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職場見学もとうとう3日目。
今日も今日とてエンデヴァー事務所の課題を探すべくは各部署を練り歩いて話を聞いて回っていた。
さん、お疲れ様!疲れたらこれでも食べて」
「斎藤さん、ありがとうございます。」
時々男女関わらずにお菓子を渡してくれるヒーローたち。事務課の者たちも同じく優しくに接してくれていた。


09 群青色の憂い




話を聞く為に歩き回っていた筈の彼女だったが、スーツのポケットがお菓子でいっぱいになってしまった為一度エンデヴァーの部屋に置いてある鞄にお菓子を置きに戻ることにした。
「モテモテっすね~」
「皆さんお優しくて助かってます」
案内係として一緒に回ってくれていた門田という男性――ヒーロー名でなくてこちらで呼んでほしいということだった――に意地の悪い笑みで見られる。男性からお菓子をもらうことが多いことをからかっているのだろうが、はそれを意に介せずにうふふと笑う。
さん全然動揺しないからつまんね~っす!」
「あら、本心で言ったのに残念です」
頭の後ろで腕を組んで軽口を叩く彼はが猫のようにするりとはぐらかすのがお気に召さない様子だった。だが、そこに執着するのではなく、しっかりと仕事の話も出来るのが彼の良い所だった。
としてはお菓子をくれる男性の多くが下心からであると分かってはいたが、職場でそういった浮いた話を出されると仕事がしにくくなるので、見て見ぬふりをしていただけのこと。女性の多くは素直に「こんな無理難題をエンデヴァーから出されてかわいそうに」という同情や激励の為であろう。
エレベーターから降りてサイドキック達の仕事場へと入る。一旦自席へと戻る門田が「また別の階に行くときには声かけてくださいね~」と手を振ってくれたので、はありがとうございますと会釈した。
サイドキックたちの席を通り抜けて、エンデヴァーの仕事部屋の扉をノックする。入れ、と許可されたので、扉を開けて中へ入る。
「だいぶ餌付けされているようだな」
「皆さん色々渡してくれるのでポケットが一杯になっちゃいました」
の膨らんだポケットに気付いた彼がちらりと視線を寄越す。仲良くやれているならそれで良い、と頷いた彼に厳しい採用試験を選んだのに過保護ね、と心の中で呟いた。彼の分かりにくい過保護は少しばかりくすぐったさを感じるが、つい嬉しくての花が空中に舞った。ああ、もうエンデヴァーさんにバレちゃうじゃない。
「エンデヴァーさんは今何をしているんですか?」
「サイドキックたちからの提出書類を確認している」
彼の横へ行きちらりと彼の手元を覗き込む。そこには何十枚もの提出書類が重なっていて、はその量に目を見開いた。
「意外と書類作業も多いんですね」
「ああ。部下が多いとその分書類も増えるからな」
頷いた彼は判子を押して確認済みの箱に書類を入れていく。素早い作業をしているが、これでは彼のヒーローとしての活動時間が狭まってしまう。実力としては、オールマイトの次に強い彼が外へ出られる時間が短くなるのは事務所としても避けたい所ではないだろうか。
そう思った彼女だったが、彼の机の上に置いてある湯呑のお茶が空になっていることに気付いてサイドテーブルに置いてある急須と湯沸かし器を手に取る。茶葉を急須に入れなおして、お湯を注げば緑茶の良い香りが部屋に広がる。
お茶の香りに、深く息を吸った彼の机の上に湯呑を置く。
「ありがとう」
「どういたしまして」
書類を読む手を止めてのことを見上げた彼。3日目だが、疲れはどうだと訊ねてくる彼の瞳にはのきょとんとした顔が映る。
――本当に優しい人。
確かに、一日3時間とはいえ、にとっては久しぶりの会社務め。やはり気疲れというか轟家で働いていた時よりは体力的にも精神的にも疲れは出ている。
「ありがとうございます。確かに少し疲れてはいますけど、少しずつ慣れていきますから」
「ああ。時々休憩を挟めよ」
だがそれも慣れでどうにでもなるものだろう、とは分かっていた。新卒の時もやはり最初はちょっとしたことしかしていなかったのに家へ帰った時にはどっと疲れが出ていたが数か月経てばそれが当たり前へとなっていった。
エンデヴァーの言葉ににっこりと頷いた彼女はポケットから一つチョコを取り出して口へ入れた。

とうとう最終日も終わってしまった。3時間見学したり人々から話を聞いていた彼女はエンデヴァーの部屋へと向かう。
「戻りましたー!」
「あ、バーニンさんおかえりなさい」
「ただいま!」
その道でパトロールから戻ってきたバーニンと鉢合わせた彼女。今からエンデヴァーの所かと尋ねられた彼女は少し緊張した面持ちで頷く。色々皆から話を聞いていくつか課題を見つけることができたが、彼にとって正解かどうかは最後まで分からない。
さんなら大丈夫!3日間真面目に頑張ってきたの見てたし」
「ありがとうございます。最後、頑張りますね」
自席へと戻っていくバーニンが大きく手を振ってくれて、はぺこりとお辞儀をしてエンデヴァーの部屋の前に立った。ノックするために持ち上げた手が心なしか強張っている。
コンコンと遠慮がちな音が出たが、彼から許可されて部屋に入る。
「さて、3日間見学してどうだった?」
「色々学びがありました。やっぱり、ここで働きたいと思ってます」
緊張から強張っていた彼女だったが、何故だかエンデヴァーの顔を見たら徐々に落ち着いていく。なんでかしら、不思議ね。落ち着きを取り戻した彼女を観察していた彼は、やはりそう言うか、と少し複雑な表情。
この3日間、一人で行動することがまず無かったおかげではこのビル内でなら安心して動き回ることが出来ていた。外へ出ることになったらまた恐る恐る、といった形にはなってしまうだろうが、一人誰かが付いてきてくれれば大丈夫な筈。
その一人を借りる為に事務所の稼働率が下がることは申し訳ないと思うが、それ以上の成果を出せるようになれば必ずしも不利益になることはない。
色々と働き始めた後のことまで考えて、何かエンデヴァーに言われたら答えられるようにしていた彼女だったが、どうやらその話題は一旦お終いらしい。
「ではこの事務所の改善点を教えてもらおうか」
「はい…」
何事も聞き逃しはしない、といつ鋭い目つきになった彼の視線に晒されながら、彼女はメモ帳を取り出した。予めまとめていた内容を伝えようとページを開く。が限られた時間の中で見つけた事務所の改善点は大きく分けて4つ。
一つ目は他事務所との交流が少ないこと。色々情報収集をする中で、チームアップすることが珍しくないと知った彼女はそのことについてバーニンたちに聞いてみた所、エンデヴァー事務所は基本的にこの事務所内で仕事を完結させることが多いようだった。他事務所との連携が取れていれば、更に彼らの働き方が楽になる筈だと彼女は推測していた。
二つ目は様々な報告書を全てエンデヴァーが確認することが非効率であるということ。彼にしかできない仕事があるのだから、書類に関しては更に部下たちが書きやすく、それでいて確認する時間を短縮できるように工夫が必要だ。
三つ目はサイドキックたちの食事が疎かになっている、ということ。休憩時間が少ない為、自席で作業をしながら昼食をとる彼らをは何度か目撃していた。食事というものは身体の基盤を作る大事なものだ。特にヒーローともなれば、万が一の時に力を振るえなくてはいけない存在。その為にも普段から栄養満点の食事をする必要がある筈だった。
「以上です」
全てを言い終わって彼女はメモ帳を閉じて握りしめる。エンデヴァーは暫し吟味するように腕を組んでじっと机の上を見つめていた。だが、数秒後、ふうと息を吐いた彼がぽりぽりと頭を掻いての瞳を見やる。
「短い時間でよく見つけたな。採用で良いだろう」
「あ、ありがとうございます!」
思わず彼の言葉に満面の笑みになった彼女。
「落とす気満々だったんだがな」
呟いた彼にやっぱりそうだったのか、とは苦笑した。どうやらお前の力を見くびっていたらしい、と複雑な心境を吐露する彼はやはりが社会でまた働き始めるには早いと感じていたようだった。
彼の浅瀬の揺蕩う波のような瞳に微かに影が落ちる。はそれを見て眉が下がった。
――私が半人前だからエンデヴァーさんは働かせるのが憂鬱なのね。早く、このトラウマを克服して彼に安心してもらえるようにならないと。
そっと拳を握りしめた彼女。自分が原因ではあるが、彼の憂いを晴らせるようになりたいと強く思った。
だが、約束は約束なので違えるつもりは無いらしく、彼は先ほどの揺らぎを消してに向き直った。
「秘書なんですから基本的にエンデヴァーさんと一緒なんですよね。それなら大丈夫です」
「ああ。俺がパトロール中は他の者に必ず付いてもらう。お前に一人の時間はない」
まるで脅迫するかのように告げられた言葉に彼女は声を上げて笑った。一人の時間がなくても全然大丈夫。彼の役に立ちたくて彼女はこの事務所で働くのだから。
「ではこれからよろしくおねがいします、エンデヴァーさん」
「ああ。お前の成長を期待している」
姿勢を正してはぺこり、と綺麗なお辞儀をした。


2020/04/22
一章完結



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