54 君を繋ぐ鎖を解き放つから。

 約5年ぶりの長官室に、ウォーターセブンで諜報活動をしてきた4人は多少の懐かしさを感じていた。久々の挨拶も、スパンダムへの連絡も済ませ、恒例のフクロウの道力測定も終わったことで、ニコ・ロビンとフランキーを部屋に連れ込む。その様子を見て、最初は機嫌良さそうに弧を描いていたスパンダムの口はみるみるうちに元の場所よりも更に下がる。
「おい、ルッチ。一人足りねぇじゃねェか!!」
「ああ、言っていませんでしたか。LILYは途中で逃げられました」
ルッチの言葉にスパンダムはハァ!??!と声を張り上げる。あのオハラの生き残りのニコ・ロビンと忌々しいカティ・フラムを捕え、尚且つ賢者の石を作るために必要不可欠なLILYまで手に入れたと喜んでいた彼にとっては、その情報は寝耳に水だった。
「何で追わなかったんだ!?」
「長官は“LILYをエニエス・ロビーに連れて来い”としか言わなかったものですから」
あなたに言われた通り司法の塔までは連れて来ました。目を見開いて追及するスパンダムに対してルッチの態度はしれっとしたものであり、逃したことに対して責任を一切感じていない様子だ。基本的に命じられていないことは進んでやらない主義のルッチを思い出し、彼はわなわなと震え、すかさず馬鹿野郎!!と叫ぶ。
「エニエス・ロビーに連れて来いってことは俺の長官室まで連れて来いって意味だ!!そんくらい考えろよ!!」
「どうもすみません、長官」
ルッチを責めるあまりに、バンッとスパンダムが机を叩くとその振動でコーヒーの入ったカップが彼の足に落ちた。それと同時に「あぢ〜〜〜〜!!!」と悲鳴が長官室に響き渡る。学習能力が無い男だ、とルッチたちは若干眉を顰めた。

 何故か追ってくる様子のないCP9たちからなるべく離れようと裁判所を飛び降り、裏路地を選んで正門の方向へと駆けて行く。その合間に、手ごろの建物を見つけ、中に海兵や政府の役人がいないことを確認して中に入った。
そっとソファの上に様を下ろす。そして筋弛緩剤用の解毒剤が入った小瓶の蓋を開けて、彼女の口元へとそれを運んだ。ゆっくりと流し込めば、ごくりと上下する彼女の喉。全部飲み干した彼女の様子を見て、一息吐いた。
『薬が効くまではここで暫く隠れていましょう』
『うん、解毒剤持って来てくれてありがとう』
身体を横たわらせた彼女は、口元を緩めた。それを見て、ここまで身体を動かせるようになっているのであれば回復までそう時間はかからないだろうと踏む。建物全体の気配を堪えず探りながらも、窓際に近付いて下を見る。麦わらが正門を越えて侵入したからだろう、役人と海軍はそちらの方へと流れていっている。わーわーと混乱を起こしていた。
今は麦わらに気を取られていてこちらには気付いていないようだが、麦わらが裁判所までやってくるとここも安全とは言えないだろう。
だが今は様の解毒が最優先。一度目を閉じ、先程よりも周囲への警戒を強めた。

 アリシアが解毒剤を飲ませてくれたおかげで段々と身体に力が入るのが分かる。だが、完全に回復するにはまだ時間がかかりそうだった。その間彼女からルフィ達やパウリーが心配していたということを聞いた。彼女はあまり彼らについて話したくなさそうな様子だったが、彼女の気持ちよりも私と彼らを優先してくれたらしい。その後は、特に話すわけでもなく宙をぼんやりと眺めているせいか、ただ思考ばかりがぐるぐると渦を巻いている。
思い出すのは、カク・ルッチ・カリファのこと。彼らに捕えられている間は悲しみしか感じていなかったけれど、アリシアによって助けられると安心したからか、彼らに対して少しずつ怒りが湧き始めた。
最初から私がLILYだと分かっていて接していたのか、とか。友達だと言っていたのに、嘘つき。だとか。きっと、こんな程度の怒りではまだ弱いのだろけれど、漸く少しだけでも悲しみから這い上がることが出来そうだった。
――ああ、何だか段々ムカムカしてきた。身体が動くようになったら絶対誰かしら殴ってやる。私を連れ去ったことを後悔させてやりたい。
徐々に怒りが増してきた私は、以前に比べたら心が強くなったのかもしれない。数年前であれば多分、ただ絶望してずっと悲しみに捕えられて、自分がこの後どうなるのかと恐怖しているだけだっただろう。
彼らへの怒りを増幅させていると、既に30分以上経っていた。その頃になると、既に自分の力で起き上がることも出来、口で会話することだってできるようになった。意識だけあって、身体を動かすことが出来ないという状態がどれほど苦痛だったか。漸く自由に動き回れそうだった。
横になっている間、ずっと激しい衝突音や、破壊音、役人達の叫び声が聞こえていた。その中には、聞き間違いでなければ麦わらの一味たちの声も入っていた筈。彼らはもう既に、裁判所まで到達しているのだ。そう分かっていながら、これ以上自分の身体の回復を待つことなんて出来そうにない。
「ぎゃああああああ!!」
「オイモ〜〜!!」
「カーシー!!」
外は先程とは比べ物にならない程の喧騒に包まれている。ズドォォン、と何か巨大な者が現れたのか地響きが暫く続いていた。ぐっと拳を握りしめたり開いたりを繰り返して自分の身体に力が入るかどうかを確かめる。大丈夫ですか?と聞くアリシアにうんと頷いて身体の点検を始めた。ぐっぐっと準備運動もしてみて、完全復活とは言い難いもののそれなりに動くことが確認できた。まだ体内に残っているものはそのうち抜けていくだろう。鬼切安綱が手元にないことがやや心もとないが、肉弾戦でも爪を硬化させた上で覇気を纏えばかなりの殺傷能力になる筈だ。
「アリシア、私も参加させて」
常より瞳に意志を込めて彼女を見やる。彼女は、暫く無言だったが大きな溜息を吐いた。仰ると思っていました。私のことを良く理解している彼女は、むっとした表情で私を見据える。
「…あの男たちに力を貸してもらったことも事実。仕方がありませんが、サポートいたしましょう」
でなければ数時間日光に照らされて帰るしか方法はなさそうです。諦めたように頷いてくれた彼女に、ありがとうと伝える。切り替えの早い彼女は、絶対に私から離れないでくださいね。と言って屋上へと駆けて行く。私はそれを追って自分の身体がこの動きについて来られているかを最終確認した。鍵が閉まっていた屋上への扉を握力のみで破壊したアリシアは、さっと出て周囲に敵がいないことを確認する。しかし、裁判所へと続く方向にはちらほらと狙撃手のような海兵たちが数人ずつ配置されていた。
「私が殺ります」
暗に手を出すなと言われた私は彼女の後ろに付くだけにする。彼女は瞬間的に、流れるような所作で敵の命を奪っていく。血を流すわけでもなく、ただ首を一回転捩じり上げて殺していくその様子は淡々としていて、味方ながらまるで暗殺者のようだと生唾を飲み込む。わずか数秒の間の出来事だ。相手にこちらを気付かせる前に海兵たちを殺した彼女のおかげで、私には傷一つない。
彼女の動きに合わせて跳躍したり走ったため、ウォーミングアップは完了したようで身体は温まっていた。
裁判所に一番近い建物の屋上からは、下にいる巨人族の男2人と、裁判所の上にいるルフィの背中がちらりと見えた。
「ルフィー!!!!!!!!」
手の平を口元に持って来て、今までにない程大きな声で彼の名を呼ぶ。一番近い建物とは言っても裁判所の半分の高さしかないそこからは、最高に声を張り上げないと彼らには届きそうになかった。
「好きなだけ暴れて!!こっちは私に任せて!!!」
私がもう囚われの身ではないことを、彼に伝える。直後、屋上に何かに巻き上げられるようにして現れたナミはすたっと着地してから、私へと振り返る。裁判所の天井を蹴り壊して出てきたサンジも私を視界に入れたことによって、険しかった表情が少しばかり明るくなった。
!!ああ、よかった無事なのね!」
ちゃん…無事で良かった!」
わっと顔を綻ばせた彼らを遮るようにして、ルフィが背中を向けたまま私へと叫ぶ。
「任せろ!!」
いつにも増して男らしい声が鼓膜を揺らす。私を振り返らない理由なんて、分かっている。今目の前に大切な仲間を連れ去った敵と、その大切なロビンがいるからだろう。少しだって、目を逸らしてはダメだ。
私はそれで満足だったから、これからは下で麦わらの一味の為に戦っている男たちのことをサポートしようと屋上から飛び降りる。
カクたちを殴ってやりたいとは思う。だけど、単なる直感にすぎないが、彼らを倒すのは私ではなくルフィたちなのだと思った。私の怒りよりも、彼らの怒りの方が強い。それに、きっと私は何だかんだ言っても、彼らに殺意とかを向けられる気がしなかった。だから、今はパウリーたちの力になる為に全力を尽くす。

地面に着地した直後、火の鳥が“世界政府”を貫き赤く燃え上がった。


2015/04/03
瞼に焼き付く炎

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