64 ほんとはいつも好きだよを繰り返してるあたまのなかで

 あの男の、何かが変わった。白い少女の隣に立つ男を見て、直感的に察する。包帯を頭に巻きながらも傷みに顔を歪めさせることなく、佇む彼。今までの彼のように表情に感情が表れることはない。だが、その身から僅かでも穏やかな何かを感じ取ってしまった。多分、それは彼女が与えたものなのだろう。彼女を見る目が、他人には分からない程度の優しさを孕んでいるから。それに気付いたのは、自分が彼女に恋をしているからだろうか。
「予想外に早い退院じゃったな」
「これくらいの傷、2日で動ける」
自然との隣に立って彼に視線をやれば、どこか自分の心を見透かしたように薄く笑う彼。その様子にむかっと来たが、今日はルッチの退院日。そこまで大人気ないことをするつもりはない。この男、わしより年上の癖に妙に子供っぽい所があるからの。わしが大人の余裕を見せてやるわい。

 ルッチの退院祝いに、近くのボーリング場へと行くことになった。前を行く彼の隣には、当然のようにが寄り添っている。否、彼女が、と言うよりは彼が並ばせたと言った方が正しいか。その反対側もカクが並んでいて、大きな男二人に挟まれて小さな少女が窮屈そうに歩く図ができあがっていた。だが、彼女は窮屈さなど感じていないように、にこにこと笑っている。
ルッチと彼女がどうやって仲直りをしたのかは、知らない。その場を見ていない私は想像することしか出来ないけれど、彼女が嬉しそうにしているならそれで良かった。どことなく、常よりはしゃいで見える仲間2人を見て、小さく笑う。
だが、あれはどう見ても――
「セクハラね」
べたべたと、まるで彼女は自分のものだと言うように腕を引っ張ったり肩を抱いたり。彼女の身体を触る男2人に眉が寄る。カクが彼女に淡い気持ちを抱いているのは、昨日の彼の様子から何となく察してしまったけれど、まさかルッチまで彼女のことを……。
そこまで考えて首を振る。まさか。彼が誰かを愛するなんてことがあるだろうか。今までに何度も彼の隣に立つ女を見てきたが、3日以上同じ女を見たことはない。それは、とは正反対の女。彼女はそんな女たちとは違う。どちらかと言えば、愛らしい部類の少女だ。決して、消耗品なんかでは無い。彼が隣に置くような女は、華美な装いをして、豊満な身体をした美人だけ。女という性を前面に押し出したような、私からしてみれば品のない女たちだった。その女たちは目にする度に、違う女へと変わっていたことが、唯一私の不快度指数を下げてくれたのだが。
だけど、そんな彼がを選んだというなら、何故か頷ける。あの少女は、私達に色んな感情を与えてくれた。友愛というものを、喜怒哀楽を、平等に。海賊の娘なのに、私達を優しい光で照らそうとする。それに手を伸ばさずにはいられない。闇の深い所にいればいる程、彼女の光は、強く輝いて見えた。
ルッチもきっと同じだ。彼女がまとう光におびき寄せられた、夜の蛾。光へと近づいてしまう蛾は、最終的に燃えて死ぬけれど、彼女はきっと彼を焼き殺したりはしない。
「楽しそうだな」
「ええ」
小さく、ブルーノが笑った。それに頷く。相変わらず、前を行く3人は幸せそうだった。
――暫くは、そのセクハラ見逃してあげるわ。
暫し、瞑目する。穏やかな、1日になりそうだった。

 前の世界でもボーリングというものはあったけれど、この世界にもボーリングはあったのか。ほとんど変わらない施設の様子に、おおと目を丸くする。前の世界では身体が弱くてこんなに重い球を持つことは出来なくていつも見ているだけだった。しかし、今は違う。私の身体は丈夫だし、何より力だってある。こんな球なんてピンポン玉のように軽い。
だからストライクなんてばんばん出せる。そう思っていたのだが、それは違ったようだ。
「おりゃ!」
バコーン!!と破壊お――大きな音を立てて倒れるピンたち。しかしそれは全てではなかった。砕け散ったのはたったの3本。おかしい、何でここまでコントロールが下手なのか。もしかして、この球が軽すぎるのが原因だろうか。球が無くなった手の平を見つめてううんと眉を寄せた。
「ギャハハハ!!コントロール最低だな!!」
「おっかしいな…」
ジャブラにげらげら笑われながらも自分の席に戻る。横にいるカクとルッチがジャブラと同じように笑っていた。それにむすっと頬を膨らましていれば、カリファが手本を見せてあげるわと立ち上がった。
彼女の構えをじっと見る。うーん、あんまり私の構えと違う感じはしないけどなぁ。そのままぶんと勢いよく球を転がした、というよりは飛ばした彼女。それはドン!!と今度こそ正真正銘の破壊音を出してピンだけでなく施設を破壊した。私ちゃんと手加減してたのに。彼女の見事なストライクに皆して笑った。
「さて、次は俺の番だな」
べろりと舌なめずりをして立ったのはジャブラ。先程のお返しとしてガーターしろ〜!と煽れば、短気な彼はうるせェ!!と怒鳴った。その賑やかな店内に慌ただしく入ってくる町の男達。その顔面は蒼白で、何かあったことは間違いない。
「港に海賊がやって来た!!」
「遊んでないで避難しておきな!!」
わあわあと騒いで、また別のどこかへと行った彼らに、この場にいた者たちは目配せをした。CP9ではなくなったとはいえ、彼らは心に正義を掲げている。困った町の人々を見捨てていくわけはないだろう。
はここにおっても良いぞ」
「あの海賊団と間違えるかもしれないからな」
日の光の影響を考えて言っただろうカクに、ルッチはふっと笑って凄む。やだなぁ、間違いで殺さないでよ。と笑って返せば、ふんと鼻で笑われた。
とりあえず、カクにああ言われたものの、彼らについて行くことにした。港に近付くにつれて反対側から逃げてきた町の人々の波にぶつかる。せっかく楽しくて明るい町だというのに、海賊が暴れているせいで彼らの表情は恐怖から歪んでいた。
「手は出すな」
「ん」
それだけを言って、暴れ回る海賊に向かって行った彼ら。手始めに船長らしき男を回し蹴りで倒したルッチに続いてカクたちは船の上にいる海賊たちに襲い掛かった。みるみるうちに海賊を倒していく彼らに、恐怖に怯えていた町の人々もわあ!!と歓声を上げて彼らを応援する。
だが、次第にその雲行きは怪しくなった。既に気絶した海賊たちに対しても徹底的に攻撃を続ける彼らに、町の人々が今度は彼らに怯え始めた。
ドカッバキッと骨が折れる音や、周囲に飛び散る鮮血。もう、止めさせなければ。手を出すなと言われていたけれど、町の人々が家の中に逃げ込んで戸を閉めている。他の人も怯えた様子で走って行っていた。
「ルッチ、もうやめて」
何度も気絶した海賊を踏み躙っていた彼の肩を叩く。先程の言葉に従わなかったからだろう、ぎろりと鋭い目を向けられたけれど、私を視界に入れると同時に、逃げ去っていく町の人々を見た。それに、はぁ…と溜息を吐いて、彼は海賊の男から離れた。
 この町にはいられないな。そう言った彼ら。悲しいけれど、仕方がない。彼らの正義はこの街の人々にとっては過剰に映ったから。
この船を使って行くか。そう話し始めた彼らのもとに、一人の幼い女の子がとてとてとやって来た。その手には一輪の野花が握られている。それに気付いて、カリファを呼んだ。
「お姉さんたちありがとう!!」
「あら、こちらこそありがとう」
カリファに差し出された花を見て、彼らは彼女の後ろからそれをぎょっとした様子で見やる。カリファは嬉しそうに彼女から一輪の花を受け取った。ちゃんと見てくれている人はいるんだね。女の子のお礼の花を眩しそうに見やるフクロウたち。女の子はカリファに花を渡したことで満足して、何度か手を振りながら家へと帰っていった。それを、暫く眺めて見送った彼らからは、先程の、どことなく寂寞とした空気が無くなっていた。
今では、元気な様子になった彼らは船に必要な物資を乗せている。それを眺めている私のもとにルッチがやって来た。
「お前も来るか?」
私を見下ろす彼は、どんな返事を望んでいるのか分からなかったけれど、穏やかな様子だった。彼の言葉に首を緩く振る。行きたいとは思うけれど、大切な者たちを別の場所に残してきている。脳裏に過るのは、水の都で待っているアリシアとルフィたち。
「ウォーターセブンに待たせてるから」
「そうか」
彼は私の言葉に頷いて、船の上をちらりと見た。私もつられて彼の視線を辿ろうとするも、その刹那ぐっと身体を引き寄せられる。
「全てが終わったら、お前を攫いに来る」
耳元で囁かれた言葉。じん、と鼓膜を揺する彼の低い声。私の腰に回された彼の腕が、手が熱を与える。だけど、それはすぐに離れていった。ぽかん、と呆気にとられた私の顔を見てふっと満足そうに笑った彼は、そのまま船の上に飛び乗った。何が何だか理解できていない私の元に、彼と入れ替わるようにカクがやって来る。焦った様子の彼は、私の前に来るとそれを消して、私と目を合わせた。
、昔約束したじゃろ?」
「何を?」
とりあえず、ルッチのことは頭から追い出して今はカクの話に集中することにした。にっこりと笑って“約束”と口にした彼に、何だったかなと思い出そうとする。だが、時間がないのか彼が口を開いた。
「――恋をしたら、教えると」
あ、そういえばそんな約束もしたなぁ。彼との指切りを思い出して、大きく頷いた。彼はそれに安堵して、やや沈黙してから私の目を見る。
わしなァ、実は好きな女の子が出来たんじゃ。
伝えられた小さな声に目を丸くした。カクに好きな人!?
「ほんとに!?おめでとう!それで、誰?」
わあ、凄い!と感動しながらも負けちゃったなぁ、なんて残念にも思う。だがめでたいのも事実。いったいカクはどんな子を好きになったんだろう。そう思って彼に詰め寄れば、彼は秘密じゃと悪戯っ子のように笑った。
なんだぁ、ケチ。ぶすっとして彼を見上げれば、彼はケラケラと笑い声を上げる。
「…今度会った時に、教える」
今までの笑顔を消して、突如真剣な表情になったカク。その言葉の直後、頬にちゅと柔らかいものが押し当てられた。逆光から少し暗くなったカクの顔がすぐ傍にある。それに目を見開いた。
「また、な」
照れたように笑って、船に走って行った彼。頭が真っ白になって、反応できなかった。カリファが船の上で大きく手を振る。ジャブラはそれに加わらなかったけれど、小さな笑みを浮かべていたし、クマドリとフクロウはわあわあと大きな声で別れを述べてくれた。カクは少し赤くなった顔で私をじっと見つめ、ルッチは不敵な笑みを浮かべていた。
徐々に遠くなっていく彼らが乗った船。別れは寂しいものの筈なのに、今の私にはそんな寂しさを感じる余裕なんて無かった。
――身体を包み込んだルッチの香り。頬に当たったカクの柔らかな唇。
「はぁ〜…………」
急激に羞恥心に襲われて、熱くなった顔を冷ますように両手で包み込んでその場に蹲った。今更キャパオーバーを起こして、何が何だか分からなくなった。
――もしかして、いやまさか。あれはきっと挨拶だったのだ。それか、私をからかったに違いない。ぐるぐると浮かんでは消える憶測に頭を悩ませる。何てことをしてくれたんだ。もう、絶対に忘れられないではないか。
最高に気障なことをやらかしてくれた彼らに、困ったなぁと呟く。その声は、とても情けない響きをしていた。


見せて、魅せて、君を捕える。
2015/04/11

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