mha

食卓に朝食を並べている所に、少し眠そうな顔をした焦凍がすでに制服を着て顔を覗かせた。
「焦凍くん、おはよう」
「おはよう、
自主トレーニングの為に毎朝必ずこの時間に起きる彼。表面上はシャキッとした顔なのだが、1年も経てば今日の彼の顔が眠そうな様子は簡単に見て取れた。

02:どうしようもなくただ生きて


「アサリの味噌汁か」
「うん、冬美ちゃんがちょうど安かったからって昨日買ってきてくれたの」
「ちょうどそんな気分だった」
ほかほかの炊き立てご飯も彼の前において、いただきますと手を合わせる。の前には薄味の漬物に味噌汁のみ。
ぱくぱくと箸を進める彼のスピードに合わせて彼女はゆっくり食べる。
「そういえば焦凍くんももうすぐ入試よね」
「ああ、俺の場合は推薦だけど試験の内容が分からねぇ分、力を磨いとかねぇと」
焼き鮭を綺麗にほぐして口に運ぶ彼がこくりと頷く。彼が目指している雄英高校は全国でも1,2を争うトップ高校。東の雄英、西の士傑、とまで言われている難関高校だ。そんな所を受けると最初に言われた時にはどれくらい凄い高校なのか知らなかったから上手くリアクションが取れなかったが、今では自分の世界の高校の偏差値と比較してどんなに凄いことなのかよく分かる。
「ヒーロー科だとやっぱり体力テストみたいな感じなのね」
「ああ」
「でも毎日頑張ってるし、私は焦凍くん簡単に受かると思うなぁ」
「不思議だな。に言われるとそんな気がする」
最後の味噌汁をずず、と飲み込んだ彼が小さく笑む。ご馳走様でした、と手を合わせた彼に、同じく手を合わせて立ち上がる。後片付けをしようとする彼だったが、良いよ良いよ、と彼の手からお皿を取り上げる。
「先生待ってるでしょ?学校行っておいで」
「ああ、ありがとう」
進学組の中でも殊更に優秀な彼を担任の先生は大いに見込んで自主トレーニングを見てくれているのだ。そんな先生はいつも他の先生より1時間早く来てくれているようだ。有望な焦凍をよく見てアドバイスをくれるのは先生の鏡ではあるが、倒れてしまわないか心配でもある。いつの世も教職というのは大変な仕事だ。
、もう行く」
「あ、ちょっと待って」
皿洗いをしていたら、身支度を整えた彼が台所までやって来て、声をかけてくれた。はっとして、一緒に玄関に行って忘れ物が無いかチェックしつつお弁当を渡す。今日も栄養が偏らないように作ったお弁当用のおかずが沢山入っているそれはずしりと重い。
こんなことを言ったら彼はきっと複雑な表情をするから言わないけれど、実は炎司に渡しているお弁当と全く中身が一緒なのだ。体力づくりの為のお弁当だから。
「気を付けて行ってらっしゃい」
「行ってきます。も戸締りしっかりな」
「分かってるよ」
ふ、と笑った彼が扉を閉める。静かになった玄関に、さて次は冬美ちゃんと夏雄くんだ、と気合を入れた。


寝ぐせを跳ねさせながら現れた夏雄におはようと声をかける。声がかすれてはいたものの、おはようと伸びた声で返事をしてくれる彼。
「昨日は結局何時まで勉強してたの?」
「1時くらいだったかな…」
ふわぁ、と大きな欠伸をした彼が自分でご飯を盛ってくれているようなのでは味噌汁や焼き鮭などを彼の前に置いていく。
彼から聞いた時間に遅い時間まで起きて頑張る姿が目に浮かぶ。私も大学受験の時はそんな感じだったわ、なんて遠い昔を懐古すれば「ババ臭いよ」と彼に笑われる。
「失礼ね!勉強教えてあげないよ」
ちゃんの分野と全然違うだろ」
ふざけて怒ったふりをすれば、彼にはお見通しだったのか軽く一蹴されてしまう。それにうふふと笑ってしまった。確かに彼の言うことはもっともだ。
「あれ、そう言えば今日は夏雄くんの方が早かったのね」
「あ、本当だ。でももう」
彼の言葉が言い終わるよりも前にドタバタと平生よりもあわただしい足音が聞こえた。
ちゃん、ごめんね、寝坊しちゃった!」
遅れておはよう、と挨拶してくれた冬美に同じくおはようと返した彼女は大丈夫だよ、と穏やかに笑う。
「昨日遅くまで課題やってたんでしょう?作り置きもあったしすぐ出来たよ」
「ありがとう~。1限に間に合わないから食べたらすぐ出るねっ」
慌てて支度したのか少し髪が乱れている冬美に苦笑する。宿題を溜め込むようなタイプではない彼女が遅くまで課題をやっていたということはそれなりに内容が難しいものだったのだろう。
彼女の前にも急いで膳を整えると、彼女は急いで手を合わせて食べ始めた。
「冬美ちゃんのおかげで今日は美味しい味噌汁が出来たね」
ちゃんアサリ好きだもんな」
「良かった、ちょうど半額だったの」
皆で咀嚼しながら他愛もない会話をする。今日は苦手な教授の授業があるだとか、俺は体育が楽しみだ、とか。はそれをうんうん頷きながら話を広げる。まだまだこの世界のことを知りつくしていない彼女にとっては、唯一外の新鮮な情報を持って帰ってきてくれる彼らの会話から学ぶ必要があるから。
いつもよりかなり早く朝食を終えた冬美は「夕飯は手伝うから!」と約束して大学へと慌ただしく出かけて行った。勿論、その前に忘れそうになっていたお弁当を彼女にも持たせて。
普段通り支度を終えた夏雄をその後見送る為に玄関へと向かう。
「はい、お弁当。この前美味しかったって言ってくれた春巻き多めに入れてあるよ」
「よっしゃ!お昼が楽しみだ。行ってきます」
「行ってらっしゃい」
扉を閉める前ににっこり笑って手を振った彼にも振り返す。彼の気配が扉の前から消えて数秒後に鍵を閉めては玄関から離れた。
――さて、今日もこのお家を綺麗にしないとね。



2020/04/14
inserted by FC2 system