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「ようこそ!インゲニウムヒーロー事務所へ」
明るい笑顔で出迎えてくれたのは事務所のNO.1であるインゲニウムご本人だった。


11 花に懸想した少年




応接間に通してもらったとエンデヴァーはソファへと座り、お茶を出されたことに礼を言った。
エンデヴァーの前に座るインゲニウムはこのアポの為にフルフェイスヘルメットを外してくれていた。ホームページで見ていた通りの爽やかな顔立ちだったが、やはり瞳には更に正義の炎が宿っている。
「エンデヴァーが自ら挨拶に来ていただけるとは。珍しいですね」
「今後チームアップするかもしれないからな」
上座に座る二人の挨拶が終わった所で、は名刺を取り出してインゲニウムに差し出した。
「エンデヴァー事務所の秘書のです。よろしくお願いします。」
さんですね、よろしく」
爽やかな笑顔で名刺を受け取った彼はの名刺を見て、秘書を雇うとは、と呟いた。やはりヒーロー事務所の中で秘書を雇うのは珍しいのだろう。エンデヴァーさんに何かありましたら私にご連絡ください、と微笑めば彼もまた微笑む。
一緒に持ってきた菓子折りを渡せば彼は破顔して受け取ってくれた。

事務所に戻って着席したに前に座っているサイドキックがインゲニウムへの挨拶がどうだったかと聞いてきた。
あの後、とインゲニウムは弟の天哉と焦凍の話で盛り上がった。エンデヴァーも盛り上がれるように、と選んだ話題であったが、やはり焦凍の話になると熱くなりがちのエンデヴァーにインゲニウムは驚いたものの、がすかさず「親バカなんです」とフォローをすれば納得してくれていた。
その様子を周りで聞いていた者たちは容易に想像できたのだろう。エンデヴァーらしいな!と笑っていれていた。
――さて、と気持ちを切り替えた彼女は、事務所から与えられている携帯の電話帳を開いて、サー・ナイトアイの事務所を選んだ。プルルル、とコール音が2度鳴るよりも前に受話器が上がる。
「お電話ありがとうございます。サー・ナイトアイ事務所のバブルガールです」
「お世話になっております。エンデヴァー事務所のです」
「あっ、さん!サーですね、少々お待ちを」
ガチャリと受話器を取ったのは元気いっぱいのバブルガールだ。の名を出しただけで用事はナイトアイ宛てだと気づいた彼女はすぐに保留ボタンを押してナイトアイに取り次いでくれた。
やはり事務所勤務が長いだけあって仕事が良くできる。
「もしもし。ナイトアイです」
です。お忙しい所すみません。明日のお約束の件で電話しました」
電話口のナイトアイの声はやはりを少しばかり緊張させるクールな響きだ。エンデヴァーとはまた違う圧を感じる彼女だったが、要件を全て伝える前に多少その響きは和らいだ。
「ああ。エンデヴァーと共に挨拶する件の」
「はい。明日の11時に伺いますのでよろしくお願いします」
「分かりました」
簡潔に要件を伝えただけで電話は終わってしまったが、彼は忙しい人なのだ。携帯を机雄上に置いて、はファンレターの返事を書くためにボールペンを持った。


――夜。炎司に先に帰るようにと言われたは、彼を事務所に置いてハイヤーで先に帰宅し夕食を済ませていた。既に使ったお皿も洗い終わった彼女はお風呂に入る為に準備をしていた。
寝間着とバスタオルと替えの下着。それらを手に持ってお風呂場へと向かう。脱衣所の扉を開けて籠にそれらを入れていった。実家でもここまで広い脱衣所は無かった、と彼女は改めて轟家の大きさを感じるが、冬美から今日はゆず湯だよと聞かされていた為、待ちきれず服を脱いでいく。
全てを脱ぎ終わってお風呂へと足を進めた彼女だったが、「あ」と思い出してタオルを身体に巻いて鏡へと向かう。先にクレンジングをしてから入らないと。
クレンジングジェルのチューブを取って蓋を開けた時だった。ガラリ、と開いた扉に目を見開くと鏡越しに同じく目を見開いた焦凍と目がかち合った。
「わ、わりい!」
「だ、大丈夫よ」
思わず彼女が振り返ったと同時に勢いよく扉が閉められた。驚きの余りにどくどくと脈打つ心臓だったが、落ち着きを取り戻した彼女はチューブを置いて扉に近づく。夏雄くんだったら驚きのあまりに心臓が飛び出しちゃうけれど、焦凍くんなら事故だもの。
「焦凍くん?」
「悪かったな…姉さんからゆず湯だって聞いて風呂に入る気満々だった」
扉越しに聞こえる彼の声は落ち着きを取り戻してはいるがいつになく言い訳がましい口調だった。それには苦笑して少しばかり扉を開いて顔を出す。先に入っちゃってごめんね、と付け足して。
「…!?――早く風呂に入って来いよ」
「でも焦凍くん入りたかったんでしょ?先に入ったら?」
ぎょっと目を見開いた彼。今日は表情豊かね、なんて思った彼女だったが、彼はすぐにポーカーフェイスに戻してしまった。そしてそのままくるりと背を向けて歩き出してしまう。呼び留めようにも、耳が赤くなっている彼を見てしまえば、伸ばしかけた手を引っ込める他無かった。
どうやら彼女の行動が更に彼を動揺させてしまったらしい。
タオルと着替えまで持っていたのに自室へと戻る彼に申し訳なさを感じた彼女は早くお風呂に入って焦凍に譲らないと、と慌ててお風呂にはいることにした。

「ふう」
とは言えやはり広々としたお風呂で足を延ばしてしまうと中々外へ出られない。4月とは言えまだ夜は冷えるからゆず湯はぴったりだった。プカプカと浮いているゆずをつん、と突けば反対側へと揺蕩っていく。
ちゃぽ、と水音が浴室に響く。ぽたりと垂れた水滴によって意識を額に持って行った彼女は落ちかけていた前髪を掻き上げる。既にトリートメントをし終わった髪はするすると指を通り抜けていく触り心地だった。
――癒される。
身も心もとろけている彼女だったが、理性が「焦凍くんへ交代しないと!」と呼び掛けているのをいつまでも無視できない。もう少しゆず湯に浸かることを諦めきれない彼女だったがお湯から出る決心をした。
「焦凍くんをお待たせしちゃ悪いものね」
ふうと一息ついて立ち上がって、浴室の外へ出る。まず髪をしっかりと優しくタオルで水分をふき取って身体にタオルを巻いた。
「乾いちゃう、乾いちゃう」
とてて、と小走りで化粧水が置いてある場所まで駆けて、彼女は顔に化粧水を優しくしみこませた。
「生き返る……」
少しひんやりした化粧水がじわりと肌に馴染む様にほうと息を吐いた折のことだった。焦凍よりも大きな足音が徐々にこちらへと近づいてくることに彼女は気づいた。もしかして炎司さん帰ってきたのかしら。
時計を見上げれば既に時間は21時だった。この時間だと既に夕食も食べ終わっているかもしれない。
ふとそう思った彼女は何だか嫌な予感がした。頬に化粧水で濡れた手を当てたまま思い出すのは先ほど焦凍によって開けられた扉。
ちら、と扉までの距離を確認しては足早に扉へと手を伸ばす。だが、寸での所で開けられた扉。
「な!?お前!!」
「キャー!」
扉の先にはタオルと着替えを持った炎司。そしてつんのめった彼女はその勢いのまま炎司の胸へとダイブしてしまった。髪も身体も濡れた状態で。
思わず羞恥心のあまりに叫んでしまった彼女と動揺して頭から炎を燃え上がらせた彼によって、静かだった轟家が一気に騒がしくなってしまう。
すぐさま炎司から離れて扉を閉めた彼女だったが、それでも焦凍の時とは違ってすぐに動悸が収まらない。何と言ったって相手は雇い主だし年齢的にも事故で済まされるものではないからだ。驚きのあまりに倒れるかと思った彼女だったが、扉の外にいる炎司に声を高らかに物申した。
「お願いですから、お風呂場に入るときはノックをしてください!」


2020/04/27
炎司は事務所でのお茶菓子を1週間抜かれる羽目になった。



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