60 壊れかけの世界なら怖くないだろ

 漸くバスターコールの集中砲火が止んで、ブルーノが作り出した空間から出ることが出来そうだった。ルフィたちは無事に逃げただろうか。私は、不覚にも気を失って彼らの無事を確認することが出来なかったけれど。
だけど、彼らなら生きているだろう。何て言ったって、ルフィは私の杯姉弟。弟が認めた者たちが乗る海賊団だ。絶対に、助かっている筈。
「アリシア、ルフィたちを探して私は無事だと伝えて」
「私がいない間、どうされるおつもりで?」
彼女は私の言葉に、暗にここには敵しかいないと告げる。彼女からすればそうなのだろう。だけど、もう彼らは敵ではない。カクとカリファと仲直りしたし、他のCP9達だって私のことは認めていないものの、敵としては見ていないようだから。
アリシアがいなくなった後は、ルッチが目覚めるのを待つ。これはもう、彼の姿を見てから、決めていた事。まだ、パウリーと約束したケジメとやらは、彼とだけ着けていないから。私なりにこの出来事に終止符を打ってから、ウォーターセブンに戻る。
私の主張に対してアリシアはやはり眉を寄せた。
「……必ずどこにいるか、連絡してください」
「分かった」
彼女は、一度私から離れて麦わらの一味を探せば、私と連絡が付く範囲に戻ってくるまでかなり時間がかかることを分かっていながらも頷いてくれた。どことなく、平生の彼女よりも優しい彼女に、感謝した。
ブルーノがルッチを担いで、この空間から焼け焦げた地面に足を出す。それに続いて、カクたちも外へと出た。最後に残ったカリファが、赤くなった目で私を見遣る。そっと差し出された彼女の手を取れば、お互いの顔に笑みが浮かんだ。
瓦礫の上に腰を下ろし、これからどうするかと話し合っている彼らから少し離れた所で、私は鳥になり麦わらの一味を探すべく飛んで行ったアリシアを見送った。ありがとう、アリシア。いつも私の我が侭を訊いてくれて。彼らの元に戻れば、比較的自由に動けるジャブラとブルーノが周囲の偵察に行くことに決めたらしい。
数分で戻ってきた彼らは、苛立った様子でこの一見の失態は全て、長官を除くCP9が招いたものとして俺たちが責任を押し付けられたと話しだす。
「俺たちも、政府から追われる身かチャパー」
「あのバカ長官、本当にセクハラね」
しかし、それ程彼らは苦になっていない様子。それもそうだ、彼等は超人的な強さを持った存在なのだから。
「とにかく、混乱しとる今の内にこの島を出んと…」
カクがあまり身体に力が入らない様子で伝えた言葉に、皆が一様に頷いた。だが、どうやって逃げる。周囲は海。足となる海列車も今は無い。意見を出し合い始めた彼らの話には混ざらず、私は頭を働かせた。
軍艦は、皆怪我してるし、無理だよね。小舟、も探すのには時間がかかるだろうし、何より全員が乗り切れそうにはない。正規の海列車ではなく、暴走海列車はどうだろうか。いや、もう司法の塔と共に燃え尽きているだろう。
――ん?海列車?
「あっ」
思わず上げてしまった声に、一同の視線が私に突き刺さった。

 私の提案、線路を逃走に使うというものに満場一致で賛成になり、今は司法の島から出てから既に1時間が過ぎようとしていた。行先はここから一番近いセント・ポプラだと言う。
カクを背負うジャブラの後ろで、カリファと共に会話をしながら歩く。じゃぶじゃぶと海に浸っている足は冷たくて気持ちいいが、どうにも頭上から降り注ぐ太陽には耐えられそうになかった。まだ、日の下に出てから2時間は経っていないが、そろそろ休憩したい。
、無理しないで。もうそろそろ辛いんじゃないかしら?」
「うん…そうかも」
カリファの言葉に頷けば、カクがちらりと私を振り返る。何か言いたそうに口を開いたが、結局何も言わずに前へと向いてしまった彼に首を傾げた。そんな彼を見て、カリファは笑っていたけれど。
「でも日陰なんてものはないし、仕方ないけれどクマドリの髪に包んでもらうと良いわ」
「え…良いのかな…」
私達の後ろを歩くクマドリとフクロウを見やる。彼らだってそれなりに傷を負っているし、クマドリはルッチを抱えている。そんな彼に、1トンを超える私の重い身体を背負ってもらうのは気が引ける。それに何より彼はまだ私のことを認めていないだろう。だから、とりあえずその案は断ることにした。
「でも、私重いし…」
「ああ、重りね?それなら外して皆に持たせれば良いわよ」
しかし、私の答えを予期していたのか、ぱぱと私の服を捲って重りを探し出すカリファ。彼女の隣を歩いていたブルーノはさっと視線を逸らし、前にいたカクはゲホゲホと咳こんだ。私も彼女の行動にはぎょっとしたけれど、彼女は瞬く間に全部のリョウコウ石の板を発見して取り外した。流石、出来る(元)秘書。
「重いわね…ブルーノお願い」
「ああ…」
カリファは自分で持つ気はないのか、隣にいたブルーノにリョウコウ石を全て預けた。何だか申し訳ないけれど、久々に何も重力を感じない身体に「ん〜〜〜!!」と伸びをした。日の光に照らされているというのに、いざ重りから解放されてみれば、今までにない程身体が軽くて気分が良い。今なら雲まで飛んで行ける気がする。
「身体が軽い!!」
喜びの声を上げる私に、それならもうクマドリにお願いしても良さそうね、とカリファが後ろを振り返って彼を呼ぼうとした。しかし、それよりも前にカクの声が鼓膜に届く。
「駄目じゃ」
「何故?」
後ろを振り返らずに、発せられた言葉にカリファが訝し気に彼に視線を送る。私も彼の発言の意味が分からなくて首を傾げたけれど、あ、と思い当たった。やっぱり私がクマドリの背中を借りるのはクマドリの気分が良くないものなのだろう。大体彼とは一言も話していないし、頼みづらい。
「駄目なもんは駄目じゃ」
「そう…」
変わらずそう続けるカクに、どことなくカリファは楽しそうに笑う。彼を担いでいるジャブラも耐え切れないと言うようにギャハハハと笑いだした。何だろう、私には分からないけれど何だか彼らは楽しいみたいだ。彼らの空気にノリきれずにカクへと視線を寄こせば、カクは少しむっとした顔で振り向いて「一番小さな動物になれ」と言いだした。どうしてだろうと思ったが、カクが急かしてくるので、今の所マスターしている動物の中で一番小さな猫になってぴょんとカリファの肩に飛び乗る。私は身長の関係でまるで子猫みたいに小さいから、そんなに重くない筈。
あら、可愛い白猫。彼女が私を腕に抱えて身体を撫でてくれる。喉の下を細い指で擽られれば自然とゴロゴロと喉が鳴った。
「これ、使えば良いじゃろ」
ジャブラに抱えられながらも、ごそごそとスーツのジャケットをこちらに渡したカク。それを見てジャブラが最高に面白いと言うようにゲラゲラ笑って、カクに殴られていた。カリファとブルーノを見上げれば、彼等は穏やかな笑みでカクたちを見ている。そっとカクのジャケットに包まれて、日の光が遮られた。それに、ほっと安心する。
暗闇の中でまず感じたのは、私を抱えるカリファの優しい腕であり、次にどこか落ち着く匂いだった。少しの血と、汗の匂いが混じっているけれど、これは――
「カクの匂いがする」
目を閉じて、感想を呟けば前から「変なことを言うな!」とカクに怒られた。別に臭いよって意味じゃないんだけどと思い、先程の言葉に補足するように「良い匂いだよ」と伝えれば、彼は黙っとれ!!と怒鳴った。
――せっかく褒めたのに、変なカク。
だけど、私を包み込む空気が明るくて楽しそうだから、それで良いか。

 エニエス・ロビーを、ロビンを含む麦わらの一味全員で脱出することが出来たのは、本当に良かった。どうやってメリー号がここまで来たのかは分からないが、今は彼女が無事に戻ってきたのだと祝福ムードに浸りたい。
――だけど、この場所にいない者が2人。
その存在が気になって、俺は落ち着くことが出来なかった。ルフィはいつもの野生のカンから「とお供は生きてる」と言ったが、俺はこの目で確かめない限りそれを信じることは出来そうにない。
「いつまでウジウジしてんのよ、サンジくん」
「でもよ、ナミさん…」
バシッと俺の背を叩いた彼女は呆れたような笑みで俺を見上げた。常であれば、こんな彼女を見ればすぐさまメロリ〜ンが出るのだが、どうにも今の俺はそれどころじゃない。
がそんなに簡単に死ぬような女の子ではないことは、知っている。何しろ、彼女は一度手合せをした時、あんなにも俺を圧していたのだから。それに、彼女の従者であるアリシアだって、一人で彼女をCP9から奪い返す程の能力の高さがある。だから、きっと生きているのだろうと思う。だけど、無性に胸が締め付けられるのだ。頭では分かっていても、感情がそれに追いつくことができなかった。
ふと、甲板に鳥の影が映った。何も珍しいことではない、この海には鴎がたくさんいるのだから。しかし、どことなく期待を持って、空を見上げた。思った通り、それは鴎ですいーっと軽やかに羽を動かしている。だが、高度を下げてこの船の甲板に降り立った。まさか、あの鴎は――。
船首付近に降り立った鴎が人間へと変わる。金髪に青と緑のオッドアイを持った彼女を視界に入れると、何故か落胆している自分がいた。
――何でだ?アリシアちゃんが生きていると分かって嬉しい筈なのに。
わっと彼女に集まってきたゾロとロビンを除く奴らに、彼女は鬱陶しそうに眉を顰める。2人は離れた所から注目しているのが分かるが、俺はそう冷静ではいられなかった。
ちゃんは!?無事なのかい!?」
美しいアリシアの帰還への言葉も何もかも忘れて、ここにいない彼女の安否を訊ねる。彼女はその問に僅かに顔を曇らせた。常に無表情である彼女がこのようにすると云うことは…。さっと顔を青くするも、彼女が発した言葉は俺の予想を良い意味で打ち砕いた。
「無事だ。やらねばならないことがあって遠回りしているが、暫くすればウォーターセブンに戻るだろう」
その言葉に良かった…と声にならかった吐息をつく。どうして、彼女の表情が曇ったのかは分からないけれど、とりあえず彼女が生きているということが分かった。
「やっぱりな!!俺の姉ちゃんが死ぬわけないだろ!」
にしし、と笑ったルフィはチョッパーに先の事が分かるなんてスゲェな!と目をキラキラさせて見られていた。
――確かに、ルフィの直感当たるもんなァ。ほっとして、甲板へと座り込む。ああ、2人の生存確認ができて本当に良かった。
しかし、ほっとしたのも束の間。アリシアが突如拳をぐっと握り締めてぶるぶると震えだす。一体どうしたのかと彼女を見上げれば、この海原の遠くを睨み付けている。もしかして、と“会話”をしているのだろうか。
失礼にならない程度に彼女のことを見続けていると、彼女はぎょっと目を見開いた。それに、驚く。今までに一度だって、彼女のこんな顔を見たことなんてない。そもそも、感情を露わにする彼女を見たことが無かったのに、この状況に動揺しない筈はなかった。
「ア、アリシアちゃん、どうしたんだい?」
彼女は俺の言葉に無反応だったが、暫くしてぽつりと言葉を発した。
「今どこにいらっしゃるのかと訊けば、内緒だと…」
その言葉に、だからかと頷けた。感情を露わにしない彼女が、唯一感情を表すのは、いつもが原因だから。そりゃあんだけ大切にしている彼女から居場所を教えてもらえなければ、彼女だって悲しむだろう。再び震えだした彼女に、まさか涙を流しているのかと思ったが、彼女が俯いていた顔を上げると泣いている所か殺意を露わにした様子で海を睨み付けた。
「やはり、あの時殺しておくべきだった…」
殺す、って。物騒な言葉を吐きだした彼女を見て、背中に冷や汗が伝う。彼女は今までになく鬼気迫る様子だった。が今どこで何をしているのか分からないが、早く帰ってきてくれと思った。でないと、アリシアの怒りは収まりそうにないし、美しい彼女がまるで般若のようで怖いから。

――だけど…何より、君の声を、早く聞きたい。

傍にいて、と言えない者たちへ。
2015/04/09

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