52 鬼の声が聞こえる

 電伝虫を使ってナミに連絡した俺には、ロビンの自己犠牲のことも、友だと思っていた者たちから裏切られたのことも大方把握した。そんな状態で彼女たちを放ってルフィたちが来るまで待つなんてことはできない。この燃え上がる怒りのまま“奴ら”を蹴り飛ばしてしまいたいところだ。
しかし、物事はそう簡単に進む筈もない。今俺たちがいるのは後方車両の屋根の上。ここから先に進むとなれば、今までの雑魚たちとは違う強敵が現れる筈だ。
というわけである程度の作戦会議は立てたわけだが、そげキングとして現れたウソップの仮面を見ているとどうにも気が抜ける思いだった。そんな緩む頭を叱咤するように、煙草を胸一杯に吸い込む。
「よし、行くぞお前ら」
少しばかりスッキリした頭で、屋根から下へと飛び降りた。

 多分数年分は流したであろう涙も、とうとう枯れた。私が涙を流す度にそっと拭っていてくれたロビンも、それを見て懐からハンカチを取り出して涙で濡れた私の顔を綺麗にしてくれる。不自由な身体のせいで、ロビンに事情を聞くことはできないけれど、じっと見つめて傍にいてくれたことへの感謝を伝えようとする。彼女は私の視線の意味に気付いたのか、少しばかり口元を緩めた。
先程よりは絶望感は少なくなったと言える。テレパシーが届くか半信半疑でアリシアに連絡をしてみれば、50キロ圏内にいたのだろう、彼女と話すことができた。彼女との会話でルフィたちと一緒にこちらに向かっていることが分かったし、アリシアが絶対に助け出すと約束してくれた。それだけで、ルッチ達に裏切られたことへの悲しみが少しばかり薄らいだのだ。アリシアには感謝をしなければ。そして、彼女と再会した時にはこんな事態になってしまったことを詫びなくてもならない。
ルフィたちがロビンを追いかけてやって来ていることをロビンに伝えられたらどれほど良いだろうか。きっと、彼女だって心強い筈だ。しかし、したくても出来ないのは仕方がないこと。私は諦めて窓の外を眺めた。
身体が思うように動かない中で目を開けていることもかなり疲れるので、目を閉じて雨が窓ガラスに当たって弾ける音だけを聞いていると、その音の中にコンコンと窓ガラスを雨とは違う何かが叩く音が混じった。
長鼻くん!?と驚きの声を上げたロビンに、ゆっくりと目蓋を持ち上げる。数秒風が車内に吹き込んだ後、驚いた表情の彼女の横に腰を下ろした男を見やった。仮面を着けているが、あの鼻を見ればウソップだということは間違いない。
ロビンがなぜここにいるのだと彼を問い詰めるが、彼はそげキングと名乗って自分がウソップだということを頑なに認めなかった。
「君たちを助けに来た!」
色々な事情をすっとばしてそう言った彼はサンジとフランキーという男がこの列車の中で暴れていること、そして先程私が伝えたくても伝えられなかったルフィたちの情報を彼女に伝える。
「所で、君はなぜ横たわっているのだね?」
「…筋弛緩剤を飲まされたらしいわ」
何かを考えているのか、私へと話題を移したウソップは、ロビンから説明を受けてなるほどと頷く。そして、後ろの車両にいるCP9の面子と戦わないに越したことは無いと自作の“オクトパクツ”をロビンへと渡そうとした。そして、動けない君は私が運ぶから安心したまえと頷いてみせる彼に、私としては嬉しいけれど彼がこんな無茶をしていることが何よりも心配で、心中眉を下げる。
「待って!」
「(ロビン?)」
さぁ、行こうとロビンを急かす彼に、彼女は眉を寄せて彼にあの一味には二度と戻らないと叫ぶ。それに冷静に対処したウソップの言葉を聞きながらも、私は麦わらの一味から2日程離れていたことを後悔した。所々アリシアから情報を得ていたが、彼らの事情の詳細までは知らないのだ。ウソップが一味を抜けた理由も、ロビンが今ここに留まろうとする理由も、私は何一つ知らない。
私が後悔している間に白熱していく口論に、そんなに騒いでは気付かれてしまうと彼らに視線を送る。しかし、熱くなった彼らの視界には、座席に横たわる私の姿など入っていない。
「私は助けてほしいなんて欠片も思ってない!!勝手なことをしないで!!」
「何ィ!?」
後ろの車両にまで響いただろうロビンの悲痛な声。それに合わせて、コンコンと扉がノックされる。
今すぐ隠れて!!ウソップに目で指示するも、この場に隠れ場所などない。筈だったが、瞬間的にロビンのマントの中に身を隠したウソップにぎょっとした。彼女は彼女で平気そうな様子で座席へと座り込む。それと同時に近くまでやって来た政府の男。
どうしたと薄く笑みを張った男に対してなんでもないわと手を振るロビンの姿に再びぎょっとした。皮肉だが、心底筋弛緩剤が効いていることに感謝した。ここで何かしら反応していたらきっとこの男に露呈していた筈だ。
「何でもないから一人にしてちょうだい」
そしてまたロビンの腕として自己主張をするウソップに、何やってんの!!と怒鳴りたくなった。流石にこれでは彼もおかしいと気付くに違いない。ちらりと彼に視線をやれば、呆気にとられた顔でロビンを見ている。そりゃそうだろう、ロビンはこんなことをする女性ではないのだから。
しかし深く考えなかったのか、彼女の言葉に対してああと答えて自分の車両に戻ろうと背を向ける彼。その瞬間、ウソップがロビンのマントの中から素早く現れてトンカチを彼の脳天に叩き付けた。ゴッと鈍い音が響いて、彼がどさりと床に倒れる。
「ややややったぞ…!!」
小さな声で叫んだウソップはガッツポーズをした。まさか役人を倒すとは思ってもみなかった私は、彼の行動に驚いた。しかし、それと同時に後方車両に響いた破壊音。ズドォォォンとこの車両までを揺らしたそれに、いったい何がと扉の向こうに神経を向ける。もしかして、先程ウソップが言っていたサンジたちのことだろうか。
「…………」
扉を隔てている上声は小さくて聞き取れないが、何かを話している事が分かる。あの声は、たぶんルッチだ。そして暫くして上げられた怒りの声はサンジのものだった。
じっと扉を見やっていたロビンは徐に立ち上がって扉に向かおうとする。ウソップは私をマントの下に隠すように背に担ぎ――くそ重てぇ!!と彼が小さく根を上げたのは仕方ないだろう――待て待て!!と彼女を追いかけた。
しかし、それは遅かったようだ。バンッと勢い良く扉を開いてルッチたちの前に現れる彼女。ロビンちゃん!!とどこか安心したようなサンジの声に、彼のことを確認したかったが、丁度頭の角度から彼らの足元しか見えない。どうやら私のことには触れられないので、私は見つかっていないと思っても良いのだろうか。
ふと、沈黙していたロビンが突如ウソップの身体に腕を生やした。彼女が能力者だと知らなかった私は驚いたが、私にも同じように腰あたりから腕が生える。しかしそれはまるでウソップの身体から私の身体が離れないようにするようなものだった。
そしてブンッとウソップごとサンジの方向に投げ飛ばされる。背中から床に叩きつけられたウソップに、私は押し潰されたわけだが、この程度で怪我をする程柔ではない。つい地が出たのか彼は「わ、わりぃ」と小声で私に謝る。
「何すんだロビンちゃん!!」
「口で言っても分からないでしょう?」
まるでここから離れる気はないというロビンにサンジが声を荒げるが、それをルッチは面白そうに笑った。ズキン、と心臓が痛む。
しかし、私を担いでいるウソップはそんな彼らに対して何か柵があるのかフランキーに第三車両を切り離したまえと指示する。それと同時にどりゃあと投げられる私の身体。私の身体は何も受け身も取れず床に転がる筈だったが、私の出現に驚きながらも受け止めてくれたサンジのおかげで助かった。
ちゃん!?」
「早く行きたまえ!!」
2人の声が上がると同時にウソップは何かをルッチたちがいる方向に投げつけた。もくもくと煙が充満する、その瞬間には私はサンジと共に第三車両にいた。私の身体に付いた重りのせいで重いだろうに素早く動いた彼に驚く。
「ニコ・ロビンとはいただいたァ!!」
第三車両が徐々に第二車両から離れ始めた時に、ウソップがロビンを担ぎ上げてこちらに駆ける。それを見た男二人がよっしゃー!!とガッツポーズをした。


2015/03/31
逃げることなど、許されないと鬼が言う。

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