48 穢れを知らぬ白皙に鮮血を纏わせ

 何度呼んでも起きないに焦った。フランキーがあの設計図を持っていることを知られた以上、俺は用済みだろう。せめて、彼女だけでもこの場から逃がしてやりたい。彼女だって賞金がつくくらいの海賊の娘だ。俺がこいつらの気を引きつけているうちに逃げ切ることが出来るかもしれない。そう思ったのに、なぜ彼女は目を覚まさない。異常だ。今までに幾度となく屋敷の中には破壊音が響き渡っていた。それなのに、どうしてお前は目を覚まさないんだ。
「無駄ですよ。一服盛ったので、暫くは目を覚ましません」
「!?お前ら、何でまで…!!」
ハァ…ハァ…。既に衰弱しきったこの身体は何か声を上げるだけでも骨が軋んで身体全体が痛む。ルッチが非情にもソファで寝ている彼女を蹴り落とした。今までの彼女に対する不器用な優しさなど一かけらも見えないその行為に腸が煮え繰り返る。
「上官にコイツも連れて来いと言われているのでね」
――コイツら、俺だけじゃなく、までも裏切るのか!?お前らの彼女へのあの態度は、全部演技だったと?
カクがそんなルッチを押さえて彼女を肩に担ぐ。どうやら、これ以上俺に説明する気はないようだ。ぐったりとカクの肩の上で目を閉じている彼女は、目を覚ました時、いったいどうなってしまうのだろうか。殺されるのだろうか。それとも、俺と同じように政府が欲している何かを持っていて、それを奪われるのだろうか。
ああ、だがこの少女をこんな奴らに連れて行かれたくない。例え、この少女が何者であっても、失ってはいけないのだ。あの笑顔を、失ってはいけない。
「急いでフランキーを探しましょう」
カリファがずれた眼鏡を持ち上げたその瞬間、二つの壁にピシリと亀裂が入る。
大きな破壊音を轟かせ、そこから現れたのは揃いも揃って麦わらの一味だった。

 猫の姿のままアイスバーグの寝室に入り込んで目にした人間たちに、瞬時にこの状況を理解した。そして、カク、と嬉しそうに彼女が呼んでいた四角鼻の青年が、ぐったりとした彼女を担ぎ上げているのを視界に入れた途端、私の頭の中でブツリと何かが切れた音がした。
麦わらの子供たちが何かを叫んでいるが、私の耳には入らなかった。今この瞬間、あの黒を纏った人間たちは私にとって排除の対象となった。瞬間的に人の姿に戻り青年に跳躍する。その間の時間は1秒にも満たないだろう。
「お前が、LILYの従者か」
しかし、鋭く尖らせた爪をカクの心臓に突き刺す直前に、闇としか表現のしようのない男が私の腕を掴んだ。ギチギチと互いの力が拮抗しているのか震える両の腕。忌々しくて元より鋭い瞳が、更に鋭くなる。
「人間風情が様に触れるな」
「お前、この状況が分かっているのか?」
片手を塞がれたならもう片手を使えば良い話だ。目の前の邪魔な男を排除すべくもう一方の手を硬化させて彼の腹に叩きこもうとした所だった。嘲笑うかのように吐き出された言葉に身体が硬直する。
「お前の主の命は俺たちの手の中だ。お前が攻撃をしても殺す。抵抗しても殺す」
カクの手が、彼女の首にかかる。今この状態で手を出されたら、彼女は攻撃を防ぎようがない。“彼女の死”、それを想像するだけで身体が固まった。そんな私の肩に男は超人的な技で穴を開けた。先程パウリーが食らった攻撃はこれだったのか。
――畜生が、人間の小童ども…!!!!!
「殺す…」
怒りのあまり唇がわななわと震えた。もう一度彼が指を振り下ろそうとした時、私の身体に人間の腕が巻き付いて後方に勢いよく引き寄せられる。受け身を取って起き上がれば、そこには驚きに目を見開いた麦わらの一味がいた。
「取りあえず、あんたが誰なのかは後回しよ!」
を助けようとしてたってことは俺たちの味方ってことだろ!?」
そう言う彼らの言葉は、私の耳を素通りしていく。あの男たちに捕えられた彼女から目を離せない。なんてことだ、様を人質に取られるなんて。攻撃することすら出来ない。
あの男は知っていたのか。彼女の異名の意味を。その為に近づいたのか。あんなにも、信頼を寄せていた彼女を裏切ったというのか。
――憎い、憎い。人間が憎い。LILYの血が、私を憎しみへと駆り立てる。この衝動に任せて動けば奴らを殺すことは出来る。しかし、私が動けば彼女が殺される。
だから、動けなかった。ただ、パウリーが刺され、ロビンが彼らに背を向けて窓から消え、麦わらと剣士がルッチに傷を負わされ飛ばされるのを見ているしか出来なかった。ただ、様が死ぬかもしれないと考えるだけで、私は力を失う。私が生き残っても、彼女が生きていなかったら何も意味が無い。私の命が無くなっても、彼女が生きているならそれで良い。
「こいつが一番厄介だろうな」
だから、今は抵抗しない。嵐脚が私の身体を切り刻もうとする。吸血鬼の身体はそれしきのことで再起不能にならないが、彼らはそれくらいで満足せずに無抵抗の私を痛めつけた。
指銃と嵐脚を何度か浴びせられた私の身体はろくに言うことが利かない。全身血塗れだったが、目だけはまだ使える。宛ら、瞳だけで彼らを殺す気で睨みつけた。
――必ず、お前たちを殺す。
「LILYは俺たちのものだ」
ルッチは最後に哂って私を窓の外へと蹴り飛ばした。風が吹き荒れる暗闇に飛ばされても、私は最後までこの男を睨み続けた。

 「ビンゴ…」
シュッとライターで火を付けた煙草の空気を吸って、煙を吐き出す。海列車の前で張っていて正解だった。政府の役人と海軍で溢れかえっているここに、俺の探し人のロビンが現れた。物陰から彼女の様子を見つつ、さてどうするかと頭を捻る。彼女程の実力があれば、この程度の人間を倒して逃げることなんて可能なのに、どうしてか彼女からは逃げようとする気配が見られない。
――も、もしかして!!俺に助けてほしくてわざと!?
デュフフと鼻の下が伸びる。彼女が白いドレスを着て白馬にまたがった俺の救いを待っている。そんな妄想に幸せになった。ああ、彼女が望むなら俺が助けなければ!!しかしそこで気管支に煙が入って噎せて現実に戻ってきてしまう。ゲホゲホと咳をしながら影から政府の役人たちを見やれば、どうやら彼らのボスがやって来たようだった。
「おれをどこに連れて行く気だ!!!」
最初に目に入ったのはウソップだった。袋に詰められて、身動きが取れない様子で大柄の男に抱えられている。なんで、あいつがあんな所に。そう思ったのも束の間、この黒尽くめの集団に似合わない、この2日間見ていなかった白い少女、が四角い鼻の青年に抱きかかえられているのを見て、目を見開いた。
――ロビンちゃんとウソップだけでなく、ちゃんまで。いったいどういうことだ。
ぐったりと目を閉じて彼の腕の中に収まっている彼女は、見る限り傷は無さそうだった。
それだけで多少は安心出来たものの、彼女を抱えている男が乗るのはエニエス・ロビー行きの列車。彼女にとっては死刑宣告と一緒だ。どうする、早くしないと時間がない。
――ルフィたちはどう動いたかな。
別行動をしている彼らのことを考えてみるが、誰もここには間に合いそうになさそうだ。とにかく、俺がこの列車に乗るとしても、誰かにそのことを伝えなければ意味が無い。
煙草の煙を吐き出しながら、海列車が出発間近のホームに入っていく。その途中で赤色のペンキを見つけた。よし、これを使ってナミさんが分かるような目印を書いて手紙を書いておこう。なんて頭が良いんだ、俺!!
そうと決まれば早く彼女に手紙を書かなくては。だけど、なるべく丁寧に彼女が読みやすいようにしないと。数分で書き終えた手紙を折りたたんで、ペンキの目印付近に手紙を小石の下に置いて飛ばないようにする。よし、これで心配せずに海列車に乗れる。カツカツと靴音を響かせて、俺は目的の場所へ向かった。階段を下りてガランとしたホームを通り過ぎる。
「おい、ちょっと君誰だ!?」
「危ないから離れなさい!!」
海列車の前まで来ると、駅員が俺を止めようと寄って来た。彼らには何の恨みもねェが、それでも俺を止めるなら振り払わなければならない。
――何故って、この海列車の中に、捕えられたレディが2人、俺の助けを待ってるからな!!
バキッボコッと彼らの顔を蹴り倒して発車した海列車に飛び乗る。
さぁ、愛しいレディたちを取り返そうではないか。


2015/03/19
白を覆い尽くそうとする闇色

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