33:君の帰る場所

 ドゴオン!!という大きな破壊音ではっと意識が戻った。
「エース!サッチ!」
覆いかぶさるように抱きしめてくるマルコから離れて、二人を視界に入れる。ルイーゼとエリザ以外の吸血鬼は彼らから重傷を負って息も絶え絶えな様子で床に倒れていた。エリザを相手にしているサッチもまた何か所からも血を流している。
「もう、やめて…」
小さくつぶやいた声は、武器がぶつかり合う音や炎の音に掻き消された。
どちらも私のせいで戦っているのだ。これ以上無意味な戦いは見たくもなかった。
「もうやめて!!!」
私が大きな声で叫んだ刹那、ルイーゼとエリザの身体がぴたりと硬直した。その一瞬が勝敗を分けた。サッチがエリザの腹部を切り裂き、エースがルイーゼの胸を炎を纏った拳で殴り飛ばしたのだ。
「エリザ!ルイーゼ!」
!!」
咄嗟に二人の元へ駆け寄る。私のせいだ。私が不用意にやめてなんて言ったから、彼らはその命に忠実に従って攻撃を受けてしまった。
私が四人の間に割り込んだため、サッチとエースも攻撃体勢を解く。
「我が君…」
エリザの傷は大きい割には深くは無かった。しかし、ルイーゼは火傷が重かった。
「ルイーゼ、今治――」
「我が君、今の内にお行きください。我々が追いかけられぬうちに……」
私の言葉を遮るようにして彼が発した言葉にどうして、と小さく呟く。マルコたちも、そんな彼らを油断なく見下ろしている。
我々は、我が君をこの世界の王にしようと考えていました。彼が痛む肺を無視して言葉を続ける。
「しかし、私は人より人の心を読むことに長けている。そのおかげで、我が君の真の望みを知ってしまったのです」
痛みに寄せられた彼の眉。だが、彼の瞳はどこまでも真っ直ぐ私のことを見つめていた。
――私の真の望み。それは、マルコたちとずっと一緒にいたいということ。吸血鬼の王になるなんてことではなく、何よりも彼らと家族であることを求めている。それを、彼は見破ったというのか。それでも、何故。何故、彼らの野望を叶えるよりも、私の身を優先してくれるのか。
「主のお心を汲むことが臣下の務めでございます。さあ、我らに連れ戻される前に…」
彼は私の心を見透かして、そう微笑む。エリザ、と彼女に視線を向けると彼女も微笑んでいた。
「我が君、どうか御無事で」
彼女は傷を負った腹部を庇いながらも私の前に跪いて、手の甲にキスをした。
どうしよう。マルコたちの所に戻りたいのは本心だ。けれど、ここで彼らを置いていくというのはあまりにも薄情ではないのか。仮にも私は彼らの主だ。従者がこんなにも私のことを考えていてくれているのに、主が従者を見捨てるなんてこと、あって良いのか。
、先に下に降りてろ」
「……うん…」
結局、私はサッチに優しくぽんと肩を叩かれて、それに従うことにした。
階段の前にまで来た時、私は彼らを振り返った。二人は穏やかに微笑んでいた。
「…さようなら、」
私は階段を駆け下りた。


 彼女になるべく残酷な場面を見せたくなかった俺は、彼女が塔の下へ向かって言ってくれたことに安心した。
暗闇の中、お互いの疲労した荒い息が響く。
「で、あいつがLILYってのは、変えることはできないのかい?」
出来る事なら、そんなものからを解き放ってやりたい。あいつに、この名前の意味を背負わせるには重すぎる。
ルイーゼはそんな俺を嘲笑うかのように見上げた。
「もう遅い。LILYの意志を継ぐ後継者が生まれたことは、全世界の人間に知れ渡った。LILYの存在を知る者なら、先程の三度の波動でそのことを理解しただろう。遠くない未来、同族が我が君を奪い返そうとやってくる。また、海軍や世界政府もこぞって狙ってくるだろう。せいぜい、我が君が攫われないように――」
ゴホゴホッと噎せた彼の言葉にそうかい、と返す。そんなこと、言われなくても分かっている。彼女が危険にならないように俺たちが全員で守れば良い話だ。
「我が君を、必ず守り抜け…!」
「当たり前だよい」
俺たちは下に待たせている彼女に追いつくために、この血なまぐさい儀式の場から出て行った。


 すぐ前でマルコが子電伝虫でモビーにいる皆とこの町を捜索していたらしい隊長たちに連絡をしているのを見つめる。先程は急展開で気まずさを感じることなく接していたのだけれど、一度落ち着いてしまうとまともに彼の顔を見ることが出来なかった。今は、裸足の私をサッチが抱き上げて歩いてくれている。
「サッチ…ごめんなさい」
「もうしないってんなら許してやるよ」
優しい、温かい手で私を抱えてくれている彼に心配と迷惑をかけたことを謝ったら、にかっと笑ってくれた。
エースも、ごめん。そう言えば彼は「ったく、手のかかる妹だなァ!!」と言って私の首を逞しい腕で締めた。苦しい苦しいと彼の腕をバシバシ叩けばやっと離してくれて、次いで髪の毛をくしゃくしゃと撫でられる。
「ホント、寿命が縮んだ」
「ごめんなさい…」
真剣な表情でそう言われてしまっては、もう謝ることしか出来ない。弱虫だなァと呟かれた言葉にうんと頷いた。彼には悩みを話していた分、余計に心配をかけてしまったかもしれない。
というか今更だけど、皆どこまで知っているのだろうか。この三人は多分色々知っちゃったんだろうけれど、船の皆は?
私は、帰っても受け入れられるの?吸血鬼だって知っているのだろうか。それとも知らないでいるのだろうか。知らないんだったらまた迷惑をかけてしまう。嫌な思いをさせるかもしれない。
私は皆に何て顔をして会えば良いのだろうか。パパも黙って出ていった事を怒っているかもしれない。そもそも怒ってくれるんだろうか。怒られる以前に、お前なんていらないと言われてしまうかもしれない。
ああ、もうすぐ船だ。ひたすら考えていたら予想より早くモビーディック号が目に入る。
どうしよう、どうしよう。心の準備が出来ていない。皆が知らなかったら言った方が良いの?それとも言わない方が良いの?どんな顔をされるだろう。怖い。拒絶されるのが怖かった。
、顔上げろよ」
横を歩いていたエースが、ぐいっと私の顔を持ち上げた。そこには、甲板の上から溢れんばかりの男達が笑顔で私たちのことを見下ろしている。
「お嬢お帰りー!!」
「勝手に家出しやがってこの不良娘がァアァ!!」
「お前吸血鬼だったんだってな!俺の血やるよ!!」
「あ、テメ!何抜け駆けしようとしてんだよ!!」
「良かったなァ、おチビ!!お前こんなにご飯があって!!」
「腹いっぱい飲めるじゃねえか!!お腹空かねえなァ!!」
ガハハハハ、と騒がしいくらいに笑い続ける男達に、私はどうしてと小さく呟いた。
どうして、そんな風に笑ってくれるの。リリーの記憶の中の人達だって、あんな風に吸血鬼の事を悍ましいものとして見ていたのに。
「どうしてそんなこと言うの!!?」
船の上にまで届くように叫んだ私に、ぴたりと笑い声が止まる。おどおどとし始めた彼らに、私はまた叫んだ。
「だって!!わ、私化け物なんだよ!?皆の血を飲まないと生きていけないのに!!気持ち悪くないの!!?」
不思議だった。この人たちがこんなに優しい言葉を投げかけてくれるのが。どうして、そんなことが出来るの?私は人間に嫌われるような生き物なのに。
「そんなのお嬢だからに決まってんだろォォォオオ!!!」
「バカ言ってねえでさっさと上がってこい!!」
「今更吸血鬼だとか言われても、昔からのおチビを知ってんだから怖いわけねえだろーが!!」
「そんな白いドレス着て誰と結婚したんだコラァ!!」
わーわーと騒ぎ立てる男達がぴたりと止まる。パパが立ち上がって、私の名を呼んだのだ。
「ハナッタレ娘!!さっさと俺にその顔をよく見せろ!!」
「パパぁ……ッ」
今度こそ涙腺が崩壊した。うわあああああんと泣き声を上げる私に、船の上の男達はまたおどおどして泣くなよ!!と慌てだす。
ぐいっと腕を持ち上げられたと思ったら、マルコが不死鳥に姿を変えていて私を足で掴んで持ち上げていた。そして船の上まで引き上げて、私はぽいっと男達の上に落とされる。
『やっと帰って来たなお嬢オオオ!!』
わあああと男達に胴上げをされて私は何度も浮いたり落ちたりを味わう。
幸せで涙が止まらなかった。ずっと、この秘密を知られたら皆から嫌われると思っていた。でもそれは違った。私が臆病で、皆を信じることを出来なかっただけで、皆はこんなにも懐の広い人間だったのだ。
捨てられるわけが無かったのだ。だって、彼らは家族だ。私の大切な、大切な家族。
『オヤジイイイ!受け取れー!!』
「わあああ!??!」
ぽーんと思い切り空に投げ飛ばされて目を瞑る。だけど、逞しい何かに抱き留められて目を開けると、私はパパの手の中にいた。
「グラララ、やっと帰って来たか
思い込むと周りが見えなくなるのが、お前の悪い癖だなァ。そう言うパパの首に私は抱き着いた。
「パパ、ごめんなさい!!皆も、心配かけてごめん!!」
迎えに来てくれてありがとう。そう言おうとした言葉は、震える唇のせいで上手く言えなかった。けれど皆には伝わったらしく「あったりまえだァァア!」と力強い声が轟く。


――帰ってきた。私は、私のことを家族と呼んでくれるこの家に帰ってきた。
吸血鬼だということを含めて、自分を受け入れてくれるということがこんなに嬉しいことだったのかと実感していた。
もう、二度と何も言わないで出ていったりしない。家族を捨てたりなんてしない。ずっと、この人たちの家族でいたい。


2013/03/02
←良かった!

inserted by FC2 system