66 さよならの裏でずっときみをさがしてあげる

 早朝の海にピィィィと甲高い鳴き声が響く。バサッバサッと大きく羽ばたいてアリシアの腕に留まった鷹。足には細く折られた手紙が結ばれている。長旅を労わるように鷹に餌をやった彼女は足に括りつけられた手紙を取った。鷹はそれを確認して再び空へと舞いあがっていく。
「そろそろ、か…」
手紙の内容を呼んで胸ポケットにそれをしまい込んだ。まだ日が昇っていない海を少しばかり眺めて、彼女はガレーラカンパニーに戻るために、鴎へと姿を変えた。

マルコと白ひげに帰ってこいと言われて、モビー・ディック号に帰ることにした。本当はもう目と鼻の先にいるだろうエースのもとへ行きたかったけれど、彼らが揃って帰ってこいと言うのだ、もうこれ以上の我が侭は出来そうにない。
食料やら必要な物資を買い込んで、ガレーラカンパニーから岬まで潜水艦を運んでから2日目。彼らは今か今かと新しい船の完成を待っている。
「私はパパたちの所に戻ることにしたけれど、どうする?」
たぶん途中までは行き先が一緒だし一緒に行くことも出来ると思うが。ルフィに新世界に行くために必要なエターナルポースを見せる。しかし彼は首を横に振った。
と一緒に行けるのは楽しいけどよ!それじゃァ冒険にはならねェだろ!?」
にししと笑った彼に、そう言うと思った。と頷いた。彼は本当に安全な道よりも見たことが無いものへの好奇心を優先して楽しそうだ。だが、それではここで彼らとはお別れだ。寂しいなぁとは思うが彼らも海賊。いずれまたどこかの海で再会するだろう。
もうこれ以上調達する物資もないし、今日この島を出る事を彼に伝えれば早いなァと驚かれた。
「また、会えるよ」
「そうだな!!」
くしゃりと彼の頭を撫でて、笑う。本当に、彼らとはまた会える気がするのだ。だから、別れるのだって寂しくない。
仮設部屋にいたのはルフィだけだからと他のメンバーにも今日この島を出る事を伝えようと歩き回ることにした。お世話になったアイスバーグやパウリーにも挨拶をしないと。私は彼らがいそうな場所を思い浮かべた。

まず麦わらの一味は何グループかに別れて行動していた為、サンジ以外の者たちには別れを告げることが出来た。ナミやチョッパーは別れをとても惜しんでくれたし、ロビンとはここ数日の出来事を穏やかに話し合った。ゾロはカクと話し合う為に背中を押してくれたから、感謝の言葉を述べれば礼を言われるようなことはしていないと軽く笑い飛ばされた。ウソップとも、少し話すことが出来た。そげキングとしてエニエス・ロビーで共に戦った彼。彼がどのような思いで麦わらの一味を抜けたのかは分からないが、早く仲直りできると良いねと彼を応援した。そうしたら、彼は自信満々に胸を張っていたけれど。
サンジはどこかな。鳥になって町を見下ろして彼を探す。ふと、小さな公園で彼が煙草を吸っているのが見えた。そこに下りていく。
「?」
ベンチに座っている彼は、私が彼の隣に突然舞い降りたことに不思議そうな顔をしていた。だが、人間の姿に戻ればああちゃんかと穏やかに笑って、煙草の火を消す。
「私、今日この島を出るからお別れを言いたくて」
サンジにはとてもお世話になったから。メリー号に乗った時から、彼は私を気にかけてくれていた。私がルッチたちに捕まった時も、ジャブラに蹴られて落ちそうになった時も、私がこの島に帰ってくる間も。彼は常に私のことを考えてくれていた。
だから、ありがとうと言えば彼は照れたように頬をぽりぽりと掻く。
レディを心配すんのは当たり前だよ。彼はぽつりと呟いた。そうだね、サンジは紳士だから女の子を心配するのは自然のことなのだろう。だけど、嬉しかった。当たり前のように吸血鬼の私を受け入れてくれた彼に、それだけでも感謝していたから。
「寂しいなァ」
空を見上げて苦笑した彼。その声は、思ったよりも頼りなげで私まで寂しくなってしまった。だけど、大丈夫また会えるよ。と笑う。だって、彼らはグランドラインを越えて、新世界にやって来るのだから。その時は、白ひげの船にいるだろうから、サンジたちとは敵になっちゃうね、と冗談めかして言えば彼はおっかねェなと笑顔になった。
「じゃあ写真撮ろ」
「ん?ああ」
先程もルフィたちと友達という証に全員写真を撮ってきた。もちろんサンジとて例外ではなく、カメラを通行人に渡してお願いする。お互いピースをしてカメラの枠に入るようにくっつく。
パシャリとシャッターが切られてぺろんと写真がカメラから2枚出てきた。その1枚を彼に渡す。“友達ファイル”に入れよう。アルバムに新しく増える彼らとの写真を想像して嬉しくなった。
「大事にする」
「うん」
サンジを見やれば彼もまたにっこりと笑っていた。

残るはパウリーとアイスバーグ。きっと彼らはルフィたちの船を作るために廃船島にいるのだろうとそちらに足を向けた。予想通り、彼らはフランキーと共に船を粗方作り終えていた。今から仕上げに入るのだろう、楽しそうに笑っている彼らの下で声をかけた。
アイスバーグさん、パウリー。私の声に気付いた彼らが私のもとまで下りてくる。他の者たちも私が来たことによっと挨拶をしてくれた。
「どうした?
「何かあったか?」
不思議そうな顔をしている彼らに、もうウォーターセブンを出るのだと伝えた。そうすれば、無言になるパウリーとそうかと少し寂しそうに笑うアイスバーグ。2人には色々お世話になりました、と頭を下げる。アイスバーグはアイスバーグで政府から狙われていたようだけれど、私も少なからずそれに首をつっこんでかき回したかもしれないから。そうすれば、彼は別に気にしちゃいない。お前が無事だったんだからと笑った。
「次はいつ来るんだ?」
「分からないよ」
そっとパウリーが訊く。それに正直に答えた。白ひげ海賊団がこの造船島で船の修復をするのが恒例とは言っても、もう白ひげだってそれなりに高齢だ。グランドラインに近ければ訪れるかもしれないが、遠いのにわざわざここを訪れることは今までに比べたらなくなるだろう。
私の言葉に益々眉を寄せる彼。隣でアイスバーグが苦笑して彼の肩を叩いていた。
「ありがとう、パウリー。私、パウリーもアイスバーグさんも大好きだよ」
「バッ!!な、何言ってんだ!!」
「はは!俺もだ、
別れを惜しんでくれているパウリーに嬉しさが募って、気付けばこんなことを口走っていた。彼は破廉恥なこと言ってんじゃねェと顔を赤くして怒って、アイスバーグはそんな彼を見て笑っていた。だけど、本当のことなんだから。
恒例の写真を撮るためにフランキーの妹分たちにカメラをお願いした。もっと寄るわいなと言う彼女たちに従って私を真ん中に立つ彼らに加えてフランキーやタイルストン、ルル。そうだ、と思って両隣にいるパウリーとアイスバーグの手を繋いだ。
「ばか、何で手繋いでんだ!!」
「…再会した時に抱きしめてきたのは誰だっけ?」
「ウッ……」
「何だよ!ただのムッツリだったなァ!!」
「やるじゃねーか、パウリー」
顔を赤くしてぎゃんぎゃん吠える男と笑い続ける男たちに挟まれて、私はあははと笑った。その瞬間シャッターが切られる。楽しそうなのが撮れたわいな!!と叫ぶ彼女たちにありがとうと返す。
渡された写真の中には、顔を赤くしながらもはにかんでいるパウリー、大口を開けて笑っているアイスバーグにニヤニヤしたフランキーたちに挟まれた私の6人がいた。
「この写真売ったらいくらだろうな」
「ちょっとアイスバーグさん!」
「そんな価値ねェですよ」
アイスバーグの冗談に起こったフリをして、あははと声を上げた。
――大丈夫、この海は繋がっているんだよ。いつだって、会いに行ける。
未だ繋がれたままの彼らの手をぎゅっと握った。

 夕方、私とアリシアはウォーターセブンを出た。見送りはしなくて良いと言ってあるから、岬には誰もいない。最後にもう一度ウォーターセブンを振り返る。
――ここに来て、良かった。ルフィたちと出会い、パウリーやカクたちとの再会、ルッチたちの裏切り、エニエス・ロビーでの戦闘、セント・ポプラでの仲直り。全部、全部、かけがえのない愛しい思い出だ。
こんなに好きになった島は今までに一度もない。きっと、また来るよ。この島に残した大好きな人たちの顔を思い浮かべて、潜水艦へと乗り込んだ。
向かうはシャボンディ諸島と魚人島。私達は、そこを通って新世界に帰る。
「良い、町ですね」
海に潜った所で、アリシアがぽつりと呟いた。それに、うんと頷く。まだ暫くこの余韻から抜け出せそうにない。きっと、新しい島に着く度にこの島を思い出して、恋しがる。それ程までに魅力的な島。今度来た時には、どう変わっているのだろう。また、この町に来る楽しみが増えた。
そんな私に、アリシアがある物を見せた。それは、一通の短い内容の手紙。その内容に、先程までの気持ちを切り替えて、それを何度か読み返す。
「一度、仲間たちに会ってみませんか?」
会うだけです。あなたを、無理にあの船から引き離したりはしません。手紙に書かれていたのは、彼女の仲間たち、吸血鬼が世界中から新世界のある島に集まっているという旨だった。私と同じ種族の者。それが一斉に集まって、私を待っている。その場に行くことは少しばかり恐ろしいが、アリシアが約束しますと言う。この頃になると、アリシアは私のことを王としてだけではなく、一人の人間として見るようになってきてくれていたから、私の意志を尊重してくれるようになったのだろう。彼女の目を見れば、それが分かった。彼女は、純粋に、仲間たちを知ってもらいたいようだった。
彼女の誠意が伝わってきて、私は彼女に頷いた。今まで散々彼女には我が侭を言っていたし、吸血鬼の社会を見ることも悪くない。それにどちらにせよ、家族たちのもとに戻る航路の中にこの島はある。マルコとの約束を破って寄り道をするわけではない。
――新たな出会いに、胸を高鳴らせた。
さようなら、水の都。


2015/04/11

第二章完 水の都で、君に恋をした。
きっと届かない海辺でなまえを呼ぶよ。

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