44 時を止めて、もっと君の傍にいたい

 既に飲み始めてから4時間が経っていた。たまたま目にした時計の針が12を指していることに驚く。あまりにも時間が過ぎるのが早く感じた。きっと、浮かれまくって喋って飲んで食べて騒いだりしたからだろう。
「そういえば、。今日泊まる所はどこなの?」
「船に帰ろうかと思ってたよ」
何皿目か分からないが、運ばれてきた海鮮料理に舌鼓を打ちながらカリファに視線を向ける。彼女は男たちに比べたらあまり酒を飲んでいなかったけれど、ほんのりと頬が染まっていて昼間の彼女とはまた違い、艶やかさがプラスされていた。
「船かよ!!味気ねェな〜」
「そうね、折角だから私の家に来ない?」
酔いが回って顔を赤くしたパウリーが私の肩に腕を回して上機嫌にガハハと笑っている。どうやら、現在の自分の行為が平生の彼ならハレンチ認定するものであることを理解するような脳みそは残っていないらしい。まぁ、私の露出が少なくて女らしくないからかもしれないけれど。そして、そんな彼に同意するように発せられたカリファの言葉に思わずえっと驚きの声を上げてしまった。
カリファ、つまり女友達の家にお泊り。なんて素敵な響きなんだろう。本来であれば少しは遠慮するべきだろうが、彼らとの会話をつまみにいつも以上にアルコールを摂取していた私には遠慮の「え」の字すらなく、良いの!?泊まりたい!と口にしていた。
「カリファばっかりずるいわい」
「あら、女の子同士だけで話したいことだってあるんだから。ね、?」
「そうそう、男子はだめ〜」
ぷくっと頬を膨らましたカクが拗ねた真似をする。そんな様子にけらけらと笑いながら、私はカリファの言葉に頷いた。ルッチはそんな私たちを見て「突撃訪問してやろうかッポー」と冗談を言い、それにまた皆で笑うのだった。
 そしてその一時間後に飲み会はお開きとなった。パウリーとルッチは日頃喧嘩してばかりだというのに、帰る方向は途中まで一緒なのか、ぶつくさと文句を言いながら二人して帰っていく。2人の距離は優に2メートルは離れていて、それが私たちの笑いを助長する。
「さて、わしらも帰るかの」
「ええ」
カリファの家の方面とは少し離れた所に家があるらしいカクは、私の頭をわしゃわしゃと撫でて笑いながら、背を向ける。じゃあねと手を振れば、あれだけ飲んだにもかかわらず、また明日なとあまり酔っていない様子で手を振られた。
私は随分長い間暇にさせてしまったアリシアを腕に抱き上げてカリファと共に歩き始めた。アリシアは一人で歩けますと慌てていたが、私は構わずにじたばた暴れる彼女をぎゅうと抱きしめると、彼女からにゃぁん…とか細い声が上がる。
様、酔っていらっしゃいますね…』
『酔ってないよー』
カリファがずっと大人しくしていたアリシアが私に抱き上げられた途端じたばたするのが面白かったのか、ふふと声を上げて笑う。暗闇の中を彼女と一緒に歩くのは、何だか楽しい。お酒をいっぱい飲んだからというのもあるだろうけれど、とてもふわふわした雲の上を歩いているような感覚だ。
カリファは美人だからもし変な男が現れたら守らないと。そう思いながら彼女との会話に興じて、カリファが住むアパートに到着した。
「上がって。今お茶淹れるわね」
「おじゃましまーす」
小奇麗な玄関を通り抜けてリビングに入れば、そこには女性らしい小物や壁紙、調度品に囲まれた素敵な空間が待っていた。モビーの私の部屋とは全然違う。
素敵なお部屋〜!そう言って勧められたソファにぼふっと腰を下ろす。どこを眺めても、カリファらしくて私もモビーに帰ったらここまでとは言わなくても内装を変えてみようかなと考えた。
彼女はカチャカチャと茶器を扱いながらも、私の様子を見てありがとうと微笑む。
「はい、どうぞ」
「ありがと〜」
私にお茶を渡した彼女は、今にも瞼が落ちてきて寝てしまいそうな私の為にベッドメイキングを始めた。女の子同士の話を楽しみにしていたけれど、もしかしたらもうそれ所ではないのかもしれない。隣の部屋に行ってしまった彼女が、大きいから一緒に寝ても良いかしら?と訊いてくるので、もちろん!と返して、ずずずとお茶を喉に流し込む。いや、ほんと何から何まで申し訳ない。だけどもう眠くて身体が自由に動かないんだ。彼女の優しさに感謝して私はぼけっと座っていることにした。
「ほら、。寝る前にこれに着替えて歯磨きして頂戴」
「う〜ん」
こくりこくりと船を漕ぎ始めた私のもとに帰ってきたカリファは私の手にTシャツと短パン、歯ブラシを渡して立ち上がらせる。既に瞼がくっ付いてろくに言葉も発せられなくなった私を見て、あんなに飲むからよと彼女は小さく笑った。
何だか今の彼女は友達というよりお姉さんと言った方が正しいかもしれない。
彼女の指示通りに彼女が貸してくれた服に着替えて歯を磨く。その時点で夢の世界に片足をつっこんでいた私はカリファに手を引かれてベッドに向かったことすらもうあやふやだ。
「おやすみなさい、
「おやすみかりふぁ…」
カチッと電気を消して、もぞりと私の横に入ってきたカリファの温もりを感じて、私は意識を手放した。


 舌足らずな様子でおやすみと言ったの方を見やる。徐々に暗闇に目が慣れてきて、既に眠りに落ちた彼女の寝顔が目に入った。何もかもが白くて、あどけない様子の彼女。こんなに可愛いこの子を世界政府に差し出さなくちゃいけないなんて、本当ならしたくない。
だけど、私たちに拒否権がある筈がなかった。私たちはCP9。上の命令に忠実に従う暗殺集団。それ以上でも以下でもない。私たちの存在理由はそれだけしかないのだ。誰かを、慈しむ心など持ってはいけない。白くて眩しいものに惹かれて目を潰されるなんてことはあってはならない。
私たちは子供の頃からCP9になるためだけに生きてきた。CP9になってからだって同じだ。自分の人生をかけて、今この職業に就いている。それを、たった一カ月共に過ごした少女に狂わされる筈がないのだ。そんなことがあってはならないのだ。
――ごめんなさいね、
そっと、彼女の痛みのない髪を梳く。そのまま滑らかな頬をするりと撫でて目を瞑った。
あなたからなら、どんな罵詈雑言も嫌悪の眼差しも受け止めてみせる。私たちを罵る言葉も、怒りも、呪いの言葉も。軽蔑されてもかまわない。それだけのことを、あなたにしてしまうのだから。
許して、とは言わない。これが自分たちの仕事だし、彼女だって友だと信じていた私たちから裏切られたことを一生許さないだろう。許してくれなくて、良い。だからいつか、彼女と政府の元で再会した時に、怒り狂った化け物のように私を殺したとしても、私はそれを甘んじて受け入れる。
――さようなら。愛しい赤。
私は意識を暗闇に手放した。


 プルプルプルプル、プルプルプル…。心地良い眠りを妨げるように何かが鳴っている。もぞりと寝返りを打って、その音から意識を離そうとしたが、まだ止まる様子がない。布団の中に頭を入れてしまえば、その音は聞こえなくなって、また意識を手放そうとした時、隣で寝ていたカリファが布団からでて音の出所に向かう。
プルプルプルプル…ガチャ。
「はい、もしもし……ええ、そうですが……。えっ、そんな…!?アイスバーグさんが……っ」 暗闇の中でカリファが電伝虫に応対している声が聞こえる。電伝虫の声は眠気を訴える私の頭では全く意味を持たない音でしかなく、私は少しばかり布団から頭を出してみる。枕元の時計を見てみればまだ5時ではないか。これでは寝ていないのと変わらない。そう思ったが、彼女の口から緊迫した様子でこぼれたアイスバーグという名前に意識が覚醒し始める。いったい、このような時間にどうしたのか。私はのそりとベッドから身を起こして彼女を見つめた。
「はい、分かりました。すぐに仕度して行きます」
ガチャリと受話器を置いたカリファの背中は震えている。直前の彼女の声も今までにない程震えたそれで、私は胸騒ぎがして小さな声で彼女の名前を呼んだ。
「どうしたの…?」
「アイスバーグさんが…何者かに打たれて、意識不明に…!!」
ぶるぶると震える手を押さえつけ、絞り出すようにしてそう言った彼女は真っ青な顔で涙をぽろりと溢した。雷が落とされたような衝撃だった。眠気など瞬間的に吹っ飛んで、目を見開く。アイスバーグさんが、意識不明…!?そんな、いったい、どうして。
「すぐ仕度して本社に向かうわ。、あなたも来て頂戴…」
「えっ、私、部外者なのに…良いの…?」
寝巻をいつになく乱暴に脱ぎ捨ててスーツに腕を通していく彼女に、私も急いで着替え始めた。アイスバーグのことは勿論心配だが、部外者の、しかも海賊の私を彼の元に近付けて良いのだろうか。そう思って彼女に問えば、まだ職長たちにも連絡がつかないらしく、一人でも多く腕の立つ者が彼の傍にいてほしいのだと返された。
「ごめんなさい、あなたを危険なことに巻き込んで…」
「良いの。アイスバーグさんにはお世話になったし、役に立たせて」
気丈にも止めていた涙を、また溢れさせる彼女の手をぎゅっと包み込む。不安なのは私も一緒。だけど、ずっと彼のもとで秘書として働いてきた彼女は私以上に彼の身が心配でならないだろう。
『アリシア…』
『仕方ないですね…。いざとなれば、私がどうにかします』
足元で静かに私を見上げていた彼女に視線をやれば、彼女は意外にも頷いてくれた。よし、ならば早く彼のもとに向かわなければ。玄関に立てかけかけてあった鬼切安綱を手にして、玄関を飛び出した。カリファも高いヒールだというのに、それを物ともせず私の前を走って本社まで導く。
アイスバーグさん、どうか無事でいて……。


2015/03/18
選択の時が迫る。

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