49 真実を知り、尚あの赤を求める

 土の匂いがする。はぁ…はぁ…。自分の荒い息遣いも聞こえるし、身体の至る所が痛みで悲鳴を上げていた。だが、これらの五感が機能しているということは生きているということだ。身体を動かすことも、ましてや目を開くことも出来ずにいて、黙ってアイスバーグとオレンジの髪を持った女の話を聞いていた。
「ロビンのことは分かったけど、はどうして攫われたのかしら…」
彼女からこぼれた白い少女の名前に身体がぴくりと動く。そうだ、はあいつらに攫われたんだ。ずっと彼女の名を呼んでいたのに眠りこけている彼女。いくらなんでもおかしいと思ったが、まさか彼らによって睡眠薬を盛られていたなんて。
「ああ、多分それは…LILYが不老不死を授ける賢者の石を作り出せる、唯一の材料だからだ……」
アイスバーグが重々しく紡ぎ出した言葉に、俺は息をすることを忘れた。不老不死?賢者の石?なんだそれは。お伽噺の中だけの産物ではないのか。そんな物に、どうしてあの少女が関わっている。
俺もつい今しがた思い出したんだ。トムさんが、ずっと昔に話してくれたが、まさか実在するとは思わなかった。彼はハァ…と重苦しい溜息を吐く。
「どういうこと?アイスバーグさん…」
「LILYの名が持つ意味は計り知れねェ…。あいつは、世界政府が求める、吸血鬼の王だ…」
どくんと心臓が跳ねた。瞼を上げることができない暗闇の中で、の笑顔が甦る。あの、少女が吸血鬼の王…?あどけない笑顔で周りを惹きつけて、まるで太陽のような存在だった彼女が吸血鬼…?
何故か恐怖は感じなかった。それよりも信じがたいという気持ちの方が近い。彼女はそんな大きな秘密を抱えていたのか。
――怒りが湧いた。を連れ去っていったルッチたちに。アイスバーグを殺されかけたことでも相当腸が煮え繰り返っていたけれど、その時は悲しみの方が大きかった。しかし、今頃になって、彼女が彼らの目的の一部だったことに気付いて、悲しみよりも怒りが勝った。
彼らのことを友達だと信じていた彼女。そんな少女を裏切って、世界政府の欲望の為に彼女の身を差し出すなんて。
俺が怒りを増幅させている間に、話はロビンとが乗った海列車に戻っていた。今すぐにでも追わないと、発車してエニエス・ロビーへ行く手段はなくなる。漸くその頃になると俺の身体は動くようになり、目を開いて周囲を見渡した。
「おい…お前ら!!このお嬢ちゃん達に手ェ貸してさしあげろ」
俺が目を覚まして声を上げたことに、仲間たちは安堵の表情を浮かべたが、俺の言葉によってその表情は焦りに変わる。それも仕方のないことだ、今まで俺たちは麦わらの一味が暗殺者だと思い込んでいたのだから。だから、それを払拭するように大声で真犯人が麦わらの一味に罪を擦り付けたのだと説明する。真犯人は、今まで仲間だと思っていたルッチやカク、カリファ、そしてブルーノだったが、このことを知っているのは俺とアイスバーグさんだけで良い。彼らまで傷付く必要はない。そう思って、いなくなったあいつらを探していた奴らにあいつらは里帰りだと苦し紛れの嘘を吐いた。
とにかく、
「ゴチャゴチャ言ってねェでケジメつけろ!!ガレーラの名を折る気か!!」
未だにああだこうだと言いたてる職人たちに命令した。今は一刻を争う時だ。このままでは麦わらの仲間も、も、大切なものがもう二度と会えない所に行ってしまう。
その一声で、漸く彼らは動きだし、俺とハレンチ女は駅に向かい、鹿はガレーラの仲間たちと一緒に裏町へ飛んで行った麦わらたちを探すことになった。近道を選びながらも全速力でブルを駅へ向かわせる。
ルッチたちには、俺は到底敵いやしない。彼らとは実力が違うということは先程嫌という程思い知らされた。
――だけど、。お前が助けてくれと言うなら、俺は例え敵わない相手にだって立ち向かうから。どうにかして、お前を助け出すから。だから、悲鳴でもなんでも良い、俺に縋りついてくれ。そうすれば、俺はお前を救うために戦えるから。
ポッポー。少し離れた所から海列車の汽笛が聞こえる。おかしい、まだ発車の時間ではない筈なのに。しかし、今の海列車に乗っているのは全員政府の役人と海軍。罪人を連行するのに余った時間を待つ必要はないということか。
「急げ!!正面にもう駅は見えてる!!」
早く、早く!!飛沫を上げながら駅の正面に猛スピードでブルを付ける。だっと駈け出した彼女を追って俺も駆けた。今までにないくらい走った。借金取りに追われている時だって、こんなに追い詰められた走りをしたことがない。中央の階段を駆け下りていく時に海列車が発車したのが見えた。
おい、やめろよ。行くな、待て――。
「私達!!誰とだって戦うから!!待って!!」
女が悲鳴を上げるように、ロビンの名を叫ぶ。
……!!」
目の前が真っ白になった。息が荒い。女が地べたに力が抜けたように崩れ落ちたが、俺はそれどころではなかった。
――、嘘だろ。間に合わなかった。
あの時、友だと認めたあの少女が、俺のもとからいなくなってしまうなんて。


 ガシャァアアン!!!窓ガラスが割れて破片が辺りに飛び散る。どうにか受け身を取って、衝撃を吸収した。
「ハァ…ッ、ハァッ」
身体の下にある破片が少なからず身体を傷付けたが、暫く動くことができなかった。あの男たち、私が無抵抗なのを良いことによくもここまで傷を負わせてくれたな。身体に力を入れようにも、あまりにも血を失いすぎて目が霞んで身体がふらついた。立ち上がったのは良いが、ガシャンッと倒れてまた一からやり直しだ。
 どうやら大量失血で数分意識が飛んでいたらしい。今度こそ、まともに起き上がれるように、側にあるベッドに捕まって立ち上がった。
きょろきょろと周囲を見渡すと、ここが病院であることが分かった。それ程大きくない病院だが、運が良い。ここが病院なら輸血パックがある。入院施設の部屋から出て手術室を探す。その付近に多分、私が求めている物がある筈だ。
「うっ…ハァ、」
傷む身体を奮い立たせてズリズリと歩く。一刻も早く血を補給して唾液で傷を塞ぎ様を追いかけなくては。逸る気持ちを抑えられず、乱暴に扉を開いた。室内を見渡して冷蔵室を発見する。
あった、ここだ。この病院の医者には申し訳ないが、冷蔵室の鍵を無理やり壊させてもらった。
整然と並べられている血液を見て、自分の型と同じ物を探す。飲むのだからどの型でも良いが、今は血を流しすぎているし、自分の型と同じ血液の方がより吸収性を増すからだ。とりあえず、同じ型の輸血パックを5つ程掴んで一気に袋を開けて、それをどばっと喉に流し込んだ。飲みきれなかった血液が口から垂れたが、そんなことは気にせずにもう5パック掴んで、それも同じように身体に取り入れる。
「……はぁ…」
血液を補充できたので、次は傷ついた部分に応急処置を施すために冷蔵室から出て服を脱いだ。唾液を患部に塗りながら歩き、包帯を探す。それはすぐに見つかり、唾液を全部塗り終ってからその上に巻いていく。自分の唾液で身体がベタベタしていて気持ち悪いが仕方がない。これのおかげで大分傷口が塞がってきたのだから。
「よし」
気絶していた分も含めて、私がここに来て既にどれくらい経つのか分からない。私は下町に飛ばされたし、早くしないとアクア・ラグナだって来るはずだ。アクア・ラグナがどれくらいの規模なのかは本の中でしか読んだことはないが、いくら吸血鬼の私でも波に飲み込まれたら生きて戻るのは難しいだろう。
部屋の中を見渡して、ある物を探す。これから様を救いだす時に、必ず役に立つだろうそれが入った小瓶を数個見つけて服の中にしまう。数種類持ったからある程度対応できる筈だ。
大分回復した身体を点検して、部屋の窓を開ける。窓から身を乗り出して、地面を見やれば今まで水があった部分が干からびるように水が引いていた。
――まずいな。
だっと屋根の上に飛びあがり海だった所を見つめる。引いた水は巨大な壁となり、もうすぐそこまで来ていた。距離にしたら100メートルは離れているが、あれ程の巨大さだ。すぐここまでやって来るに違いない。
兎に角高い所に行かなくては。屋根の上を高速で走り飛んでいく。下町を飲み込む勢いで迫ってきた波に足元を掬われないようにただひたすら駆けた。ふと、2時の方向にオレンジ色の少女が立っているのが目に入った。瞬間的に私は彼女を抜き去ったが、その後ろから伸びる腕を視界の端に確認した。あれは、麦わらの腕か。その腕の中に航海士が入っているのが見える。視線を逆方向に向ければ、離れた所で剣士がチョッパーの腕に掴まり跳躍しているのが分かる。
そんな彼らを確認して、悪運の強い奴らだと少し感心した。普通ならここで波に飲み込まれて死んでいる筈だ。目にも止まらない速さで大橋に飛び乗り、その上まで駆けて行く。あの波がここで魔の手を緩めるとは思えなかったからだ。その推測通り、大橋をも飲み込もうとしたアクア・ラグナ。その場所には先程同じく飛び上がってきた麦わらたちがいる。
――チッ。小僧どもが手間をかけさせる…。
前方のパウリーが縄を彼らの身体に巻き付けたのを見計らって、彼ごと担いで階段を駆け上がる。
「ウオオオオ!!?お前はさっきの!!」
彼が私の出現に驚きながらも、ぐいっと縄を引っ張り上げると、波の中から麦わらたちがザッパーンと現れた。どうやら、生きていたらしい。馬鹿みたいに大口を開けている。
「まだだ!!造船島へ走れ!!」
脅威を緩めず襲い掛かってくる波から逃げるように、私たちは階段を飛ぶように駆け上がった。背後でドッパーン!!と飛沫を上げた波が形を失って引いていく。漸く、危機は去ったようだ。
「はぁ……まったく、」
ずぶ濡れだ。言葉を最後まで言うことが出来ずに、もう一度溜息を吐く。漸く足を休めることが出来た時には、雨と波飛沫で洋服がべったりと身体にくっ付いていた。こんなに緊迫感を伴った追いかけっこをするのは久々だった。鬼がアクア・ラグナということで絶対に掴まるわけにはいかなかったが、まさか、あんなにも強大な波だったとは。
 漸く落ち着きを取り戻した彼らは、私の存在に気が付いたようだった。もう何もかもが面倒だ。彼らの寄こす質問は分かっている。私はそんなことよりも早く様を救いに行きたい。だから、彼らが私に訊ねるよりも早く、口を開いた。今となっては隠す必要もないから。
「私はアリシア。今まで猫として様の傍にいた」
「猫…ってまさかあの!?」
航海士があんぐりと口を開けて、信じられないものを見る目付きで私のことを見上げた。だが、この海にはそういう能力者がわんさかいることを思い出したのだろう、次第に納得し始めたようだ。物分かりが良い娘で助かった。
「ってことはお前も吸血鬼なのか?」
意外にもその言葉を投げたのは、パウリーだった。「も」と言うことは、彼女が吸血鬼であることを知っているのか。いったいいつこの男はそれに気づいたのだ。だが、今となっては彼に知られてしまっても問題はないだろう、ああと頷き肯定する。未だ彼は私に何か訊きたがっている様子だったが、私はそれを無視してどの方法が一番早く彼女のもとに辿り着ける方法か思案する。
――鳥か、魚か、船か…。多分この中では一番船が確実だろう。鳥だとこの荒れた風の中では速く飛ぶことは出来ないだろうし、たとえ魚になったとしても波に揉まれて進むことが出来ないから。しかし、船はどこで入手すれば…。私達が乗っている潜水艦は海列車を追える程スピードに特化していない。
「すぐ船出して追いかけよう!!」
しかし、私の思考を遮るように麦わらが大きく声を上げた。


2015/03/20
君をその秘密ごと守りたかった。

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