徒たちの名前が挙がっていく。としては順位的に見ても焦凍や爆豪、緑谷が一番目立っていると思うが、サポート科の生徒たちにも中々良い生徒がいるなと感じていた。
「俺は焦凍しか呼ばんぞ」
「もー、そんなこと言って…他にも良い生徒がいたら呼びましょうよ」
腕を組み、職場体験の指名に関して「焦凍一筋」を宣言するエンデヴァーには苦笑する。焦凍にとっては彼の期待や愛情のかけ方は歪んでいると感じても仕方がないものであっただろうが、それがあまりにも不器用で直向きなエンデヴァーの性質が強く出過ぎた結果だとは理解していた。
だから焦凍以外の生徒との接点があれば、同じ年齢の子供との向き合い方をエンデヴァーも自然に学べるのではないか。多少そんな思惑もあった彼女は、今度それとなく爆豪や緑谷を勧めてみることにした。

食事を終え、まだ昼休憩の時間が残っていた為、は相澤に遅くなってしまったお見舞いの品を渡しに行くことにした。用意しておいた紙袋を持って立ち上がる彼女にエンデヴァーが視線を投げやる。
「少し相澤さんの所に行ってきます」
「ああ、一人で平気か?」
「はい、すぐそこですから」
この席と実況席までの距離を確かめて、彼の言葉に頷く。そうすれば彼も納得したようで、は階段を上って室内へと入っていった。
本当ならお見舞いの品をすぐにでも持っていきたかったのだが、入院した翌々日くらいには教壇に戻っていたというのだから病院に行く暇も無かったのだ。そんなことを言ってしまえば言い訳にはなるが、今日しっかりとお見舞いの品を渡せばの気持ちは伝わるだろう。
そんなことを考えながら歩いていたら実況席へと到着したようだった。彼は昼休み休憩に入る際に寝る、と言っていたが大丈夫だろうか。少し逡巡した彼女だったが、目の前の開きっぱなしの扉をノックする。
「相澤さん、こんにちは」
「あ、さん。どうも」
振り返った相澤はどうやら起きていたようだった。ヒーローとしても活躍しているのだから、人の気配に敏感なのかもしれない。包帯でぐるぐる巻きにされている彼の感情は目からしか読み取れない。にはひとまず迷惑ではないということしか分からなかった。
椅子を勧めてくれた彼に礼を言って腰かける。
「あの、入院中に渡せなかったので、受け取ってください」
「えっ、すみません。気遣っていただいて…」
紙袋の中身が和菓子であることと、生徒たちの分もあることを伝えながらそれを彼に渡す。無事に受け取ってくれた彼にほっとして表情が緩む。接点としてはそこまで多いわけではないが、それでも日ごろから焦凍がお世話になっている上に、この間はわざわざ休日の時間を使ってに授業の添削を行ってくれたのだ。
それらのお礼として何か送りたいと考えたとしても何らおかしくはないだろう。
「ここ、有名な和菓子屋さんじゃないですか」
「たまたま轟家の近くにあったのでここにしたんです」
袋の中身を見た彼が軽く目を見開く。彼が言う通り、確かにそこは繊細な細工と美味しいあんこで有名な和菓子屋だ。見た目と味で楽しんでもらえたら何より、と思っていただったので、彼が嬉しそうに眦を細めたのを見てうふふと笑う。
「甘いのはそこまで得意なわけじゃないんですが、ここのは甘すぎない餡がちょうど良くて好きなんですよ」
「そうだったんですね。轟家でもよく買って食べてるんですよ」
普段より饒舌な彼につられて彼女も会話に花を咲かせる。相澤が最初にこの和菓子屋のお菓子を食べたのは誰かのお土産で貰った時らしい。距離的に普段はわざわざ買いに行くこともできない為、和菓子屋の近くに知り合いが向かう際に頼んで買ってきてもらうこともあったようだ。
もそれに頷きながら言葉を紡ぐ。ここの店の和菓子が炎司たちも好きで、家だけでなく事務所でも食べていることや、夏雄と冬美が最後の一つを巡って喧嘩になったことなど。普段は温厚な二人もそんなことで喧嘩するのか、とその時は驚いたものだった。
ついつい会話が弾みすぎた時、「お」という声と共にプレゼントマイクが戻ってきた。
「まさかの逢引中―!!?!」
サングラスの縦幅二倍を超える勢いで目を見開いた彼に、相澤が「うるさいのが来たな…」と小さく呟いたのをは何とか聞き取った。それほどまでに驚いたプレゼントマイクの声は大きかったのだ。「いつの間にこんな美女を!?」やら「お前も隅に置けねえな!」やらと驚愕の表情とからかうような笑みを次から次へと生み出す彼に、冷静になってほしいと思った二人は、言葉を交わさずとも彼を落ち着かせるために行動するという方針で一致した。
「こちらはエンデヴァー事務所のさんだ…」
「初めまして、です」
名前を出せば、ああと閃いたような様子のプレゼントマイク。そして彼はさりげなくが付け加えた「入院中お渡しできなかったお見舞いの品を渡しに来たんです」という言葉に納得したようだった。
落ち着きを取り戻した――どことなくつまらなさそうな様子だが――プレゼントマイクに安堵した彼女だったがちらりと視線を送った先にあった壁時計に「あ!」と驚く。
「もうこんな時間…!長々とお話してすみません、相澤さん」
「いや、こいつがうるさいからさんとゆっくり話せて良かったです」
「それどーゆー意味!?」
プレゼントマイクが実況室に帰ってきた時点で気づくべきだったが、時計の針は既に休憩時間終了間近を指していた。お土産を渡して気を遣わせないうちに観客席へ戻ろうと考えていたのに。彼の時間を拘束してしまったことを申し訳なく思ったが、思いの外穏やかな相澤にほっと一息つく。
憎まれ口を叩かれたプレゼントマイクは心外だというような顔をしていたけれど、普段から彼らはこのように軽口を叩けるような間柄だということだろう。
少し相澤の意外な一面を見られて新鮮な気分になりながら、彼女は二人に挨拶をして実況室を後にした。


2021/04/22

昼休憩終了まであと数分。実況室を去って行ったは無事にエンデヴァーのもとに戻れただろうか。そんなことを考えながら相澤はプレゼントマイクが買ってきてくれたアイスコーヒーを口にする。
「で?いつの間に仲良くなってたんだよ」
「……授業の内容を添削したことがあったがそれだけだ」
ニヤニヤと気味の悪い笑みを隠そうともせず詮索を始めた彼に相澤は遠い目をする。何でもかんでも“恋愛話”に結び付けようとするな。呆れた声音に彼も気づいていただろうが、噂のエンデヴァー事務所の秘書と、浮いた話の無い相澤が二人で楽しく話していた所を見てしまったのだから、彼にとってはスクープものだろう。
「でもお前が女子と親密になるのって珍しいし?」
「ハア……勝手に騒いどけ」
「辛辣―!!」
相澤の深堀させない会話にも負けずにじり寄って来る彼。それに対して冷たく突っぱねれば、彼はゲラゲラ笑いながらマイクの前に座りなおした。
――午後はどうなることやら。
そう思いながら再び観客で埋め尽くされた会場を見渡す。エンデヴァーのいる方角へと自然と視線が向くのを認識して、確かに自分にしては珍しいかもしれないとその部分だけ相澤は認めた。

「(というか…逢引って言葉のチョイスは何だよ…)」



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