65 君が思い出にのまれてしまわないよう暮れゆく春に名をつけて

 海列車に乗って、ウォーターセブンに帰ってきた。ルッチたちと別れて、暫くして落ち着いてからアリシアに今から帰るよと連絡をしてから2時間。きっと、今か今かと私の帰りを待っているのだろう。
彼女からガレーラカンパニーの海賊専用に作られた部屋にいると言われて、私はそれに頷いてガレーラカンパニーに足を向けた。どうやら彼女の話では海軍がやって来ていたようだけれど、その海軍の中将がルフィの親族であったようで、彼らは助かったらしい。
門を開けてルフィたちのもとへ急ぐ。職人たちがちらほらと私の姿を見て、怪訝な顔を向けるけれどアイスバーグを警護した時のことを覚えていてくれたのか、納得した顔で自分の持ち場に戻っていった。
海賊専用ルームの扉を開いて中に入った。中にいた彼らの驚いたような視線が私に突き刺さる。
「ただいま」
へへ、と笑って皆を見渡す。少し離れた所にむすっとしたアリシアを発見して彼女へと寄った。心配かけてごめんね。彼女に抱き着いて背中をぽんぽんと叩けば、本当ですよ…と小さな声で彼女が文句を言った。
「やっと、終わったのか」
「うん」
彼女から離れると、ゾロが静かにこちらを見た。全部、終わった。すっきりした気持ちで彼に頷けば、そうかと納得したようだった。穏やかな様子のロビンとチョッパーを見て、漸く彼らの無事を自分の目で確かめることが出来た、と安堵する。ルフィは外で海兵の男の子たちと話しているしナミもいないしで、後でアイスバーグに挨拶するついでに声をかけよう。
ふと、サンジがこちらに近付いてくるのが視界に入った。たぶん、彼にも多大な心配をかけただろうと思って、謝罪の言葉を伝えようとしたけれど、彼にがしっと抱きしめられてそれは叶わなくなった。
「無事でよかった…」
はぁ…と耳元で安堵の溜息を漏らした彼に、顔が熱くなる。先程も心臓を酷使したというのに、またこれか。いつもの紳士な彼に戻ってほしくて「ご、ごめんね」とどもりながら伝える。周りを見てみれば彼らはニヤニヤとしていた。チョッパーはよく分かっていないようだったけど。それにまた顔が熱くなる。何なんだ、今日の私は!!早く彼から離れたいのだが彼の厚意を無碍にすることが出来ず慌てていたら、アリシアの殺気が膨らむ。ぎろり、と背後から彼女の鋭い視線を感じて、サンジが身を離した。
「わ、悪い。感極まっちゃって」
「うん、心配させた私が悪かったし」
私と同じようにこの事態に顔を赤くしたサンジが慌てた様子で謝った。この空気を誤魔化すようにナミの居場所をロビンに訊いた彼は、逃げるように彼女のもとへと走って行った。ずるい、私も逃げたかったのに。
サンジがいなくなって、近くに寄ってきたアリシアがすんと私の匂いを嗅ぐ。何だろう、汗でもかいたのだろうか。
「臭いです」
顔を顰めた彼女に、ははと眉を下げた。自分では分からないけれど、何が臭いのだろうか。教えてと言えば、彼女は私にしか聞こえないような小さな声で、コックと豹とキリンの臭いがしますと呟く。何もかもを見透かしていそうな彼女にす、と視線をずらした。これは、やばい。サンジでこれなのだ。もし、先程のルッチとカクの行為を見ていたら。そう考えると少しばかり肝が冷えた。
――やっぱり、彼女を連れて行かなくて正解だったかも。でなきゃ、誰かが死んでいた。
鼻が良すぎる彼女に、そうかなと誤魔化すように笑って、過去の自分の判断を褒めた。

 ナミやココロたちがいるプールでバーベキューを始めた彼ら。サンジが焼いてくれる頬が落ちてしまいそうに美味しいお肉や野菜を口にしながら談笑した。目が合う度にお互いに少し気まずさを感じたけれど。
そこに次々とやってくる人々。フランキー一家に、ガレーラカンパニーの者たち。そして、この会社の社長であるアイスバーグ。そういえば、彼らに挨拶をしていなかった。はっと私に視線を寄こしたパウリーとアイスバーグのもとに行く。
「お前、心配かけやがって…」
「ンマー……無事で良かった」
ぐっと眉を寄せて睨んでくるパウリーと安堵したように溜息を吐いたアイスバーグ。心配かけてごめんなさい。2人にぺこりと頭を下げれば、彼らはわしゃわしゃと頭を撫でてくれた。
「ケリ、着けてきたのか…?」
「うん」
司法の島で、背中を押してくれたパウリーの言葉を思い出す。全部、ケリ着けてきたよ。パウリーたちにとっては複雑かもしれないから言えないけれど、皆と仲直りしてきた。もう、彼らとは何の蟠りもない。
もう平気だよ、と言うように彼を見上げれば険しかった顔を緩ませ、そうかと頷いた。

 そんな風に楽しい一日を過ごした翌日。新聞を見た私は、ウッと顔を歪めた。麦わらのルフィの記事と共に、私のことまで載っていた。これは、拙い。ごくりと生唾を飲み込んでちらりとアリシアを見やれば、そうでしょうねと言わんばかりに頷く。懸賞金が上がるかも、と喜ぶゾロに私は、どうか上がりませんようにと天へ祈りを捧げる。彼がこの新聞を読まないとは限らないけど、懸賞金が上がったらもう逃げ道はないだろう。
しかし、その願いは儚くも散った。号外として一足早く私の改訂された手配書が出されたのだ。
――終わった。
「1億5千万ベリー……」
すっげー!!」
自身にかけられた額の大きさに、ごくりと生唾を飲み込んだ。今まではLILYというだけで7000万だったが、今回は司法の島で暴れ回ったことが原因だろう。そんなに暴れた記憶はないんだけど。絶対ルフィ達の方が暴れていた筈。きっと海軍には何等かの思惑があるのだろう。尚且つ、写真が最新の物に変わっていた。何かにびっくりした表情のそれは、たぶんパウリーと再会した時に抱きしめられた時のものだろう。
ああああ、何でよりによってこの場面を…。私の顔を中心に載っているけれど、僅かにパウリーの洋服が写真に入っている。
「はぁ……」
「どうしたの?溜息なんて吐いて」
これからやらなくてはいけないことを思うと自然と溜息が出た。それに心配したように顔を覗きこんでくるサンジ。ちょっと、連絡しないといけないことが出来て。そう返せば、彼は不思議そうな顔をした。
壁際にある電伝虫へと近づく。それに手を伸ばす私の腕は、小刻みに震えていた。

 元気を無くした様子で電伝虫へと近づいたの後ろ姿を見つめる。先程の手配書が、何か拙かったのだろうか。付き添うように彼女の隣に立ったアリシアが彼女の肩を慰めるように触る。いっそ怯えていると表現した方が良いかもしれない彼女に不安が募った。
プルプルプル。電伝虫の声が暫く響いた後に、がちゃりと誰かが電話に出た。
「もしもし…あ、ナミュール?う、うん。うん、そのことでマルコに話があって…」
彼女の話の相手は誰だか分からないが、もしかしたら白ひげ海賊団の誰かだろうか。そう思って、暫く無言になった彼女の様子を探る。はぁ…と溜息を吐いている彼女は、本当にこの連絡が嫌そうだった。だが、次の瞬間その理由が俺にも分かった。
!!!テメェ何やってんだよい!!!!!』
この部屋全体を揺らす程の電伝虫の声のボリュームにキィンと耳鳴りがした。皆、その声に驚いてを見る。しかし、一番近くでそれを聞いていた彼女が一番ダメージが大きそうだった。尚且つ彼女は吸血鬼、五感が優れているというのだから、耳を押さえるために受話器から手を放して落している。隣のアリシアも似たような感じに苦しんでいた。
ご、ごめんと言う彼女の声を遮って、電話の相手の男が声を荒げる。電伝虫が目を吊り上げて今までにない程凶悪な顔をしていた。
『今朝新聞を見てみりゃ、何だよいこれは!!懸賞金が跳ね上がってんじゃねぇかい!!』
何をしたらここまで跳ね上がるんだ!そう怒る彼に、彼女は何も言われていないのに正座をして項垂れていた。新聞を読んだというなら彼はエニエス・ロビーに彼女が行ったということを分かっているのだろうが、それでも彼女の口からはっきりとしたことを聞きたかったのだろう。この心配の仕様は、もしかしたら彼女が以前言っていた保護者だろうか。でなければここまで怒らないだろう。皆が彼女の返事に耳を傾けた。
「え、と…友達と喧嘩しに行ってました」
へへ、と場を和ませようとしたのか分からないが、小さく笑った彼女に「ああ、これはドデカいのが落ちるぞ」と耳を塞ぐ。
『馬鹿野郎!!!!誰が世界政府に喧嘩売るのを許可したよい!!?ああ!!?』
予想通り、大きな雷が落ちた。くわぁっと目をひん剥いて言葉を吐きだす電伝虫に、彼女は何度もごめんなさいと謝った。ビリビリと空気が震える。ルフィの祖父も凄かったが、これはこれで恐ろしい。とにかく今すぐ帰ってこいと言う電伝虫に、でも…と彼女が言葉を濁らせる。だが彼女の願いは聞き入れられないらしい。でももヘチマもねェよい!!!とまたもや怒りを爆発させた男が、突如「あ、オヤジ待てよ」と焦った声を出す。
『グララララ…。お前、また派手にやったじゃねェか…』
「パパ!!」
先程の男から、渋い威厳のある男の声に変わる。電話越しでも感じる強者としての圧力に、身が引き締まった。もしかして、これがかの有名な白ひげだろうか。彼の声を聞いた者たちはごくりと生唾を飲み込んだ。よく分かっていないルフィとチョッパーはやっと五月蠅くなくなったと喜んでいたが。
彼女は彼に代わったことでぱぁっと顔を明るくした。長ったらしい説教からの思わぬ救世主だったのだろう。
『お前、旅は楽しかったか』
「うん!」
『そうか、なら良い。』
穏やかに語りかけた彼に、彼女が元気よく頷く。楽しかった、のか。彼女を巻き込んで色々なことがあったけれど、それでも楽しいと言う彼女。良かった、彼女があのことから立ち直ってくれて。にこにこと笑う彼女に、少しばかり安堵する。
『だが、旅は一先ず終わりだ。戻ってこい、
このままだとマルコの血圧が上がって死にそうだからなァ。そう言って笑った彼に、彼女も苦笑する。マルコ、とやらを心配させたという自覚はあるようだった。彼女は何か目的があったのか少し不満気だったが、彼にこう言われては逆らえないのだろう、はぁいと返事をする。
『それでこそ俺の娘だ。土産話を待ってるぞ』
「うん!じゃあね、パパ!」
電伝虫を切る直前、先程のマルコとやらの焦った声が聞こえたが、彼女は容赦なく受話器を下ろした。きっと、彼はまだ説教したりなかったのだろう。それを敏感に察知した彼女は、凄いというか何というか。
ふう……と一息吐いた彼女は俺たちを振り返って、五月蠅くしてごめんねと苦笑した。それに、賑やかな人ねとロビンは笑う。俺も、彼女の困ったように笑う顔を見たら、笑えてきてしまった。
「良い親父さんたちじゃねェか」
「うん、大切な家族だよ」
彼女が犯した危険を、あそこまで我が身のことのように心配して怒る彼。些か五月蠅いとは思ったが、それでもとても彼女を大切にしていることが良く伝わった。
彼女も、家族が褒められてえへへと嬉しそうに笑う。それに、きゅ、と心臓を掴まれた。
――?おかしいな。
胸の締め付けに不思議に思いながら、彼女たちと他愛のない会話をする。この疼きが何なのか、まだ俺には分からなかった。


さよならはもうすぐ。
2015/04/11


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