62 このアイラブユーを瓶詰にして君にあげたい

 既に食料やら他の諸々も調達してから1時間経つというのに、とカリファは未だに帰ってこない。わしらは服を選ぶのに10分も時間がかからなかったのだが、やはり女子は買い物好きだからかかなりの時間をかけるのだろう。そんな退屈な時間をカフェのテラス席で過ごしていれば、自然と会話はこのメンバーにとっては異分子であるへと向かう。いつまで一緒に行動するんだと言うジャブラに、暫くじゃろと返すわし。
「LILYは冷酷非道の吸血鬼かと思っていたら実際には違ったチャパー」
「あ、普通の、女の子だったなァ〜」
「ふん、ただのケツの青い餓鬼だ」
思い思いの感想を述べる彼らは、口ではそう言いつつもまだ彼女のことを認める、とまでにはいっていないようだった。それも仕方がないとは思う。わしは彼らに自分と同じように彼女に接しろと言うつもりはないし、彼女もそこまでして関わってもらうつもりはないだろう。しかし、ブルーノがどことなく困惑した様子で口を開いた。
「俺は、あの娘を認めている」
珍しいこともあるものだ。ブルーノの言葉に、ジャブラたちも彼を不思議そうに見やる。彼は、実はカクがあの娘に背負われる所から見ていたのだと告白した。彼の空間内で、彼女の様子を観察してどうするか見極めようとしていたらしい。何じゃ、見られていたのか。傷を治される場面からでなくて良かった。あんな場面を見られたら、完璧に自分の気持ちを知られてしまう所だっただろう。だがそう言えば今はそのことではなかったと思い出して、意識を戻した。
「あの従者が嫌そうにしていたのに、あの子は身を挺してお前たちを助けようとしていた」
だから、を警戒することは止めようと思った。そう締めくくった彼に、ほっとした。ブルーノはCP9の中でも常識的な方だ。物事を中立的に見ることが出来る彼がここまで言ったのだ、周りの者にも少なからず影響は与えただろう。多分、わしが言ってもこうはならんだろうなァ。
「ケッ…んなこたァ分かってる。一々説教すんじゃねェ」
接し方が分かんねェだけだ。うんざり顔でそう言ったジャブラにクマドリとフクロウが頷く。何じゃ、こいつら。そうならそうだと先程から態度に表せば良いものを。というか、いつから彼らは彼女を受け入れていたのだろうか。
「カリファが〜泣くのを見た、その時から!よよい!俺には分かってたぜ〜〜」
「カリファがあそこまで泣くなんて初めて見たチャパー」
ドドン、と見得を切ったクマドリにうんうんと頷くフクロウ。何じゃ、それじゃあわしの杞憂じゃったのか。彼らの態度は、ただ彼女とどう接すれば良いのか分からなかっただけ。それが分かってしまえば、先程までの自分の考えが笑えるものになってしまった。
「待たせたわね」
ふと、和んだ場に響いたカリファの声に、皆が顔をそちらに向ける。彼女は大量の袋を肩から下げて、空いている方の手で白く輝く手を引いている。あれは多分の手だろう。だが、彼女はカリファの後ろに隠れていて姿が見えない。辛うじて白い日傘が彼女の背中から覗いているけれど。何をしとるんじゃ。不思議に思って、彼女を見ようと腰を上げようとするが、それよりも先にカリファが彼女の背に隠れていたを前に押し出した。
「え、と……」
「…………!!!」
言葉が出なかった。程よく肉が付いた白い肩を惜しげも無く晒して、足元まで隠れるような真っ白なワンピースを着た彼女。ワンピースは裾だけ淡い水色のグラデーションがかかっていて、風に煽られる度に揺らめく波を連想させた。その上、髪の毛まで三つ編みやら何やらでお洒落にまとめ上げているし、常よりぱっちりとした印象を受ける瞳や、艶やかに桃色に光る唇。何もかもが真っ白で、彼女だけがまるでどこかの物語から出てきた雪の妖精のようだった。
――可愛い。
それしか浮かばない。彼女は白皙の頬をほんのりと色に染め上げていて、足元を見ながら誤魔化すように乾いた笑い声を上げた。
「ガラじゃないのは分かってるんだけど、カリファがこれにしろって……」
日差しきついから着替えてくる。居心地悪そうにきょどきょどと周りを見た彼女は、先程まで着ていた服が入っている袋を持って、足早に店内に入ろうとする。きらり、と彼女の耳元で青いイアリングが煌めいた。それにはっとして彼女の腕を掴む。
「似合っとる!まだそのままでおれ!」
「え、ど…どうも…?」
勢い余って率直な気持ちを伝えれば、彼女は慣れないことをしたことへの羞恥心から赤くなったままの顔で、若干困惑した様子を出しながら首を傾げた。わしもそれを見て、自分がかなり恥ずかしいことを言ったのだと気付いて、今まで黙っていた彼らに目を向けてみれば、こちらをニヤニヤといやらしい笑みで眺めている。
――くそっ、しくったわい。
出来るだけポーカーフェイスで、困惑している様子の彼女を日陰がある席に誘導する。ワンピースだからか、いつもより大分大人しい様子でちょこんと椅子に腰かけた彼女に目が離せなかった。
抱きしめたい。ぶわぁっと膨れ上がった欲を抑えつけるように冷たいオレンジジュースをごくごくと飲み込む。
――厄介じゃ、この感情。
恋とはこういうものなのか。何をしても、彼女が可愛く見える。グレープフルーツジュースを飲むために伏せられた睫毛も、真っ白な項も、熟した桃のように愛らしい色を放つ唇も。全てに目を奪われる。ごくり、と生唾を飲み込んで、彼女から視線を外して口元を手で覆った。
――目に毒じゃ。
ああ、くそ。本当に恋とは厄介なもんじゃのォ!!

 カリファに大量の可愛い洋服を着せ替えられた後、薄く化粧を施された。は本当に肌が綺麗だからポイントメイクだけで十分ね。そう楽し気に笑った彼女に任せっぱなしだったのだが、いざ出来上がった状態を鏡で見てみれば、普段の自分とは全く違う自分がそこに立っていた。
ワンピースなんて、子どものとき以来だ。エースがくれたワンピースは春島や夏島付近だけの寝巻にしていて、人に見られるということもなかったけど、これは違う。それに、化粧なんて生まれて初めてしたし。慣れないことをしているという自覚から、落ち着かなかった。
「ね、カリファ。やっぱり変だよ…」
「何言ってるの?良く似合ってるわよ」
最後の仕上げとばかりに腰まで伸びた髪の毛を可愛らしく編み込んでアレンジしてくれた彼女が、鏡越しに私に微笑む。日差しがきつければ着替えて良いわ。私のチョーカーとイアリングの位置を直した彼女が、そう言う。それなら、まあ良いか。ゆるゆると彼女に頷いて、化粧室を出た。のだが。
――あー!!もう、恥ずかしい!!
こんな可愛い洋服なんて着ている自分に羞恥心が湧く。こんなの私じゃない!日の日差しからではなく、何かムズムズするものによって、顔に熱が集まった。ああ、熱い。
日傘を差して、カクたちとの待ち合わせ場所にまで行く。カフェのテラスで彼らが楽しそうに話しているのが見えた。うわ…。一気に羞恥心が押し寄せてきてぴたりと足を止めてしまえば、カリファがそれに気付いて私の手を引っ張った。
 カクに日陰の席を勧められてそこへと座り込んだ。隣にいる彼は腕を組んでどこか落ち着かない様子。やっぱり、口ではああ言ってくれたけど、変なのかな。私も違和感しかないし。そう思ってズズ、とジュースを口に含む。
「さっきまでは芋っぽかったのに、マシになったじゃねーか」
「海賊の娘には見えないチャパー」
ふと、手前にいたジャブラとフクロウが私をまじまじと見て、笑った。ジャブラの場合は小馬鹿にしたような笑みだったけれど。それに、目を瞬かせる。
――話しかけてくれた。どこまで踏み込んで良いのか分からなくて、上手く接することができなかった彼らから、自然に口を利いてもらえた。
「…カリファがやったのか?良いじゃないか」
「化粧ノリも良いなァ〜!!」
続いてブルーノとクマドリまでもが私を褒めてくれた。クマドリの褒める観点が彼独特のもので、今まで呆けていた私は思わずへへと笑ってしまった。まるで歌舞伎役者のように化粧をしている、彼らしい言葉だ。それまでの羞恥心なんて吹っ飛んで、どことなく私の存在を受け入れてくれた彼らに嬉しくなる。カリファの腕が良かったんだよ、と伝えれば彼らはやはりそうかと頷いた。だって、私何もしてないし。
でも、どうして彼らは突然受け入れてくれたのだろうか。私は彼らの任務対象だったLILYなのに。いったい、何が彼らの心を変えたのだろう。そんな思いが顔に出ていたのか、どうかしたかと訊ねてくるブルーノ。
「どうして私のこと受け入れてくれたのかなぁ…って」
最初は言わない方が良いかもしれないと思ったが、私は誤魔化すのがあまり上手くはないし思った通りのことを伝えた。その言葉にチャパパとフクロウが笑う。不思議な笑い方だな、と思った。
「俺たちはもうCP9じゃなくなったからな!LILYと仲良くしても問題ないチャパ」
「お前は一般人を襲うような海賊でもないしな」
「そっか、ありがとう」
穏やかに理由を話してくれた彼に、にっこりと笑む。任務さえなければ、彼等はこんなにも良い人たちなのだ。こんな人たちが今まで暗躍期間で働いていたのが勿体無いなぁ。もっと早くに出会いたかった。そんなことを考えながら彼らを見やれば、何故か彼らはそわそわと落ち着かない。
「…油断させて食うかもしれねェだ狼牙!!」
ギャハハハと誤魔化すように笑ったジャブラに、そんなことしないでしょ?と返す。だって、本当にそうするつもりだったら態々私に言うことはないのだから。ウッと言葉に詰まった彼にほらねと笑う。
――私は、皆を信じるよ。


ありがとうという言葉の破壊力
2015/04/11

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