迷子のお兄さん

 偉大なる航路前半のとある島に上陸してから約一時間。私はマルコ率いる一番隊の男達と共に物資を揃える仕事に交わっていた。とはいっても、私に持たされる物なんて毎回腕に収まる程度の軽いものと決まっていて、そこまで辛くはない。私はそういう条件もあって、物資調達組に入るのが好きだった。
因みに今は、武器調達中である。しかし私は店の外に一人。マルコたちはあんまり私に武器などを見せたくないのか、私を店の中に入れてくれない。だが、彼らは店の中から私の様子が見えるので、私としては何だか不公平な気がする。そんな風に心中文句を垂れながらも、私は彼らから見える範囲内に置いてあった花壇の淵に腰を下ろした。
「まだかなー」
独り言を呟きながら空を見上げる。真っ青な空は雲一つなく元気いっぱいな太陽の光を浴びせてきた。
これは余談だが、今日のパーカーは黒猫をイメージしたものだから黒地で、太陽の光を吸収しやすい。うわ、あついあつい。そう猫耳の付いたフードですっぽりと頭を覆う。ああ、全く不便な身体だなあ。
「キャプテーン、キャプテーン……」
ぼうっと空を見上げていると、ふと近くで可愛い声が聞こえた。そして何か困っていそうな雰囲気が漂っている。キャプテンってどっかの海賊さんかな?あ、でもこんな可愛い海賊いないよね。それじゃあ迷子?そう思って視線を空から地上に戻すと、オレンジ色のツナギを着た白熊がいた。そしてその熊と目が合う。
え、白熊が喋ってたの?着ぐるみとかじゃなくって?あ、でも口が微妙に開いたり閉じたりしているからやっぱり本物の熊なのかなあ。
そうやってお互いに見つめ合うこと数秒。このまま見つめ合っているわけにもいかない気がして、私はその白熊に話しかけてみることにした。
「何か、あったの?」
うん。まあまあな話しかけ方ではないだろうか。白熊さんも何だか私が話しかけたことによってつぶらな瞳をきらきらさせているように見える。
「うん、おれキャプテンと一緒にいたんだけどはぐれちゃって…」
のし、という効果音が似合いそうな動作で白熊さんは私の隣に腰を下ろした。だが、花壇の花を潰さないように浅めに腰掛けているのが、彼の優しい性格を表しているようだ。
「迷子になっちゃったの?」
「うん、キャプテンがね」
キャプテンとはぐれたということはこの子が迷子なのかなと思って問いかけてみると、予想外の言葉に思わずそっかという言葉が出てくるのが遅れてしまった。どうやら、彼の中では迷子は彼のキャプテンらしい。しかし、キャプテンはいつも勝手にどこかに消えちゃうんだ、とか俺たちが一緒に付いて回ると逃げ出すんだなんて彼が伝えるいつものキャプテンの話を聞いていると、強ち本当にそうなのかもしれないと思えてきた。
「あ、そういえばおれの名前言ってなかったね。おれはベポ」
「私は。よろしくね」
そういえば、と自己紹介し始めた彼に倣って私も自分の名前を名乗った。そうか、彼はベポというらしい。なんか見た目に会った可愛い名前をしている。自己紹介したことによって打ち解けたのか、彼は先より柔らかい笑みで私のことを見つめた。表情豊かな熊だなあ。
はどうしてここに座ってるの?」
「皆の買い物を待ってるの」
首を傾げてどうしてと訊いてきた彼にすぐ近くの店の看板を指差す。彼は私の指先を目線で辿って、そこが武器屋だと分かると「もしかして、海賊?」と訊ねた。
「うん、白ひげ海賊団」
「ええ!!?白ひげ!?…おれたちなんてまだまだだなぁ」
吃驚したように大口を開ける彼の言葉に引っかかる。おれたちもまだまだってことは、もしかして彼も海賊なのだろうか。先程打ち消した考えだが同じように彼に質問してみたら、彼はそうだと頷き彼がハートの海賊団という海賊団の団員だということを知った。その名前は聞き覚えがないからきっと最近出来た海賊団なのかもしれない。
「ハートって可愛いね」
「でしょ?でもキャプテンは怖いんだ」
隈があってー、刀を持っててー、何でもかんでも解剖しちゃってー。そんな悪口ともとれるような言葉が次々と彼の口から溢れ出す。機嫌が悪いと俺たちまでバラバラにするんだよ!そう言う彼に、とんだ猟奇的な船長だなと可哀想に思った。だが、
「でも、強くて恰好よくておれたちのあこがれなんだ!!」
「そっかー、ベポはキャプテンのことが好きなんだね」
「うん!」
力いっぱい頷く彼に、自然と笑顔になる。私も自分の船長――パパのことは大好きだ。たぶん、船員が船長を思う気持ちは一緒なんだなぁ。駄目な所もひっくるめて船長のことが好きと言える彼は、船員の鏡だ。そう考えてほわほわした気持ちになっていると、ベポと彼の名を呼ぶ低い声が聞こえた。
あ!と喜ぶ彼の声につられて同じ方向を向いてみると、黒と黄色ベースのパーカーと帽子を身に着けた男が刀を持ってこちらに歩んでくる。隈が濃い、刀を持っているという先程のベポの話に出てきた特徴に、この人がベポの船長なのかと気が付いた。
ふと、私の方に彼の視線が向けられて自然と見つめ合う形になる。目付きはかなり鋭い。うわあ、マルコが怒った時みたいだなんて考えていると、彼はいつの間にか私たちの前に立っていた。
「おい、ベポ。どこ行ってたんだ。探しただろ」
「キャプテンがどっかいっちゃったんでしょ?もう」
どちらも迷子というレッテルをお互いに張り付け会おうとしている。本当はどっちが迷子だったんだろうか。船長の彼はこのままベポに何を言っても無駄だと感じたのか、まあ良いと言葉を濁してこちらを見た。
「で、ベポ。こいつは何だ?」
逆光プラス私を見下ろす目付きで彼の表情は益々怖さを増した。と私は思った。でも私は船の上でこういう顔の厳つい男達には見慣れていたせいで大して恐怖を感じることもなく彼を見上げる。強いて言うなら、太陽の光が眩しい。
「えーとね、この子はっていって白ひげ海賊団なんだって」
ベポは私のことを何故か自分のことのように誇らしげに紹介する。白ひげ海賊団とは言っても私は非戦闘員だから力なんて全くない。あの船では一番非力な部類に入るのではなかろうか。そんなことを思っていたのだが、目の前の男が「ほお…、白ひげか」と呟くのを聞いて何か勘違いしていそうだなと不安になる。
「キャプテンの名前はね、トラファルガー・ローっていうんだ」
「そうなんだ」
「おい、ベポ。何俺の名前勝手に紹介してんだ」
そんな空気を読まず、目の前の男――ローの紹介をし始めたベポに苦笑いが浮かぶ。覚えてね、なんてまで言う彼にはあ…と大きな溜息を溢した彼は再度私に視線を戻して「で、どうしてお前は俺のとこのクルーと話してたんだ?」と質問を続けた。
「トラファルガーさんが迷子になってるって言って困ってたから」
「…俺が迷子になったんじゃない。ベポがはぐれたんだ」
そうですか…。威圧的に私を見下ろしてくる彼に「はあ」と気のない返事をする。断言しておくが、決して私は彼のことを馬鹿にしようとなんてしていない。ただ、その話まだ拘るのかなと思っていただけである。
「まあ良い。今ここで白ひげと戦う気はねェ」
まさかこんなガキがあの船に乗ってるとは思いもしなかったが。そう付け加えられた言葉に、確かに普通の海賊ならあの白ひげの船にこんな子供が乗っているとは考えないだろうなと頷く。けれど私だってもう十七だ。少女と言われるような年ではあるがガキだと言われる年齢ではない。目の前の男からしたら対して変わりないのだろうけど。
「うちのクルーが世話になったことには礼を言う」
じゃあな。そう言って背を向ける彼。そんな彼にベポはとことこ走って追いかける。じゃあね、!ぶんぶん手を振る彼に同じように手を振り返せば、彼は嬉しそうに笑った。
それで普通ならすっきりする筈だろう。彼が探していた船長が見つかって、私の前から去っていく。万事解決したのだから、通常ならまた新しいことが考えられるのに何故かトラファルガーさんの顔が頭から離れない。何故だろうか。
――あ、と気付く。そうか、それなら納得できる。
「トラファルガーさん!待って!」
「あ?」
大分離れてしまった彼の所まで走る。私を振り返る彼の眉間には皺が寄せられていた。そう、私が気になったのはその皺。先程からずっと寄せられ続けるそれに、気を取られていたのだ。
「良いものあげる」
何だ、早くしろと私を急かす彼にそう言ってポケットの中をごそごそと探る。手に当たった感触に、これだと思ってそれを取り出し彼の手に乗せた。
それは、苺の飴玉。可愛らしい模様が描かれたビニールに包まれたそれが、ちょこんと彼の掌の上に乗っているのはちょっとおかしい。
「甘いもの食べると、笑顔になれるよ」
「余計なお世話だ」
ふん、と鼻を鳴らした彼は私が言わんとしたことに気が付いたのだろう。機嫌が悪そうにまた眉根が寄せられる。だが、飴玉は持ったままの彼に、今度こそ別れの挨拶を述べる。
「じゃあね、トラファルガーさん、ベポ」
「ばいばい、!また会えると良いね!」
にこにこ笑って私を見つめるベポにうんと頷く。彼はよく目立つからまた同じ島に上陸した時は見つけられるかもしれない。いくら待っていてもきっとトラファルガーさんからの返事は来ないだろうなと思って背を向けるが、彼は予想に反して、口を開いた。
「じゃあな、
思わず振り返ると、彼は颯爽と後ろ手に手を振って歩いていた。まさか私の名前まで呼んでくれるとは思っていなかった私は、一瞬きょとんとして去っていく彼らを見つめる。だけど、すぐにいつもの調子に戻って「またね!」と彼らの背に大きく叫んだ。


「甘ェな……」
そう彼が呟いたように聞こえたのは、風の悪戯かもしれない。


2013/03/15


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