40 またあの赤に恋をする。

 ナミとウソップ、ルフィと黄金、私とアリシアに別れてヤガラブルに乗っている。スイーと進むブルは全然揺れなくて快適だ。ナミたちもどうやら酔ったりしている様子もなく、満足しているようだった。まずは換金所に行くということもあり、私は彼女たちに従って行く。住宅地を進んで行く中、突然ブルはナミが示していた方向とは違う坂道を上がっていった。
「あっ!待って、道が違う!!」
「ブルは賢いから近道を知ってたりするの」
慌てている彼女に大丈夫だよと笑いかける。と言ってもブルの場合、好物を見つけて道を外れるということがしばしばあるのだけれど。しかし私が危惧していた方向ではなく、期待通りにブルは彼女たちの通過点である商店街に着いたらしい。ああ、良かった。
――しかし5年ぶりというだけあり町並みはどことなく以前より変わっているような気がした。風景を間違えずに覚えている程長く滞在したわけではないが、懐かしさと同時に新鮮さも覚える。
「おい見ろ!でっけえ“ブル”だ!!」
「キングブルだね」
前方から悠々と泳いでくる巨大で強面なブルにルフィが大声を上げる。そのブルの上には仮面を身に着けた者たちが座っている。何だろう、あれは。私が滞在していた時にはあんな人たち見たことがない。脳内でアリシアが豪華ですねと言う。
「へ〜、綺麗っ豪華ね!」
「パーティーでもあんのか」
「私も初めて見たよ」
すごいね、と隣にちょこんと座っている彼女に笑いかける。彼女はこくりと頷いた。やっぱり、この町は楽しい。ルフィたちと同じように初めて訪れた者のようにはしゃぐ。私もあの仮面買って行ってマルコたちを驚かせたりしてみたらきっと面白いだろう。
――サッチにも、見せてあげたいな。


 途中、ルフィの乗ったブルが水水肉を強請ってルフィが何個も水水肉を買い込んで身も心も蕩けている様子だったが、水門エレベーターに乗って1番ドックに到着した。
「着いたー!!ここが世界一の造船所!!」
高らかに声を上げたルフィ。それぞれが期待に満ちた目で辺りを見渡す。私もその例には漏れず、妙にどきどきと鼓動が速くなるのを感じた。あの四人が視界に入らないかとしきりに造船所の中に目をやるが、どうも周りに出来た人だかりのせいで中が見えない。
「なァおっさん、何かあったのか?」
「ん?ああ、またこの1番ドックで海賊が暴れたらしくてな。まぁ結果は当然職人たちに伸されて終わりよ」
ルフィはこの状況に好奇心を抑えずにブルから下りて、野次馬の一人だった男性に話しかけている。私たちも彼の後を追ってブルから下りたが、中々興奮冷めやらぬ状態でこの人だかりが無くなるのはもう少しかかりそうだ。
「ナミ、ごめん。私ここで待ってて良い?」
「――ええ、そういえばここに友達がいたんだっけ?」
1番ドックに来て、やはり私は換金所に付いて行かずにここで友人たちと少しでも会えないかという欲求に逆らえなくなった。彼女は快く頷いてくれて、私はありがとうと言ってひとまず彼女たちと別れた。

日傘を差しているから日光の影響はまだ無いが、皮膚に熱は感じる。日焼け止めを塗っているからきっと日に焼けてもそこまで痛くならないはずだろうけど、やはりあまり日光を受けたくはなかった。アリシアもなるべく日に当たらないように日傘で出来た影に座り込んでいる。
数十分ほど待っていると徐々にドックの周りに集まっていた人数が減りだし、工場内が見えるようになり始めた。ゆっくりと柵の方に近づいて、中を見つめる。汗をかきながら一生懸命に働いている職人が視界を占めた。懐かしい、景色だ。
――彼らは、どこに。会って、話をしたいと思っていたのだが。
柵を握り締めながら、彼らの特徴を思い出し職人たちを眺める。
「――?」
ふと、遠くの方で材木を切っていた鼻の長い青年と目が合う。声が届くはずもないのに、彼の唇が私の名を呼んだように動いたことにより、懐かしい彼の声が耳元で聞こえた気がした。
「カク――」
驚いたような顔をした彼が鋸を置いて、私のもとに駆けて来た。一瞬にして私たちの間にあった距離を埋めた彼。私たちは数秒の間、見つめ合うことしか出来なかった。
、か?」
「うん、久しぶり…」
確かめるように呟いた彼に、頷く。ああ、良かった。彼は私を忘れていなかった。それがどんなに嬉しいか。思わず瞳がうるんだ。
「本当にか!久しぶりじゃのォ!!」
「5年ぶり!」
漸く実感が湧いてきたのかぱあっと笑顔になった彼に安心する。先程までの静寂も消え、私たちはあの頃ように笑い合った。思い切り私を抱きしめてきた彼にわっと驚くがこの野郎!とばかりに抱きしめ返す。身長差が大いにある私はすっぽりと彼に包み込まれて、柄にも無く少し鼓動が跳ねた。
「本当に久しぶりじゃ!変わってるかと思ってたが、全然変わっとらんのォ!!」
「これでも身長伸びたんだよ?」
わっはっはと笑いながらばしばしと私の肩を叩く彼。そんなのわしの中じゃ変わらんわいと私のことを見下ろす。ついでにわしゃわしゃとフードの上から頭を撫でられて、私は一度フードを脱いで髪の毛を整えなくてはならなくなった。じとっと彼を見上げるアリシアに気付いたのか、彼がしゃがんで彼女と目を合わせようとする。しかし彼女はふいっと顔を逸らして不機嫌を露わにしていた。
「ペットか?」
「――家族だよ、アリシアっていうの」
あんまり人に懐かないの。と説明すれば彼は「そうらしいのぉ」と笑った。彼はアイスバーグさんとカリファは打ち合わせに出ていていないが、ルッチはおるぞ、と後ろを振り返る。どこじゃったかなときょろきょろ辺りを見渡して目的の人物を見つけたのか「おーい!ルッチ!!」と叫ぶ彼。彼が手を振る方向を見てみれば確かにハット帽にタンクトップを着た男がいた。
「クルッポー!仕事中に手を休めているのか、カク!」
「ちょっとくらい良いじゃろ?じゃ、!」
咎めるように目付きを鋭くさせていた彼は、カクの言葉によって私を視界に入れ微かに目を見開いた。久しぶり。そう彼に言えば、彼は不躾にじろじろと私のことを見下ろしてそうだなと微笑した。まさかまた来るとは思わなかったとハットリを介して話す彼は、私の自惚れでなければ少し嬉しそうだ。
「それで、どうしてはこの島に来たんじゃ?」
「見た所、あの保護者たちは見えないッポー」
2人の疑問も尤もなもので、あの過保護な保護者たちの元から離れて居間は一人で旅をしていることを簡単に説明した。そうすれば、彼らはなるほどと笑った。よく、あの男が許したのォなんてカクが感心するように呟いて、それに同調するようにルッチが小さく頷く。
「で、お前はどれくらいここにいるんだッポー?」
「え、っとね、まだ決めてないんだけど一週間くらいかなぁ」
そういえば、と言うように腹話術でハットリから発せられた言葉に、うーんと考える。ウォーターセブンは今まで旅してきて立ち寄った街の中では特に上位に入ってくるため、それなりに滞在したいとは思っていた。時間があれば、海列車に乗って美食の街ブッチやセント・ポプラにも行ってみたいし。
私の返答に納得したのか、それじゃあ今日の夜カリファたちも誘って一緒に食事でもせんか?そう笑いかけてくるカクに良いの?と顔が綻ぶ。まさか、食事に誘ってもらえるとは思ってもみなかった。そんな嬉しい言葉に目を輝かせたが、ルフィたちのことを思い出して、忘れないうちに言っておかなくちゃと口を開く。
「あ、あのね、今はいないんだけど、後で私の友達が来るから船の査定してもらって良い?」
「ああ、良いぞ。じゃあそれまでわしらは仕事に戻るから、来たら呼んでくれ」
「また後でな。クルッポー!」
ルフィたちのことを話してみれば快く頷いてくれる彼ら。良かった、と一安心して柵を飛び越えてドッグの中に戻っていく彼らを見送る。一度ちらりとこちらを向いて手を振ってくれたカクに同じように手を振りかえした。
――やっと、会えた。
久しぶりに彼らに会えたことから心臓がドキドキと五月蠅かった。まだ、パウリーやカリファ、アイスバーグには会っていないが、それでもこの胸の鼓動は抑えられない。
今夜が楽しみだなぁ。なんて、彼らとの初めての食事会に想いを馳せる。それまで倒れるわけにはいかないと、一番ドッグから少し離れた場所に生えてある木の下に避難することにした。


2015/03/08
笑顔の裏の苦悩を、君は知らない。

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