38:君の生まれた日

 マルコと私が仲直りをしたことはあっという間に船中に広まった。そこまで気にしていなかっただろうと思っていたのに、予想外にこの船の男達はそれを気にしていたようで、私たちが仲直りしたと分かるや否や「お嬢仲直りおめでとう!!」だとか「ったく、心配かけやがって!!」なんていう言葉を投げかけてくる。
三日経った今は、もうそこまで騒いではいないけれど、仲直りの次の日なんかは大変だった。
やれ今日は宴だ、やれ祝い酒だなどと隊の仕事など放って男達が乱痴気騒ぎを昼間から始める。それの輪の中に私とマルコ、ついでにその場を静かに見守っていたサッチも巻き込まれて収集が付かなくなってしまった。
特に一番隊の者たちは嬉しそうにマルコにお酌なんかをしていたっけ。仲直り前の彼のじめじめ具合がどんなものであったかと語り出した一番隊のある男は、彼の手によって海に放り込まれてしまった。それさえも、良い酒のつまみになったのか、男達はげらげらと笑って、私もそれにつられて笑ってしまった。
数人がかりで海から戻ってきたその男は、隊長酷いじゃないですかァ!と酔いの回った口調で彼を咎めるような口を利くから、マルコに「お前が余計なこと言おうとするからだろい」と今度は甲板に沈められた。
随分と久しぶりに彼の笑顔を見たような気がして、私は彼をじっと見つめていた。こんな一時が酷く幸せだなあと思う。視線に気づいた彼と目がかち合って、お互い視線を宙に迷わす。だけど、その後に再び視線が絡まって、穏やかに笑い合った。
以前のようには、いかない。手だって繋がれていない。だけど、少しずつ私たちの関係を修復していけば良い。そう思えるようになった。


 今私はサッチに教えてもらいながら小さめのザッハトルテを作っていた。甘いものがそこまで得意としていなさそうなエースやハルタ、イゾウの為にビターチョコを使って。彼らには今回の件でかなりお世話になったのだ。私の感謝の気持ちを何か形にしたくて、今キッチンを借りて創作中である。
、そこはそうじゃなくて、こうした方が見栄えが良い」
「うん、」
料理のことになると途端にいつものへらへらとした雰囲気が消えて真剣味が増すサッチの横顔。戦闘中でも笑みを絶やさない彼なのに、どうしてこういう時だけ目付きが鋭くなるのだろう。平生とのギャップを感じながらも、生チョコレートでコーティングしたザッハトルテの上に「ありがとう」と書かれたプレートを乗せた。
何がありがとうかは色々ありすぎて書くことが出来ない。けれど本人たちにその気持ちは伝わるだろう。
あとはケーキに合う紅茶をポットに入れて彼らの元に行けば良いだけ。彼らには既にサッチの部屋に集まってもらっている。
「気を付けろよ」
「はーい」
ケーキの完成をしかと確認した彼はいつもの彼に戻っていて、私は彼に見送られてキッチンを出た。
サッチの部屋に続く廊下を気を付けて銀色のワゴンを押す。その上には私が数時間かけて作った努力の結晶があるのだ。
「お待たせ」
とりあえず待っていてとだけ伝えていた彼らに声をかける。そうすれば彼らはワゴンを引きながら部屋に入ってきた私に何だ何だという好奇心の目を向けた。
「皆に感謝の気持ちを伝えたくて…作りました」
机の上に置いたティーカップに紅茶を注いで、ケーキを隠しているドーム型のクロッシュを持ち上げた。
「おー!うまそう!」
「これ、が作ったのか?」
「やるじゃねェか」
彼らの目の前に現れたザッハトルテに、驚きの声を上げる彼ら。まさか私がこんなものを作れるとは思っていなかったのだろう、何度もケーキと私の顔を見比べられた。
苺も乗っけてるし、そこまでくどくはないと思うよ。そう言葉を添える。
「え、まだ切ってない!」
さて、持っていた包丁で三人分に分けようかとした所、彼らはいつの間にか持っていたフォークでケーキを突きあって食べ始めた。見るも無残になっていくケーキに「ああ…」と一瞬悲しくなるけれど、がつがつと奪い合うように食べている彼らを見ていたら嬉しくなってきた。私って現金。


「あー、食った食った」
「ほんと、丁度良い甘さだったな」
「量もぴったりだ」
あっという間にケーキを平らげた彼らの口の周りにはチョコレートがくっついていた。三人とも隊長なのに、そんな気の抜ける面をしていることがおかしくて、私は優雅に紅茶を飲んでいる彼らに指摘をする。そうすれば「おお、本当だ」とエース以外の二人は慌てたようにティッシュで口元を拭いた。
そういえば、ケーキで忘れてたけど。そう言い出したエースに首を傾げる。
『18歳の誕生日おめでとう!!』
声を揃えて伝えられた言葉に、自然と笑顔が溢れた。彼らは私の誕生日を覚えていてくれたのか。
今日、この日は、私がこの世界に飛ばされた日でもあり、サッチに拾われてモビーディック号に乗船した大切な日でもある。その日を私の誕生日としている彼らは毎年祝ってくれていた。
今年は何だか色々と忙しくて皆忘れているのだと思っていたのだけれど、そうではなかったのか。
「これ、二番隊からのプレゼント」
「これは十二番隊からのプレゼントだ。落とすなよ」
「これは十六番隊からのだ」
三人に順番に渡された色とりどりのプレゼントを腕に抱える。開けて良い?と彼らに問えばもちろんと返されて、私はリボンをしゅるりと解いて、袋の中を覗いた。袋の中身はうさぎのぬいぐるみ。背中には白ひげの刺繍がしてあって、少し歪なそのマークは彼らが一生懸命付けてくれたのだろうなと嬉しくなった。こういったの好きだろ?そう言ったエースにうんと大きく頷く。次に開けたのはハルタのプレゼント。小さな箱の中に入っていたのは、鳥の形をしたオルゴールだった。よく見ると、マルコの不死鳥の時の姿に似ていて、驚いて彼の顔を見た。
「不死鳥のオルゴール。良いだろ?」
俺たちが材料集めて作ったんだぜ?そう言う彼の手は慣れないことをしたせいか小さな傷がいくつか付いていた。思わず鼻の奥がつんとしたけれど、それを我慢してうんと頷く。
――泣くなよ。敏感に私の変化に気が付いたエースがぐしゃぐしゃと頭を撫でた。
最後はイゾウのプレゼントだ。くたっとしていて何が入っているかは予想できない。とりあえず袋を開けてみると鮮やかな赤が目に入った。
「着物……」
「そうだ。お前によく似合うって、あいつらがな」
嘘付け、お前が選んだんだろ?絶対強制だよな、俺とお揃いだなんて思ってたりして!うるせえ!
はははとイゾウをからかう二人と反論する彼の声は、今の私には届いていなかった。
――久しく見ていなかった、故郷の伝統衣装。あの世界では、いつか二十歳になった時に成人式で可愛い着物を着るのだと夢見ていた。この世界に来てからは、成人式なんてものはないから叶うことなどないと忘れていたのに。それがこんな形で叶うとは。
「皆、ありがとう…!」
泣くなと言われたため、なんとかして笑顔を作る。けれど、嬉し泣きはやっぱり我慢できなくて、私は涙を流した。
「ったく、泣き虫な妹だなァ」
「女の子はこれくらいがちょうど良いんだよ」
「おい、着物濡らすなよ。後で俺が着付けてやるんだから」
三人とも私の泣き笑いを笑って、私もそれにつられて笑った。


 彼らと別れた私は、次々に色んな隊の隊長たちから代表としてプレゼントを渡された。その度に私が満面の笑みになったことは言うまでもない。パパからもプレゼントとしてブレスレットを貰い、その飾りに付いたマークを見て思わず吃驚してしまった。飾りの部分は白ひげのマークだったのだ。刺青を入れるのはあまり快く思っていないパパからの一番のプレゼントだった。皆と仲間だという証。
今夜はご馳走だからな!!と陽気に笑って言った料理長は、私の手に何十枚もの「好きなおやつ/デザートを作る券」を握らせて背を向けた。彼らしくて笑ってしまった。
――だけど、まだプレゼントとお祝いの言葉をもらっていない隊があった。いや、決して強請っているわけではない。ただ、私の中の一番が二人所属している隊だから、気になってしまって。
忘れちゃったのかな?サッチなんて私と一緒にケーキ作っていたもんね。そう思いながら腕の中に山となってしまったプレゼントを置くためサッチの部屋に戻る。そこまで大きくないプレゼントたちは机の上に重ねることが出来た。
二人にも言いたいことがあるし、探してみようかなと扉に目を向ける。途端、とんとんとノックの音が聞こえて「はあい」と返事をした。開けてみると一番隊と四番隊の男達が大勢集まっていた。どうしたの?と思うのはその人数と私の目の前にある二つの大きな箱。
「俺たちお嬢が一番喜ぶものを考えたんだけどさ、」
「やっぱこれしかねェよなって思ったんだよ」
はい、と代表者である二人が渡してきたのは「マルコ隊長を一日好き勝手できる券」と「サッチ隊長を一日召使にできる券」だった。何これ。思わず笑ってしまいそうになる内容に、気を取られていると、「、誕生日おめでとー!!」と半ばやけくそなマルコとノリノリのサッチが箱の中からばーんと飛び出してきた。
サッチなんていつもはリーゼントの髪の毛を下ろして赤いリボンで留めている。マルコは部下にこんなことをさせられているのが恥ずかしいのか、始終私の視線を気にしていた。
私はただぽかんと見る事しかできなかった。彼らの考えた、私の一番喜ぶものが見事に的を得ていたから。
プレゼントとして現れた二人は、私が固まっているのを見て気まずそうに視線を合わせた。だけど二人以外の男達は私の心境をよく分かっているようで、早々と「いやァ、やっぱ成功したな」などとお互いの肩を叩きあってどこかへ消えていく。
――私は、嬉しすぎて反応が出来なかったのだ。
「あー…、?」
年甲斐もなく恥ずかしいことをしたと漸く気付いたサッチがぽりぽりと頬を掻きながら私を見つめる。
はっと気づいた私は、とにかく彼らに話を聞いてもらおうと二人を部屋の中に促した。
「ありがとう、二人の隊からのプレゼント嬉しかった」
何から言えば良いのか分からなくて、私はまずプレゼントのお礼から口にした。どうやら、二人とも先程の私の反応を見て、そこまで喜んでいるとは思っていないようだった。けれど、まあ良い。私がどれくらい嬉しかったなんてそのうち分かってくれる。
「あのね、二人に話したいことがあるの」
ごくっと生唾を飲み込んで二人を見つめる。大丈夫、パパだってあの話を信じて受け入れてくれた。きっと、二人だって信じてくれる筈。
何だ?と聞く体勢をした二人に、私は口を開いた。
「――私は、この世界の人間じゃないの」
私がずっと彼らに言いたくても言えなかったこと。それは、私が別の世界から来たということだった。思っていた通り、彼らは先程の私のようにぽかんとしている。私はそんな二人に、あの時のことを語った。
「私は、何故か赤ちゃんの姿になってこの世界に飛ばされたの。サッチは、私を拾った時泣いてたよね?マルコは私を拾ってきたサッチに猛反対してた」
そうでしょ?確かめるように、当時赤子だった私が知る由もない過去を彼らに問う。そうすれば「ああ…」と頷く彼ら。このことは彼らとパパにだけ話せば良いと思っていた。だって、私にとっての帰る場所は前の世界ではなく、もうこの船になっているのだから。だから、一番近くにいる彼らにだけ知ってもらいたいと思ったのだ。
――パパは、信じてくれたよ…。自分が発した言葉は思いの外小さかった。だけど彼らには届いたようだ。


 何十分も沈黙が続いた気がした。実際はそんなに経っていなかったのかもしれない。けれど、私にはそれほど長く感じる瞬間だったのだ。
「…信じる」
お前がそう言うならな。二人のその言葉に、私は救われたような気がした。二人にはどうしても知っておいてもらいたかったのだ。私がこの世界の住人ではなかったことを。それらを含めて、家族として認めてほしかったのだ。
「私、ずっと前の世界から捨てられたと思ってて…。だから、マルコとサッチの愛を失うのが怖かった」
また捨てられたくなかった。あの頃の私は、二人の一番にいないと気が気でなかった。思えば、かなり長い間思い込んでいた。彼らはもちろんそんなことあるわけないだろと言ったけれど、当時の私はそう思えなかったのだ。だけど、今なら彼らの愛がそんなに小さなものでないことは分かる。彼らは行動で示してくれたから。
「最初はこの世界に飛ばされた意味も分からなかった。今も、よく分からないけれど」
でも、と言葉を続ける。私はもう決めた。後ろばかり見たりなんかしない。この世界で、私は生きている。
「この世界に飛ばされたからには、私がここに生きていたって証拠を残したいの」
それが、私の決意。いつか、後ろを振り返った時に確かに私はこの世界に存在していたと、きちんと生を受けていたのだと思えるように、世界が認めてくれるように、私はそうしたいと思った。
「まずは、友達を作る」
そして、人々の記憶に私という存在を残してみせる。そうすれば、歴史だって私が生きていたことを消せない。色んな手を使って、私が生きた証拠をこの世界に刻んでみせる。
「それが、お前の夢か?」
「――うん」
夢かどうかは分からない。けれど、私の一番の願いだ。真剣な表情をしていたサッチは、私が頷くと笑顔になった。マルコも微笑をたたえていて、私の頭をゆるりと撫でた。戸惑いがちではあるが、触れてくれた彼に心が温かくなる。
「お前は、前の世界に捨てられたと思っていたようだが、俺たちはそれに感謝してるよい」
――だって、お前と出会えただろい?
そう口にした彼は、顔をくしゃくしゃにして笑った。サッチも笑っている。私も、マルコと同じように笑っているのかもしれない。けれど、涙がこぼれてきてどっちだか分からなくなってしまった。

――そうか、私は彼らと出会うためにこの世界に飛ばされたのだ。吸血鬼の王になるためなんかではなく、彼らと出会って家族になるために、この世界に来た。

「改めて、誕生日おめでとう、
「生まれてきてくれて、ありがとうよい」
頬に落ちてくる二人分のキスに、私は今度こそ笑顔になったと確信した。
私は、この世界でこの家族と共に生きる。


――Fin



2013/03/06


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