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焦凍に1位を獲ってほしいと思っている。その事実は変わらない。
目の前で繰り広げられる騎馬戦では、必死の形相で焦凍に突進し、その首に巻かれているハチマキを奪い取ろうとする緑谷。そして、それに気圧され左手から炎を噴出しかけた焦凍。
なぜか、この二人を見ていると、感情が酷く揺さぶられる。焦凍に勝ってほしいのに、それでも今までに見たことないような光を放つ緑谷にも負けてほしくないと願ってしまうのだ。


19 あなたの手で芽吹いた




騎馬戦の順位は轟チームが1位、爆豪チームが2位、心操チームが3位、緑谷チームが4位という結果に終わった。興奮冷めやらぬ状態のまま、一旦お昼休憩を挟む会場。詰めていた息をゆっくりと吐きだしたは、眼下で焦凍たちが休憩に向かう様をそっと眺めていた。
――焦凍くん、1位だったのに浮かない顔してたわ…。
スクリーンの映像が切れる直前に見えた彼の表情。それは、緑谷という少年のせいだろうか。焦凍の心の機微を理解できるようになってきたとはいえ、直接話している訳ではない為、彼の心情が今どのようなものなのかは計り知れなかった。
だが、気持ちを切り替えてエンデヴァーへと向き直る。
「お昼にしましょうか」
「ああ、だが先に便所だ」
風呂敷に手をかけたを制して立ち上がるエンデヴァー。彼がいなくなれば一人になってしまうが、それも数分の間だけだろう。少しばかり不安に思ったことが顔に出てしまったのか、彼が温かい手での頭をぽんと撫でて席を立つ。
――不安なのが顔に出てたみたいね…。
他の観客と共に会場の外へと向かう彼の背中を暫く見つめていた彼女だったが、周囲の喧騒が落ち着き始めた頃にお弁当箱を開けることにした。風呂敷を開いて、お重を一段ずつ風呂敷の上に並べていく。
色とりどりのおかずと小さめに握った3種類のおむすびが顔を現し思わず笑みが浮かぶ。早朝から作った甲斐があった。
お腹がすいていた為、思わず手が伸びかけた彼女だったが、お弁当を食べるのはエンデヴァーが帰ってからにしよう、と鞄からペットボトルを取り出す。それに口を付けた所、の頭上に何者かが影を落とした。バサリ、と大きく羽ばたく音がして、降り立ったのは先ほどを案内してくれたホークスであった。
「ホークスさん、お疲れ様です」
「どーも、見えたから来ちゃいました」
突然の来訪者には驚いたが、エンデヴァーがいない間に彼がいてくれるなら心強い限りである。思わず微笑んで彼を迎え入れた彼女とお弁当を挟んで腰を下ろしたホークス。彼はお重に入った料理を見て「おお」と感嘆の吐息を漏らした。
「体育祭にお弁当って最高ですね」
「焦凍くんの体育祭なんて初めてだから張り切っちゃいました」
美味しそうですね、と言いつつ勝手にタコさんウインナーを口に入れた彼に苦笑する。量は沢山あるし、無くなることはないだろう。破顔した彼が更に出し巻き卵へと手を伸ばし咀嚼するのを存外に嬉しく思う。轟家以外の人にも自分の料理を美味しいと思ってもらえることに、こんなに喜びを感じるとは思ってもいなかった。
きっと警備でお腹を空かせていたのだろうと見守っていたに、彼は満足げに笑いながら雑談を続けた。
「エンデヴァーさんの秘書やってるだけでも大忙しだろうに、こんなに料理して凄いですね」
「そんな…。ホークスさんだって人気度すごく高いし、あちこちで活躍してるって聞いてますよ」
穏やかに微笑む彼にとって自分はどう映っているのだろう、と戸惑いと照れが混じった彼女。私なんかより、よっぽどホークスさんの方が忙しい筈なのに。それをそのまま仄めかせば、アハハと彼が笑った。
「確かに最近は休みも取らずに駆け回ってました」
「たまには休憩も必要ですよ」
ここ最近ニュースではホークスの活躍が毎日のように報道されていた。西へ東へと次から次へと移動する彼の活躍ぶりに凄いと思いつつも、身体を壊さないか心配でもあった。その為思わず咎めるような響きが多少含まれてしまったことは許してほしい。
だが、彼はそれで気分を害したりはしなかったようだ。ヘラリ、との目を見て笑う彼が「それじゃあ」と言葉を紡ぐ。
「今度、休みを取るんで、美味しい焼き鳥屋さんに行きましょ」
その言葉には目を丸くした。いきなり話が飛躍しすぎではないだろうか。それにせっかくの休日なのにと一緒にいて気が休まるのだろうか。パチパチと睫毛を震わせる彼女にホークスは続ける。
「この前のお礼ってことで」
「――ええ、分かりました。でも、そんなことで良いんですか?」
彼の説明に納得がいった彼女であったが、焼き鳥屋さんというよりはもっとしっかりとしたお礼の品を渡すべきではないかという思いが過る。敵から助けてもらったのに、焼き鳥屋さんじゃ釣り合わないわ。もっといい策が無いだろうか、と考え始めそうになったを遮って、彼はそれで良いのだと大きく頷いた。
彼がそれでいいというのなら、がそれ以上意見を違える必要はないだろう。そう思い、彼女は気を楽にすることにした。
「じゃ、LIME交換してください」
「はい」
連絡とか必要ですからね、と言う彼に頷いて、彼女は鞄からスマホを取り出して彼にQRコードを読み取らせた。ホークスさんとLIMEの交換だなんて、何だか不思議な感じ。そう思っていた彼女のスマホからポンと通知音が鳴る。見れば、ホークスから「よろしく」と書かれたスタンプが送られてきていた。
「ふふっ、こんな可愛いの使ってるんですか?」
「これ、最近女子高生の間で人気らしいですよ」
思わずその可愛さとホークスへの印象のギャップに笑ってしまえば、彼はこの前助けた女子高生から教えてもらったのだと教えてくれる。も同じように猫のスタンプを返せば、ホークスは満足した様子。

その後もホークスと数分会話を楽しんだだったが、そろそろお昼ご飯を食べに行くことになったホークスが立ち上がる。
「お弁当ありがとうございました」
「ええ。午後も頑張ってください」
太陽の光を反射する彼のゴーグルが眩しい。思わず目を細めて彼を見上げた彼女に「美味しかったです」と嫋やかに微笑む彼。もっと食べてくれても良かったのに、と思った彼女だったが、彼はバサリと大きく赤い翼を羽ばたかせて空へと飛ぶ。
「じゃ、また」
彼が手を振って会場の外へと方向転換した際に、一枚彼の羽が落ちてきた。それを手に取った彼女は色は違えど幸運を呼ぶ鳥の羽のようだと思ってそれを取っておくことにした。


2021/03/11

目の前に広がる色とりどりの弁当のおかず。見た目も美しく、味も見た目通りの美味しさ。普段から体調管理の一環として自分でも料理をするホークスだったが、他人が作った家庭的な料理を食べたのが久方ぶりであった為、思わず目が輝く。ああ、人が作った料理を食べられるって幸せだな。
思わずあちこちに手が伸びてしまうホークスを見やるの眼差しは優しいものだ。それに甘えた彼は料理に舌鼓を打ちながらとの会話を楽しんだ。
「エンデヴァーさんのとこで働くのってどんな感じですか?」
「忙しいけれど、役に立ててるのが分かるのでやりがいがありますね」
彼女はその脳裏にエンデヴァーを思い浮かべたのだろう、瞳が意志の強い光で輝く。彼女の言葉に相槌を打ちながらも、こんな目もできるのか、とホークスは感心した。彼女の瞳は柔和でありながらそこはかとなく儚さも持ち合わせているものだという印象が強かったから。
彼自身の事務所もとてつもなく忙しいが、NO2のエンデヴァー事務所も相当な忙しさだろう。その中で秘書として働く彼女の有能ぶりはエンデヴァーの隣に常にいることから察することができた。

ふと、ホークスは無意識に、彼女から一瞬その向こうの空へと意識を向けた。いつか――
「いつか…ヒーローが暇になるような世界にしたいんですよ」
話の流れとは違う内容であったため口にするつもりはなかったが、何故か口を注いで出た言葉に自分でも驚いた。
――何語ってんだ…。
打ち明ける筈ではなかった心の内を吐露してしまったことに気恥ずかしさから後頭部を描く。チラリ、と彼女を横目に見やれば、彼女はそんなホークスをバカにするでもなく瞳を煌かせていた。
「それは素敵ですね」
「……」
思わずホークスはきょとんと眼を丸くした。普段このようなことを人に言うと、それがヒーローであれ一般人であれ、言葉を付け加えないと多少は誤解されるのが常だった。それなのに、彼女は彼の言葉の真意を掴み取って、尚且つ賛辞してくれている。
先ほどの気恥ずかしさはどこへやら、彼は普段の自分を取り戻し、微笑する。
「でもそんな簡単じゃないですよ」
敵を捕まえても捕まえても、またとめどなく新しい敵が降って湧いてくる。だから自分の夢がそう簡単に叶えられるものではないことは彼が一番良く分かっていた。だが、その難しい願いを他でもない自分自身の力で叶えたいとも強く思うのだ。
ホークスはその思いを口にしようと口を開いた。だが、それよりも早く、彼女が綺麗に彩られた唇を動かし、言葉を紡ぐ。
莞爾として微笑む彼女に、目が釘付けになり、紡ぎかけた言葉が喉の奥に消える。

「ええ、でもホークスさんがそんな未来にしてくれるんですよね。」

太陽に照らされた彼女の眩い笑みが、ホークスの網膜に焼き付いた。
まるでホークスが実現する未来を見ているかのごとく、自然に、確固とした思いが込められたその言葉。
「…っ」
彼女から目を離せない。顔が熱い。心拍数が上がった。何だ、何なんだ。今まで形容したことのないような感情が沸々と心の底から湧き上がってくる。
辛うじて戸惑いは顔には出さなかったが、それでも許容できない熱は顔に表れる。
――いったい、どうしたんだ。この感情は…。
ホークスの内情など何も知らずに微笑む彼女の視線から、逃げるように目を逸らす。今はその目を見てはいけないような気がしたのだ。



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