02:最愛なる末っ子よ、

「今日から俺たちの新しい家族のだ。お前ら、仲良くしろよ」
そうオヤジと呼ばれていたおじいさんに私は兄弟たちの前で紹介された。その数は私では数えきれないほどだ。
こうして私は1600人以上いる兄弟たちの末っ子として仲間入りした。


「ところで、こいつ女男どっちだい?」
「そういやそうだな」
大勢いる兄弟たちの前から退出した私は、今マルコの部屋にいる。彼のベッドに寝かされていて、私は彼の部屋の様子が知りたくて身体を動かそうとするがやはり動くことは出来ない。というか、性別が分からないとか今更じゃないだろうか。分かってて名前決めたと思ったのに。あ、待って嫌な予感がする。
「どれ、確認してみるよい」
「あぁあああ!!」
「こら、良い子にしろ」
え、ちょっと待って、と思ったらマルコがおむつに手をかけたからジタバタと抵抗する。何でこんな見知らぬ世界に飛ばされてそうしたら赤ちゃんになってて、まだよく知らない男たちに性別を確認されなきゃなんないの!!?
私16歳だよ!?嫌だ嫌だ!恥ずかしすぎる!!年頃の女の子に何してくれるのさ!
「あ、無い!」
「女か」
しげしげと私の身体を眺める男二人に、私の堪忍袋の緒は切れてびえええええと大声で泣き声を上げた。わんわんと泣き続ける私に彼らは「そうだよな、寒いよな」とか「悪かったよい」とあわあわしながら私のおむつを元に戻してくれる。裸を見られたことは嫌だったけど、大人が慌てふためく様は中々見れないものだったのでしっかり確認しておく。
「あぶ、あい」
「どうしたー?」
マルコ、サッチと彼らの名前を呼びたくて口を開いたけど、意味のない音しか出てこない。やっぱり何回も練習しなくちゃいけないのかな。けれどサッチは私のそんな様子にでれでれとだらしない顔で見てくる。
マルコはそんな彼の様子に呆れながらも、私の手の前に人差し指を差し出した。私がそれをぎゅっと握ると彼は「おお」と感心したようだ。これは赤ちゃんの反射なんだからね。
「おーい、ベビー服買ってきたぞ」
「おう、ありがとな」
仲間たちが私のために洋服を買ってきてくれたのか、どさっとソファの上に沢山の袋が置かれた。え、こんなに買って来てくれたの?申し訳ないなあ。


が俺たちの妹だと判明して――どうやらオヤジは最初から気付いていたらしいが――それは瞬く間に船に乗っている全員に知れ渡った。俺たち全員の妹ということもあり、赤子が珍しいこの船の連中は順番で彼女の顔を見にやって来る。だが、大勢に抱かれたりして彼女は疲れたのだろう、目がとろんとしてきた。このまま寝かしてしまった方が良いんじゃないかと思うが、赤子は清潔にしていなくてはならない。お風呂に入れる必要があるだろう。
「さあて、お風呂の時間だぞー」
俺はマルコが彼女の洋服や必要な物を整理している間に彼女を風呂に入れようと試みた。だが、は服に手をかけようとすると今まで大人しくしていたのに突然泣き出した。びえええと必死に手足をじたばたさせている。
いったいどうしたことか、よしよしと抱き上げてあやしてみればぴたりと泣き止む。それじゃあ服を脱がせるか、と再びベッドに下ろして服に手をかけると、また泣き出した。どうやら彼女は服を脱がされるのが嫌であるらしい。
「お風呂に入って綺麗になろうぜ。ほら、良い子だな〜」
「ああああああん!!」
やっぱり駄目か。比較的優しい声で言ってみたけどには通用しなかったようだ。うーん、どうすれば良いんだと唸ってみて、そうだ俺も脱げばいい話じゃね!?と思いつく。そりゃそうだ、自分だけ裸を見られるなんてフェアじゃないもんな。いやー、女の子って大変。
「よーし、じゃあ俺も脱いでやるから、な!」
いきなり服を脱ぎ始めた俺にはぽかんとした顔をしている。お、呆気にとられているうちにこいつの服も脱がせてしまおう。ばばっと手際よくの服も脱がし、シャワーで軽く汚れを落としてから湯船に浸かった。
今度は泣く暇が無かったのだろう。どことなくが茫然としているように見えて、俺はこれ幸いと湯船の中で彼女の身体を石鹸とタオルを使って綺麗にしていく。へへ、俺だってやれば出来るんだぜ。ナースの婦長に教わったからな。
優しく彼女の頭や肉が重なった所を泡で洗っていくと、彼女は観念したのかじっとしていた。
は良い子だな〜」
「あぅ」
綺麗になったをタオルで拭いておむつと服を着せていく。俺なんて二の次。俺は腰にタオル巻いてりゃ良いんだよ。
「なー、気持ち良かっただろ?これでよく眠れる筈だ」
「あー」
ふわふわと逆立っているの髪の毛を撫でつけてベッドに寝かす。しかし数分もしないうちにマルコがノックも無しに俺の部屋に入ってきて俺の幸せな時間を終了させた。
「ほら、ミルクの時間だよい」
「おう」
まだ腰にタオルを巻いたままの俺を見てマルコは一瞬どうした?という目を向けるがほかほかしたを見てああ成るほどと自己解決したようだ。
「俺が飲ませてやるからお前は服を着ろよい」
「おー、サンキュ」
マルコが少し危なっかしい様子でを抱き上げ哺乳瓶を彼女の口元に持っていく。彼女は一回顔を背けたが、マルコが「大きくなれないよい」と呟けばミルクを飲み始めた。その様子を見ながら俺は服を着ていく。濡れた髪の毛をタオルで拭きながら、こいつも中々父親らしい顔をしてるじゃねえかと面白くなる。
「いやー、俺たち立派に父親してるな」
「俺はまだそんな年じゃないよい。…でも、まあ確かに赤ちゃんは可愛いよい」
ミルクを飲み終わったの背を軽くとんとんと叩いてげっぷをさせているマルコの様子はどこからどう見ても完璧に父親だ。可愛いと言った手前、こいつは照れているのか中々目を合わせない。
「育児って楽しいな」
「楽しいことばかりじゃねえよい。大きくなったらもっと大変だ」
「分かってるよ」
いつまでも頭の固いことを言っている彼に、俺はうんうんと頷く。これから彼女はどんどん成長しておてんば娘になるかもしれない。この船全員の愛情を受けて育って、段々少女になり、また少女から大人の女になっていくのだろう。年頃になったら恋人だって出来るかもしれないし、結婚だってするかもしれない。
そう考えると憂鬱になった。まだ育児を始めたばかりだというのに、初っ端からこんなんじゃあ先が思いやられる。
きっとに彼氏が出来たなんて言われたら俺泣くんだろうなあ。娘を嫁に出す父親の気持ちが今なら何となく分かりそうだ。
「何溜息吐いてるんだよい」
「いや、何かさ…」
を寝かしつけたマルコが不思議そうにこちらを眺めてくるので、俺は今考えていたことを彼に話すと何だそんなことかと笑われてしまった。俺の憂鬱を鼻で笑うとはマルコの奴許せん!!
「まだコイツは赤ん坊だ。今からそんなこと考えんのは早いんじゃないかい?」
「そりゃそうだけどよー、もしコイツの彼氏が碌な人間じゃなかったらと思うとよぉ」
ぶつくさと俺の心配を告げるとマルコははあと大げさに溜息を吐いてこちらを見てくる。しかし、ベッドに横たわってのお腹をぽん、ぽんと一定のリズムで叩く様子で威力は半減だ。
「俺たちが変な奴に引っかかんねえように見張っときゃ良い話だろーが」
ふん、とこれ以上に良い答えがあるか?と言わんばかりの顔でマルコが俺を睨むので、俺は確かにそうだなと納得して頷いた。
――本当に、そうだな。変な男に捕まらないように俺たちがちゃんと彼女を守っていれば良いのだ。
過保護と言われようが、そんなのは関係ない。彼女が将来傷付くような原因になる芽は摘み取ればいい。俺らの小さなお姫様には指一本触れさせないように鉄壁を築いてやる。ただそれだけのこと。
「お前のおかげですっきりしたわ」
「そうかよい」
すぴすぴと寝息をたてる。そんな彼女を優しい気持ちで見下ろす。ふわふわした髪の毛を手で撫でると、ふわりと赤子特有のミルクの匂いというか甘い匂いというか、何だか優しい匂いが鼻腔を擽る。
「良い匂いだなあ…ちょっと、お前もっとそっちに詰めろよ」
「あ?何でお前と並んで寝なくちゃいけねぇんだ」
我が物顔でと一緒に俺のベッドで横になっているマルコに、彼女の寝顔を見ながら寝転がりたいと要求すれば何で俺がという嫌そうな顔が返ってきた。なんだよ、ここ俺のベッドだろ?
「ちょ、マルコさん?俺もと一緒に寝たい」
「うるせぇ、お前は俺のベッドでも使ってろ。は俺と一緒に寝るんだよい」
待て待て待て!どうして俺がお前のベッドで寝なきゃならないんだ。しょっぱすぎるだろ男のベッドだなんて。
大体こいつ、俺のベッド使っておきながらなんでこんなに偉そうなの?
もこんなのより俺と寝る方が良いよな」
「何寝てるこいつに同意見求めてんだよ」
の柔らかそうなほっぺをぷにぷにと人差し指で押しながら笑うマルコにげしっと蹴りを入れる。勿論が目を覚まさないように十分な配慮をしてだが。
そんな俺にマルコはニヤニヤと人の悪い笑顔を顔に張り付けて見せつけるようにとくっ付く。
こいつ、最初俺がを育てるとか言い出した時はあんなに反対していたのに、これがそのザマか。まるで親権を剥奪されたような気分だ。
「おい、テメェふざけんのもいい加減にしろよ」
「あ?やんのかい?」
マルコのちょっとしたおふざけがいつの間にか喧嘩へと発展しそうになっていく。二人して口論を始めようとした矢先に、俺たちの不穏な雰囲気を敏感に感じ取ったのかが目を覚まし悲しそうな声で泣き始めた。
「テメェらの前で喧嘩なんざしてんじゃねえよ!!!」
「わ、わりい…」
「悪かったよい」
の泣き声と俺たちの大きな声が聞こえたのか、すぐ側を通りかかった奴が怒鳴る。それのおかげで俺たちはお互いがどんなちっぽけなことで喧嘩をしようとして、そしてそれがにいらない不安を与えてしまったのかを理解した。わんわんと泣く彼女をあやそうと、俺は彼女を抱き上げ「悪かったなぁ」と謝る。マルコもの頭を撫でてすまなかったよいと彼女を安心させるように微笑んだ。そうすれば、彼女の泣き声は徐々に大人しくなっていき、泣きつかれて寝てしまった。
「子供ってすごいよなあ。すぐに親の空気に気付くなんて」
「こいつはより敏感なんだろうねい」
俺たちはそんなことを二言三言話して、これからはどっちが彼女と一緒に寝るかで喧嘩をしないように曜日ごとに分けようということになった。これで俺たちの彼女を取り合う喧嘩はなくなる筈だ。
こうして、彼女がこの船に来てからの一日目が終了した。


2013/01/28


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