68:ゆくえふめいのあなたさがして

 意外にも、アリシアは反対しなかった。寧ろ、ギラギラと目を光らせどこか興奮した様子で私を見つめる。
「ついに、この時が来たのですね」
「この時?」
彼女の言っている意味が分からなくて首を傾げる。彼女が言うこの時とは、どうやら吸血鬼が海軍と戦争をすることらしい。何百年も、彼らは王が現れ全吸血鬼を導き海軍への復讐をする機会を待っていたのだと。
皆、進んで協力するでしょう。人間は敵だが中でも吸血鬼の憎悪の対象は海軍と世界政府。その対象を消し去る為には、たとえ海賊とは言え人間と共闘することになっても構わないらしい。
そうか、それなら心強い。私は彼女の言葉に納得して、白ひげ海賊団に連絡をすることにした。きっと、彼らもこの新聞を見て殺気立っている筈。
アイスバーグが設置してくれた電伝虫で、モビー・ディック号の番号を回す。暫くしてから出たのはマルコだった。いつになく気が立っている様子の彼に、私だと伝えると彼は挨拶よりも先に新聞を読んだかと訊ねた。
読んだ。だから連絡したのだと彼に言えば、そうだよねいと頷く彼。
「オヤジは、戦争を起こす気だよい。皆それに納得してる」
なるべく冷静に話そうとしているが、彼の声からは隠しきれない怒りが滲み出ていた。きっと、白ひげ海賊団の誰が公開処刑になっても、彼らは動いただろう。だが、私達がここまで怒りを覚えているのは、その相手が偏にエースだから。彼のことが皆大好きだった。彼を死なせるわけにはいかない。皆、彼の為に戦うのだ。
私も参加する。そう言えば、彼は少しばかり逡巡したがそう言うと思ってたよいと頷く。
「マルコには言ってなかったけど、今吸血鬼がある島に集まってる。私はそこに行って、出来たら皆を引き連れていく」
戦争することになったのなら、出来るだけ人数が多い方が良い。相手は海軍、こちらが戦争を仕掛けてくることなど分かっているだろう。きっと、全勢力を傾けて私たちを迎え撃つ。
私達が向かう島の名前や、その島から海軍本部までの距離、白ひげ海賊団が海軍本部に着くまでの時間などの情報を話し合う。マルコは途中で私の話を白ひげに伝えるために一人の男に言伝を頼んだ。そして、再開する会話。
「もしかしたら遅れるかもしれない…」
「ああ、そん時は先に始めてるよい」
私達が向かう島は今マルコたちがいる所よりも若干海軍本部に遠い。とにかく、お互いに細めに連絡を取り合うことを約束して、電伝虫を切った。
ピリピリとした空気がこの場を占める。無言で座り込んで、鬼切安綱の刃を確認し整備し始めた私を見て、アリシアは舵を取る手に力を入れた。
「早く、向かいましょう」


 吸血鬼たちが待つシア島に着くまでに4日かかった。その間私は焦燥感に駆られて仕方なかったけれど、何度もアリシアが落ち着きを取り戻させてくれたおかげで爆発するなんてことはなく、耐えることが出来ている。
潜水艦から下りて、この島を見渡した。月の光がぼんやりと島全体を優しく包み込んでいる。この島はそこまで大きいわけではないようで、浜辺からでも古城が見えた。
ひらひらとアリシアの手の平の上で動くビブルカードに従って歩く。どうやら、彼女の仲間たちはあの古城にいるようだ。ざっと砂を靴の裏で感じながら、そこへ向かうことにした。
 古城へ着いて一時間。私たちは必要最低限の者たちだけで出迎えられて、“お披露目”への準備をしていた。他の吸血鬼たちはどうやら大広間で私たちのことを待っているそうだ。
するりと光沢ある黒のドレスに腕を通す。白い胸元が露わになって心もとないけれど、アリシアが大丈夫だと言うからそれに頷いた。アリシアも同じようにドレスを着こんでいて、いつもは見えない、彼女の滑らかな背中が露わになっていて酷く艶やかで。しかし、巷の女たちのような安っぽい色香ではなく、洗練されいやらしさを感じさせないものだ。流石、生きている年数が違う。
 アリシアに案内され、大広間の前に着いた。扉の前には屈強な男たちが似合わないタキシード姿をして剣を床に刺している。彼らがアリシアの視線で扉を開く。自分でも不思議な位、やけに心臓が落ち着いていた。
扉が開き、中にいる正装した吸血鬼たちが一斉にこちらを見やり、膝を折る。荒廃して煌びやかさを失ったこの静寂に満ちた部屋で蝋燭の光がシャンデリアから降り注ぐのは、おどろおどろしささえ感じた。唯一、何段か高い場所にある、場違いな程に綺麗に磨かれた王座へと足を向ける。コツコツとヒールの音が反響した。
まるで、勝手に身体が動いているようだった。自分の中に流れるLILYの血が私に成すべきことを教えているように、自然に王座へと腰をかける。アリシアは音も無く私の後ろへと立った。
「顔を上げなさい」
するりと普段とは違った口調で言葉が口から溢れる。300人はいるだろう吸血鬼たちが皆、立ち上がり私を見つめた。色素の薄い彼らの姿が月と蝋燭の光に照らされて、まるで亡霊のようだと思った。
台詞を覚えた役者のように、私の口はまた言葉を紡ぐ。LILYに、操られているのだろうか。
「今宵、数百年ぶりに我が同胞たちが集結した。いがみ合わず、好きなだけ飲んで食べなさい」
その言葉をきっかけに、わあっと彼らから声が上がる。今までの静寂が嘘のようになくなり、彼らは自分たちでワインやビールをグラスに入れて飲み始める。中には瓶からそのまま飲んでいる者たちもいた。私の口は、先程の言葉で役目を終えたのか、新たに何かを言おうとする気配は無い。
大分偉そうなことを言ったが、大丈夫だったのだろうか。ちらりと後ろに控えているアリシアに視線を寄こせば、「大丈夫だったでしょう?」と微笑まれる。
「成すべきことは、LILYの血が教えてくれます」
「それを先に言ってよ…」
微笑を浮かべている彼女に、少し恨みがましい目を向けるけれど、彼女はそんな私を見守るだけだ。彼女に向けていた視線を広間に戻せば、所々でさっそく喧嘩が勃発していた。吸血鬼という種族柄、他の者たちと手を組むことの方が珍しいくらいに、吸血鬼たちは他の吸血鬼たちと相容れない。それは学んで知っていたけれど、それにしても少し早すぎではないだろうか。血の気が多すぎる。まあ、城が壊れないなら好きに暴れてくれて構わない。そう、殴り合いをしている彼らから視線を外す。
「我が君、今宵再び貴女様と会うことが出来、光栄です」
「ルイーゼ!」
ふと、王座に近付く者たちがおり、彼らが私の前に顔を現した瞬間、目を見開いた。以前、モビー・ディック号から家出した時に、私をLILYへと覚醒させたルイーゼたちがそこにはいたのだ。久しぶり、と王座から腰を上げて彼らのもとに行こうとした私をアリシアが制する。ああ、そっか。ここにずっと座っていなくてはいけないのだった。
すとんと王座に腰を下ろした私を見て、ルイーゼが緩やかに笑う。傍に立っていたエリザも同じように私を見つめる。最後に彼らと別れた時は、手酷い傷を負っていたから心配だったのだが、今はもうその傷は癒えているようで安心した。
「あれから私達は鍛え直したのです。もう、あのような無様な姿は見せません」
「そっか…、良かった」
彼の言う通り、どことなく彼ら4人の顔付きは変わっていた。体格はあまり変わっていないものの、きっとあの頃以上に強くなっているのだろう。そこに、間延びした少年のような高い声が加わる。
「ご機嫌麗しゅう、我が君。俺はオリヴィエ。以後お見知りおきを」
「こんばんは、オリヴィエ」
桃色のボブカットの愛らしい顔をした少年が6人の吸血鬼たちとこちらへ赴き膝を折った。耳元でアリシアが「私の仲間たちです」と囁く。それで、彼らが彼女が前々から言っていた者たちかと分かった。あの少年が彼らの中のリーダー格なのだろう。挨拶をした私に、にっこりと彼が微笑む。いっそ、女である私より可愛いのではないかと自分の容姿を残念に思った。
ふと、オリヴィエたちとルイーゼたちの視線が交わった途端、この場の空気が刺々しいものへと変わる。
「似非貴族野郎共も、こんばんは?」
「今すぐその減らず口を塞いでやろうか、チビ」
お互い毒を吐き始めた彼らに、彼らもまた仲が悪いのだと分かった。しかし、この殺気立っている様子、他で乱闘騒ぎを起こしている者たちとは違って何か因縁がありそうだ。チビ、という言葉にぶちりと青筋を浮かべたオリヴィエ――なんせ彼は私とそう変わらない身長をしていたからコンプレックスだったのだろう――と、いつになく口が悪いルイーゼにどうしたものかと考える。
様の御前でみっともない、やめろ」
「うっせェ、お前は黙ってろ。前々からこのガキは気にくわなかったんだ」
「奇遇だな、私もだ。貴様らは品が無さ過ぎる」
「品だとォ?ハッ、吸血鬼は元々残虐な獣だろうが。獣が上品に振舞うなんざ笑える」
見かねたアリシアが彼らに制する言葉を投げかけるけれど、彼らは益々ヒートアップしていく。爪をビキビキと硬化させ今にも殺し合いを始めそうな彼らに、はあと溜息を吐くアリシア。本当に吸血鬼は血の気が多い。やはり、百聞は一見にしかずという言葉が当てはまる。ずれた所に持って行っていた思考を元に戻して、私は彼らに声をかけた。
「喧嘩はしないで仲よくして」
ただでさえ吸血鬼は数が少ないというのに内部分裂をして自分たちで滅ぼし合うなんて馬鹿げている。そう彼らに伝えれば、彼らは睨みあっていた瞳を此方に向けてはいと頷いた。
それを見て安心する。どうやら話をすれば分かってくれるのだと。未だにギスギスとした雰囲気は無くならないけれど、今のところお互いに手を出す気はないようだ。
ちらりとアリシアを振り返る。そろそろだろうか。大広間で騒いでいる吸血鬼たちは最初に比べてリラックスしているようだし、乱闘騒ぎも先程よりかは落ち着いている。
それに頷き返すアリシアは、私の意図を分かっているようだ。パンパンと二度手を大きく叩いて彼らの意識を此方へと向けさせる。
「静粛に。王のお言葉だ」
アリシアの言葉によって、先程とは違った穏やかな静寂が満ちる。乱闘していた者たちもその拳を下ろし、私を見やった。すっと王座から立ち上がり、彼らを檀上から見渡す。
何から話せば良いだろうか。先程のように私の口は勝手に動いてくれない。すうっと息を吸い込んで、口を開いた。
「明朝、私はポートガス・D ・エースの公開処刑を止める為に海軍本部へ行く」
エースという言葉と海軍本部という言葉に一瞬広間がざわつく。その波が収まるのを待って、私はまた言葉を紡ぐ。緊張して口の中がカラカラだった。
「目的はエース奪還だけど、出来るなら共に戦ってほしい」
――あなたたちの力を私に貸して。
彼らにとっては憎むべき人間を助けろと言うのは酷かもしれない。だが、それ以上に憎むべき相手は海賊であるエースよりも、海軍の人間だ。吸血鬼は皆LILYの血によって海軍と政府への憎悪を抱いている。だから、きっと協力してくれる筈だ。目的は異なっても、結果は同じ。
ぎり、と誰かが拳を握りしめる音がした。
「今こそ海軍に数百年越しの復讐を!!」
「戦争だ!!」
「殺せ!!海軍を滅ぼせ!!!」
ウオオオオオオオと遠吠えのように叫び声が上がる。ギラギラと瞳が光って、彼らは酷く興奮しているようだった。目的が何であれ、彼らは海軍に復讐出来るならそれで良かったのだろう。獣のように唸り、今にもその残虐な欲望を爆発させようとしている彼らに背中に一筋の冷や汗が流れる。
私も同じ吸血鬼という種族だが、こうも吸血鬼の本性を出されると恐ろしささえ感じる。心底、私が吸血鬼で良かったと思う。狩られる側の人間であったら、きっと私が感じた恐怖どころではないだろう。
ここまで人間、特に海軍への憎悪を募らせている彼らが行動に移さなかったのは、偏に個をまとめ上げる存在がいなかったから。正直、我が強く、同じ種族にさえ敵意を向ける彼らを上手くまとめ上げられるか心配な所だった。
だが、そうも言ってられないのは分かっている。急がなくては、エースの処刑に間に合わない。
――待っていて、エース。


2015/05/20

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