55 バスターコールまであと1秒

 地面に着地した後、暴れ回っている巨人二人に踏みつぶされないようにするために、一応麦わらの一味の仲間だということを伝えて、裁判所内に駆け込んだ。
中央で裁判長らしき三人組(どうして一人にしがみ付いて闘っているのかは分からないが)に対峙するパウリーとフランキー一家の男。
「パウリー!!」
「!!!?」
私の呼びかけに彼は驚きのあまり目を見開いて振り返る。私も彼らに加勢しようと駆け寄るが、その私の背後から何やら不吉な音が響いて猛スピードで近づいてくるではないか。あれは、まさか。人間の彼らにはまだ気付けない程度の音なのか、私以外に気付いていそうな者はいない。
フランキー一家の男はもうこの場には用はないのか、いつの間にか姿を消していた。
「あー…パウリーごめんね!!」
「は、ってああ!?」
もう無視できない程に後ろから迫ってくる音は大きくなっていた。彼なら自分で避けられたかもしれないけれど、私は彼にタックルするように抱き着いてそのまま彼の身体を壁際へと運ぶ。彼はそれに当然のように驚いて顔を赤くして怒ったけれど、瞬間壁を破壊して私達の後ろに現れた“ロケットマン”に赤かった顔を青くさせた。
当然のようにアリシアも壁際へと避難しており、暴走海列車の向かう先にいる裁判長を睨みつけている。彼は部下たちに逃げろと言われてもその場に立ち竦んで、跳ねられて宙へと舞った。
――危なかった。というか、あの中にはココロさんたちがいるはずじゃ…。
「本当に、か…?」
「パ、ウリー?」
ほっとしたのも束の間、ロケットマンの行方が気になってそちらに意識を向けていたら、何かに身体を包み込まれる。常の彼なら考えられない行動に、パウリーに抱きしめられていると気付くのに少し時間を要した。良かった……。耳元で響く彼の小さな安堵の声に、顔が熱くなる。
流石に家族で慣れているとは言っても、子どもの時とは違い、極親しい者たち以外から抱きしめられることが無くなった今では、大いに照れた。私が本当にここに存在しているのかと確かめるように、私の顔を覗きこんでいた彼は私の赤くなった顔を見て正気に戻ったらしい。
「ウォオ!?わ、わりぃ!!」
「びっくりした…」
顔を真っ赤にした彼が尻餅をついてずささささ、と私から後ずさって、思わず苦笑する。俺は何て破廉恥なことを!!叫んでいる彼に、アリシアは親の仇を目の前にしたような目で彼を睨みつける。アリシア、敵はパウリーじゃないよ。
「アリシアから聞いたよ、ありがとう、私のこと心配してくれて」
「当たり前だろ…俺たち、友達なんだからよ…」
彼が抱きしめてきた理由は、何となく分かる。アリシアが、伝えてくれたから。きっと、彼にはとても心配をかけたのだろう。だから、先程のことも含めて感謝の気持ちを伝えれば、彼はまた少し頬を赤く染めて“友達”だと言ってくれた。その言葉に、思わず瞳に膜が張るのが分かる。
当たり前のように“友達”だと言ってくれた彼。そしてもう、“友達”ではなくなってしまった彼ら。その両方が脳裏に過ったけれど、我慢するようにぐっと瞼を閉じて、再び開く。そこに、もう涙はない。
「やるぞ!!」
「うん!!」
暴走海列車の衝撃から徐々に起き上がりつつある海兵たち。それを見て、パウリーが再び戦闘態勢に入る。私もぞろぞろと新たに外からやってきた敵を見て、大きく頷いた。

 バキッと海兵を殴れば勢い良く飛んで壁を破壊して外へと消えていく。私は今アリシアと背中合わせになって戦っていた。日の光は建物が遮ってくれるし、暴れるにしてはそこまで広くない裁判所内では大量の敵を一気に相手にすることもなくて楽ちんだ。しかし、如何せん人数が多い上に広範囲の攻撃を繰り出せないのはとても面倒だった。
「LILYを捕獲しろ!!」
「間違って殺すなよ!!」
敵は私を生かしたまま捕えたいが為に、ろくに銃を構えることが出来ないようだった。だが、銃があっても無くても関係ない。私はそれ位のことだったら簡単に避けられる。そろそろ手応えのない敵を相手にするのも疲れてきた。
私は手加減して無駄に殺さないように気を付けているけれど、アリシアはそのような配慮は一切していない。先程の無機質な様子とは違い、血の匂いに興奮しているのか、今は少しばかり好戦的な様子で海兵たちを容赦なく硬化した爪で切り裂いている。あれではアリシアを相手にした者たちは良くても重傷といったところだろうか。
「余所見してるとあぶねェぞ」
その声と共に目の前に現れた巨大な鉄球。別に油断していたわけではないが、アリシアの方を向いていて察知するのが遅くなったのも事実。これくらいの距離なら避けることもできるが、ふとあることを思いついて、片手でそれを受け止めた。がしっと掴んだそれは中々に良い大きさだ。ぐっと敵が鉄球を引き寄せようとするよりも早く、その鉄球を繋いでいる鎖を掴む。
「!?」
手元に戻そうとしても戻らない鉄球に、男が眉を寄せる。私はその鎖をぐいっと引っ張った。そうすれば鎖を掴んだままの男もこちらへと飛んでくる。
ヒュン、とまるで軽石のように勢いよく私の目の前に現れた男の首にラリアットを食らわせた。
「ガッ!?」
「これ借りるね」
ぶくぶくと泡を吹いて気を失った彼の手から鉄球を奪う。よし、これで一気に大勢の敵を薙ぎ払えそうだ。ぐるりと鎖を右手に巻きつけてにやりと不敵に笑う。
「怯むな!!かかれー!!」
上官の男の掛け声と共に私へと飛びかかってきた海兵たち。しかし、鎖を掴んで思い切り鉄球を振り回せば彼らはいとも容易く四方に吹き飛んで行った。うわ、すごい威力。先程までのちまちまとした作業とは違う、広範囲への攻撃が可能な武器に私は嬉しくなった。
「殺す気で行け!!」
「ウオオオオ!!!」
とうとう私の実力に、彼らも本気を出さないと私を捕まえるどころか彼ら自身が死ぬ可能性があると分かったのだろう。銃を構えて私を標的にする彼らに、迷わず鉄球を振り回す。私にとってはまるでけん玉かそれ以下の重さに思えるそれは、私の意図した通りに固まった海兵たちをなぎ倒し吹き飛ばす。
「死なないでね」
ぶんぶんと頭上で鉄球を回転させて遠心力を付け、一気に海兵たちの上まで跳躍して鉄球を地面へと振り落とした。
「ぎゃああああ!!」
――ドゴォオオオン!!!!
風圧で吹き飛んだ海兵たち。それ程力を込めていなかったにもかかわらず、地面は半径数メートル程のクレーターが出来ていた。
「絶対に捕まってなんかやらないんだから」
決意を目に宿し彼らを見据えると、彼等はひぃっと顔をひきつらせた。

 少し離れた所で暴れ回っている吸血鬼2人を時折気にしながら俺も戦っていた。ロープ技を繰り出しながらも、視線は自然とへと向かう。懸賞金がついているからにはそれなりに戦えるだろう、とは思っていたのだが、まさかあそこまで戦えるとは思ってもみなかった。彼女は俺たちよりも遥かに強い。裁判所の入口からどんどん入ってくる海兵たちをほとんど倒しているのは彼女たちだ。俺たちだけだったら、こんなに抵抗し続けることは出来なかっただろう。
だが、彼女は気付いているのだろうか。自分の戦闘に集中できずに彼女を見ていたから分かる。彼女の視線が冷静に敵を見据えながらも、時折司法の塔がある方へ向けられるのを。何かを我慢するように、眉を寄せているのを。きっと、泣きじゃくったのだろう、赤くなった目元がその苦悩を強調しているようだった。
――あそこにいるのは、麦わらたちとアイツらだ。
「死ねェェ!!」
剣で切りかかってきた海兵を躱し、近くにいた者共々ロープで縛り上げてぐいっと持ち上げて地面に叩き付ける。ドオン!!と派手な音を立てながら倒れた敵を確認してまた新しい敵へと視線を移す。
――は、きっと俺以上に傷付いた筈だ。
俺はアイスバーグさんから与えられた任務を全うするために間接的に殺されそうになった。それに対して本気で傷ついた。傷つかねぇ筈がねェ。今までの、あの5年間はいったいなんだったんだと憤った。だけど、彼女は俺とは違い直接にその命を狙われたのだ。友だと信じていた者から、政府へと身柄を明け渡され、いっそ死んだ方が楽だと思うような場所へと彼女を送り込まれるところだった。そりゃ、ずっとこの5年間彼らといたわけじゃないが、その分彼らへの期待は大きかっただろう。あの時交えた小指のことなど、無かったのだと言われたようで、失望しただろう。
泣いて、憤った筈だ。なのに、彼女は麦わらたちと一緒に行かないで、今ここで俺たちと戦っている。
――なんで、我慢する?
彼女の目を見ていれば分かる。奴らに何か言ってやりたいんだろう。自分の目で、拳で確かめたいんだろう。その身の内に宿る怒りを彼らにぶつけたいんだろう。
それなら、素直になれば良いのだ。こんな所で戦っていないで、奴らの所に行って一発お見舞いしてやれば良い。
!!」
「何!?」
彼女の意識を此方へと向けさせる。彼女は周囲を囲む敵を鉄球で軽々と倒しながら俺の所へやって来た。背中合わせになって戦いながら会話をする。
「お前、もうここは良いから麦わらたちの所に行け」
「え、でも…」
一瞬彼女が俺に振り向こうとするけれど、彼女は目の前の敵に視線を戻し着々と敵の数を減らしていく。ハァハァと疲弊した吐息が戦闘音の間に上がる。
「お前、ルッチたちに何か言ってやらなくて良いのかよ!?」
「そう、だけど…」
「お前、俺と違って、まだあいつらに気持ちぶつけてねェんじゃねぇのか?」
「うん…」
お互いに敵に目を向け、戦いながらも、途切れ途切れに会話を続けた。俺たちをここに残していくことに不安を感じるのか、それともそれ以外の何かにも頭を悩ませているのか、彼女の返事は芳しくない。ドゴッとが地面を抉る音を轟かせて、少し離れてしまった俺のもとに下がってくる。再び背中合わせになった所で、最後の一押しとばかりに彼女へ伝える。
「なら、ケジメつけねェと駄目だろ」
「うん」
彼女の顔は見えないが、先程までの曖昧な返事と違って、その声には決意が宿った気がした。
――それで良い。俺もお前も、今回の出来事を乗り越えるためには、何かきっかけが必要なんだ。
いつまでもここで戦っていても、彼女の願いは叶わない。ほら、行け。策ならあるから心配すんな。なんて、まだ何も考えていないのに、彼女に心配させまいと言葉を連ねる。
「分かった!パウリー、ありがとう」
死なないでよ。とん、と肩を叩かれて、彼女の気配が俺のもとから離れる。離れた所で戦っているあの女にも届くように大きな声で、アリシア!と呼ぶ彼女。既には裁判所の上に向かう為に階段の方へと駆けて行っていた。彼女は名を呼ばれただけで理解したのか、周りの敵を一掃してのもとへと跳躍する。
――俺の分まで、あいつ等に気持ちぶつけて来いよ。
瞬く間に屋上へと飛んで行った二羽の鷹をちらりと視界にいれて、俺は葉巻を大きく吸って口端を持ち上げた。

2015/04/08
ねがいごとを翼にのせて。

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