08:dependence

、こっちに来いよ」
「何?」
ちょいちょい、とハルタに手で呼ばれて彼の元まで小走りで行く。成長した彼は今では背こそ伸びたが顔は昔とあまり変わっていない。そういう私も人より成長が遅いせいで未だに子供扱いされている。といっても子供だから仕方がないのだけれど。
「マルコたちには内緒だぞ」
「なになに?」
大抵彼がマルコたちに内緒だと言う時は良い事がある。経験上そう学んでいる私はマルコが傍にいないことをきょろきょろと確認して、目を煌めかせながら彼を見上げた。
「お前の好きなチョコだ」
「わー!ハルタありがとう!」
ジャーンというように開いた手の中には二つのチョコレート。彼はマルコがおやつの時以外に甘いものを私に食べさせないようにしているのを知っているから内緒と言ったのだろう。これだから“内緒”の時のハルタは大好きなのだ。甘いものに飢えている私の為に持って来てくれたチョコの一つを「半分子な」と口に放り込む。
にっと笑った彼ににっと笑い返してもぐもぐ口を動かす。チョコレートの甘さが口の中に広がって幸せだった。こんなことで幸せを感じられるなんてやっぱりまだ自分は子供なのだと実感した。


 もうそろそろ夕暮れが近付いてきている。太陽は沈みだして、海がオレンジ色に輝きだす。
「あ、もうそろそろお風呂の時間だ」
「そうか」
日が沈みだすと、マルコたちはお風呂を沸かす。いつも行っていたそれはもう習慣になっていた。たぶん、もうそろそろマルコかサッチが呼びに来るはずだ。そして一緒にお風呂に入る。
「って、お前まだあいつらと一緒に入ってんのか?」
「うん」
今まで普通に会話していたハルタがぎょっとしたような顔で私に訊いてくるから、何かおかしいだろうかと焦る。
だってお前もう十二になっただろ?と驚きの声を上げる彼にうんと頷いた。
どうやら、彼は未だに私がマルコたちと一緒にお風呂に入っていることに衝撃を受けたらしい。
「変?」
「いや、まあ…お前が良いなら良いんじゃないか?」
歯切れ悪くそう言った彼にそっかと納得する。未だに動揺が収まっていないハルタが「そうか…まだ一緒に入ってたのか」とぶつぶつ呟いているのが聞こえたけど、私は羞恥心などとうの昔に捨ててしまったのだ。もはや彼らと一緒にお風呂に入るのは当たり前なこととして受け止めていた。でも、客観的に見てみると、どうやらこの年で彼らと一緒にお風呂に入っていることは珍しいようだ。確かにこんな年頃の娘が男の裸に見慣れてしまった事に対して昔は何となく危機感を持ったことがある。けれど、彼らは私の保護者であり兄弟であり家族なのだ。考えていても「まあ別に気にしなくていいか」という結論に至ってしまう。
「おーい、。風呂だよい」
「はーい」
お風呂が沸いたのだろう、私のことを呼びに来たマルコに元気よく返事をして、ハルタに手を振る。彼はまだ何となく何かを言いたそうな顔をしていたが、結局何も言わなかった。私は迎えに来たマルコに手を引かれながら歩く。部屋に着くとマルコは私と彼の着替えをタンスから取り出す。その後ろ姿を見つめながら、私は先程ハルタが言われたことを彼に訊いてみた。
「マルコはいつまで私と一緒にお風呂に入るの?」
ただ、ちょっとした純粋な疑問をぶつけてみたつもりだった。マルコと一緒にお風呂に入るのは楽しいけれど、流石に胸が大きくなりだしたらやめようかなと軽く考えていただけなのだ。けれど、ぴたりと動きを止めた彼の後ろ姿から不穏な空気が流れたような気がして、何か不味い事でも言ったのだろうかと慌てる。
は俺と一緒にお風呂に入るのが嫌なのかい?」
彼の声はあくまで穏やかで優しいものだったけど、振り返った彼の目が笑っていない。綺麗な青い瞳に収まりきらない怒りの籠ったオーラを感じる。どうやら、私は彼の不機嫌スイッチを無意識に押してしまったようだ。ううん、と正直に首を横に振って「ハルタにこの年で一緒に入ってるのか?って言われたから」と言い訳をする。どうにかして彼の機嫌を直したかった私はマルコとお風呂に入るの好きだよと何度も言う。そうすれば、彼は強張っていた顔を緩めて、そうかと私の頭を撫でてくれた。ああ、どうやら機嫌は直ったようだ。あれ以上怒らなくて良かった。
「俺がと一緒に風呂に入るのは義務なんだよい。お前一人で入って溺れたらどうする?」
「うん、死んじゃう」
真剣な顔をしてそう言う彼に頷く。そうすればそうだろい?それが心配なんだよいと彼は笑った。でも、どちらかというと私は悪魔の実の能力者ではないから、能力者のマルコの方が溺れたら危険だと思うのだけど。まあ、一緒に入るのだから、もし溺れたら私が誰かに助けを求めればいい話か。
「それに…お前が自分で気付かないうちにつけた怪我を発見できないだろい?」
「ふうん」
そっか、と納得して早くお風呂に入ろうよと彼を急かす。こんな風に話してたらお風呂が冷めてしまう。私は湧き立ての熱いお風呂に入るのが好きなのだ。身体には悪いみたいだけれど。
「まあずっと一緒に入っていたいねい」
「えー、ずっとー?」
私は彼の言葉にけらけら笑ってどぼんとお風呂に浸かった。


 一言で言えば、余計なことを教えやがって、だった。にそんな余計な知識を付けさせようとしたハルタにどす黒い怒りが向かう。俺は彼女の身体に傷一つ無いか毎日確認しなければならないのだ。もちろん、彼女は怪我をした時はすぐに報告するように躾けているから、その点では安心できる。しかし、もしそれ以外だったら。彼女の白い肌を穢そうとした奴らがいたら。それは怪我よりも酷い。彼女と一緒にお風呂に入るというのは、そういったことを一番確認しやすいからだ。純粋な彼女はそんなことをされてもそれは怪我だと思わずに俺に言わないでおくかもしれない。これはそれを確認するための行為なのだ。彼女の身体に少しでもおかしい所があれば、制裁を加えられるようにするための必要なことなのだ。
「マルコー、痛くない?」
「丁度良いよい」
俺の背中を一生懸命小さな手でごしごしと洗ってくれている少女に微笑みがこぼれる。
――俺はのことに関して、たまに自分でも抑えられない程の怒りを覚えることがある。それはほとんどの場合、彼女が俺から離れて行こうとしたり、自立しようとすることに対してだ。先程も一緒にお風呂に入ることを止めたいというような発言に、カッとする頭とは対照的に氷のように冷えていく心を感じた。けれど良かった、彼女が丁度目を違う方向に向けてくれたことによって俺の狂気じみた目を見られることはなかった。こんな目を見たらきっと彼女は泣いてしまうから。それだけは避けたい。


 今日はの13歳の誕生日だ。彼女の正式な誕生日は知らないけれど、俺たちは毎年彼女がこの船に来た日を誕生日として祝っている。13歳になったといっても、未だに平均的な子供よりも背の低い彼女は子供っぽかった。
今年はアクセサリー類をあげようと思う。今まで彼女は装飾品を身に着けたことはなかったが、そろそろそういったものにも興味を示しだす年頃だと思ったのだ。去年は彼女の好きな本を数冊買ってやったけれど、今回は前回の比にはならないくらいに時間と労力が込められている。確かサッチもアクセサリーを渡すと言っていたが、彼はイアリングだったから被ることは無い。
俺が選んだのはチョーカーだ。赤く染色された革と空色の宝石。この空色の宝石は楕円形の小さな石でずっと俺の机の中にしまってあった。けれど、丁度片づけをしている時に彼女がこの石を見てマルコの目みたいだねと言ったから、これを加工して彼女のプレゼントにしようと思ったのだ。さぞかしこのチョーカーは彼女の白皙の肌に栄えることだろう。この石を加工できる技師を探すのにはとても時間がかかったけれど、それ相応の価値はある。
目に見えた独占と束縛の印に、自分でも笑えてしまう。けれど、これが一番彼女にピッタリな気がしたのだ。
先程彼女は宴の席で今日の主役としてろうそくを吹き消していた。この船の全員からプレゼントなど貰ったらどこにも収まりきることはないと分かっているため、毎年この船の男達は皆で彼女の為に手作り誕生日ケーキを作る。その大きさはかなり大きなウェディングケーキのようだが、こんな大所帯の船ではすぐになくなってしまうに違いない。今頃皆でそれを食べているのだろう。
俺たちは俺たちでまた部屋で祝いをするのが毎年の恒例だから、先に宴を抜け出してこうやって部屋で準備をしている。もう少ししたら彼女もやって来るに違いない。
「ほら、ケーキと紅茶の用意出来たぞー」
間延びした声と共に俺の部屋に入ってきたサッチにああと頷く。彼の手には三人で食べるには丁度良い大きさの彼女のお気に入りの苺のタルトが乗っている。紅茶やケーキを机の上に並べていると、廊下から軽やかな足音が聞こえた。まったく、落ち着きが無い。
「ただいまー!」
「おかえり」
二人して勢いよく部屋に飛び込んできたに微笑む。次いで、お誕生日おめでとうと言えば、彼女はありがとうと目をキラキラさせながら喜んだ。
「じゃあまずは俺からな」
じゃーんと先にサッチが小さな箱からサファイアのイアリングを取り出した。ハート、スペード、クローバー、ダイヤと四種類の形があるそれの内から二つ選んで彼女の耳に付ける。ぷらぷらしないそれは彼女の耳にフィットしていてとてもよく似合っていた。
「わぁ〜綺麗!!サッチありがとう!!」
「どういたしまして」
手鏡を覗き込んだ彼女はそれはもう喜んでいた。そう、俺たちはその喜ぶ顔が見たくてやっているのだ。
それじゃあ次は俺だよいとしまっておいたケースをぱかと開けてチョーカーを取り出す。付けている間は目を閉じておくように彼女に言いつけて、かちりと留め具をはめた。
正面に回ってその出来栄えを確認してみると、想像通り彼女の白い肌の上できらきらと存在感を放っていた。
「もう良いよい」
「ん?……あ、これ……」
手鏡を渡して、首元を見た彼女の瞳が大きくなる。宝石みたいな瞳が零れ落ちそうなほどまでに彼女はチョーカーに釘づけになっていた。きっと、彼女はこの石が俺が持っていたあの宝石だと気が付いたのだろう。暫く声を発しなかった彼女が、「ありがとう!大事にするね」と満面の笑みで喜んでくれた時にはほっとした。
「皆に見せてくるー!」
「おお、すぐ戻ってこいよ!」
「飲まされるなよい」
だっと駈け出して行ってしまった少女の後ろ背中にそう声をかけると少し離れた所からはーいと返事が返ってきた。次いで彼女の俺たちのプレゼントを自慢する声が聞こえてきて思わず笑みがこぼれた。それはソファに座っていたサッチも同じようで、二人して「ガキだなあ」と呟く。でも、俺たちはそんなガキを愛してやまないのだ。

――ハッピーバースデイ、。お前がこの世界に生まれて来てくれたおかげで、俺たちは幸せだよい。


2013/02/01


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