56 いつだって、君の味方だよ

 パウリーに激励された私は鳥になり司法の塔へと飛んだ。ありがとう、パウリー。あなたが背中を押してくれたから、ウジウジしていないで彼らの所に向かうことが出来る。何しろ倒しても倒しても次から次へと現れる海兵と役人たちがいるものだから、後に残していくことが少し心配だったのだけれど、彼が策ならあるから大丈夫だと言えば、それを信じることしかできなかった。彼の思いを無碍にしたくない。私は、彼に背中を押されたんだから、きっちりやることをやらないと。
バサッと翼を羽ばたかせてCP9長官の部屋に降り立つ。カーテンがヒラヒラと風に煽られているこの部屋には誰もいない。その代り、至る所から戦闘音が響いていた。ドオオンと一際大きな音を響かせた下の階へと意識を向けた、しかし、突然響く拡大された男の声。
『よりによってバスターコールかけちまったァ〜〜!!』
「!?」
今のは一体なんだったのか。思わず足を止めてアリシアと目配せをする。誰だか分からないが、男が言うには“バスターコール”をかけた、と。しかも故意ではなく偶然として。こんなことが出来るのはこの島で一番偉い人間だ、つまり、今“バスターコール”を誤ってかけたのはCP9の長官の男。ロビンの声が加わった。そしてまた続く彼の声。
『バカなことを…!!今すぐ取り消しなさい!!大変な事態になるわ…!』
『何をォ!?取り消しなさいィ!?』
ロビンの必死の指示に、相手の男はカチンときたらしい。それだけでなく、ベラベラとこのバスターコールの正当性を並べ立て始めた。彼という人間のことは知らないけれど、これを訊いている限り性格が良いとは言えそうにない。1000人の命を救うために100人の死が必要なら迷わずその場で100人殺してみせる。そう言う彼に対して、確かにそういうことも必要なのかもしれないとは思うが。その後の言葉が何よりも彼の救えなさを表している。
『そもそも侵入した海賊共を全く止められねェ能無しの兵士どもなど死んだ方がマシなんだバカ野郎!!』
キィン…と一際大きい彼の声にハウリングが起こる。思わず2人して音量の大きさに眉を顰めて耳を塞いだ。彼は、この言葉がこの島全体に轟いていることを知っているのだろうか。もし知っていてこのようなことを言っているのであったら、逆に尊敬するかもしれない。
だが、やはりこの事態には気付いていなかったようで、慌てたように麦わらのルフィだと誤魔化す彼に、呆れて溜息さえ出なかった。こんな長官を持って部下の者たちは可哀想だと敵の海兵たちにさえ同情が湧いてくる。バスターコールがかけられたのに、この気の抜けようは一体何なんだろう。
だがしかし、とても厄介なことになってしまったのは事実。バスターコールがかけられた、つまり、中将5人を筆頭に軍艦10隻が司法の島を集中砲火する為にここにやって来る。この島はたちまち破壊されて一人も生存者がいなくなるだろう。
「拙いですね」
「早くロビンを助けて逃げないとね…」
アリシアが今まで以上にピリピリとした様子で周囲の空気を探るように視線を動かす。私は彼女の言葉に頷いて、止まっていた足を再び動かし始めた。いざとなれば、私達は鳥になり空に逃げることが出来る。しかしその為にはルフィたちがちゃんと逃げたか確認しないと。
広い長官室を漸く出て下を見る。斬撃で傾いた塔の下で未だに続いている戦闘。何かがぶつかり合う音がする度にズズズと私たちがいるフロアがズレているのが分かった。
一々階段を駆け下りるのも面倒で、どこに彼らがいるのだろうかと手摺から身を乗り出して下を見てみるけれど、どうにも煙やら瓦礫やらで詳細が分からない。仕方なく、どこに行くか迷った挙句、一番近くの下の階の戦闘に加わることにした。そこで色々聞けば良い筈だ。
「下の階にする」
「御意」
手摺からひらりと飛び降りて、2階下のフロアに着地する。たたっと駆ければ、破壊された壁の中にナミとゾロ、ウソップや動物たちが揃っていた。勿論、あの獣人化したキリンと狼はCP9で間違いないだろう。もしかして、あのキリンはカクだろうか。彼の姿を視界に入れると、ズキリと胸が痛んだ。
!!」
「ごめん、来ちゃった」
既にゾロが戦闘をしており、それを眺めているナミに驚かれた。まさか私が来るとは思っていなかったのだろう。しかし、私が気になったのは、彼女たちの隣にいる狼。何故か戦闘に加わることなく、戦う彼らを眺めている。彼の言葉からあのキリンがカクだと分かり、複雑な思いが胸の内に渦巻く。
今、彼らの戦いに参戦出来る気がしなかった。私には武器が無いから肉弾戦しかできない。私一人であれば、自分のペースで戦うことが出来るが、カクと先に戦っていたのはゾロ。彼のペースを乱して彼らの戦いに横入りする程、私の神経は図太くない。カクとの戦いはゾロに任せよう。自分を抑えるように拳をぎゅっと握り締めた。
その代り、ナミたちの横にいる狼に意識を向けて何があってもすぐに動けるように集中する。
「お、お前の相手はこの私だっ!!」
「そういきり立つな」
狼に対峙し、武器を構えたウソップに対して、彼は床に座り込んだまま戦う意志など無いと言い、ぽいと鍵をウソップの前に転がした。何を考えているのか分からないが、この男、油断するわけにはいかない。
「俺は人殺しなど…したくねぇんだ、本当は。血が嫌でよ…」
「そ、そんじゃ一応…鍵は、貰っ…」
神妙な顔付きでウソップに告白する狼に、ウソップは恐る恐る鍵へと手を伸ばす。ウソップの手が鍵に触れるか触れないか。それにベロリと舌なめずりする狼を、私は見逃さなかった。彼と狼の距離は僅か。ぱかっと拳を合わせて開いた狼にナミが彼の名を叫ぶ。
それよりも早く、私は狼に跳躍した。ウソップへと突き刺さる筈だった鋭い爪を蹴り飛ばして軌道を変える。
「お前がLILYだな」
しかし、彼はCP9。優れた身体能力を持つ人間だ。私に蹴られた手をすぐさま軌道修正し、私へと先程と同じ攻撃を放つ。常であれば、これ位のスピードであれば避けられた。しかし、僅かでも筋弛緩剤が抜けきっていない状態だと、この常との僅かな差が大きな溝を生むことになる。仕方なしにそれを受けることにして、覇気で身体を守った。ガキィインとまるで武器同士がぶつかり合ったような音が私達から響いた。そのまま、壁に叩きつけられる勢いで身体が飛ぶ。だが、この程度なら壁に当たる前に体勢を立て直し、壁に足を乗せることが出来る。
狼が腰を抜かしたウソップへと飛びかかろうと足に力を入れているのがスローモーションのように見えた。早く、壁に足を。足が壁に着く感覚がした。
――!?
ぐっと力を入れてそのまま再度狼に向かおうとしたのだが、予想外だったのはそのまま壁が壊れて私の身体が外へと飛び出したこと。
様!』
私の戦闘を黙って見ていたアリシアがこちらに駆けてくるのがスローモーションのように見える。そうか、今私の身体には1トンを軽く超える重りが付いている。それのせいで勢いが増し、壁がそれに耐えきれなかったのだ。
手摺に手が届かない程高くに身を投げ出され、手を伸ばそうにもどこにも掴めない。この程度の高さなら落ちても怪我はしない。だから、今にも私を助けようと飛び出そうとしたアリシアにウソップたちを助けるように言うのだけれど、彼女はそれに頷かなかった。
浮上感が、落下する感覚へと変わる。重りのせいで落ちるのは一瞬だった。こんな時に下から上がっていかないといけないなんて。
「大丈夫ですか?レディ」
しかし、がしっと落下する身体を細くも筋肉質な腕に抱えられ、耳元で聞きなれた声がする。
サンジだ。私の顔を見て、いつものように優しい笑みを浮かべる彼。タンッと手摺を蹴り反対側の廊下へと着地する。二階程下のフロアに落ちたが、それでも一番下まで落ちるよりはマシだった。
「ありがとう!だけどウソップを…!」
「ああ、分かってる」
私が全てを言い切るよりも早く彼は駆けて手摺から上の階へと飛んでいく。私も彼の後に続いてウソップたちがいる階へと走る。上の廊下でアリシアが安心した様子で待っていた。
――もう…私のことは良いからウソップを助けてって言ったのに!
「さァ死ね!!」
狼が吠える声が聞こえ、次いで目に入る光景。狼にボロボロのウソップが身体を持ち上げられている。ナミが悲痛気に叫んだ。拙い、早く。だっと彼の攻撃を防ごうと足に力を入れた私の肩に、サンジがぽんと手を置く。それは一瞬のことだったけれど、彼がそうしたことによって、私の身体からは力が抜けた。たったそれだけのことだったのに、もう、大丈夫だと思ってしまった。
「ぼへ!!!」
サンジは一気に狼へと跳躍しその顔に重い一撃を食らわせた。その反動でウソップが後方のナミの所まで飛び、狼もまた壁へと激突する。ガラガラと崩れた壁の中から出てきた狼は、ギロリとサンジに殺意の籠った鋭い目を向けた。
「何だ、テメェは……」
「“狩人”」
フー…と煙草の煙を吐き出して、告げた彼の声には一切の不安が無い。その自信が漲る後ろ姿に、無意識に見とれてしまったのは、誰にも内緒だ。


2015/04/09
心が、君を求める。

inserted by FC2 system