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1-Aが入場した瞬間に沸き上がる歓声。それに合わせては「焦凍!ファイト!」の文字が入った団扇を掲げて同じく歓声を上げた。しかし隣で怪訝な目をしてこちらを見やるエンデヴァーにはてと首を傾げる。
「お前、いつの間にそんなものを作ったんだ」
「えへへ」
笑って彼への返答をごまかしたのはいったいいつぶりだろうか。


18 数多の正義に呼吸困難




「スタート!」の掛け声で一斉に走り出した生徒たち。そこから飛びぬけた赤と白の頭には「あっ!」と声を上げる。既に彼は後者をふるいにかけようとしているのか、足元から冷気を迸らせて地面を氷で覆う。一瞬の出来事だった。
思わず呆けている彼女だったが、彼がそのまま一人で独走できるはずもなく、食らいついてくるのはクラスメイトたちだった。その後にも続々と個性を使って先頭の焦凍を追いかける生徒たち。そんな最中に障害物として巨体を現したロボットには目を大きく見開いた。
「えっあのロボット何ですか!」
「ロボ・インフェルノだ」
焦凍の目の前に立ちはだかる巨大なそれは、到底簡単に倒せそうな代物ではない。ああ、焦凍くん…!思わず眉を寄せてしまった彼女を余所に何なくロボットを氷結させ、尚且つ彼のおこぼれに預かろうとした男女の妨害までする始末。
ドオオオン、と大きな音を響かせロボ・インフェルノは崩れ落ちた。
「わあ!さすが焦凍くんだわ!」
「フン、これくらい出来て当然だ」
キャアと笑顔で歓声を上げたを横目に見下ろしたエンデヴァーの顔の呆れ顔ときたら。もう、と頬を膨らませた彼女は彼の肩をピシャリと叩いた。ジロリと睨まれてももうそんな目線で慄くようなではない。
「子供が頑張っている時には褒めるのが一番ですよ!」
「そうか…出来るか分からんが、努力しよう」
彼女の言葉に対し眉を寄せたエンデヴァーだったが、暫くして頷いたことに満足して微笑む彼女。
――もともと炎司さんは焦凍くんに対して完璧主義なところがあるから、少しでも意識を変えてもらえればいいのだけど。
微笑みの裏でまさかそんなことを考えているとは露とも思っていないエンデヴァーはすぐにスクリーンへと視線を戻す。
しかし、周りの者たちにとってはその言動は爆弾でしかなかった。あのエンデヴァーに対して肩を叩き尚且つ育児に関して説教するとは。ぎょっと目を見開き固唾を飲む人々は、予想に反して怒りを表さない彼にほっと胸を撫でおろす。
――このお嬢さんは一体何なんだ…!
エンデヴァー周辺の者たちの心境は皆一致していた。

次々とロボ・インフェルノを倒していく生徒たちの目の前に続いて姿を現すは、『ザ・フォール』。その名の通り、一歩でも足を踏み外せば奈落の底へと落ちていく谷間だ。一本ずつロープが谷間から谷間にかけられているが、そんな物の上を歩けというのか。と同じようにその試練に慄く周囲の観客。
「私、あんな所到底渡れないです…」
は怖がりだからな、仕方ない」
自分事のように、奈落の底を落ちていく様を想像してしまった彼女は下腹部に嫌な感覚が走った。顔を青ざめさせ、ぞぞぞ、と肩を震わせた彼女に対して、神妙に頷く彼は「そもそもお前はそんな所に行くこともないがな」と言いかけた言葉を寸での所で飲み込んだ。こんなことを言ってしまえば興ざめだと彼女からブーイングを食らうことは分かっていたから。
個性を使って楽々と進んでいく焦凍は勿論、その後ろを追いかける生徒たち。中にはサポートアイテムを駆使し進んで行く者さえいた。
――あ、あのサポートアイテムすごい。
インターンに呼ぶ生徒の下見も兼ねているは個々の生徒の特徴をメモしながらも、スクリーンから目を離さないようにしていた。
何といってもこの臨場感――まるで目の前でオリンピックを見ているかのような興奮具合である。実際に生でオリンピックを見たことはないが、スポーツ観戦で盛り上がった経験はあるため、どうしても胸が熱くなる。
ハラハラ、ドキドキ。そういった言葉が一番似合うこの状況で、焦凍をメインに映してくれるカメラに感謝した。彼の活躍をこうしてまじまじと見ることができて、感無量だから。
誰よりも早く地雷原『怒りのアフガン』に足を踏み入れた焦凍。しかし後続からは爆破させながら突撃してくる爆轟に茨の髪を持つ少女が控えている。
――焦凍くん…!負けないで!
ぎゅっと団扇を握りしめて画面に食い入る。だが、の心の中の祈りは届かず形勢が逆転した。
「俺は関係ねー!!」
爆轟の怒号がスピーカーから破裂する、と同時に焦凍を抜き去った。実況のプレゼントマイクもこの逆転劇に興奮した様子で現状を捲し立ててくる。ああっと声を上げただったが、それでもまだ爆轟に食らいついて攻防する焦凍に手に汗握った。
――あと少し!あと少し!
ゴールまでの残り短い距離を競い合う二人に対して、声援が投げかけられる。だが、ちらりと後続を映したカメラに入った天パの少年。その少年から感じた違和感を彼女は言語化することができなかった。先頭からは遠く、遠く離れたところにいるのに、勝利への渇望からぎらついた瞳に「あ」と思った直後、彼がそこら一帯の地雷を全て爆破させて宙へと浮く。
「む」
「ええ!?」
爆風によって先頭へと追い付いた天パの少年――緑谷には目が引き付けられた。何でかしら、焦凍くんが不利になったのに、それなのに、なぜか彼から目が離せない。必死に、愚直に、勝利を目指す彼から目には見えない輝きが放たれているように感じたからかもしれない。
――嘘でしょう。私は焦凍くんだけを応援していたのに…!
何故か彼女の脳裏を過る緑谷の笑顔。勝利を手にした瞬間の彼の笑顔を思い浮かべてしまった彼女は頭を振ってスクリーンに視線を戻す。焦凍たちの真上を飛び、失速しかけた緑谷が身体を乗せていた鉄板をブンと振りかぶった。
――ドオオン!!!!
鼓膜を破裂させるような大きな音がスピーカーから会場へと放出される。思わず顰め面になってしまった彼女だったが、狭まった視界の中でも、誰が一番に会場へと戻って来たか分かってしまった。スタジアムの門から現れたのは――
『今一番にスタジアムへ還ってきたその男―――…緑谷出久の存在を!!』
プレゼントマイクの実況が場内に響き渡り、今まで座っていた観客たちがこぞって立ち上がり熱狂した。


2021/03/11
警備の為に、会場から障害物コースを飛び回っていたホークスの眼下に広がる攻防戦。
その黄金色の瞳に常に入って来るのは、自身の憧れのヒーローの息子、轟焦凍だった。彼の氷結の個性はホークスから見ても存分に魅力的な個性だ。だが、端々に見える“個性に頼った戦闘”。ふむ、と顎に手を当てた彼は焦凍の伸びしろがまだまだこれからであることを即座に理解した。
「あ~、早くインターンで指名したか~」
この先のインターンで彼を指名し、事務所に呼び寄せることが出来たら。そんなことを考えてしまうのも無理はない。一瞬、脳裏にの「焦凍くんのこと、いじめないで下さいね」と苦笑する様が過り首を傾げた彼。
「いじめたら、さん怒るかな」
――空中で警戒を怠ることなく呟いた言葉は眼下の喧騒に溶け込んでいった。




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