61 望むがままに春の嵐に

 線路を辿って歩いている間に、アリシアにテレパシーを送ったのだが、ギリギリ届く範囲だったようで彼女と話すことが出来た。しかし目的地を内緒にした上、ウォーターセブンで待てと言ったら、彼女からは非難轟々の嵐。最終的には彼女は頷いてくれたけれど、それでもまだ納得していない様子だった。
だけど、今回だけは、私の我が侭を訊いて欲しかった。これでもう最後にするから。彼女から吸血鬼の王としての教育を受け続けた今では、多少なりとも王としての自覚がある。彼女を心配させていることも分かっているし、王であるなら一人でも従者を側に控えさせることが必要だとも分かっている。
だけど、今回彼女を共に連れて行くことは躊躇われた。私はもうCP9の彼らに敵意は無いけれど、彼女は違うから。私が命じなかったら、きっとカクやカリファ、ルッチを殺していただろう。その上、他の者に対しても同じように敵意を向けているものだから、折角怪我を療養できる場所に行っても、落ち着いて治すことが出来ないだろうと思ったのだ。
もう一つの理由は、彼らを監視させたくなかった。水入らずの状態で、なんて言ったらきっとアリシアは目を吊り上げて怒るだろうけれど、何にも縛られていない状態で彼らと向き合いたかった。
――それに、アリシアは気付いていないようだけれど、最近彼女は本当に感情が豊かになった。私に関することが殆どだけど、実はそんな風に感情を露わにしてくれる彼女が嬉しかったりする。
アリシア可愛い。なんて、思ったことを言った日には、きっと怒りまくって私を追いかけてくるだろうから言わなかったけれど、彼女から感情を引き出すことがとても楽しいのだ。
だからごめんね、アリシア。少しだけ私に時間をちょうだい。

 セント・ポプラに着くと、彼らはルッチの入院費を稼ぐ為に芸を披露し始めた。『瞼のおっかさん』を語るクマドリの足元の缶には感動した人々からコインやお札が入れられ、少し離れた所ではジャブラとブルーノが猛獣ショーをやって子供から大人まで大盛り上がり。カリファはこの街を綺麗にすると一つ隣の広場まで行ってしまったけれど、ようく目を凝らせば周囲の屋根に泡がもこもこと立ち込めているのが見える。カクとフクロウは、キリンのすべり台をして、子どもたちから絶大な人気を誇っていた。
ルッチを除けば多分一番傷が重いだろう彼のことが心配だったけれど、私も私なりにルッチの入院費の為に働く。大道芸なんてやったことがなくて、何をすれば良いのか分からなかったけれど、道行くかなり背の高いガタイの良いお兄さんが重そうな荷物を抱えて、前が見えなかったのか雨で足を滑らせたのを抱きかかえて救ったことから私の芸は始まった。
「お嬢ちゃん!次はどうだ!?」
既に10人以上の者を腕に抱えている状態で、また一人その天辺へと脚立で上っていく。重さだけなら楽勝だからそのまま彼らを落さないようにバランスに気を付ける。ぐらぐらと左右に揺れていた身体がぴたりと止まればわぁっと歓声が上がった。私の上によじ登る人が増えれば増える程、私の足元の缶の中は増えていく。
 漸くある程度のお金を集めることが出来た私たちは缶を持ち寄ってどれくらいの金額か確かめた。
「30万ベリーは超えたわ!」
「これで入院費を、よよい!払える!!」
顔を綻ばせた彼らに、私もつられて笑った。しかし、彼らは私の顔を見て微かに目を見開いてそっと視線を彷徨わせる。それの理由は分からなかったけれど、それじゃあ早く病院に行ってルッチを見せましょ!と切り替えたカリファに頷いて、ルッチを担いで病院へと向かった。
 病院の診察では彼の怪我は全治一カ月とのことだった。無理もない、あんなに打撲傷が目立つ身体だ、内部はもっと損傷していてもおかしくない。今は病院のベッドで眠っているルッチを置いて、それぞれが今日から泊まる宿に向かう。チェックインしていつまで滞在するかということをフロントの者に伝えた後は自由にこの街を散策できるということで、彼らは余ったお金で買い出しをすることになったらしい。
「5人部屋と2人部屋でお願い」
「かしこまりました」
カツカツとヒールを鳴らして受付に伝えたカリファにえっと視線を向けた。私がいて良い、のだろうか。そわり、と落ち着かなくなった気配を察知したのか、彼女は私に振り返ってふふと笑った。
「お金、払うよ」
「さっきのお金から出せば良いわ」
彼らと友達だとは言っても、所詮私はCP9ではない他人だ。だから、自分の部屋代はお金を払おうと彼女に申し出たのだが、彼女はそれに首を振った。こんなことで、罪滅ぼしなんて考えていないけれど、ここのお金位出させて頂戴。優しく微笑んだ彼女。そう言われると、嫌だなんて言えない。分かったと頷けば彼女は再びカウンターへと向き直った。

 カリファたちと行動するのは、とても楽しかった。カクとカリファ以外の者とは、何だかどう話せば良いのか分からないし、彼らもどことなく私を避けているようだから、中々会話することは出来ないけれど、それでも十分だった。私が、一緒にいることを許してくれている時点で、良い人たちなのだと分かっているから。
体力を回復するために向かったレストランでは、彼らは驚くほど料理を食べていたし、会話に花が咲いた。政府に追われることになりCP9という職を失った彼らは、まるでその鎖から解き放たれたように、明るく笑う。それを見て、嬉しくなった。彼らは本来こんな風に笑うのだと。
「さぁ、男共は放って洋服を見に行きましょう」
「うん」
「あなたたちは食料とか頼むわね」
今度は大量のデザートを食べだした彼らを見て、カリファが立ち上がる。ブルーノがどこで待ち合わせるかと彼女に訊ねればちらりと視線を外にやった彼女があそこのカフェで良いわよ。と指差した。了解じゃ、と頷いたカクに手を振れば、彼も同じように手を振り返してくれた。
 どことなく弾んだ様子で服屋へと入っていくカリファに付いて行く。うわぁ、服屋さんなんて久しぶりに来た。なんて女の子としてどうなの?と思う事実を思い出しながらも、日傘を探す。やはり、日傘があるのとないのでは身体への負荷が2倍ほど違うのだ。ずらりと並んだ傘コーナーに足を向ければ、色とりどりの傘が置いてある。
―――どれにしよう、迷うなぁ。
エースから買ってもらった日傘は黒だったからそれ以外の色にするのが良いかもしれない。そう思って眺めていたら、「白なんてどうかしら」と真新しい服に着替えたカリファが後ろから声をかけてきた。Tシャツにデニムという、何とも私の知っている彼女の雰囲気とは違った装いに、おおと目を見開く。これはこれで似合っていて素敵だ。彼女に似合っていると伝えればありがとうと微笑まれた。
「そうね、これなんてレースが付いていて良いんじゃないかしら」
「あ、本当。これにしようかな」
カリファが選んでくれたのは、レースが上品にあしらわれた白い日傘。うん、とっても可愛い。今着ている動物系パーカーとデニムには合わないけれど、私はそういう組み合わせをあまり気にしないタイプだから別に良いだろう。
「あなた、どこへ行く気?」
「え?」
じゃあこれを買いに行こうとレジへと向かう私の腕が、カリファによってがしりと掴まれた。振り返った彼女はにっこりと笑っているが、どこか迫力がある。これだけしか買わないつもりなの?私の服装を上から下へと眺めた彼女は、私の腕を引いて洋服のコーナーへと歩む。まさか、この展開は。わっと目を見開いて彼女を見上げれば、それはもう男たちが惚れ惚れしてしまうような笑顔で私を試着室へと放り込んだ。


もうあなたの手を、はなしたくない。
2015/04/10


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