30:Service

「黒いフード付きパーカーをかぶった女の子見なかったかい?白い髪に、赤い目をしてるんだが…」
「うーん、見てないねぇ」
太陽が沈みだし、海が黄金色に輝きだした頃、俺たちは一番彼女が上陸した可能性が高い古城のある島に上陸した。念のために一から十番隊の者はこの島、十一から十三番隊は絶壁の島、十四から十六番隊は右側の島と側索隊を分け行動している。
思っていたよりもこの島は大きくないらしく、この大人数で探せば数時間と掛からず彼女を見つけられるだろうと思っていたが、未だ彼女を見つけることが出来ない。もうとっくに日は沈んで家々の電気が闇を照らし出す時間帯になってしまった。一時間後に何の情報もなくても一度浜辺に戻ってくること、と仲間たちと別れたがこのままでは本当に何の情報もつかめないまま浜辺に戻ることになりそうだ。
俺と同じように違う方向へ走っていったサッチやエースもそんな状態なんだろうか。何か情報を掴んでいてほしい。けれど、出来る事なら俺がを見つけたかった。彼女があの船から逃げ出したのは、少なからず自分が原因でもあるから。
「……くそっ」
――謝りたかった。あんな風に傷付けて、冷たく突き放したことを。おかしいくらいの独占欲で彼女を手離したくなくて、だけど結局結果としては手放すことになってしまったことを。
許してもらおうとは思っていない。けれど、知ってほしかった。俺が、どれだけ彼女のことを愛しているのかということを。彼女を捨てる訳が無いのだということを。いっそ狂ってしまいそうなほどに彼女のことを愛していたのだ。もし、彼女が俺からの愛をまだ必要としているのなら、知ってもらいたかった。それで彼女を救えるのなら救ってやりたい。


 証人を見つけることが出来ずにいることに苛立ちが増す。このままでは、本当に彼女はどこか遠い所、自分の手が届かない場所に行ってしまいそうな気がして恐ろしかった。
路地裏に誰か一人佇んでいるのが見える。身長の高さからして男だろうか。全身黒いローブで覆われていて顔もフードで隠れていてほとんど分からなかった。だが、琥珀色の目と視線が合わさって、何故かそこから視線を外せない。
不思議に思う間もなかった。ぱちりと瞬きをしたら、路地裏の影はなくなっていた。
何なんだ、今のは。そう思いながらも、ふと後ろを振り返る。少し離れた丘の上には古城が月に照らされて佇んでいた。赤い、月。不吉な予感がした。何か、自分には分からない何かが起こる、そんな気がした。
はあそこにいる……」
ぽつりと呟いた自分の言葉にはっとした。あの、古城にがいるだと?どうして自分がそう思ったのかは分からない。けれど、その考えは既に確固とした確信に変わっていて、俺はその古城を睨みつけた。
とにかく、あの場所に行ってみよう。


 古城に行くためには、この町の広場を通らなくてはならない。小さな噴水があるその場所は、昼間は子供からお年寄りまで多くの人で賑わっているが、月が照らしだすようなこの時間帯にはまばらな人影しか見当たらない。
「おい、マルコ!」
「なんだ、サッチとエースか」
その中の二人はどうやら彼らだったらしく、俺は二人に近づいた。何か手がかりはあったかと訊くと、昼間に確かにのような少女を見かけたが、それ以降は見ていないという情報しか得られなかったらしい。その見かけた場所にも行ってみたが、それらしき人物はおらず、広場に来たようだ。
「俺は今からあの古城に行ってくるよい。どうにも、あそこにがいるような気がすんだ」
そろそろ時間だから二人は先に浜辺に戻ってろよい。そう続けたが、二人は俺たちも行くと言いだした。まあ、一人より三人の方が見逃す危険も少なくなるし良いかと思って、子電伝虫でジョズにその旨を伝える。俺たちのことは気にせずに、情報が無かったらまた捜索を再開してくれと言えば、彼は分かったと頷いた。
「行くか」
「おう」
何か、嫌な予感がした。月が赤いからではない。それとはまた違った何か薄暗いものが俺の心の中で渦巻いている。
――早くを見つけなければ。


 ふわふわとした闇の中を漂っている。あれ?私、どうしてこんな所にいるんだっけ。心地の良い闇の中で、ふと意識が徐々に戻ってきて思考する。ああ、そうだ。ご飯を食べた後急に眠くなってきちゃって、与えられた部屋のベッドで寝てしまったんだ。こんなに気持ちの良い眠りはいつぶりだろうか。喉の渇きを覚えてからというもの、毎晩何度も目が覚めていたから質の良い睡眠を取っていなかった。それにマルコに無理やり身体を暴かれてからは、悪夢を見るようになってまともに寝れていなかった。
思えば、よくそんな状態で倒れずにすんだものだ。今は血の味も知ってしまって、もう昔のように血を飲むことを何年も我慢できるとは思えない。
――にしても、身体に当たる感触がやけに固い。ごろん、と寝返りをうとうとして身体が動かない事に気が付いた。それに伴って意識も覚醒する。
「……」
しぱしぱと寝起きの目蓋を何度か開けたり閉じたりをする。ぼうっとしていた頭も、少しずつ覚醒してきて私はなぜ寝返りをうてなかったのかが分かった。
――手足を大の字に拘束されている。
私がいる場所は、先程までいた自分の部屋ではなく、天井に丸い穴が開いた、石で造られているだいぶ古い部屋だった。そこの中央の石の祭壇に私は寝かされ、両手両足を枷で固定されていた。また、純白のロングドレスに着替えさせられていた。
いったいどういうことなのだ。考えをまとめようとしても、何だか頭痛がして上手く思考が出来ない。
「お目覚めですか、我が君」
「……ルイーゼ?」
雲に隠れた月からの光だけが頼りのこの部屋に現れた影に問いかける。薄らと月の光に照らされた彼の顔を拝むことが出来、ほっとした。早くこれを外してほしい。
「睡眠薬を血に混ぜていたことをお詫び申し上げます」
「え……?」
私と同じ目線になるよう膝をついた彼の言葉は、私が求めていた言葉とは違って、目を見開いた。
「ど、どういう……」
「儀式です。純化の儀式には必要なのです」
落ち着き払った、だが少し悲しげな顔をした彼に、言葉を返せない。儀式?こんな早くにするなんて聞いていなかった。私が眠ってから精々何時間も経っていない筈だ。それよりも、こんな、私を騙すようなことをして儀式をしなくてはいけなかったのか。彼が私をここに縛り付けているのだと考えると、悲しくなった。どうして、こんな拘束されなくてはならないのだ。
「すぐに終わります。ご安心ください」
安心してなんて言われても無理だ。心臓がばくばくと五月蠅い。早く、自由になりたい。この拘束具を外したい。怖い。
元は扉だっただろう所から、残りの四人も部屋に入ってきて、いよいよ儀式が始まるのだと思った。エリザの手には長い剣が持たれていて、彼女はそれをルイーゼに渡す。それを見て恐ろしくなった。
「満月が雲から現れたら、儀式を始める」
心臓が五月蠅い。怖い。私の位置からでは空の様子がよく見える。白い雲に覆われた月が現れたその時、私はどうなるのだろうか。手枷足枷を外そうと力を入れても、びくともしない。背中越しに伝わってくる石のひやりとした感覚が鳥肌を立たせる。
ああ、風よ吹かないで。赤く輝く月が雲から全貌を現そうとしている時、その声は響いた。

!!!」

どたばたと騒がしい音を立てながら入ってきた三人分の声に、私は視界に涙がじわりと溢れたのを感じた。
顔を見なくても分かる。この声は、私の大好きな、大切な彼らの声だ。
「どうして来たの!!?」
はぁはぁ、と息も荒い三人にそう叫ぶ。きっと、走って来てくれたんだ。だけど、会いたくなかった。捨てられるのが怖くて、それで傷つくのが嫌で、自分から家族を捨ててしまったのに、今更合わす顔も無い。
――マルコ、サッチ、エース。ごめんなさい。
「今助けるからな!」
「邪魔をするな。そこで見ていろ」
サッチが叫んだのが聞こえたけれど、驚いたように息を吸う音が聞こえただけで彼らが動く様子はない。
ああ、でも私はそれどころではない。赤い月が、全貌を見せた。
天井の丸い穴から月の光が射しこむ。それは私の身体に降り注いだ。
「準備は整った」
ルイーゼが重々しい音を響かせながら、剣を鞘から抜いた。銀色に光るそれが、いかに切れ味が鋭いかを物語っている。彼はそれを頭上高く振り上げた。
――やめて、やめて。いや、やだ、
「いやあああああああ!!!!」
私は心臓を刺し貫かれた。


2013/03/01


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