51 あの頃から色褪せることのない友情

 ウォーターセブンをロケットマンで飛び出した。フランキー一家が連結砲を打ち、暴走海列車の最後尾に付く形で、海の上を進む。海列車の車輪が線路をつかむ時には、私でも思わず近くの物に掴まる程の重力を感じたが、怪我をする程度のものではなかった。ナミたちは転んで頭をぶつけていたようだが。そしてそれと同時に上から落ちてきた3名の男達。
「……」
平然と座り直して腰を擦ったり、びびったと口にしている彼らを無言で見やる。その3人の存在を同じように眉を寄せて異議を申し立てた剣士。それもそうだろう、私は彼らの気配に気付いていたから何とも思わないが、麦わらたちにとって、3人の出現は思わぬものだったから。
アイスバーグの命を狙った“犯人”に会うために、参加するのだとパウリーは言った。それに賛同するかのように口々にこれまでの経緯を話しだすガレーラの男たち。どうやら、彼らはパウリーの口から直接犯人の名前を聞きたいらしく、神妙な顔付きで彼が口を開くのを待った。
「じゃあ、はっきり言う。仮面の奴らの正体は…ルッチ、カリファ、カク、それに酒場のブルーノ…」
――あいつらがアイスバーグさんを殺そうとした…!!
ぐっと眉間に皺を寄せて、俯くパウリーは仲間に真実を伝えた。しかし、まだ彼の言葉は続く。
「あいつらは、までも裏切って連れて行きやがった」
無力な己を呪うように、固く握り締められた拳。それを見て、なぜこの男はここまで彼女に思い入れているのか不思議に思った。ガレーラの男達が馬鹿みたいに驚いているのを視界の端に入れながら、私はパウリーを観察する。麦わらの一味の者たちが風変りで吸血鬼である様を簡単に受け入れたのはまだ分かる。それなりに旅をしてきて色んな物を見てきたのだろうし、仲間として喋るトナカイまでいる。しかし、パウリーは海賊を倒してしまう程の力を持ってはいるが、一般市民だ。冒険をしたこともなければ、異種族を目にすることもほとんどなかったに違いない。それが、どうしてたった5年前に一カ月共に過ごしただけの彼女のことを、吸血鬼であることに目もくれず気にかけるのか。
分からない。この男の考えていることが私には分からなかった。私が人間であれば、彼を突き動かす正体が分かったのだろうか。
「町じゃごたごたあったけど、この先はここにいる全員の“敵”は同じだ!!」
肉を頬張っていた麦わらが、それを食べ終わり辺りをぐるりと見渡すように立ち上がる。私はそれを黙って見ていた。鳩の男をぶっ飛ばすと言う彼に生ぬるいとは思うが口にはしない。
大波に今にもぶつかりそうだと言う航海士の声を、彼はまるで聞こえていないように、せっかく同じ方向向いてるもんがバラバラに戦っちゃ意味がねェとパウリーとフランキー一家の男、そして私を見やる。
「いいか、俺たちは同志だ!!」
静観していた私の腕を掴んで、4人で腕を組まされる。なぜ、私までが彼らに加わらなければならないのかとむっとするが、彼の言うことも最もだ。チッと舌打ちをしたが、渋々彼の腕を掴む。
「大波なんかにやられんな!!全員目的を果たすんだ!!」
この場にいる全員を激励するかのように叫んだ麦わらに、周りの者たちはオオオオ!!と一気に士気が上がったようだった。考え無しではちゃめちゃな行動をするが、このように言葉だけで仲間を一つにまとめ上げる力は、確かに船長としては申し分ない。
目の前に現れたアクア・ラグナに対処すべく、バタバタと彼らが慌てだした時、私の脳内にずっと求めていた王の声が届いた。
『アリシア、私…』
様、ご無事ですか!!?』
弱々しい声音で私にテレパシーを送ってきた彼女に、少しでも彼女に近付きたくて運転室へと向かう。
どうやら睡眠薬は切れたようだが、筋弛緩剤まで飲まされていたらしく全く身動きが出来ないと言う彼女に拳をぐっと握り締める。良かった、病院で解毒剤を数種類拝借してきたのだ、彼女の身体を縛る毒などこれですぐに無くすことが出来る。
『……私を攫ったのは――』
『知っています、だから、もう何も言わなくて結構です…』
徐に口を開いた彼女に、すかさず制止の言葉を放つ。もう、良い。彼女に訊かなくても知っている。私はあの場にいて、彼女を裏切った者を見た。あの時は、彼女を人質に取られて抵抗することすらできなかった。本当に、悔やんでも悔やみきれない。だが、彼らを目に焼き付けて、決して許さないと誓った。
だからもう、彼らの名前を口にすることで彼女が傷付かなくても良いのだ。
――彼女は泣いておられた。否、泣いてはいないが、彼女の深い喪失感と身を引き裂かれるような悲しみが、テレパシーを通して伝わってくる。
噛み締めた奥歯がミシリと低い音を立てる。絶対に、私が救い出す。彼女を、政府になんか渡したりしない。
『今麦わらたちと一緒にそちらへ向かっています。必ず助けますから、どうか、お気を確かに』
『ありがとう、アリシア…あなたがいてくれて良かった』
目の前には大波が迫っているというのに、彼女のその言葉を聞くだけで、心が何か暖かいもので満たされていき、大波に動じることさえなかった。幾度となく、彼女は私に「ありがとう」と「ごめん」を伝えてくれたが、この時ほど身に沁み渡ったことはない。
――大丈夫、あなたは必ず私が助ける。
吸血鬼の王だからという理由も大きいが、今では一人の人間として彼女のことを深くお慕いしている。この方のためなら命を捨てても良いとさえ思う。だから、たとえ私の命を落そうが、必ず彼女を奪い返してみせる。
そっとテレパシーを終えた余韻から、衝撃波で大波に空いた穴に海列車が飛びこんでいくのをぼんやりと眺めた。
早く、様のもとへ。逸る気持ちを抑えることができずに目を凝らすように大海原の先を睨みつける。だが、そうやっても彼女が乗っている海列車を見つけることはできなかった。
 運転室から麦わらたちがいる部屋へ戻る。丁度あのコックの男からの連絡が終った所らしい。私は腕を組んで彼がガシャンと電伝虫の受話器を壊す音を聞いた。いったい何の連絡をしていたのかは知らないが、彼は彼でニコ・ロビンを助けるために画策しているのだろう。彼らが落ち着いた所を見計らって口を開く。
様が目を覚ました」
その言葉に、麦わらたちとパウリーはぴくりと反応する。何故分かると鋭い瞳で私を見やった剣士に、能力の一部だと言えば、腑に落ちない様子だが取りあえずは信じることに決めたらしい。そして航海士が安堵の溜息を吐いた後に、それならがロビンを救出するのを手伝ってくれるかもしれないわね!と表情に喜色を浮かばせるが、いやと彼女の言葉を遮る。
様は筋弛緩剤で身体を動かすことができない」
我々が助けに行かない限り、彼女は自力で逃げ出すことはできない。このことを瞬時に理解した彼らはさっと表情を曇らせる。只一人、麦わらを除いて。だが、私が伝えたかったのはこれではない。一応、彼らには力を借りているから彼女の安否を伝えたまでだ。
麦わら、と呼びかけると彼は、ん?と何を考えているのか分からない顔で私を見上げた。
「私はニコ・ロビンやフランキーはどうでも良い。私が救出したいのは様だ。私は私で様を救いだすからお前たちも好きにやれ」
「ああ、別に良いよ。最終的には一緒だしな」
私の薄情ともいえる言葉に、彼は簡単に頷いた。てっきり、お前もあの2人を助ける為に手伝えと言われるのではと思っていた私にしてみれば拍子抜けだったが、私の単独行動が公に認められたならそれで良い。
なら話は終わりだとばかりに壁際に寄って再び腕を組んで目を閉じる。
「おい」
しかし、それは私の前に現れた男、パウリーによって阻まれた。返事をせずに目線だけ彼にやれば、彼は私の最低限の反応に怒るわけでもなく口を開く。
「お前、本当にアイツを助けられるのかよ」
ぐっと眉を寄せて、何かに耐えるように様の安否を気にする彼の質問に対する返事もせずに、寧ろ先程から疑問だったことを彼に訊ねた。何故、お前は彼女をそこまで気にかけるのだ、と。そうすれば、彼はきょとんとした顔を晒して本当に分からないのか、とばかりに私を凝視した。
「友達だからに決まってんだろ」
それ以外に何があるってんだ。心底不思議そうに、当たり前のことのように言い切った彼に、眉を寄せる。
――友達?友達だからといって、人間とは相いれない吸血鬼を心配する。私には、彼の考えが理解出来なかった。しかし、彼の答えはこれしかないのだ、本当に人間とは意味が分からない。様に出会う以前は血を飲む時を除いて人間と関わり合うことが皆無だったせいか、最近自分には不可解なことばかり突き当たる。
彼は私に先程の質問の答えを要求した。まだお前の返事を聞いていないと。それに、先程の返事として無論だと述べる。この男は何を心配している?私があの時、彼女を救いだせなかったからと言って、今回もそうだと言うのか。次は、もうあの男の言葉に惑わされたりしない。そもそも彼女はLILY。政府と海軍が生きたまま欲している存在であるというのに、彼らが無暗に殺すわけがない。そうと分かっていながらも抵抗できなかったのは事実だが、もう既に何度も自分に言い聞かせた。それに、
「命を賭してあの方を助ける」
ギロリと鋭い目付きで彼を見やる。この言葉に偽りはない。彼女の傍から離れて政府の役人に連れて行かれたことは私の失態だ。彼女は我々吸血鬼の王であり、来る日のための唯一の希望。もし万が一、私が彼らに敵わなかったとしても、彼女だけは無事に逃がす。当たり前だ、彼女と自分の命の重さなど、比べるまでもない。
その言葉にパウリーは目を見開き、圧されたように「そうか…」と頷いた。まだ何か言いたげな様子だったが、それを遮るようにして上げられた呑気な声に、私はそちらを向く。
「バッカだなーお前。そんなことして助けられてもは喜ばねぇぞ?」
少しばかりむっとした表情で私を見やる麦わらに微かに苛立つ。この餓鬼はこの事の重大さが分かっていないのだ。もしもの場合に私が死のうがどうなろうが、彼女を助けられればそれで良いのに。は?と返せば、彼はカチンときたのか私のことを睨み上げた。
はお前のこと家族だって言ってたくせに自分のせいで家族が死んだら悲しむだろ!!」
そんなことも分かんねェのか!?と声を荒げた彼に、瞬時に言葉が出ない。確かに、彼女は私のことを彼らに家族だと紹介してくれた。だが、それは私が猫だからで。その方が私たちにとっては都合が良かったからだ。
そんな私に畳み掛けるようにまた麦わらは声を張り上げた。
「死んでを取り返すのは簡単に決まってんだろ!生きてアイツを取り返すぐらいやれ!!」
「……」
思わず、腕を掴む手に力が籠る。このクソガキ……。こちらの事情も何もかもを考慮せずに投げられた言葉にはいい加減腹が立った。だが、彼が言うことも尤もだ。私が死ぬ代わりに彼女が助かるのは容易い。だが、それさえも乗り越えて私が生きたまま彼女を助け出す方が、従者として正しいあり方ではないだろうか。
ぐっと拳を握りしめて麦わらに近付く。
「いってぇ!?」
「フン」
覇気を込めた拳で彼の頭をゴンッと叩けば、痛みに彼は涙を浮かばせる。こんな子供に私が諭されるなど、癪だったが、ゴム人間である筈なのに私の拳が効いたことで戸惑っている顔を見て、少しはすっきりした。文句を言おうと口を開いた彼が言葉を発するより前に、私が口を開く。
「…生きて様を取り返す」
それで良いだろう。元よりそのつもりだった。腕を組んで彼を見下ろせば、彼は一瞬ぽかんとアホ面を曝したが、すぐさまいつもの、気が抜ける程の楽観的な笑顔を見せる。
「ああ!!」
その笑顔は、更に癪なことに白ひげの所にいた頃、常に彼女にまとわりついていた火拳のエースを彷彿とさせるようなもので、私は眩しくて顔を顰めた。


2015/03/30
我々を焼き殺す太陽に似た者たち

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