67 焦げた花火があなたを掻き消す

 青空の下、道を歩みながらがさり、とニュースクーが運んできた新聞を広げる。風に煽られて頭から離れたテンガロンハットが背中に垂れた。一面記事には、暫く顔を見ていない弟妹が何故か一緒に映っている。いったいどういうことだと文字に目を走らせれば、彼らはエニエス・ロビーで共に暴れたらしい。
「ったく、無茶しやがる」
呆れたように呟きながらも、口元は正直で、にやりと口角が上がっていた。七武海の男を一人倒した後に、これだけのことをやってのけるとは、流石俺の弟だ。そして、自身の妹分の。彼女はやはりモビー・ディック号を離れたのか。グランドライン前半の海にまで来たということは、きっと俺のことを追いかけてきたのだろう。
だが、これだけのことをやらかしたのだ、きっとマルコが黙っていないだろう。彼女はたぶんこのままモビー・ディック号に呼び戻されてしまうな。そう、彼女の今後にくつくつと笑う。せっかく、あと少しで俺に追いつくとこだったのに、残念だったなぁ。
また紙面を捲れば、そこには麦わらの一味の手配書との手配書が挟まっていた。ふうん、初めて手配書に載る奴らもいるが、初めてにしては中々の金額だ。弟の仲間たちの顔を久しぶりに見て、こんな顔してたなと懐かしくなる。一人だけ絵の奴がいたが中々似てるじゃねェか。そして、に目を移す。懸賞金は今までの倍になってしまっているが、俺の目に入ったのは、その金額ではなく。
「誰だよ、こいつ」
手配書を掴む手に力が入り皺が寄る。俺の眉間にも皺が寄っていた。彼女の驚いたような表情がアップにされているが、彼女の顔が何か布らしきものに囲まれている。これは、たぶん抱きしめられている状態だ。彼女の顔がメインで映されているけれど、抱きしめている奴の腕ががっしりしてそうな感じからして、これは絶対に男だろう。
――俺だって抱きしめたことねぇのに、何でこんな会って間もない奴に抱きしめられてんだよ。
彼女の驚く表情を見ていると苛々してくる。簡単に抱きしめられるな、馬鹿。マルコたちを除けば俺が一番と仲が良いと思っていたのに、腹立つなぁ。兄貴に抱きしめさせないで、どうして他の男に抱かれているのか分からなくて、暫く彼女を包みこむ腕らしきものを睨み付けていた。
 よっこいせ、と飛び上がってある建物の屋根の上に座り込む。先程の気持ちを落ち着けて、周囲に目を光らせる。探すのは、あの男の影。漸く、今まで追っていたあの男の尻尾を捕まえることが出来たのだ。この島に上陸していることは知っている。そして、もうすぐここを通るということも。ぐっと拳を握りしめる。悪魔の実を奪ってサッチを殺そうとした黒ひげを、とうとうここまで捉えることが出来た。漸く、あの男に罪を償わすことができるのだと思うと、めらめらとあの時感じた怒りが再び現れる。
思い出すのは、船を出る前のの泣き顔。サッチが植物状態になって、彼女は心に深い傷を負った。喧嘩して仲直りしていなかったことが、余計彼女を苦しめた。育ての親であるサッチとの別れは、何よりも彼女を絶望させただろう。それは、偏に黒ひげがサッチを刺したから。許すことはできない。サッチを植物状態にしたことも、彼女を苦しめたことも。
瞼の裏で、が泣く。泣くな、お前には笑顔が似合う。想像の彼女に語りかけても、彼女は悲しそうに瞳を揺らめかせるだけ。その泣き顔を笑顔に変えたい。笑ってほしい。俺の、二十歳の誕生日の時、不安になりながらも俺がゴールド・ロジャーの息子だということを彼女に明かした時に、彼女は驚きながらも受け入れてくれた。それが、どれほど嬉しかったか、彼女はきっと知らない。たった一言、「エースはエースだよ」。それだけで、俺を笑顔にしてくれた彼女。今度は俺が彼女を笑わせる。俺が黒ひげを倒して、必ず笑顔にしてみせる。そして帰ったら、彼女を抱きしめて一緒にサッチを目覚めさせる方法を考えるのだ。
船を出る前日に、彼女がお守りだと言って渡してくれたスペードのイアリングは俺の左耳にきちんと付いている。それに、慈しむように触れた。待ってろ、。今、お前の涙を止めてやる。
「おい、待てよティーチ」
騒々しい様子で現れた憎き男を見下ろし、声をかけた。


 シャボンディ諸島や魚人島を無事に通過して新世界へと戻ってきた。今頃、ルフィたちやルッチたちはどうしているだろうか。そう思いながらも、アリシアが言った吸血鬼が集まっている島へと向かう。どうやら彼らが集まっている島は、昔は城下町が美しいことで有名だったが、今は無人島となり廃墟と化しているらしく、人間に見つかる恐れは無いと言う。人間がいないなら、どれだけ暴れても大丈夫だろう。彼らは自由にそこで私を待っているようだ。
「にしても、ドレス着なきゃいけないのは面倒だなぁ」
「これは“お披露目”でもあるんです。仕方ありません」
シャボンディ諸島で買った黒のドレスは私の身体にぴったりだ。胸と背中が大きく開いたそれはワンピースタイプなのに、私が着るにしてはやけにセクシー路線で。胸はそんなに大きくないことを自覚しているし、くびれだってアリシアに比べたら全然ない。私はどちらかと言えば、可愛い系で良かったのだが、アリシアが頑なにこれが良いと言い張ったのでこのドレスにした。かく云うアリシアも正装として首の詰まった、しかし背中は私以上に開いている黒のロングドレスを購入している。彼女は背が高いからこういうドレスはとても似合いそうだ。
「お披露目って言っても、私は何をすれば良いの?」
「堂々としておられれば良いのです」
世界中の吸血鬼たちが私の為に集まっているというのだから、何かしらしなくてはいけないだろう。謝辞とか、色々。だが、彼女はそんなことはないとばっさり切った。堂々と、か。それはそれで何だか難しそうだ。吸血鬼の見た目は皆若いといっても、中身は何百年も生きている者が殆どなのだ。私なんて、彼らからしてみたらほんの赤ん坊にすぎないだろう。そんな彼らの前で堂々としろとは、中々アリシアは酷なことを言う。
ふと、そこまで考えた所で私は今までにアリシアの年齢について尋ねたことが無かったのを思い出した。そんなことを聞く機会が無かったから仕方がないとは思うが、彼女はいったい何歳なんだろう。女性に年を訊くのは失礼だと思うが、この好奇心には勝てそうにない。思い切って聞いてみることにした。
「そういえば、アリシアっていくつなの?」
「…確か、今年で75だったかと…」
別に嫌なら答えなくて良いんだけどさ。一応逃げ道を作ったものの、彼女は思いだすかのように顎に手を当ててすぐに答えてくれた。な、75……。白ひげとそう変わらない年齢に目を見開く。今まで当然のように彼女にしてきた我が侭や言葉使いを思い出して、こんな年上の女性に命令なんかしていたのかと若干申し訳なくなる。
「驚きましたか?ですが、私でさえ子供のようなものなのですよ」
「へ、へぇ…」
ふふと微笑した彼女にこくりと頷く。私以外皆年上なのかぁ。白ひげ海賊団で慣れているとはいえ、これから会う彼らは桁違いだ。今から未来が不安になるが、それはそれ、これはこれと切り替えてニュースクーから新聞を貰う為に水面に潜水艦を浮かばせる。
いつもありがとう。と丁度飛んできた鴎に代金を渡して新聞を受け取る。とりあえず、先に海に潜ってから読もうと蓋を閉じて再び海の中へと沈んでいった。
何の気なしに、いつも通り新聞を見た。しかし、飛びこんできた文字に目を見開く。
――白ひげ海賊団2番隊隊長、火拳のエース公開処刑決定。
頭が真っ白になった。甦るのは、あの日エースが黒ひげを追って船を出たこと。それが、どうして海軍に捕まるなんてことに。ぐしゃりと新聞に皺が寄る。食い入るように一面を睨み付けて、漸くどうしてエースが海軍に捕まったのか分かった。
「ティー、チ…………!!」
怒りで頭が真っ白になったのは初めてだった。身体がわなわなと震えて、自分自身をコントロールできない。それに気付いたアリシアがどうしたのですかと怪訝な様子で新聞を覗き込む。瞬間、彼女の目付は剣呑なものに変わった。
「戦争が、起きますね……」
「許さない…!!!あの男…!!」
ぽつりと呟いた彼女の言葉。戦争が起きないはずが無い。白ひげは何より家族を大事にする。彼から家族を奪っておいて、ただで済む訳が無い。だが、何より許せないのはあの黒い男。一度はサッチを裏切り殺そうとして、二度目はエースを政府に献上した。
怒りと悔しさ、悲しみ。色んなものがぐちゃぐちゃになって目頭が熱くなる。
――エース、エース……。
いつも、仲良くしてくれた一つ年上の彼。私が間違った道に進めば、正しい道を教えてくれて、優しくしてくれたり時には怒ってくれた。私の、大切なエース。唯一無二の家族。
ああ、あなたを処刑させたりなんて、しない。必ずあなたを救い出す。ぎらり、と“海軍”という文字を睨み付ける。
「戦争だ」


あなたの影を掴んだのに、とけて消える。
2015/04/25

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